(32)ルーツをたどる方法
(Q:探求の方法を知っていますか)
1)パースの解釈をめぐって
パースは、2層構造の科学を想定していました。
パースは、その時代の言語を使って、科学的方法を一般化する方法を記述しました。パースは、科学的方法に見られるように、言語による記述は不完全なものだろうと考えました。記述の内容は、実験の可能な科学であれば、実験による検証を必要とします。
実験の不可能な対象であれば、記述の内容は、実際に、内容を使った実世界への介入を行い、その結果で判断すべきだと主張しました。筆者は、パースは、常に、科学的方法を一般化する手順を考えていたことを前提に、パースを解釈すべきと考えます。
ここで問題になるのは、訓詁学と原典主義です。パースは、異常な才能の持ち主で、膨大な量の原稿を残して死にました。パースの業績を専門に分析している人もいますが、一生かかっても、分析できません。
パースのプラグマティズムはオブジェクトです。
パースは、プラグマティズムを実装するインスタンスとして、論文を書きました。
インスタンスとしての論文は、その時代に利用可な言語が知識に左右されます。
パースの時代には、RCT(ランダム化試験)も、機会学習もありませんでしたので、パースの論文には、これらを使った説明は出てきません。
筆者は、RCT(ランダム化試験)と機会学習を考慮して、プラグマティズムの新しいインスタンス(論文)を実装することがパースの期待していた科学的方法を一般化する手順であるプラグマティズムにふさわしい対応であると考えます。
これは、パースの論文を科学的文化で理解するアプローチです。
その対極にあるのが、原典主義と訓詁学の人文的文化のアプローチです。
次の例文は、あるパースの説明の一部です。
<==
パースによれば、観念の意味は「その観念の意味が真であることから必然的に帰結すると考えられる実際的な結果」にある。
==>
これは、機械翻訳の結果ではなく、日本語で書かれた文章です。
筆者には、この文章は理解できません。ここまでひどくはありませんが、パースの論文の文言を問題にした人文的文化の論文は多数ありますが、インスタンスの更新を問題にする科学的文化の論文は少ないです。
さて、科学的な方法を一般化する場合、次の2つのステップが問題になります。
(1)仮説を見つける方法
(2)仮説を検証する方法
一般化された仮説の名称のつけ方は難しいです。
その理由は次があります。
ブログを書いていてもわかりますが、書いて考えていくうちに、概念を表わす用語の使用法は変化します。使っているうちに、より適切な表現に気付くからです。1つの用語が途中で2つに分解することもありますし、その逆も起こります。ですから、パースも用語を厳密に使い分けていない可能性が高いと考えます。
とりあえず、仮説をブリーフにおきかえると次になります。
(1)ブリーフを探求する方法
(2)ブリーフをフィックスする方法 fixation
自然科学では、(1)は、あまり、論じられません。ニュートンの林檎の木だったり、セレンディピティ(serendipity)が問題になる程度です。
自然科学の方法を一般化するのであれば、(1)は、無視できるはずです。
パースが、(1)を入れたかった理由は、(1)は、哲学を一般化しているためです。
(1)を入れることで、パースは、既存の哲学に対して問題提起をしています。
2)問題解決のルーツ探索の例(A:探求の方法を知っていますか)
前書きが長くなりましたが、今回とりあげたい事項は問題解決のルーツをさぐる方法です。
これは、「(1)ブリーフを探求する方法」の一部になるはずです。
日本の大学の定員は、文系が多く、理系でも、データサイエンスなどデジタル社会に対応した定員は少ないです。
大学以前に高等学校の文系と理系という(科学)前時代のレガシーを抱えています。
大学の定員では、GDPの1%未満の農業に対応した農学部の定員が多すぎると批判する人もいます。
「農学部の定員が多すぎる」ことは問題かもしれません。
「農学部の定員が多すぎる」(原因)と、IT人材が増えない(結果)ので、デジタル立国が遅れることになります。
その指摘は正しいと思いますが、「農学部の定員が多すぎる」(結果)になった原因を変えなければ、変化は起こりません。
因果モデルは、(原因=>結果)の繰り返しですので、因果モデルのよりルーツを探求することで、問題解決が出来る可能性があります。
筆者は、「農学部の定員が多すぎる」(結果)は、「農学部の教員として働くことが収入を最大化する機会である」(原因)によって引き起こされていると考えます。
ハル・ヴァリアン氏は、大学の教員をやめて、Googleの幹部になりましたが、転職によって収入が増えたと思います。
同様に、農学部の教員をやめて、転職した方が収入が増えれば、農学部の教員は減ります。
農学部の卒業生の初任給が、データサイエンス学部の卒業生の初任給より低くなれば、農学分に学生が集まらなくなるので、農学部の学生数が減ります。
これが、ジョブ型雇用をおこなっている欧米で起こっていることです。
企業は、年功型雇用を維持し、大学卒業資格があれば、学部と学科の専門や成績にかかわりなく、一律の初任給を提示します。これは、科学的な方法に反するドキュメンタリズムです。
文部科学省は、大学のデータサイエンス関連学科の定員増を認めましたが、年功型雇用に手をつける予定はありません。
文部科学省は、指導要領では、探求の学習を勧めていますが、政策では、探求の方法をつかっていません。
楽天は2011年に経団連を脱退しました。三木谷浩史氏は2012年、新経済連盟を発足させています。
三木谷浩史氏は次のように言っています。
「経団連は日本企業の護送船団方式を擁護し、これが世の中の共通認識だとカムフラージュするために作られた団体なんですね」
「日本企業の護送船団方式」は、年功型雇用と天下りの受け入れで構成されるドキュメンタリズムです。
