「ブリーフの固定化法」は予言書です

 

1)科学の方法

 

パースの「ブリーフの固定化法」(The fixation of belief)には、ブリーフを固定化する次の4つの方法が書かれています。

 

(1)固執の方法

(2)権威の方法

(3)形而上学

(4)科学の方法

 

このうち、(1)(2)(3)と(4)は全く異質です。

 

パース自身も認めていますが、(1)(2)(3)は分類としては十分に機能せず、重複があります。(1)(2)(3)は、重複を避けるより、取りこぼしのないことを優先しています。



一方、(4)は、予言にすぎません。

 

「ブリーフの固定化法」が書かれて時点では、理論科学以外の科学の方法は存在しませんでした。

 

ジェームズが心理学の方法論を提案するのは、もう少し先になります。

 

ですから、「ブリーフの固定化法」の科学の方法を、21世紀にある科学の方法と解釈してはいけません。

 

パースの推奨は、科学の方法ですから、パースは、今後科学の方法が発展していけば、(1)(2)(3)の方法は、(4)の科学の方法に置き換わるだろと予言したことになります。



「ブリーフの固定化法」は、の科学の方法が進化するにつれて、その評価が変化します。

 

パースのビジョンは、(4)科学の方法が進化するにつれて、科学の方法のウェイトが大きくなるだろうという予言です。

 

パースがイメージした科学の方法とは、物理学ではなく、進化論であったと推測されています。

 

これは、ブリーフが常に更新され続けるイメージになります。

 

ブリーフが何かが問題になりますが、ここでは、固定化法の対象になりるものが、ブリーフと曖昧に考えて先に進むことにします。

 

意思決定に係る命題はブリーフになると思われますが、ブリーフは、科学の仮説の拡張になりますので、意思決定に係らない命題はブリーフではないとは言い切れません。

 

プラトンは、知識とは、「正当化」された「真」なる「信念」である(Justified True Belief)よ言っているので、「正当化」を「固定化」に読み替えれば、知識の問題になります・




2)無謬主義と3つの方法

 

(1)固執の方法、(2)権威の方法、(3)形而上学も、解釈の幅が広くとれる用語です。

 

前例主義は、「(1)固執の方法」に分類できるように見えます。

 

パースは、「知識についてのあらゆる主張は、原理的には誤りうる」という可謬主義( Fallibilism)に立ちます。可謬主義は、基礎付け主義への対応として パースが造語した単語です。とはいえ、科学は基本的に、可謬主義です。

 

2-1)国・行政のあり方に関する懇談会

 

2013年10月29日から、2014年6月12日の間に開かれた、「国・行政のあり方に関する懇談会」の中で、土居丈朗氏は次のように言っています。

 

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行政当局は過ちを犯さないとか過ちを犯してはならない、という見方に捉われると、行政当局が国民に対して柔軟に対応できない。

 

国民が行政当局を見る眼が、依然として行政の無謬性に捉われてしまうと、行政当局が試行錯誤を伴う政策を講じることが難しくなる(ましてや、行政当局自らが行政の無謬性を盾に過ちを認めないということはあってはならない)。行政当局に試行錯誤を認めないという頑なな態度が、かえって国民にとって不利益となることがある。

 

    今後は、政府が国民の要望を柔軟に受け止めて実行に移す際には、行政当局が完全無欠でない対応を行うことを、一定の許容範囲のなかで国民が認める必要であると考える。もちろん、誤りが見つかれば早期に是正することは言うまでもない。特に、今後の行政の対応には、前代未聞の事態に対応しなければならないことが多々出てこよう。そうした場合には、前例主義は通用しない。だからこそ、行政当局に臨機応変な対応ができる余地を設けるべく、行政の無謬性を払拭することが大切である。

 

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土居丈朗氏の主張は、無謬性の原因は、行政にあるのではなく、行政に対する国民の期待にあるという分析になっています。

 

「国・行政のあり方に関する懇談会」は、2014年に終っていますので、9年経っても何もかっていません。

 

2-2)日本経済新聞

 

日本経済新聞は、何度も、「霞が関の無謬主義」を取り上げています。

 

2023年にも取り上げていますが、ここであh、2018年の社説「霞が関は『無謬主義』から脱却できるか」を引用します。

 

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「ある政策を成功させる責任を負った当事者の組織は、その政策が失敗したときのことを考えたり議論したりしてはいけない」という信念だ。

