(EBPは、オプションBを前提としています)
1)EBP
今世紀絵に入って、科学的なブリーフの固定化法には、エビデンスベースの視点が欠かせなくなりました。
根拠に基づく政策決定(EBP:Evidence Based Policy)を、科学的ではないブリーフの固定化法と同じレベルの単なる一つの新しい手法と解釈している人も多いので整理をしてみます。
EBPは、科学的なブリーフの固定化方法です。
EBPの基本は、複数のブリーフを比較検討するところから始まります。
現在の日本の政策決定は、権威の方法によっています。
政府が一方的に、一つの政策を決めています。形式的には、有識者会議を通過する場合もありますが、その場合でも、複数のブリーフの比較検討過程の資料が公開されたり、状況が変化した場合のオプションBが提示されることはありません。
EBPを使うと、このようなことは基本的に出来なくなります。
例えば、現在は、選挙対策に、現金をばら撒く政策が行われていますが、このような政策の効果が、EBPで検証されることはありえません。
また、コロナ対策で、企業に膨大な補助金がつぎ込まれましたが、EBPを使えば、極めて短期の補助金以外の効果も検証できないと思われます。
同じように、経済効果の小さな補助金や公共事業は、削減の対象になると思われます。
もちろん、EBPを骨抜きにして利用すれば、話は異なります。
EBPは費用対効果分析の拡張になっています。
EBPは、生物多様性条約の自然資本の経済学につながっています。
つまり、EBPを受け入れないことは、環境問題に背を向けていることになり、国際公約違反になってしまいます。
ですので、EBPを骨抜きにすれば、国際的な批判をまぬがれません。
2)外部不経済の問題
環境問題は、外部不経済の問題です。
ダムを開発すれば、水利用の経済効果が発生します。一方では、環境破壊の負の経済効果(外部不経済)も発生します。
こう考えると、ネットの経済効果は、開発された水利用の経済価値から、負の経済効果を引いたものになります。
生物多様性条約の第1の目的は、こうしたプラスとマイナスの経済効果を生態系サービスの経済効果として、詳細に検討する点にあります。生物多様性条約には、レッドデータブックに載っている貴重種の保全も入っていますが、生物多様性条約の半分くらいは、生態系サービスの評価を中心とした自然資本の経済学になっています。
過去30年の間に、日本は、人口が減りましたので、水利用の経済効果は減少しています。一方、生態学の研究の進展によって、環境破壊の負の経済効果は、当初考えられていたものより大きいことがわかっています。
水利用の経済効果を達成する手段は、ダムに限りません。下水の再利用や、水管理の改善による節水でも、水を生み出すことはできます。こうしたダム以外の水資源開発の方法では、ダムより、環境破壊の負の経済効果が小さくなります。
つまり、ネットの経済効果はダムが最悪になる可能性が高くなります。
EBPを使えば、ダム開発(オプションA)、下水の再利用(オプションB)、水管理の改善(オプションC)の中から、ベストな政策ブリーフを選択することができます。
これは一見すると費用対便益分析の拡張に見えますが、費用対効果分析は、計画の計算であって、EBPはエビデンスによる検証ですので、ネットの経済効果の値は一致しません。
また、EBPは、基本はRCTになりますので、介入時(ダムなら建設直後)のデータを検証に使います。ダムを建設後、数年を経過した時の実測値には、ダムの効果以外に、人口の変化、経済の状態の変化等が反映されています。数年を経過した時の実測データには、ダムの効果以外のノイズが大量に含まれていて、実測値をダムの効果とみなすことはできません。
現在でも、公共事業の事業効果の追跡調査が行われていますが、その調査方法は、「ダムを建設後、数年を経過した時の実測値」を使うようなデータサイエンスで判断すれば、ノイズだらけで価値がないものです。つまり、公共事業の事業効果の追跡調査には、意味はなく、税金の無駄遣いにすぎません。
EBPを使えば、こうした問題点の修正がなされます。
公共事業の事業効果の追跡調査は、霞が関の指示に従って行われ、補助事業であれば、受け入れ先の県は、その指示通りの作業をしています。
霞が関の官僚のデータサイエンスのリテラシーは十分でなく、リスキリングが必要です。
3)オプションAプラス
ここで、外部不経済を「プラス」と表現してみます。
基本政策(オプションA)は、例えば、ダムであれば、水資源開発になります。しかし、この基本政策は、環境破壊というオプションAプラスを発生させます。
オプションAの実行時には、オプションAプラスが配慮されないことも多いのですが、それは、妥当ではありません。
