リスキリングのリスク

内容紹介

 

ホンダとトヨタは、配置転換とリスキリングで、ソフトウェア技術者を増やす計画です。

 

ここでは、この事例を参考に、技術者の労働市場のない2023年の日本では、リスキリングが大きなリスクになる点を考察します。

 

(1)ソフトウェア技術者のリスキリング

 

ホンダとトヨタは、配置転換とリスキリングで、ソフトウェア技術者を増やす計画です。

 

インドのIT技術者との連携も考えられています。

 

このリスキリングは、成功するでしょうか。

 

(2)楽天とIT

 

かつては極めて良好な財務体質を誇り、市場の期待も高かった楽天は、「最後の軍資金」で立ち直れるかどうかの瀬戸際に立たされています。

 

加谷珪一氏は、次の様に評価しています。(筆者の要約)

 

 

楽天は、テクノロジー企業ではなく、アマゾンやアリババと同じ土俵では戦えないとする冷めた見方も多かった。

 

実際、アマゾンやアリババが高度な技術力を駆使して次々と革新的なサービスを展開するなか、楽天は出店者から出店料を徴収する事業形態から脱却できず、高度な物流網の構築やAI(人工知能)を使った販促システム、大規模なクラウド・サービスのいずれも実現していない。

 

ハイテク企業と似て非なる存在だった同社の姿は、IT後進国となった日本そのものといえるかもしれない。

 

 

ここでのポイントは、「テクノロジー企業」か、どうかにあります。

 

最近の楽天は、インド工科大学の卒業生を多数採用しています。つまり、ソフトウェア技術者を揃えるという意味では、ホンダやトヨタの先をいっていましたが、加谷珪一氏は「ハイテク企業と似て非なる存在」と評価しています。

 

これから、ソフトウェア技術者の数が問題ではなく、「テクノロジーをビジネスに結びつけるモデル」の構築が問題であることがわかります。

 

ホンダとトヨタは、エンジン自動車を作る点では、「テクノロジー企業」です。しかし、「ソフトウェアをビジネスに結びつけるモデル」を構築したソフトウェアの「テクノロジー企業」ではありません。

 

これに対して、テスラは、ソフトウェアの「テクノロジー企業」です。

 

筆者は、トヨタの自動車に乗っていますが、純正ナビの性能はひどいものです。問題があれば、スマホGoogle Mapのナビに切り替えています。

 

純正ナビはOEMトヨタ製ではありません。純正ナビのデータは、2年を経過するとマップデータの更新に、新たな費用がかかります。

 

しかし、トヨタが、ソフトウェアの「テクノロジー企業」を目指しているのであれば、OEMで性能の悪いナビを販売することはありえません。この部分は、自動車の価値のコアだからです。

 

ナビは、道路の混在状況を見ながら、最短経路を割り出します。次のステップでは、駐車場の空き状況を予測して、目的地に最短の駐車場を抽出して、案内するはずです。

 

Googleが、Googleカーを出せば、こうした機能は標準装備されていると思います。

 

トヨタが、ソフトウェアの「テクノロジー企業」を目指しているとは思えません。



<引用文献

 

「日本ネット企業の雄」だった楽天は、なぜここまで追い込まれた? 迫る「決断の日」2023/05/30 Newsweek 加谷珪一

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2023/05/post-236.php

 

(3)ChatGPTのコーディング能力

 

ChatGPTで、ソフトウエアのコーディング環境は大きく変わりました。

 

ネットでは、次のような質問も見かけます。

 

<

 

大学のコーディングの宿題をそのままChatGPTに投げると模範解答とほぼ見分けがつかないコードを返してくるのですが、教える側としてどのような対策が取れるでしょうか?

 

>

 

自動コーディング評価は、今でも多くの技術者採用プロセスの最初のステップになっています。

 

自動コーディング評価は、エンジニアがデータ構造やアルゴリズムなどの基本的なプログラミング概念を理解し、効率的で正確、かつデバッグしやすいコードを書く能力を評価するのに役立ちます。

 

しかし、VentureBeat氏が報告しているように、自動コーディング評価は、ChatGPTにより困難になっています。

 

@lazy-kz氏はGPT-4の能力を次の様に言っています。(筆者の要約)

 

 

GPT-4は、ほとんどのエンジニアよりも良いコードを書きます。

 

人間では真似できないコーディング速度や事務処理速度を併せ持つ非常に優秀な存在です。



GPT-4のスキルレベルで応募があった場合、弊社の基準ではシニアクラスのエンジニアとして採用します。

 

全エンジニアに「年収10万ドル以上の市場価値があるスキルを持った優秀なメンター/部下」が常についているイメージです。

 

AIとのペアプログラミングは、全てのエンジニアにとって必須技能です。

 

 

@lazy-kz氏は、GTP-4時代のソフトウエアエンジニアの仕事を次の様に考えています。

 

 

AIがカバーできる領域が広がったことにより、エンジニアには「コードを書くこと」自体では無く、「ビジネスサイドが実現したいこと」を実現する能力がより強く求められるようになります。

 

最高のエンジニアリングとは「コードを可能な限り書くことなくビジネスサイドが実現したいことを迅速に実現すること」です。

 

「コードが書ける」能力は必要ですが、コーディングはあくまでエンジニアリングの目的ではなく実現手段の一つです。

 

 

「ビジネスサイドが実現したいこと」を実現する能力とは、楽天問題で論じた「テクノロジーをビジネスに結びつけるモデル」と同じ能力です。これは、テクノロジー企業の定義になります。

 

配置転換で、リスキリングさせて、ソフトウェアエンジニアリングを学ばせても、80%の人は、GTP-4以下のコードしか書けません。

 

つまり、80%の人は、窓際族になって、社内失業を抱えることになります。

 

この状態では、組織崩壊が起こります。ソフトウェアを開発する以前の問題です。

 

欧米の企業であれば、配置転換する人は、余剰人材ですから、一度レイオフして、リスキリングしてもらいます。そして、20%の人を雇用します。

 

この20%の人が、再雇用であるか、他の企業の出身であるかは、どうでも良い話です。

 

100ポイントの人件費を100%の人に配分すれば、平均給与は1ポイントになります。

 

100ポイントの人件費を20%の人に配分すれば、平均給与は5ポイントになります。

 

つまり、レイオフとリスキリングを経由すれば、社内の配置転換の場合の5倍の給与を得ることができます。

 

言い換えれば、現在の平均給与の5倍程度の給与をオファーできます。

 

ソフトウェア技術者の労働市場を前提としなければ、リスキリングは、組織崩壊に繋がります。これは、日本企業が今まで、DXやリスキリングを進めてこなかった理由と考えられます。



<引用文献

 

ChatGPTでエンジニアがコーディングテストを不正、採用者はどう対応すべき? 2023/02/23 Bridge VentureBeat

https://thebridge.jp/2023/02/will-chatgpt-make-coding-tests-for-engineers-obsolete

