教育の科学と「何を教えるべきか」 (4)

(8)平和主義から軍事大国に

 

日本の教育は科学ではなく、形而上学のドキュメンタリズムになっています。

 

「履修主義」は日本だけで、日本以外の国では、教育とは習得であると考えることが常識で、「習得主義」という言葉は使われません。

 

「履修主義」は形而上学のドキュメンタリズムなので、この問題のルーツは、教育に限定できず、幅広く分布しています。

 

実は、「履修主義」や「習得主義」といった英語がないように、日本国内と海外を比較できる事例はあまり多くありません。

 

ここでは、広島G7サミット前の岸田首相に関する報道を例に、日本国内と海外を比較してみます。

 

8-1)5月9日のTime誌の記事

 

岸田首相は4月に、Time誌の世界で最も影響力がある100人で「指導者部門」の1人に選ばれています。

 

5月9日のTime(WEB)には、岸田文雄首相に関する次の記事がのせられました。

 

独占記事:岸田文雄首相、かつては平和主義だった日本に世界舞台でより積極的な役割を与える

Exclusive: Prime Minister Fumio Kishida Is Giving a Once Pacifist Japan a More Assertive Role on the Global Stage 2023/05/09 Time Charlie Campbell  Tokyo

https://time.com/6278122/fumio-kishida-japan-prime-minister-interview-g7/

この記事の原題は以下です。

 

 

日本の選択

岸田首相は何十年も続いた平和主義を捨て、日本を真の軍事大国にすることを望んでいる

Japan’s Choice 

Prime Minsiter Fumio Kishida wants to abondon decades of pacifism-and make hiis country a true military power by  Charlie Campbell

 

 

原題に対して、日本政府がクレームを付けた結果、WEB版のタイトルが変更されましたが、紙の雑誌には、変更はありません。

 

また、WEB版も変更されたのはタイトルだけで、内容に変更はありません。

 

Time誌は「さまざまな理由でWEB版のタイトルや記事は更新することがある」と説明しています。

 

記事を読んでい頂くとわかりますが、Time誌の記事は、岸田首相へのインタビューを書き起こしたものではありません。

 

記事の内容には、大まかにわけると次のタイプがあります

 

タイプ1:記事の中心は、岸田首相が就任してから、今までに実施してきたこと(エビデンス)です。

 

タイプ2:岸田首相の過去の発言や今回のインタビューの発言(岸田首相の意図)が引用されているところもあります。

 

タイプ3:発言後、実際に、何が起こったか、これから発言を実現するには、どのような問題が考えられるかが、述べられています。

 

タイプ4:岸田首相に対して、周囲の日本人、アメリカ、韓国、中国が、どのような要望を出しているか、その要望に対する岸田首相の対応が書かれています。

 

タイプ5:岸田首相への評価が書かれています。

 

以下は、筆者の記事の一部の抜き書きです。

 

 

タイプ1:

政治的調整能力:ハト派的な性格で、安倍晋三元首相が実現できなかった第二次世界大戦以来最大規模の日本の軍備増強を大きな反発なしに成立させた。

 

米国との関係:米国主導の措置に機敏に参加した。

 

東アジアの外交関係の革命:韓国との歴史的不満を和らげ、米国などとの安全保障同盟を強化し、国防費を50%以上増額する道筋をつけた。

 

タイプ5:

東京のテンプル大学アジア研究部長ジェフ・キングストン氏の発言:岸田首相は、自分の政策を効果的に推進できることが証明されている。

 

タイプ4:

ここ数カ月間、バイデン大統領は日本、韓国、フィリピン、オーストラリアとの軍事協力を強化することを約束した。岸田氏に対し、防衛問題だけでなく中国への技術移転阻止にも協力するよう圧力をかけるつもりだ。



タイプ2:

岸田首相は5月19日から21日までG7首脳を広島に迎えるが、その際岸田首相は広島の悲劇的な歴史を利用して、ますます好戦的になるロシアの権威主義的脅威に集団的な決意でしか立ち向かうことができないことを世界の最も強力な民主主義国に説得したいと考えている。

 

タイプ2:

岸田首相は、自分の唯一の目標は広島のような悲劇が再び起こるのを防ぐことだと述べ、「今日のウクライナは明日の東アジアになる可能性がある」と語った。

 

タイプ1とタイプ5:

岸田氏の国内政策は、家計の収入を増やすための漠然とした「所得倍増計画」にかかっているが、彼の大きな問題は、富裕層を疎外せずに再分配の費用をどのように支払うかである。日本の公的債務の対GDP比は2​​56%(米国の約2倍)に達しており、岸田首相には借り入れを続ける余地はほとんどない。彼が株式譲渡と配当に対する増税の考えを持ち出したとき、日本の証券取引所は暴落した。岸田氏は主要な右翼の支持を維持するためにかなり慎重になる必要がある」と東京の早稲田大学教授で元日本の国会議員の中林美恵子氏は言う。