ワクチンを接種するオプションAを考えます。これは、ウイルスに対する免疫を獲得するブリーフです。しかし、ワクチンを接種するとある確率で、副反応が必ず起こります。これが、オプションAプラスです。
ある政策ブリーフ(オプションA)を実施すると必ず、副反応のオプションAプラスが生じます。
これは、副作用のない薬はないことに対応します。
(1)2023年3月に、かんぽ生命の保険の不適切な販売問題で、販売を担う日本郵便から懲戒解雇された元社員2人が処分は無効だと訴えた裁判の判決がありました。札幌地方裁判所は原告側の訴えを認めて解雇を無効とし、日本郵便に未払い賃金などあわせて2300万円の支払いを命じています。
この件では、かんぽ生命の保険のノルマ販売が、オプションAです。その副作用として、オプションAプラスの不適切な販売が起こっています。
ノルマ販売を強要すれば、副作用は予想できます。副作用(オプションAプラス)の発生を予測して、適切な措置を講じるべきだったと考えらえます。
(2)2023年4月25日で、乗客106人と運転士が死亡、562人が負傷した兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故発生から18年がたちました。
経営幹部が事故の危険性を認識するのは困難だったとして、2017年に全員の無罪が確定しています。
被害者は、法人や代表者の責任が問える「組織罰」の創設を訴え続けています。
JR福知山線脱線事故は、運転スケジュールの厳密な達成がノルマでした。この目標を強要すれば、副作用が起こることが予測できます。
脱線事故が起こることは予測できなかったかも知れませんが、副作用(オプションAプラス)の発生は予測できたと考えられますので、何らかの対応は期待できます。
(3)トヨタ自動車では、子会社のダイハツのOEMの検査不正が発覚しています。
自動車の検査不正には、日野自動車の場合もありました。
トヨタ系列以外の自動車会社でも、検査不正が多発しています。
こうした場合、幹部は不正がないように厳重に検査する対策を講じることが多いですが、不正は止まりません。
これは、EBPで考えれば、効果のない対策を講じていることになります。
不正が、副作用であるというモデルを採用すれば、対策は変わるはずです。
(4)大学は、業績主義になって、教員は、毎年1本以上の審査済み論文を出さないと昇格できなくなりました。ただし、論文の内容が問われることはありません。そもその分野の違う人の論文の中身を評価できるような人はいません。
単純な業績主義は、医学部からはじまり、1995年頃には、京都大学の医学部でその弊害(副作用)が指摘されていました。本数だけで評価すると審査の通りやすい改良型の論文ばかりになってしまいます。
農学部では、実験がすぐに終る微生物やマウスの専門家ばかりになりました。家畜のように、サイズが大きく、結果が出るまでに時間のかかる実験をする人は追放されてしまいました。
審査付論文であれば価値があるとは言えません。パースのいう科学の方法を基準にすれば、形而上学や権威の方法の論文には検証可能な基準はなく、価値がないことになります。
たとえば、「ブリーフの固定化法」を取り上げた論文でも、「パースは、こういっている」といった権威の方法を使った論文を多数見かけます。パースは、デカルトやカントを形而上学であると否定して、「ブリーフの固定化法」を書いています。まさか、自分の論文が、権威の方法で解読されるとは思っていなかったでしょう。
形而上学でなくとも、審査付論文が観察研究ばかりという人もいます。これは所属する学会がデータサイエンスを理解していない場合におこります。個別の事実(インスタンス)は科学ではありません。科学は、観測値を一般化したオブジェクトを対象にします。しかし、直接観測できないオブジェクトは、不確かで、科学ではないと考えている学会もあります。
私立大学の半分は定員割れしています。日本の大学で、教育を学生の自主性に任せて、教員が研究ができる大学は、3割以下です。多くの大学では、論文がかける教員よりも、教育が上手くできる教員が必要です。
「毎年1本以上の審査済み論文」は、業績評価に手段にすぎません。
目的は、どのような大学を作るかというビジョンです。それがないため、退職した教員と同じ専門の教員を採用するような固定化がおこります。これは、年功型雇用で強化されています。その結果、IT関係の学科定員はふえません。
この状態で、日本の大学の世界ランキングが毎年下がるのは当然であると思います。
(5)年功型雇用が、上手くいけば、政府は社会保障を企業に丸なげすることができます。
しかし、この方式は、企業が存続しなければ無効になります。
また、大企業はともかく、中小企業や非正規採用に対する社会保障は非常に薄くなってしまいます。