 

GPT-4時代のエンジニアの生存戦略 2023/03/27 Qiita @lazy-kz(株式会社 wevnal)

https://qiita.com/lazy-kz/items/e4932f1a90c2a7986ef5

 

(4)異次元金融緩和

 

4月から、日銀が、植田新総裁になって、総裁交代前頃から、前黒田総裁時の異次元金融緩和の評価が進んでいます。

 

ここで、以下の考察の前提を確認しておきます。

 

科学の基本は、「エビデンスを説明できる仮説が正しい仮説」ということです。

 

たとえば、次の2つの仮説を立てます。

 

(仮説1)デジタル庁は、デジタル化を推進するために作られた。

 

(仮説2)デジタル庁は、官僚がポストを増やすために作られた。

 

仮説2は、デジタル庁にポストが出来た時点で検証されています。

 

仮説1は、デジタル庁ができて、アウトカムズが出てから評価されます。

 

マイナンバーカードの問題を見る限り、デジタル庁の効果は見られません。

 

そこで、仮説1が否定されたとします。

 

その時点で、仮説2だけが生き残ることになります。

 

仮説は、いくつあってもかまいません。

 

データ(エビデンス)が、十分に揃うまでは、仮説の絞り込みはできません。

 

デジタル庁のアウトカムズは時間とともに変化します。このような場合には、エンドポイントを設けて評価します。政府は年度予算で活動しますので、最短のエンドポイントは1年です。1、2年あれば評価が可能です。

 

ジョブ型雇用では、エンドポイントの評価に伴い、組織の見直しが行われます。仮説1が否定された時点で、その組織は改廃の対象になります。これは、諸外国のシステムです。逆に言えば、組織の改廃を前提としない評価はあり得ません。

 

本題に戻ります。

 

 2022年11月2日のダイアモンドで、野口悠紀雄氏は、日銀の異次元緩和「本当の目的」を論じています。

 

ここでは、日銀の異次元緩和では、公式の目標のインフレは起きませんでしたので、エビデンスを説明できる仮説を検索しています。(筆者の要約)

 

 

異次元金融緩和の表向きの目標は、物価上昇率の引上げです。その実現する手段として、国債を大量に購入がなされました。

 

ここで、二つの問題が指摘されていました。

 

第1の問題点:なぜ物価上昇率を2%にするのが望ましいのか。

 

第2の問題点:国債の大量購入が、物価上昇を実現するメカニズム。

 

世界の中央銀行と日銀の政策運営は、際立って異なります。そこで、異次元緩和の「本当の目的」を探索します。



[第1の問題点の物価目標]

 

「フィリップス・カーブ」とは「高い物価上昇率と、低い失業率(経済が活性化)には相関がある」ことを指します。

 

日本では、欧米と異なり「フィリップス・カーブ」は成立していません。景気の状況によって失業率は変動するが、物価は上昇しません。

 

これから、日本銀行は、「物価が上がれば経済が活性化する」と信じていなかったことがわかります。その場合、本当の目的は、物価とは別にあることになります。

 

[第2の問題点の目的(物価上昇)と手段(国債購入)の関係]

 

国債の大量購入が、物価上昇につながるメカニズムは説明されていません。

 

国債購入増は、民間銀行が日銀に保有する当座預金残高を増やします。しかし、当座預金残高は、マネー(銀行などの預貯金と政府貨幣)ではないため、マネーストック(貨幣供給量)は増えません。

 

つまり、「国債購入でマネーストック(貨幣供給量)を増大させても、貨幣数量説的なメカニズムを通じて物価を引き上げる」ことはありません。

 

実際、当座預金残高は増えたが、マネーの残高は増えませんでした。

 

日銀は、物価目標を掲げて金融緩和を続ければ人々の期待が変化して、物価が上昇すると説明しています。しかし、曖昧な「期待」に本気で依存したとは考えられません。



[本当の目的]

 

エビデンスを説明できる仮説は次です。

 

「異次元金融緩和の目的は、物価ではなく、金利である」

 

長期金利を低下させて、財政資金の調達を容易にします。さらに、外国との金利差を拡大し、円安を引き起こして、企業の利益を増加させ、株価を上昇させます。

 

[エビデンスの検証]

 

国債購入により長期金利が低下し、その結果、円安が進行した。

 

10年国債の利回りは、異次元緩和直前の2013年1月の0.85%から、16年初めの0.0%まで低下した。

 

為替レートは、13年1月の1ドル90円程度から、16年初めの120円程度まで下落した。

 

なお、円安は、日本の金融政策だけが原因ではありません。2010年頃、ユーロ危機で資金がユーロ圏から流出し、「セイフヘイブン」と見なされた日本に流入して円高が進みましたが、2012年頃から、ユーロ危機が収まり反転しています。

 

株価は回復しました。

 

異次元金融緩和の「真の目的」はほぼ達成されています。

 

 

2023年1月8日の東洋経済で、野口悠紀雄氏は、次のようにいっています。

 

 

大規模金融緩和政策の誤りは明白だ。

 

 

ここで、政策の誤りとは、労働生産性があがず、日本の1人当たりGDPを大きく下げたことを指しています。

 

野口悠紀雄氏はここまでしか言っていません。

 

官僚の仕事の目的は、財務省を例にとれば、次の2つです。

 

目的1:健全で安定した市場の実現を目指す。

 

これは、省令で定められた目的に相当すると思われます。

 

財務省であれば、日本経済の安定と活性化を図ります。日銀は、財務省ではありませんが、最近の政策は、財務省とは独立していませんので、ここでは、財務省の政策の一部と考えます。

 

目的2:権威による所得移転を行う。

 

鉄のトライアングルの維持を目指します。

 

これは、官僚の天下り利権と企業の補助金などの所得移転と政権与党への寄付金のトライアングルを指します。

 

目的1は市場原理であり、目的2は、権威による所得移転とも考えられます。

 

中国では、習近平政権になって、目的1が弱まり、目的2が強化されています。

 

その結果、世界の投資家は、中国経済の先行きに疑問を抱いています。

 

目的2は、民主主義国家では、本来はあるべき目的ではありませんが、許認可利権があれば、目的2を廃絶することは困難です。したがって、現実的には、必要悪の側面を持っています。

 

中国は、社会主義国家ですから、原理的には、目的2が、目的1を上回ることが建前です。労働者は、資本家から搾取された分を取り返すというモットーが目的2に相当します。

 

日本は、民主主義国家かつ資本主義国家ですから、原理的には、目的2が、目的1を上回ることはあり得ません。

 

しかし、野口悠紀雄氏の指摘は、この原理に対する疑問を引き起こします。



<引用文献

 

政府の過剰な介入が日本企業をダメにした…インフレがピークアウトしても日本経済は復活しない理由  2022/11/16 President 野口悠紀雄

https://president.jp/articles/-/63757

 