 

タイプ2とタイプ5:

岸田氏はまた、より多くの女性と高齢者を有益な雇用に就かせたいと考えている。世界経済フォーラムの2022年のジェンダーギャップ報告書では、日本は146か国中116位と先進国の中で最下位にランクされた。しかし、岸田政権は2030年までに大企業の女性役員の割合を30%にするという目標を掲げているが、「目標を達成するために実際にどのような行動計画が必要になるのかは明確に述べられていないと思う」と女性上司がいる日本で最も価値のある会社、サントリー食品インターナショナルCEOの小野真紀子氏は言う。

 

タイプ2とタイプ4:

中国の挑戦について問われると、岸田氏は外交的な姿勢で、11月の習氏との首脳会談で築かれた「前向きな勢い」をさらに高める必要があると述べた。しかし、岸田氏は「中国の現在の対外姿勢と軍事動向は重大な懸念事項である」と認めている。

 

 

以上の抜き書きは記事の一部です。記事はできるだけ、複数の切り口から、評価をしています。

 

「岸田首相は何十年も続いた平和主義を捨て、日本を真の軍事大国にすることを望んでいる」いうタイトルは、防衛費の枠の拡大、米国主導の措置に機敏に参加という2つのエビデンスから導かれています。インタビューの発言を根拠にしてはいません。したがって、日本政府の要請にもかかわらず、Time誌は、記事の中身は変更していません。タイトルを入れ替えたのは、WEB版だけで、雑誌のタイトルは変えていません。

 

防衛費を増やすので、「日本を真の軍事大国にする」ことについては、岸田首相も自覚しているはずです。

 

問題は、「何十年も続いた平和主義を捨て」た部分です。

 

防衛費の増加と米国主導の措置に機敏に参加することは、「何十年も続いた平和主義」とは一致しません。日本には、米軍が駐留していますでの、反米の主張は困難です。とはいえ、戦争放棄の現憲法は、実質GHQが作成していますので、アメリカも、日本が、「平和主義」を持ち出してきた場合、容認してきた経緯があります。しかし、今回は、「何十年も続いた平和主義を捨て」ています。

 

渡瀬 裕哉氏は、以下のように言っています。(筆者の要約)

日本において欧米諸国の既定路線を再確認し、日本の外交安全保障政策上のフリーハンドを喪失させ、グローバルサウスの国々からの失望を招いた。

 

Time誌の記事にも次の記述があります。

 

 

中国政府は、国営メディアが「Xivilization シビライゼーション」と名付けた新たな国際関係の場を設けて、グローバル・サウスの求愛に乗り出している。

 

 

日本は、欧米外で、最初に先進国のなったサウス(東南アジア)の国でした。

これに対しては、マレーシアの「ルックイースト」のように、日本をモデルにする国もありました。

 

ここ20年の日本経済は低迷して、日本は反面教師のモデルになりつつあります。

一方、驚異的な経済発展をとげた中国は、一帯一路のように、中国こそが、クローバルサウスのモデルであるという主張を掲げています。

 

広島のG7サミットは、ウクライナ戦争におけるウクライナに対する武器提供を加速させるための内容になっていて、バイデン大統領はG7サミットでウクライナに対して「アメリカはF16戦闘機をヨーロッパの同盟国による供与を通して容認する」と発言しました。

 

遠藤誉氏は、次のように言っています。

 

 

G7広島サミットは、米陣営に都合がいい方向にウクライナでの「代理戦争」を加速させ、第三次世界大戦へと突入する「進軍ラッパ」を鳴らした。

 

 

少なくとも、G7広島サミットでは、平和を拡大するカードは1枚も切られませんでした。

 

つまり、終ってみれば、G7広島サミットでの日本の立ち位置は、Time誌の記事の「岸田首相は何十年も続いた平和主義を捨て、日本を真の軍事大国にすることを望んでいる」方向で進んだことがわかります。

 

Time誌の記事に対して、政府がクレームをつけた理由は、インタビューでは、「平和主義を捨て、日本を真の軍事大国にすることを望んでいる」とは発言していないからであると思われます。

 

これに対してTime誌は、インタビューの発言を記事のタイトルにしたわけではないので、修正は不要であるという判断と思われます。Time誌がWEBの記事のタイトルだけを変更した理由は、日本政府のクレームを全く無視したように見えることは得策ではないと考えたためと思われます。「対応はしました。しかし、記事を変える必要あありません」ということでしょう。

 

8-2)記事の書き方

 