また、労働生産性の向上よりも、企業の存続を優先するので、イノベーションは起こりません。
経営者は、企業を存続させるために、前例主義を踏襲すれば、責任を問われることなく、ほどほどの高給を手に入れられます。
1990年頃と比べると、2000年以降は、データサイエンスの出現によってイノベーションの速度が加速しています。
筆者は、2000年頃には、年功型雇用のネットの便益は、ジョブ型雇用を下回っていたと考えています。
それを放置して、技術革新を怠ったことが現在の日本になっていると考えます。
英国のように、1999年頃に、EMPを採用していれば、現在の日本の姿が変わったものになっていたと考えています。
(6)消費税と売上税
税収が不足しています。消費税の増税が話題になります。
消費税は売り上げにかかります。
これは法人税でみれば、利益に課税するのではなく、企業の売り上げに課税することになります。
現在の法人税は、利益に課税するため、半数程度の企業は法人税を納めていません。
消費税の発想でいえば、法人税は、利益に対してではなく、売り上げにかけるべきです。
つまり、現在の税制は、利益の上がらない、労働生産性の低い企業を優遇しています。
一方では、ICが重要だといって、大量の補助金をつぎ込んでいます。
こんなことをするのであれば、最初から生産性の高い利益の高い企業を減税すべきです。
利益がおおきくなれば、税率が下がれば、イノベーションのし甲斐があります。
EBPが導入されれば、場当たり的で、整合性のない課税や補助金が体系的に整理されるはずです。
4)ASMLの話
半導体製造装置は、1990年頃には、キヤノンとニコンの寡占市場でした。
2000年に、オランダのAMSLのシェアが30%になり、その後、ほぼ独占になっています。
AMSLは、受注残高が年間売上高のほぼ2倍に上ています。ASML関係者は、ラピダスへの出荷は2024年後半~25年になるといっています。
2023年になっても、キヤノンとニコンには技術があるという報道が多いですが、筆者は、技術開発に取り残された経営の失敗と考えます。
年功型雇用では、社内政治レースに生き残った人が社長になりますが、それでは、国際的には、勝負にならないと考えます。
つまり、EBPのような科学の方法で経営が出来なかったことが、キヤノンとニコンの失敗の主要因と思われます。
クリス・ミラー氏は、「半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防」で、1980年代の貿易戦争の苦い記憶から、1996年に、インテルとアメリカ政府が、キヤノンとニコンを避けて、AMSLをパートナーにしたことがAMSLの成長の原因であるとしています。
しかし、次の記事を見ると、AMSLは、技術力で、完全なブルーオーシャンを実現していて、原因は技術力の差ではないかと思われます。
2023年4月28日のBloombergの記事の一部を引用します。(筆者要約)
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米NZSキャピタルのファンドマネジャー、ジョン・バスゲート氏は、「AMSLなしでは世界は成り立たない」、「投資家は、AMSLの成功の再現がいかに困難か理解している」といいます。
業界ニュースレター「ファブリケーテッド・ナレッジ」のアナリスト、ダグラス・オラフリン氏は、近い将来、ASMLに追いつくことは誰にもできない。今後、この業界にも転換が生じる可能性はあるが、その実現方法を知っている人は皆、ASMLで働いている」と言います。
業界調査・コンサルティング会社セミアナリシスのチーフアナリストで創業者のディラン・パテル氏は、高密度で長寿命の電池を搭載したアップルの拡張現実(AR)ヘッドセットや、将来AIツール「ChatGPT-7」を実行できるサーバーなどの機能は、「現在の技術では実現不可能」だが、AMSLが2025年に量産化する「高NA・EUVがあれば、実現できるだろう」と言います。
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これを読むと、問題は、技術力です。
なお、AMSLは中国の産業スパイの標的にもなっています。
科学の方法を使って固定化しない政策ブリーフでは、勝負にならないことがわかります。
引用文献
オランダのAMSL、世界の半導体戦争を左右する存在に急成長 2023/04/28 Bloomberg Cagan Koc、Ian King、Jillian Deutsch
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-04-28/RTR7IJT0AFB401?srnd=cojp-v2