日本の1人当たりGDPを大きく下げた「真犯人」  2023/01/08 東洋経済 野口悠紀雄

https://toyokeizai.net/articles/-/644005

 

日銀の異次元緩和「本当の目的」は物価でなく低金利と円安 2022/11/02 ダイアモンド 野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/312287



なぜ円安になるのか? - 円安が日本を滅ぼす(野口 悠紀雄さんコラム - 第1回) 2023/01/12 保険市場Times

https://www.hokende.com/news/blog/entry/noguchiyukio/004



円安で弱くなった日本企業 - 円安が日本を滅ぼす(野口 悠紀雄さんコラム - 第2回)2023/01/25 保険市場Times

https://www.hokende.com/news/blog/entry/noguchiyukio/005

 

円安で弱くなった日本企業 - 円安が日本を滅ぼす(野口 悠紀雄さんコラム - 第3回)2023/02/08 保険市場Times

https://www.hokende.com/news/blog/entry/noguchiyukio/006

 

 

(5)2000年の分岐点

 

野口悠紀雄氏は次の様にツイートしています。

 

 

異次元緩和の本当の目的が、物価ではなく、金利引き下げと円安だったと考えれば、すべてが整合的に理解できる。

 

 

 

円安によって安易に利益を増やせるため、日本企業は新しい技術を開発する努力を怠るようになったのだ。つまり、2000年代の日本製造業の復活は、見かけ上の復活であり、本当の復活ではなかった。これ以降、日本政府は継続的に円安政策を続けた。

 

つまり、2000年代の日本製造業は、円安によって安易に利益を増やせるため、日本企業は新しい技術を開発する努力を怠ったと総括しています。

 

2000年代の日本では、非正規雇用が拡大しました。つまり、新しい技術を開発する努力よりも、人件費の圧縮にはしりました。

 

正規雇用の賃金は、他の先進国と比べて異様に安く設定されています。

 

加谷 珪一氏は、次のように言ってます。

 

 

ドイツでは、つい最近まで最低賃金の制度が存在しなかったが、日本と比較するとドイツの労働者の賃金は圧倒的に高く、市場メカニズムによって労働者の生活が担保されていた。

 

 

これは日本には、年功型雇用によって、労働市場が存在しないために、非正規雇用の安い賃金が実現できたことを意味します。

 

異様に安く設定された賃金では、年金の積み立てができませんので、将来の不足分は、税金で補うことになります。

 

つまり、非正規雇用の安い賃金は、将来の年金の税負担を通じた政府から企業への所得移転に他なりません。

 

円安も、労働者から企業への所得移転になります。

 

2000年代の日本企業には、2つの選択がありました。

 

(第1の選択)新しい技術を開発する

 

(第2の選択)円安と非正規雇用の拡大による所得移転を進める

 

当たり前ですが、欧米の企業は、(第1の選択)を採用します。その結果、労働生産性があがり、1人当たりGDPと賃金が上昇しています。

 

これは、先進国だけでありません。2022年には、インドネシア、マレーシア、ベトナムなど途上国のGDPが伸びました。そこでは、技術を開発が進められています。

 

一般に、「技術を開発」を放棄してしまえば、企業は競争優位でなくなり、つぶれてしまいます。なので、企業が(第1の選択)を放棄することは常識では考えられません。

 

ところが、野口 悠紀雄氏が指摘するように、日本では、圧倒的に、(第2の選択)が選ばれています。

 

(第2の選択)は持続可能ではありません。

 

ちまたでは、SDGsが話題になっていますが、(第2の選択)をした時点では、SDGs失格になります。

 

「どうして、(第1の選択)ではなく、(第2の選択)が選ばれたか」(技術放棄の原因)は、筆者の大きな疑問でした。

 

以下では、その一部を検討します。

 

なお、筆者は、現在、「技術放棄の原因」は、より構造的な社会変化の一部であると考えていますが、その考察は長くなるので、別の機会に論じます。




<引用文献

 

じつは日本が、いよいよ「強力な統制国家」になっていることに気づいていますか…? 2023/05/10 現代ビジネス 加谷 珪一

https://gendai.media/list/author/keiichikaya

(6)忖度の構造

 

疑問解明のヒントは、熊野英生氏の記事にありました。(筆者の要約)

 

 

日銀による円安促進は、デフレ脱却のために行われていると広く信じられている。

 

清滝信宏プリンストン大教授が、岸田文雄首相も参加する経済財政諮問会議に出席して以下の発言をしました。

 

「1%以下の金利でなければ採算が取れないような投資をいくらしても、経済は成長しない。

 

金利は生産性の低い投資案件を実行させて、企業の収益体質を脆弱化させる。

 

従って、中長期的に見れば、金融緩和はデフレを引き起こすリスクが高い」

 

植田総裁が登場して、正面切ってこれだけ厳しい反論を浴びせた人はいないと思う。

 

植田総裁は、空気を読まない批判に対してどう受けて立つのだろうか。

 

 

熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミストです。1990年日本銀行入行し、調査統計局、情報サービス局を経て、2007年7月に退職しています。2007年8月に第一生命経済研究所に入社し、2011年4月より現職です。

 

日経新聞の定義によれば、行政の無謬主義とは政策が失敗した場合の議論を封印することです。

 

全てのプロジェクト(政策)はある確率で失敗します。デジタル社会へのレジームシフトが起こっている現在では、先が見えませんので、プロジェクトの失敗確率は大変高くなっています。

 

ジームシフトがおこっている現在でも、無謬主義を取ることは、非常に多くの失敗を放置することになり、自殺的な行為です。先が見えないときには、複数のプロジェクト(シナリオ、プラン)を並列して走らせて、良いプロジェクトを選抜する必要があります。

 

このフレームワークで考えれば、清滝信宏プリンストン大教授の発言は次の2点で考慮されるべきです。

 

第1点:発言の趣旨が正しいか

 

第2点:発言の着目点は重要で、検討に値するか

 

第1点の注目すれば、「空気を読まない批判」になりますが、第2点に注目すれば、新たなアイデアの提案にすぎません。

 

デジタル社会へのレジームシフトが起こっている現在は、先が見えませんので、第1点の評価は困難か、無意味です。むしろ論点は、第2点になるはずです。

 

熊野英生氏は、日本銀行の出身なので、「空気を読まない批判」になるのかも知れませんが、経済財政諮問会議は、クリティカルシンキングは全く行われない大政翼賛会になっているように見えます。

 

2000年頃に、金融工学は、安定して理論的な学問になりました。欧米の金融機関では、(第1の選択)の「新しい技術を開発する」ために、金融工学の専門家を高い給与で雇い入れました。高度人材の走りです。

 

所得の最も高い職業は金融工学の専門家になり、アメリカの高校生で、成績優秀な学生は、金融工学の専門家を目指しました。

 