日本のマスコミの記事の書き方は、1990年頃から、効率優先になります。

 

例えば、過去に、石垣島の飛行場の滑走路を3000m級に拡張したことあります。

 

このような場合、全国紙は、東京でまず記事のあらすじを作ります。例えば、石垣島の現地の人は、環境破壊のために滑走路の拡張には反対しているといった感じです。

 

次に、記者が、羽田から石垣島に飛んで、インタビューを行います。インタビューには、開発賛成と開発反対の意見があつまります。

 

そして、インタビューの結果、圧倒的に反対意見が多かったという印象を与えるように記事を書きます。インタビューする前に考えられる結果は次の3つです。

 

(P1)開発賛成派が多かった。

(P2)開発賛成派と開発反対派が拮抗していた。

(P3)開発反対派が多かった。

 

マスコミでは、犬が人を噛んでも記事にはならないが、人が犬を噛めば記事になると言われます。(P1)と(P2)では、記事になりませんので、最初の予定原稿は、(P3)で作ります。インタビューの対象は統計処理ができるほど多くはありませんから、結果を(P1)、(P2)、(P3)のどれでまとめるかは、記者の任意になります。したがって、予定原稿のストーリーがそのまま最終原稿になります。

 

東京に住んでいる人は、石垣島で生活している訳ではありませんので、石垣島の滑走路の長さは、普段の生活とは関係がありません。しかし、石垣島に住んでいる人にとっては、滑走路の長さは生活の利便性に関係します。3000m級の滑走路が出来る前は、羽田から石垣島への直行便はなく、那覇で乗り換える必要がありました。ですから、環境破壊に伴う経済的な損失が、生活の利便性の改善に伴う経済効果を上回らなければ、滑走路の拡張に反対する理由はありません。

 

実際に、地元で滑走の拡張前に反対する人はほとんどいませんでした。これは、環境破壊に伴う経済的な損失を明確に示した研究者がいませんでしたので、当然のことです。

 

生物多様性条約、自然資本の経済学、SDGsも、滑走路の利用を含めたトータルの生態系サービスを評価する視点にたっています。環境が大事という形而上学ではなく、実際の経済効果を計算する考え方です。

 

以上は環境保全に関する報道の例でした。

 

さて、日本のマスコミの政治報道を見ていれば、政府の広報、あるいは、記者クラブでの説明をそのまま記事にしています。これは、factではありません。

 

マスコミの報道とは、本来、factを意味します。5W1Hと言われる由縁です。

 

記者クラブでの説明にfactが含まれていなければ、それは、factではないので、報道に値しません。

 

政治家もwishを語るのではなく、factを語る必要があります。報道の本来であれば、政治家や政府がfactを示さなければ報道には、のらないはずです。

 

Time誌の記事は、factを並べ、fcatの理解に、wishが使えるかをチェックするスタンスです。

 

防衛費を増額することが決まっています。このfactから、「日本を真の軍事大国にすることを望んでいる」というwishを導き出しています。

 

日本のマスコミは読み物としての効率性を優先して記事を作成していますので、記事には、バックデータ(fact)がありません。

 

ここでは、「教育の科学と『何を教えるべきか』」を考えてきました。

 

そこで、判ったことは、教育の効果を検証するデータは存在しないということです。

 

これは、教育○○学が、科学ではないことを意味します。

 

そこには、wishはあるけれど、factはありません。

 

Time誌の記事は、首相官邸の幽霊(wish)で始まり、首相官邸の幽霊で終ります。

 

このwishは、岸田首相が国会で発言しているwishではありません。factを説明できる逆算したwishになっています。

 

Time誌の記事のプロローグは、次の様になっています。

 

 

日本の首相官邸は不気味な場所だ。(中略。ここでは226事件など、首相官邸のクーデタ等を引用)悪霊との関わりは封印され、2021年10月に岸田文雄首相が政権を握ってすぐに引っ越してくるまで、この邸宅は9年間空席のままだった。

 

「先人たちから、この建物では幽霊に遭遇するだろうと警告されてきました」と65歳の岸田氏はレッドカーペット敷きの邸宅内で独占インタビューに応じ、表現主義的な壁のモチーフを眺めながらTime誌に語った。

 

 

エピローグは次のようになっています。

 

 

世界観のぶつかり合いは、ますますヒートアップしていくことが予想されます。岸田氏の広島での使命は、広島の焼け跡と折り鶴に焦点を当て続けることだ。幽霊たちに発言権を持たせるためだ。

 

 

「岸田首相は何十年も続いた平和主義を捨て、日本を真の軍事大国にすることを望んでいる」いうタイトルからすれば、幽霊たちとは、軍国主義の亡霊をさすと思われます。

 

