1)企業の生き残りの条件
星野リゾートは自社の倒産確率を出しています。
確率計算の方法は一通りではありません。
ベイジアンであれば、、事前確率を与えて、その後の情報の追加に伴う確率の変化を計算します。事前確率は、主観できまるので、回答は一意には求まりませんが、確率の変化を追跡するには、これで十分です。また、追跡期間が長ければ、初期値の影響はなくなると期待されます。
トヨタとホンダは、EV生産に伴う補助金を受ける方向で、調整が進んでいます。
今回は、この問題を取り上げます。
シドニー工科大学・豪中関係研究所の見解によれば、BYDなどの中国のEVメーカーが生産を急拡大している一方で、トヨタ、ホンダ、ニッサンの日本の自動車メーカーのEVの生産は伸び悩み、シェアを落としています。
普通であれば、これは、大変な経営危機になります。
しかし、円安効果のために、輸出量は増えていないにもかかわらず、日本の自動車メーカーは、空前の利益を上げています。
つまり、企業の利益からみれば、経営危機ではありません。
EV生産に必要な資金が不足している訳ではありません。
2)円安でない場合のシナリオ
仮に、円安でなかったと仮定します。
輸出が伸びませんので、企業の利益は頭打ちまたは、減少傾向のはずです。
日本の自動車メーカーのEV輸出、あるいは、中国での現地生産が増えない原因には、材料となる半導体の不足が影響しています。
しかし、それ以前に、価格と性能のバランスの問題があります。
エンジン自動車に比べ、EVの生産には、自動運転は別として、技術差はつきにくいことが知られています。つまり、価格競争に勝てなければ生き残っれません。
日本の家電メーカーは、中国が安価な家電を生産し始めた時に、価格競争を避けていました。
性能が良ければ、高くても売れるというビジネスモデルです。
このような高級品マーケットもありますが、マーケットサイズの大半は、安価で、程ほどの性能があればよいという普及品マーケットです。
日本の家電メーカーは、大きな普及品マーケットを捨てました。
その後、輸出競争力を失い、中国企業に身売りをしています。
現時点で、このメカニズムの分析が十分になされているとは思えませが、推測すれば、高い人件費をカバーするために、高級品マーケットを狙ったと思われます。
背景は、年功型雇用で、高い人件費の社内失業者を抱えていたためと思われます。
一方では、中国との競争に生き残った企業は、普及品マーケットに生き残るために、円安、非正規雇用の拡大といった、人件費を圧縮する経営が選択したように見えます。
本来、普及品マーケットに生き残るための基本戦略は、労働生産性を極限まであげる方法です。それには、DXの進展と、比較優位でない部品を外部調達する水平分業が欠かせません。
日本の家電メーカーは、この2つに出遅れて、普及品マーケットを失ってきました。
普及品のEVの拡大するマーケットは、家電製品の普及品マーケットを思い起こさせます。
日本の自動車メーカーが、BYDのような中国のEVメーカーと同じスペックと同じ価格で、EVを市場に投入していれば、中国でのEVのシェアを減らすことはなかったと考えます。日本の自動車メーカーは、故障を減らす方法などに、ノウハウがありますので、同じスペックと同じ価格であれば、日本メーカーのEVが、中国のEVメーカーより売れる可能性が高いです。
しかし、実際には、日本のメーカーのEVは、中国のEVメーカーより高価なEVになっています。
この問題は、10年くらい前のEVがスタートした時点からわかっていた問題です。
しかし、10年間、放置されてきました。
技術革新によって、価格を下げる方向は実現しませんでした。
仮に、円安でなかったと仮定します。
日本の自動車メーカーは、利益が減少して、経営的にも追い込まれているはずです。
追い込まれれば、起死回生のプロセスに突入します。
「DXの進展と、比較優位でない部品を外部調達する水平分業」に、突入しているはずです。
円安があったため、2023年6月時点で、日本の自動車メーカーのEVは、BYDに比べた価格競争力をもっていません。
つまり、円安でなければ、日本の自動車メーカーは、EVのコストダウンに向けたロードマップが明確になっていたはずです。
3)円安シナリオ
円安シナリオは現実のシナリオです。
ここで、問題になるのは、変化速度です。
日本の自動車メーカーは、円安で過去最高の利益を出しています。
しかし、円安は、EV対策に必要な変化速度の余裕を与えるものではありません。
BYDは急速に、EVの生産台数を増やしています。その拡大速度が減少する要因は見つかりません。2023年も、BYDは、EVの生産台数を増やしてくると思われます。円安は、この速度に影響を与えません。
日経新聞の記事によると、BYDは2023年には生産台数をさらに2倍にして、年産360万台を目指しています。もしBYDの成長の勢いがこのまま続けば、2023年か、2024年には日産(325万台)とホンダ(387万台)を追い抜く可能性があります。
量産によるコストダウン効果は、50万台が1つの基準であると言われています。BYDは、50万台を超えていますが、日本の自動車メーカーのEVは、50万台に達していません。
これは、日本の自動車メーカーは、EVの価格と設計上の原価が、仮にBYDと同じであっても、当面は、赤字を覚悟で販売をしなければならないことを意味します。
現実には、日本の自動車メーカーのEVの販売価格は、BYDより高価で、価格競争力はありません。価格差が大きければ、50万台を超えるまで、赤字覚悟のビジネスをすることはできません。
自動車産業は直接および間接的に約540万人、つまり日本の労働人口の約8%を雇用しています。自動車と自動車部品は、2022年の日本の輸出総額の18%に相当する1360億ドルを稼ぎ出しています。