2000年頃に、日本の金融機関は、(第1の選択)の「新しい技術を開発する」ために、金融工学の専門家を高い給与で雇い入れませんでした。

 

この経営選択は不合理なので、筆者には、謎でした。

 

しかし、熊野英生氏の発言をみれば、日本の金融機関の幹部には、財務省の指示に従って、経営を行い、財務省をOBを受け入れる護送船団方式しか頭になかったことがわかります。

 

そして、経済財政諮問会議を見る限り、その状況は余り変化していないように見えます。

 

<引用文献

 

コラム:ノーベル賞に近い清滝氏の挑戦的発言、緩和長期化と低生産性を読み解く=熊野英生氏 2023/05/23 ロイター

https://jp.reuters.com/article/column-hideo-kumano-idJPKBN2XE0CR

 



(7)ものをいう株主

 

2000年頃に、次の2つの選択が生じたと申し上げました。

 

(第1の選択)新しい技術を開発する

 

(第2の選択)円安と非正規雇用の拡大による所得移転を進める

 

株主利益を考えれば、(第1の選択)しか、あり得ません。

 

一方、(第2の選択)は、短期的には確実な利益が見込めます。

 

つまり、定年退職をまじかに控えた経営者にとっては、短期的な利益が確実に見込める(第2の選択)を採用する理由があります。

 

(第2の選択)は、鉄のトライアングルのもとで、官僚のOBを受け入れることで成り立っています。

 

株主にとっては、経営者に(第1の選択)をとってもらわなくては、たまりません。

 

米国では、1980年代後半以降、巨大公務員年金が、パッシブ運用の一環としてコーポレートガバナンスの改善を要求するようになり、ものをいう株主という言葉が定着しました。

 

2000年以降、日本株も、外資が所有する場合が出てきます。

 

外資にとっては、(第2の選択)は想定外ですので、問題になりません。

 

また、国際企業のシェルのように、経営が特定の国の利益を配慮することがないように、公務員の天下りを制限している場合もあります。

 

2005年頃には、外資の日本企業の買収が出てきます。

 

企業が外資に買収された場合、公務員のOBの天下りは出来なくなります。

 

そこで、経済産業省は、知識人を使って「会社はだれのものか」というキャンペーンを張ります。

 

労働市場がない場合には、会社がつぶれると、従業員は立ち行かなくなります。

 

しかし、労働市場があれば、従業員は転職すればよいので、「会社はだれのものか」というキャンペーンに意味はありません。

 

解雇規制をかけても、会社がつぶれることはあります。最近では、会社がつぶれる前に、割り増し退職金をはらって、解雇することが当然になってきました。

 

三洋電機株式会社は、2011年に、株式交換によりパナソニックの完全子会社となりました。この前数年間で、グループ10万人超の巨大企業が倒産を経ずに(経営統合で)事実上消滅しています。この時のレイオフは過酷で、割り増し対処金を払う余力はなく、強制配転で、自己都合の退職が進められています。

 

2020年7月の東芝株主総会について、ロイターは、株主から選任されて調査していた外部の弁護士が2021年6月10日、「総会は公正に運営されたものとはいえない。同社が経済産業省と一体となって、社外取締役の選任を提案していた筆頭株主などに不当な影響を与えたと認定した」と伝えています。

 

つまり、東芝には、いまだに、(第2の選択)をとっているという疑惑があります。



<引用文献

 

岩井 克人著、会社はだれのものか(2005) 

 

会社は誰のものか 小林 慶一郎  2005年4月25日 「朝日新聞」に掲載

https://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/debate/01.html



東芝経産省と一体で「物言う株主」に不当な影響 総会めぐる外部調査 2021/06/11 ロイター

https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2021/06/post-96492.php

 

 

(8)ソフトウェアのビジョンの課題

 

「(第1の選択)新しい技術を開発する」ために、基本的な手順は、ジョブ型雇用を実施して、技術的な能力のある人材を獲得することです。

 

問題は、「技術的な能力のある人材の獲得」です。

 

「技術的な能力のある人材の獲得」の基本は、コーディング評価です。評価によって採用した最初の給与が決まります。

 

このステップには、@lazy-kz氏は、GTP-4時代のソフトウエアエンジニアの仕事の発言が参考になるので繰り返します。

 

 

AIがカバーできる領域が広がったことにより、エンジニアには「コードを書くこと」自体では無く、「ビジネスサイドが実現したいこと」を実現する能力がより強く求められるようになります。

 

最高のエンジニアリングとは「コードを可能な限り書くことなくビジネスサイドが実現したいことを迅速に実現すること」です。

 

 

つまり、「ビジネスサイドが実現したいこと」(ソフトウェアのビジョン)が重要になります。

 

アマゾンやアリババが高度な技術力を駆使して次々と革新的なサービスを展開するなか、楽天は出店者から出店料を徴収する事業形態から脱却できず、高度な物流網の構築やAI(人工知能)を使った販促システム、大規模なクラウド・サービスのいずれも実現していません。

 

これらの実現には、技術(人材)と時間がかかります。ソフトウェアのビジョンを早めに設定して、ビジョンに合った人材集めから取り掛かる必要があります。

 

その人材集めも、目的とするソフトウェアのモジュールを分担して開発できるように、分野ごとの専門家を揃える必要があります。これは、野球のドリームチームを考えればイメージできます。

 

こうした人材あつめには、人材をスカウトができる専門人材が必要です。

 

ホンダとトヨタは、2023年5月になって、急にソフトェア人材の拡充に動き出しました。

 

テスラ・モーターズが、トヨタ自動車と電気自動車の分野における共同開発始めたのは2010年です。

 

テスラがモデルSを発売したのは、2012年で、10年前です。

 

それから、2023年まで、トヨタが、ソフトウェア開発を重視して来かった(明確なビジョンを描けなかった)ことがわかります。

 

ウーブン・シティも、水素自動車も、明確なビジョンには達していません。

 

もちろん、未来は読めませんので、失敗を繰り返すことは、当然ですが、生き残った中に、本命がないと企業はつぶれてしまいます。

 

トヨタは過去最高の利益を上げていますが、その大きな要因は円安です。

 

ホンダとトヨタが、明確なビジョンなしに、ソフトウエア技術者の拡大に乗り出しているのは、追い込まれているためとも見えます。

 

(9)評価の課題

 

筆者は、年功型組織が、ジョブ型組織の変わる場合の最大の課題は、技術評価ができないことだと考えます。

 

日本の社会では、評価を真面目におこなってきていません。

 

学校教育で、期末試験を行う目的は、不得意分野のある達成度の低い学生に単位を与えないためです。

 

これは、言い換えれば、理解レベルの達していない部分を再履修するためです。

 

試験問題が易しくて、全員が合格する場合、その期末試験は、達成度の低い学生の不得意分野を抽出できていないので、試験は失敗したことになります。

 