たとえば、次のようなものだ。政府は財政再建に責任があるのだから、それが失敗したときに起きる「財政破綻後」を考えてはならない。

 

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土居丈朗氏の無謬主義と日本経済新聞の無謬主義は意味が違います。

 

一般的な無謬主義は、行政の無謬性の意味と思われます。

 

「政策が失敗したときのことを考えたり議論しない」というのであれば、「霞が関の無謬主義」と用語を限定すべきと思われます。

 

日本経済新聞は、「霞が関の無謬主義」の原因は、官僚組織にあるとしています。

 

また、日本の政府だけでなく、大企業の組織でもほとんど無意識のうちに「霞が関の無謬主義」前提とされているとっています。



2-3)今後の展望

 

日本経済新聞は、2022年に、「霞が関の無謬主義」問題の解決のために、「アジャイル作業部会」が政府の行政改革部門に設けられたといいます。

 

9年前の「国・行政のあり方に関する懇談会」では成果がでず、今回も同じ無謬主義の問題をとりあげています。

 

アジャイル作業部会」が成功すると良いとは思いますが、筆者は、期待できないと考えます。

 

その根拠は、パースの「ブリーフの固定化法」にあります。

 

無謬主義の無謬は、リアルワールドに対する無謬ではありません。

 

リアルワールドでは、エラーが起こっていますので、無謬いはできません。

 

つまり、無謬主義は、「ブリーフの固定化法」でいえば、リアルワールドとは独立した「(3)形而上学」で、ブリーフの固定化が進められていることを意味しています。

 

問題は、「アジャイル」でないことではなく、科学の方法を使わないことにあります。

 

先日、国会で、日銀の幹部は、「日銀が財務上の制約により金融政策などの遂行能力が損なわれることはない」といっています。

 

このような、エビデンスを示さずに、一方的に意見を述べる答弁が、国会で繰り返されています。

 

サンプルは日銀でなくともよいのですが、問題は、何故、「エビデンスを示さずに、一方的に意見を述べる答弁」が繰り返されるかという点にあります。

 

エビデンスを示さずに、一方的に意見を述べる答弁」は、リアルワールドからは切り離された答弁ですので、「(3)形而上学」に相当します。

 

パースは、「ブリーフの固定化法」で、ブリーフの選択に、科学の方法を使わないと行き詰るはずだと予言しています。

 

あたりまえですが、形而上学をブリーフの固定化法に選択されれば、科学の方法の議論は通用しません。

 

ですから、「アジャイル作業部会」は成功しないと予測できます。

 

パースは、「ブリーフの固定化法」が正しいと言っている訳ではなく、エビデンスを積めば、科学の方法を採用する組織しか生きのこらないだろと予言しています。

 

「ブリーフの固定化法」には、4つの方法があり、どれを選ぶことも可能です。

 

ただし、どの方法を選択したかによって、起こる未来は違ってきます。

 

2014年の「国・行政のあり方に関する懇談会」の指摘が、全く実現せずに、9年後の現在も同じ問題が繰り返されているというエビデンスをみれば、「ブリーフの固定化法」の予言は、高い精度で当たっていると思います。

 

2-4)目的と手段

 

「ブリーフの固定化法」に形而上学が使われると、手段の目的化がおこります。

 

科学の方法では、問題ない報告と、実際の問題がないことは別ものです。

 

言葉、不完全なので、かならず、ずれが生じます。

 

形而上学には、リアルワールドはないので、文章の形式があっていればよいというドキュメンタリズムになります。

 

高等学校のカリキュラム、場合によれば、中学校のカリキュラムを消化できていない大学生がいます。高等学校の卒業資格にゴーサインを出したのは、文部科学省です。

 

大学で、生徒のレベルに合わせて、アルファベットから教えていた大学は、文部科学省から、大学にふさわしいカリキュラムではないと中止を命じられれています。

 

これはあらかに、ドキュメンタリズムであり、「ブリーフの固定化法」に、形而上学が使われていることを示しています。

 

カリキュラムは手段であって目的はありませんが、形而上学による、手段の目的化が起こっています。

 

引用文献

 

無謬性の原則と全体主義 2018/05/22 日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO30783840R20C18A5EN2000/

 

[社説]霞が関は「無謬主義」から脱却できるか 2022/92/21  日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK216G80R20C22A2000000/

 

国・行政のあり方に関する懇談会について 土居丈朗メッセージ  日付なし

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kataro_miraiJPN/sum/doi.html