環境保護団体クライメート・グループの最近の報告書は、このまま日本の自動車メーカーがEV市場で伸び悩めば、将来的には170万人の雇用と数十億ドルの利益を失い、日本のGDPが14%落ち込むリスクがあるといいます。
現在、トヨタとホンダは、EVに対応するために、配置転換とリスキリングを進めています。これは、垂直統合を維持する方向です。この方法は、時間がかかるうえ、コストダウンにはなりません。
BYDは、垂直統合の企業ですので、EV生産においては、垂直統合の方がコストダウンになる可能性があります。
しかし、垂直統合と水平分業の選択は、部品の調達コストを見ながら判断すべき問題です。
水平分業になれば、不要な社員のレイオフが必要になります。
逆に言えば、垂直統合にこだわって、コストを度外視して、雇用を優先すれば、コストアップによって、競争力を急速に失う可能性があります。
半導体製造装置のAMSLは、水平分業の企業です。AMSLの水へ分業のエコシステムは、世界中の5000社からなっています。水平分業も最適化するには、時間がかかります。
垂直統合がダメだったら、簡単に水平分業に切り替えられる訳ではありません。
そのそもビジネスのコミュニケーションは全て英語になります。
政府は、EVの生産を促進するために、3000億円の補助金を準備しています。6月現在では、トヨタとホンダが補助金を受け取って、工場を建設する方向で動いています。
インドでは、情報技術(IT)アウトソーシング(外部委託)大手が採用縮小を進め、採用活動はピーク時の3分の1以下になっています。
ジャワハルラール・ネルー大学のロヒット・アザド教授(経済学)は「IT企業の採用縮小には、目先の負の需要ショックと省力化技術に起因する長期的な労働力の置き換えという2種類の理由が考えられる」と分析して、「雇用減の影響は、主因がこの2つのどちらなのかによって左右される。いずれにせよ当面は負の影響が大きく膨らむ」と見ています。
要因の1つは、生成AIのような自動コーディングするソフトが出現し、これから、プログラマの労働生産性が上がることが必須なので、プログラマの採用人数減らしていることを意味します。
こらから、家電メーカーの時と同じように、年功型雇用を維持し、垂直統合を維持すれば、コストアップで、普及品マーケットから撤退する可能性の高いことがわかります。
DX技術が進んでいる現在、コストダウンと価格競争力の維持のためには、レイオフを避けることはできません。
一方、円安や、EVの生産促進の補助金は一種の麻薬です。その効果は一時的なものにすぎません。
円安や、EVの生産促進の補助金で企業の経営がよくなると、年功型雇用の社内政治では、円安や、EVの補助金を誘導した人が、昇進します。円安や、EVの補助金を誘導する人は、エンジニアではありません。つまり、円安や、EVの補助金を受け取ることは、エンジニアが力を失い、技術革新の障害になります。
若くて有能な高度人材がいたとします。この人は、就職先を、「円安や、EVの補助金を誘導する企業」と「技術開発を中心に行う企業」から選べると仮定します。この人が、企業を将来性を考えれば、どちらの企業に就職するかは自明です。
BYDが仮に、日本の自動車メーカーであったとします。その場合に、新興企業のBYDと老舗のトヨタのどちらに就職するべきかという問題です。
このように考えると、トヨタからは、優秀な技術者が流出している可能性があります。
技術評価から見たトヨタの倒産確率は、かってない程高くになっています。
4)エビデンス
もちろん、組合せからすれば、円安の利益や、EVの生産促進の補助金で経営を安定させながら、なおかつ、技術開発を進めればよい訳です。
しかし、過去のエビデンスは、二兎を追うことはできないことを示しています。
経済産業省から巨額の補助金を受け取った企業は、殆どが行き詰っています。
美味しいもの(補助金)をたらふく食べて、ダイエット(コストダウン、技術開発)は出来ないのです。
これは、恐らく認知科学の問題であると筆者は思います。
政府は、骨太の方針で、「人への投資」の抜本強化を掲げ、労働者のリスキリング(学び直し)を後押し、「個人への直接支援を拡充する」としています。同じ会社に長く勤めるほど退職金の税負担が軽くなる退職所得課税についても見直しを行う予定です。
現在の退職金の課税ルールは1990年頃にできています。
アメリカでは、1990年頃に、確定拠出年金(401k)が普及して、転職が容易になっています。
つまり、1990年頃には、逆の政策が行われています。
最高裁は、解雇を禁止してきました。それには、労働生産性の低下と少子化などの副作用がありました。法律は、副作用をどう考えるべきでしょうか。
「年功型賃金+天下り+業界への補助金+与党への寄付金」はセットになっています。
「異次元の少子化対策」は、出生率には関係しないなので、Yahooのみんなの意見では、期待しないが90%を超えています。みんなの意見のサンプリングバイアスがおおきいですが、それにしても、90%以上が期待しないという意見は、「異次元の少子化対策」は、業界への補助金にすぎないと考えている人が多いことを示唆しています。
骨太の方針は、二兎を追ってるので、本気度が、疑われています。
引用文献
アングル:IT人材供給国のインド、世界景気後退懸念で採用縮小 2023/06/16 ロイター
https://jp.reuters.com/article/analysis-india-outsourcing-idJPKBN2XZ064
衰える日本の自動車産業...日韓接近を促した「世界最大の自動車輸出大国」中国の電気自動車 2023/06/06 Newsweek コーリー・リー・ベル、エレナ・コリンソン、施訓鵬(シー・シュンポン)(いずれもシドニー工科大学・豪中関係研究所)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/06/post-101823.php