なぜばら、試験の目的は、学生の差別ではなく、教育の質の向上にあるからです。

 

卒業生の学習の品質管理ができない大学の卒業資格には価値がなくなります。

 

日本の大学、高等学校の過半数はこのレベルですので、教育は破綻しています。

 

経済財政諮問会議では、クリティカルシンキングは全く行われず、ほとんど、大政翼賛会になっているように見えます。

 

これは、政策評価がなされていないか、無謬主義で、評価を拒否しているためと思われます。

 

しかし、これは、その他の有識者会議も同じだろうと推測されます。

 

有識者会議は、パースのいう権威の方法に従っていますので、科学の方法に変えるべきです。

 

薬の効果は、RCTを使った二重盲検テストで検証されます。俳句の選句会では、筆跡で作者がわからないように、作品を書きうつして、作者名を伏せて、投票が行われます。

 

有識者会議の提案とその他の提案を、提案者がわからないようにして、選句会のように、政策を並べて、ベストな政策を投票で選ぶことは可能です。

 

マスク氏は、ツイッターの投票で、CEOの交代を決めました。

 

マスク氏の方法にも問題がありますが、現在の有識者会議の利用方法にはよりはマシかもしれません。

 

過去20年間の政策は、有識者会議の提案に従っていますが、成功例が余りに少ないので、現在の有識者会議のシステムは、有効に機能しないことがわかります。

 

財政も教育も破綻していますが、有識者会議は、回復の道筋を提案できていません。

 

問題は、有識者という権威を外しても、評価ができるかという点にあります。

 

熊野英生氏のように、「空気を読まない批判」を気にしているレベルでは、評価ができるようになるまでに時間がかかりそうです。

 

なお、ベストな政策を投票で選ぶ場合には、選択する政策提案は1つに限る必要はありません。3つ程度の政策提案を選択して、特区で、効果を検証すべきと思います。これは、EBPMに相当します。

 

現時点で、神戸市は「EBPM」(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング、証拠に基づく政策立案)に取り組んでいますが、環境整備の段階です。

 

日本国内では、英国が20年前に導入した「EBPM」の導入事例はありません。

 

<引用文献

 

ガバメントクラウド先行導入の神戸市、手応えは? 市長に聞いた 2023/05/31 IT media DX

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2305/31/news186.html#utm_campaign=itm_sidelink_dx 

 



2023年5月31日のNewsweekで、舞田敏彦氏は、企業は新採の採用時に、「職務遂行に必要な技能水準ではなく、間違いのない人を採りたいという思惑から、大卒学歴をフィルターとして使っている」と言います。つまり、企業は、能力評価を怠っている(あるいは能力評価ができない)実態があります。

 

能力ではなく、大卒学歴をフィルターとして使っているケースが多いことから、大学の学費を無償化する要求がでてきます。

 

ヨーロッパの大学の学費は安いですが、定員枠は小さいです。

 

アメリカのハーバード大学は、 世帯年収1,200万以下(2022年の75000USDから2023年は85000USDにアップ)では、ハーバード大学の学費を払うのは困難なので、1USDたりとも払わなくて良い制度になっています。

 

欧米では、しっかり学習できれば、学費の安い大学を選択する道があります。

 

日本では、そのようなルートは少ないです。

 

大学の入学希望者と定員がほぼ一致する全入になっています。このため、大学卒の資格をとるには、学習ができる必要はなく、授業料と生活費の手当てをする経済力があれば、十分です。

 

つまり、大卒学歴をフィルターとして使うことは、経済格差をフィルターにしていることになります。

 

「空気を読む」ことの裏返しかも知れませんが、日本の社会では、評価はなされません。あるいは、まともな評価はなされません。

 

デジタルカメラは、自動車とならんで、未だに日本企業が技術競争力をも持っている製品ですが、日本では、まともな評価はなされません。

 

例えば、新製品のカメラは出た場合には、新製品は、性能がよく、旧型は性能が悪くてダメであると記載されます。

 

2年ほどして、その次の世代の新製品のカメラは出た場合にも、新製品は、性能がよく、旧型は性能が悪くてダメであると記載されます。

 

製品は、単品で性能が紹介されるだけで、比較されることはほとんどありません。

 

カメラの新製品は出て、旧製品との比較の記事では、スペックの比較がなされるだけで、実際に撮影された画像が比較されることはありません。

 

カメラの記事は、販売促進のための宣伝と変わりません。

 

一方、欧米では、実際に同じものを撮影して、レンズやカメラの評価がなされます。

 

2023年7月に休刊(実質は廃刊)となるレコード芸術という雑誌があります。

 

これは、LPやCDが1枚3千円位して、気軽に購入できなった時代のお買い物ガイドの雑誌でした。

 

インターネットが普及して、情報が容易に入手できるようになると、かつてのお買い物ガイドの情報は、定価の高いLPやCDを推薦して、バジェットプライスの製品をあまり推薦しなかったことがバレています。

 

バジェットプライスの製品の演奏家の中には、作曲家の前で演奏して、アドバイスを受けた人もいます。こうした演奏の解釈には、歴史的な価値がありますので、バジェットプライスだから推薦しないのは不当な扱いです。

 

日本の学識経験者の中には、英語の論文を読まないし、書かない人もいます。そうした学識経験者やジャーナルの評価は、国際水準には達していないという疑問が付きます。これは、論文の引用文献を見れば、一目瞭然です。

 

たとえば、英語では、人口ボーナス期以降とはいいますが、人口オーナスという表現は、日本人の研究者以外は妻わない和製英語です。

 

ジョブ型雇用をする場合に、適正な評価は、非常に大きなハードルです。

 

権威者の推薦や、大学卒といったラベルを伏せた状態で、どこまで評価できているかを考えて見てください。

 

ミシュランに載っていた、テレビに出たから、ネットの評価は高かったから、レストランに行く人は、評価が出来ているか、自問する必要があります。

 

<引用文献

 

学歴格差が引き起こす残酷なネガティブスパイラル 2023/05/31 Newsweek 舞田敏彦

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/05/post-101774_1.php

 

 

(10)技術の問題

 

さて、主な評価の対象は、ソフトウェアエンジニアのような技術開発をする能力です。

 

この評価ができていれば、ソフトウェエンジニアを1000人増やすと言った乱暴な数字になることはありません。

 

古いIBMの調査では、ソフトウェアエンジニアの生産性は26倍違いました。

 

AIとのペアプログラミングが可能になった現在では、生産性の差が、50から100倍になっていても不思議ではありません。

 

また、IT技術は細分化しましたので、どんなに優秀なソフトウェアでも、専門外の分野のコーディングをさせれば、生産性が落ちてしまいます。

 

実は、日本の企業の幹部には、技術が理解できている人がいない問題点があります。

 