「岸田氏の広島での使命は、広島の焼け跡と折り鶴に焦点を当て続けることだ。(戦争の;筆者補足)幽霊たちに発言権を持たせるためだ」というエピローグは、G7広島サミットの結果の予告です。

 

遠藤誉氏は、「G7広島サミットは、(中略)第三次世界大戦へと突入する『進軍ラッパ』」といいますが、それは、Time誌の予告した通りの結果でした。



Time誌の記事は複雑です。日本の雑誌の記事を基準にすれば、10本分位の情報が押し込まれています。

 

8-3)形而上学の終わり

 

霞が関文学の言葉尻をとらえられない表現は、形而上学です。

 

プラグマティズムアメリカでは、形而上学は無能の印です。

 

アメリカの政治家が、霞が関文学で発言すれば、選挙に落ちます。

 

日本のマスコミの記事は形而上学に満ちています。

 

ひろゆき氏の口癖でいえば、「それって、(factではなく、)あなたの意見でしょう」という内容です。

 

Time誌や、アメリカの政治は、形而上学には関心がありません。

 

グローバルサウスの政治家も形而上学には関心がありません。

 

グローバルサウスの政治家は、アメリカの正義と中国の正義が対立しても、factに違いがなければ、どちらでも構わないと考えます。

 

グローバルサウスの国の第1の貿易相手は、中国です。つまり、明らかな経済的なメリットは見えなければ、グローバルサウスの国は、中国第1のポジションを変えることはありません。

 

日本の平和主義は形而上学でした。自衛隊は、軍隊ではないというロジックは、日本国内でしか通用しません。先に外国を攻撃しないという平和主義も、形而上学です。自衛隊の戦闘機だけが、特殊はソフトウェアで制御されている訳ではありません。自衛隊に、他国を攻撃する能力があるというfactは、自衛隊が、軍隊であることを示しています。

 

天皇は、戦争に負けるまでは、現人神であって、人間ではありませんでした。しかし、生物学でみれば、その説は、ナンセンスでした。

 

日本人が、日本だけの形而上学が世界で通用すると考えるべきではありません。

 

「履修主義」の大学の卒業資格は、形而上学であって卒業証書としては認められません。

 

現在では、まだ、日本の大学の卒業証書が、海外でも通用しますが、それは、日本以外では、「履修主義」の学校が存在しないからです。海外では、「履修主義」の学校は想像することが出来ません。これは、自衛隊が軍隊でないことを想像できないことに似ています。

 

しかし、日本の大学教育の実態が、「履修主義」であることが知れ渡れば、日本の大学の卒業証書は、倒産した企業の株式と同じように、紙屑になってしいます。

 

一般には、教育はもっと、確実にリターンが見込める投資と考えられています。

 

しかし、「履修主義」では、教育投資はハイリスクになります。子供が大学を卒業するまでには、1000万円以上かかりますが、大学の卒業証書が、紙屑になれば、リターンは、ゼロになってしまいす。



世界の大学ランキングでは、日本の大学で200位以内にランクインしている大学は、ほんの一握りです。日本企業が、ジョブ型雇用の実力主義をとれば、200位のランク落ちの日本の大学生を採用するより、200位にランクインした海外の大学の卒業生を採用する方が合理的です。つまり、「履修主義」の日本の大学の卒業証書が紙屑になる日は、すぐそこまで来ています。

 

「習得主義」は、日本がDXをすすめ、労働生産性を上げる上では、避けて通ることの出来ない道です。これを避けた高齢化・少子化対策はあり得ません。



引用文献

 

独占記事:岸田文雄首相、かつては平和主義だった日本に世界舞台でより積極的な役割を与える

Exclusive: Prime Minister Fumio Kishida Is Giving a Once Pacifist Japan a More Assertive Role on the Global Stage 2023/05/09 Time Charlie Campbell  Tokyo

https://time.com/6278122/fumio-kishida-japan-prime-minister-interview-g7/

 

広島G7サミットで日本が失ったものは何か  2023/06/02 Newsweek 渡瀬 裕哉

https://www.newsweekjapan.jp/watase/2023/06/g7-1.php

 

岸田首相、米誌「タイム」次回号の表紙に“日本を真の軍事大国にすることを望んでいる”

https://news.yahoo.co.jp/articles/3a157ef4d835a5722d7b3221f826c1429747c11f

 

G7広島サミットは第三次世界大戦への「進軍ラッパ」か 米国軍事安全保障シンクタンク公開書簡から 2023/05/24 中国問題グローバル研究所 遠藤誉

https://grici.or.jp/4295

 

米タイム誌 岸田首相の「日本を軍事大国に変える」記述を変更 NHK

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230512/k10014064991000.html