C.P.スノーが、1959年の「2つの文化と科学革命」を書いたときに、スノーは、人文的文化では、科学的文化は理解できないと断言しています。

 

ソフトウェアを設計するには、ソフトウェア工学の知識が必須です。

 

文系か、理系かのレベルでは、十分ではありません。

 

自動車メーカーの幹部には、機械工学の専門家はいますが、ソフトウェア工学の専門家がいるとは思えません。

 

つまり、企業幹部の技術レベルが低すぎる、あるいは、ソフトウェア工学の専門家が幹部にいない可能性があります。

 

これは、筆者の推測にすぎません。

 

自動車メーカーの内実はわかりませんが、ヒントはあります。

 

第1に、機械とソフトウェアは大きく違います。

 

2023年4月12日に、ソニーセミコンダクタソリューションズ(ソニーSS)は、英Raspberry Pi Ltd.への出資を発表しました。

 

Raspberry Pii(ラズベリーパイ)は、小型のシングルボードコンピューターで、低価格で入手できるため、教育や産業など幅広い分野で活用されています。

 

ラズベリーパイは、歴史的には、ベンチャーが始めたボードに簡単なコンピュータが載っている教育用のキットでした。 収益をあげるというよりも、趣味の拡張で、教育用のキットの開発と販売を進めたイメージです。ボードは、1万円前後でしたので、購入して試作したり、ボード用の拡張パーツを提供する賛同者が多く出て、コミュニティーを形成しました。

 

簡単にいえば、模型自動車で自動車の仕組みを学習するようなイメージです。

 

しかし、ソフトウェア制御では、リアルなサイズは問題にならないので、おもちゃではありません。

 

ラズベリーパイは、少し改良すれば、実際の産業の自動化ができことがわかりました。その結果、ラズベリーパイは、拡張されて実用的なツールになっています。

 

我が家のオーブンレンジは、国産ですが、調理方法は、大変お馬鹿で、絶えがたいレベルです。しかし、オーブンの制御ソフトは、非公開で、ユーザーが変更することはできません。

 

オーブンレンジの制御は、ラズベリーパイで行うこともできます。2023年時点で、ラズベリーパイで制御するオーブンレンジは市販されていませんので、部品を揃えて、オーブンレンジを組み立てるには、ノウハウと手間が必要です。

 

ここで、仮に、ラズベリーパイで制御するオーブンレンジが市販されているとします。筆者が、オーブンレンジの調理方法は、大変お馬鹿で、絶えがたいと感じれば、制御のコードを改良すればよいわけです。改善のアイデアがあれば、30分もすれば、コードは書き換えられます。筆者は、改善したコードをラズベリーパイのコミュニティーに投稿することもできます。そうすると筆者の投稿を見て、より良い改善のアイデアのある人は、また別の改善したコードを作って投稿します。これが繰り返されれば、3か月もすれば、ラズベリーパイで制御するオーブンレンジの性能は、市販のオーブンレンジを越えてしまいます。

 

これは冗談ではありません。市販のオーブンレンジのレシピを見てください。焼き芋を焼く場合の標準レシピはメーカーによって温度と時間が、全く異なります。たぶん、多くの標準レシピは、最適ではないはずです。これは、電機メーカーの技術者がシーケンス制御を多用して、フィードバック制御を使っていないためです。最近では、AIを使っているいうメーカーもありますが、レシピの内容をみれば、とても、まともとは言えません。

 

自動車の機械制御では、OJTで、実物の自動車を題材に学習する必要があります。

 

しかし、自動運転のアルゴリズムは、料理のレシピの自動化に似てます。

 

ラズベリーパイであれば、プログラミングと制御工学が出来れば、高校生でも、システム開発が出来てしまいます。

 

経験を積んだトヨタの機械工学の専門家の幹部の提案する自動運転が、つねに高校生の自動運転ソフトウェアに勝てるわけではありません。

 

第2に、企業幹部の主張と技術者の主張が異なる場合があります。

 

半導体製造について、湯之上隆氏の主張と、企業幹部の主張は相容れません。

 

どちらが正しいかという判断になりますが、次の2点から、筆者は、湯之上隆氏の主張に分があると考えます。

 

第1点は、日本では、企業幹部は、実力を評価して採用されるのではなく、経験を重視して採用されます。しかし、この基準は、技術評価をしていない点と、時代遅れになっているノウハウを重視している点で、全く不合理です。経験と年齢で評価された企業幹部には、実力がないといえます。これは、諸外国から、日本の企業や官庁は、どうして高齢者ばかりが幹部になるのか理解できないという批判になっています。

 

第2点は、技術的な内容は、技術者であった湯之上隆氏の方が詳細に説明しています。

 

まとめます。

 

前節では、日本では、評価や技術評価がほとんどなされていないという問題点を取り上げました。

 

本節では、その結果として、日本企業の技術力は、とんでもなく低いという結論を導き出します。

 

エンジン技術のように1990年以前から、続いている技術については、それでも、世界水準の技術を持っている日本企業があります。

 

問題は、次の2つのケースの場合です。

 

ケース1は、1990年以降に出てきた、ITやデータサイエンスの技術です。日本企業のこの分野の技術レベルはとんでもなく低いと言えます。

 

政府が新しい政策を実施したり、企業が新しいプロジェクトを実施することがあります。

 

今回の検討事項である。ソフトウェア技術者の増員も、新しいプロジェクトです。

 

この新しいプロジェクトが成功するか、失敗するか、わかりますか。

 

もし、読者が、成功か、失敗かは実施して見なければわからないという回答をもっていた場合、読者には、データサイエンスの素養が不足していることになります。

 

「成功するか、失敗するか」をどちらかで考えてしまうのは、バイナリーバイアスです。

 

考えるべきは、成功の確率と失敗の確率です。

 

これは、過去の類似の事例から、大まかには計算できます。

 

また、プランA、プランB、プランCを比較すれば、どのプランの成功確率が高いかは評価できます。

 

競合する海外企業が、プランの比較を行ってベストプランを選択していて、日本企業が、プランの比較を行なわないで、プロジェクトを進めていれば、競合企業との勝敗の確率の差は歴然としてきます。

 

ケース2は、1990年以前にあった技術が一旦途絶えてしまった場合です。この場合、追いつくには、大きな時間がかかります。技術革新があって、古い技術が急速に陳腐化するフェーズは、追いつきやすい時期になり、ねらい目になります。

 

半導体製造については、湯之上隆氏は、日本には、既に、技術者は絶えているといいます。このような段階では、学習時間が必要で、プロジェクトの急速な立ち上げは、無理です。技術者が絶えている場合には、競合企業と比べて、競争優位な点がなければ、失敗する確率が大変高いと判断できます。

 

このように、日本企業の技術力は、多くの分野では、とんでもなく低いという前提で、科学的に、プロジェクトを組み立てる必要があります。

 

おそらく、一番重要な点は、人材や資金ではなく、競合企業に対して競争優位にたてるビジョンを描けることだと考えます。

 

<引用文献

 

エルピーダ、プロセス技術の問題点 2012/10 事業構想 湯之上隆

https://www.projectdesign.jp/201210/cause-failure/000141.php

 

日本の半導体ブームは“偽物”、本気の再生には学校教育の改革が必要だ 2021/06/22 EE Times 湯之上隆

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2106/22/news042.html

 

(11)最初に戻る

 

検討のスタートは、2023年5月30日の日経新聞の「ホンダ、ソフト人材倍層」という記事です。

 

この記事は、各社は、EV化に合わせて、ソフト人材を増やしている状況を伝えています。

 

 

ホンダ:2030年までに協業先を含めて2倍の1万人

 

トヨタ:2025年までに、9000人を再教育

 

日産:年間100人規模で養成

 

デンソー:部品技術者1000人を2025年までに転身

 

GM:技術部門の報酬体系をIT大手と同水準に

 

ボッシュ:世界40万人の全社員を再教育

 

 

これを見ると、対策は2つのグループに分かれています。

 

第1のグループは、人数を増やすという対応です。

ホンダ、日産、デンソーがこれに相当します。

 

第2のグループは、人数にこだわらない対応をしています。

日産、米GM、独ボッシュがこれに相当します。

 

ボッシュは部品メーカーなので、専門的なソフト人材を考えていないように見えます。

同じ部品メーカーでも、デンソーの対応は異なります。これは、製品のモジュール化を考えているのでしょうか。

 

GMは、目的がはっきりした対応です。

 

第1のグループは、手段を考えていますが、目的が見えません。

 

目的(開発すべきソフトウェアモジュール)のビジョンが描ける人がいないように見えます。



(12)リスキリングの課題



まとめに入ります。

 

以上考察してきたことを要約します。

 

(S1)企業の無形資産としての技術

 

2000年代の日本製造業は、円安によって安易に利益を増やせるため、日本企業は新しい技術を開発する努力を怠たりました。非正規の拡大、新規採用の削減、研修費用の削減が行われた結果、過去20年にさかのぼって、企業の無形資産としての技術は劣化しています。

 

情報科学では、従来、知識の半減期は7年と言われれてきました。最近では、AI関係では、知識の半減期は1年と言う人もいます。

 

清滝信宏プリンストン大教授は、欧州連合EU)や日本の統計によると、無形資産の価値の半減期は2年であるといいます。

 

仮に、知識の半減期が2年とすれば、8年では、技術はほぼゼロ(10%以下)になっています。

 

自動車メーカーのエンジン技術のように現在も製品が更新されている場合には、技術は継承されていると思われますが、中断した技術、新しい技術の無形資産はほぼゼロと思われます。

 

また、メインでないサブ技術の継承にも疑問が付きます。

 

例えば、自動車の排ガス等の点検不正の発覚が続いています。これは、管理体制や倫理の問題でもありますが、技術継承の失敗ととらえることも可能です。

 

(S2)技術のある人材の欠如

 

理解には、2つのレベルがあります。読んで理解できるレベルと書くことができるレベルです。

 

このレベルの違いは、技術のレベルにも適用可能です。

 

@lazy-kz氏は、GTP-4時代のソフトウエアエンジニアは、生成AIができるコーディングではなく、「ビジネスサイドが実現したいこと」を実現する能力が求められるといいます。

 

これは、技術的なビジョンを描いて、実装につなげる能力です。生成AIの理解力を読めるレベルとすれば、書くことの出来るレベルに相当します。

 

人文科学の一部では、欧米の著名は研究者が言ったことを分析する傾向があります。

 

あるいは、クルーグマンが、バフェットがこう言ったいう権威の方法が好きな人も多くます。

 

この理解は、読んで理解できるレベルであって、書くことができるレベルではありません。

 

このレベルの話が横行する場合、書くことのできる理解ができていないことを、権威を振りかざして、胡麻化していると思われます。



(S3)科学のリテラシーの欠如

 

これは、1959年のC.P.スノーが「2つの文化と科学革命」で論じた人文的文化と科学的文化のギャップの問題です。人文的文化で、科学を理解することできません。

 

新聞の広告欄をみると経営哲学や部下にやる気を起こす人事マネジメントといった本が並んでいます。

 

経営哲学を実践したり、部下にやる気を起こさせても、技術を実装できる人材がいなければ、テクノロジー企業にはなれません。

 

経営哲学や部下にやる気を起こす人事マネジメントといった本の読者は、数式やプログラムコードの載った本は読まないで済むと考えていると思います。

 

つまり、スノーの「2つの文化と科学革命」を曲解して「自然科学は人文的文化で理解できる。スノーは、2つの文化の間のギャップを埋めることの大切さを主張した」という理解です。

 

人文的文化の人には、現在では、このような主張をする人がいますが、全くの間違いです。

 

スノーは、「ギャップは埋められない。自然科学(エンジニアリング)を学習すべき」として、カリキュラムの変更をしています。

 

つまり、スノーは、科学技術立国には、企業幹部も数式やプログラムコードの載った本を読まないと先に進めませんといています。これは、科学のリテラシーです。

 

生成AIが進んだ理由は、新しいアルゴリズム(プログラムコード)です。より強力な新しいアルゴリズムが作れれば、ベンチャーは生き残ります。

 

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトが発明したアルゴリズムです。このアルゴリズムは1つの産業分野を作り出しています。

 

科学のリテラシーを拒否して、経営哲学や部下にやる気を起こす人事マネジメントにたよることはカルトです。

 

「EMPM」の科学のリテラシーを拒否して、政治主導といって、政治家への忖度を求めることもカルトです。

 

マイナンバーカードの失敗は登録手続きを含めたアルゴリズムの失敗です。アルゴリズムを公開して、改善すれば、問題は発生しません。失敗の事実は、チェックのためのシステム構築を含めて考えれば、デジタル庁には、アルゴリズムをチェックできる人材がいなかったことを示しています。サトシ・ナカモトのような人材はいなかった訳です。



科学のリテラシーを拒否し続ければ、科学技術立国になれないだけでなく、労働生産性が限りなく落ちて、発展途上国になります。

 

これが、日本の現状です。

 

(13)結論

 

現在の日本の状況では、リスキリングしても、それを活用できるポストはありません。

 

最大の課題は、エンジニアの労働市場の欠如です。

 

大前研一氏は、大学10兆円ファンドよりも、大学の雇用体系をジョブ型に変更して、世界レベルの教育人材を日本の大学にも誘致すべきと言います。

 

大前氏の主張は、大学の雇用体系をターゲットにしていますが、より広汎な課題は日本における技術人材や高度人材の労働市場の欠如です。

 

今回の検討のスタートはEVに対応したソフトウェア人材の確保でした。

 

米GMの対応は、GAFAMと同じ給与水準を確保することでした。

 

これは、高度人材の国際市場に対応することを意味します。

 

ホンダとトヨタの対応は、社内のリスキリングで、人数を確保することでした。

 

つまり、ホンダとトヨタは、高度人材の国際市場に対応しない解決を考えていることになります。

 

大学10兆円ファンドも、大前氏が指摘するように高度人材の国際市場に対応しないことを前提とした対応です。

 

つまり、ここには、日本の労働市場鎖国を続けられる、あるいは、鎖国を続けるべきであるという暗黙の了解があります。

 

鉄のトライアングルは、日本の労働市場鎖国を前提としています。

 

日本の労働市場が国際市場に開放されれば、官僚は天下りできなくなります。優秀な官僚の転職はあると思いますが、それは、定年後の天下りとは別のものです。

 

伊藤 博敏氏によると、テレビ東京ホールディングスの社長は、その約32%の株式を保有する日経出身者が50年近く占め続け、2022年の総会でも小孫茂会長、石川一郎社長、新実傑専務とトップ3は日経OBでした。2022年には、天下り禁止の株主提案が出されましたが、賛成率は8.15%でした。

 

つまり、官僚だけでなく、民間会社でも、天下りが行われています。天下りを日本を代表する経済紙が行っている訳ですから、日本の労働市場鎖国状態にあると言えます。

 

鎖国状態の日本では、欧米の基準の労働市場は存在しません。給与はポストできまり、トップのポストに誰が着くかは前任者が決めます。つまり、良いポストを得るには、口利きと忖度が必須になります。スキルは給与に反映されません。

 

ディープ・スペクター氏は、忖度に対応する英語はないといます。忖度とは労働市場がないことの裏返しです。

 

日経自身が、天下りを実施していれば、日経新聞には、労働市場の実現をめざすような記事が掲載されないバイアスが生じます。

 

日経新聞の記事には、日本の伝統技術の関するものが多くありますが、反面、最近のハイテク技術の解説は少ないです。これは、あたかも、日本はハイテク技術を目指すより、伝統技術で食べていくべきという主張に見えます。言うまでもありませんが、デジタル社会へのレジームシフトが起きている現在では、これは、自殺的なシナリオです。

 

伊藤 博敏氏には、テレビ東京ホールディングスの6月15日の株主総会に、香港に本社を置く米国籍アクティビスト(物言う株主)のリム・アドバイザーズ(リム社)が起こした株主提案を紹介しています。(筆者要約)

 

 

YouTubeチャンネル「日経テレ東大学」は、「本格的な経済を身近に楽しく」をコンセプトにしたニュース情報番組で、高橋弘樹プロデューサーが担当し、2021年3月の配信からわずか2年で登録会員100万人を突破し、「ビジネス系では過去に例のない成功番組」と言われていた優良コンテンツでした。「日経テレ東大学」は、2023年3月末の配信打ち切りになっています。

 

問題は、配信打ち切りの理由が不透明な点にあります。

 

リム社は、「日経テレ東大学」の)再生回数や製作本数などを鑑みるに、2022年10月から12月に約3500万円の税引き前利益を稼いだと推計できるが、提案株主がディスカウント・キャッシュフロー(DCF)方式で算定したところ、事業価値は約30億円に達したといいます。そして30億円の価値あるものを捨てた背景に疑問を呈しています。

 

テレビ東京は、「利益及び人件費を含めた費用の実態が判断の根拠です。株主提案では、3カ月で約3500万円の税引き前利益を稼いだと推計できるとしていますが、実際にそのような利益は得られていません」といいます。

 

 

筆者は、「日経テレ東大学」は見ていませんので、報道内容はコメントできません。

 

しかし、配信打ち切りの理由は、報道内容の偏向ではありません。

 

登録会員100万人を突破して、費用が赤字になるとは常識では考えられません。

 

YouTubeチャンネル「日経テレ東大学」は、紙媒体の日経新聞とは、競合関係にあります。YouTubeチャンネル「日経テレ東大学」の売り上げ増加は、日経新聞の売り上げ減少につながります。これは、状況証拠でしかありませんが、天下りがあれば、テレビ東京の株主の利益が損なわれているという疑惑を否定できません。

 

6月1日、政府はパート労働者らの一定の賃上げをした企業に助成金を支給する方針を固めたようです。これは、政府が非正規雇用というゆがんだ労働市場の維持に躍起になっていることを示しています。リスキリングした高度人材を高給で雇用するのではなく、労働市場のない非正規雇用(鉄のトライアングルの一部)を温存するために、悪あがきをしているように見えます。

 

言うまでもありませんが、同一労働同一賃金で、かつ、労働市場が形成されていれば、非正規雇用の安い賃金は存在しません。与党は、選挙の支持基盤の維持のために、非正規雇用の安い賃金を維持したがっているようにみえます。

 

労働市場があれば、人手不足になれば、ジョブの評価が厳密になり、賃金があがります。収入は、働いた分だけ増えます。これは、資本主義の原則です。

 

学校教員の人出不足が深刻ですが、学校教員は、ジョブ型雇用ではないので、サービス残業のかたまりで、どこに本業があるのかわからない状態になっています。昔は、学習成績の悪い生徒が出る原因は、本人の勉強不足でしたが、現在では、教員の教え方が悪いことになっています。1対1の家庭教師ではありませんので、これは、無理な要求です。政府は、少人数学級の実現を進めていますが、エビデンスは、少人数学級には効果がないことを示しています。学習は教員が一方的に講義するのではなく、生徒の教えあいの効果が大きいのです。

 

年功型雇用は壊れつつありますが、ジョブ型雇用に移行し、リスキリングが所得向上にむすびつくまでには、評価の問題をクリアする必要があります。

 

これは、科学の方法を無視して、権威に従って、空気を読んでいる間は無理です。

 

つまり、リスリングが活きる社会になるまでは、もう少し時間がかかります。

 

リスキリングのフライングには、高いリスクが伴っています。

 

労働市場を無視したホンダとトヨタの大量の社内配転に伴うソフトウェア技術者の養成は、生成AIの能力を考えれば、近い将来、大量の社内失業を生み出すと思われます。

 

企業は、労働市場を無視したリスキリングには、大きな代償が必要になることを理解すべきです。

 

<引用文献

 

大前研一氏「大学10兆円ファンドは即刻やめよ」と提言 “世界トップクラスの研究者を獲得”の現実味 2023/05/28 マネーポストWEB

https://www.moneypost.jp/1025117

 

「日経テレ東大学」を潰し、看板プロデューサーを退任に追い込んだ…テレ東株主総会・元日経記者の「告発」の迫力 2023/06/01 現代ビジネス 伊藤 博敏

https://gendai.media/articles/-/111118

 

「年収の壁」解消へ 賃上げ企業に政府が助成案 手取り減対策 2023/06/01 毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20230601/k00/00m/040/238000c