「経団連」と「新経済連盟」の2分法で考えるのはバイナリーバイアスです。
2018年5月から3年間、経団連会長だった中西宏明氏(日立製作所会長)は、日本型雇用システムの限界を打ち出し、デジタル敗戦からの巻き返しに向けた組織内の構造転換を進めようとしていました。
中西氏は、2018年にデジタル省構想を出していますが、実現したデジタル庁は骨抜きになったように見えます。少なくとも、他省庁と対等に渡りあえる省ではありませんでした。
楽天が脱退した2011年の経団連と2023年の経団連は同じではありません。
したがって、バイナリーバイアスには注意する必要があります。
とはいえ、2023年にも、経団連は、春闘を維持して、ジョブ型雇用は進んでいません。
中西氏の日立製作所並みに、ジョブ型雇用を徹底している企業は、経団連では少数に止まります。中西氏が亡くなってから、経団連の変化速度は下がっているように感じられます。
まともなジョブ型雇用がなければ、高度人材の流出は止まりません。
ジョブ型雇用は、人材評価ができないと成立しません。
楽天のスマホビジネスがいきずまった場合、年功型雇用であれば、「日本企業の護送船団方式」を抜け出してリスクをとった三木谷氏の評価は低くなります。
一方、楽天のスマホビジネスがいきづまっても、正しく間違えたのであれば、三木谷氏の評価は高くなります。
三木谷氏をヘッドハントする人がいるはずです。
これが、事実上破綻したクレディ・スイス働いていた人をヘッドハントする論理です。
ジョブ型雇用をするためには、このような科学的な人材評価ができる必要があり、高いハードルがあるので、人文的文化ではクリアーできません。
補足1:
特定の個人の話を引用するのは気がひけるのですが、筆者は、探求の学習とは、正解を記憶することではなく、正しい間違え方の科学的な方法の習得であると考えていますので、三木谷浩史氏の話を引用しておきます。(以下筆者の要約)
<==
三木谷浩史は、少年時代は勉強をまったくしなかった。したがって成績は悪かった。しかし父も、母ものびのびと育てることを心がけ、気にかけなかった。
一橋大学を卒業し、日本興業銀行に入行、同期中最速でハーバード大学に留学し、MBAを取得。30歳で興銀を退職し、新卒の大学生を従業員にしてたった二人で起業し、わずか5年後にはアメリカの経済誌『フォーチュン』で世界の若手富豪ランキング6位に入るほどの成功を収めた。
どこから見てもエリートそのものだ。
三木谷氏が少年時代は勉強できなかったと言っても、妻は信じなかった。
そこで、三木谷氏は母に頼んで、小学校から高校までの通信簿を送ってもらって点検した。
小学校1年生から6年生までの間、5段階評価でいうと彼の成績表を埋めているのは2と3ばかりで、5はひとつもなかった。中学校の通信簿も2と3ばかり。それが高校2年生まで続いた。
欠席日数も28日、21日、33日、という具合であった。
それを見て、妻もさすがに啞然とした。
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筆者は、正解を記憶しない探求の学習の求めている教育は、従来の評価では、三木谷氏の成績になると思います。
補足2:
成果主義は結果主義ではありません。
日本の高度経済成長も、企業経営がよかったというより、朝鮮戦争とベトナム戦争に助けられ、中国の毛沢東が大躍進と文化大革命で失政したことに助けられた可能性が高いです。
つまり、年功型雇用が行動経済成長に寄与したというエビデンスはありません。
むしろ、日本人の若者が鎖国的な発想になった点が問題と思われます。
第一生命保険は2023年3月16日、将来なりたい職業の2022年度のランキングを発表しました。首位は小中高生の男子、中高生の女子が「会社員」でした。
海外に留学しても、その専門性を評価して働けるジョブ型雇用のポストはありません。例えば、同じ米国の大学のビジネススクールの卒業生をみれば、日本で働く場合の給与は、発展途上国以下です。
2023年3月には、次のような不正が報告されています。
川崎重工業(神戸市中央区)は24日、子会社の川重冷熱工業(大阪市)がビルなどの空調システム用に製造販売した冷凍機の検査不正に絡み、新たに204件の不正が見つかったと発表しています
三菱重工業は24日、子会社の重環オペレーション(長崎市)が運転業務を受託している福島県いわき市の北部清掃センターで、排ガスに含まれる窒素酸化物の濃度の測定データを改ざんし、いわき市に提出していたと発表しています。
豊田自動織機は17日、フォークリフト用エンジンについて、排ガス性能試験で不正があったと発表しています。
島津製作所は22日、中期経営計画のガバナンス(企業統治)強化策を発表しました。昨年、子会社の島津メディカルシステムズ(大阪市)がエックス線撮影装置の故障を偽装した問題を受けた措置で、グループ内の監視を強化し、不正を防ぐ体制の構築を目指すといいます。山本靖則社長は「創業以来、最大のコンプライアンス(法令順守)問題で、性悪説に立ってでもモニタリングを徹底的に強化しないといけない」と述べています。
しかし、評価を結果主義におく限り、同様な不正はなくならないと思います。
これだけ不正が多いということは、不正が企業文化になっている考えられます。
その実態は、検査結果の文書が優先するドキュメンタリズムにあります。
背景には、科学的な2層構造への無理解があります。「モニタリングを強化」すれば、より不正が表面化しにくくなるので、事故が発生した場合の被害は甚大になってしまいます。
今後、日野自動車と同じような、大規模不正が発覚する可能性が高くなっています。
評価を性能試験の合格ではなく、手順の順守に切り替える必要があります。性能をオーバーした検査結果を報告すれば、評価されるような企業文化(科学的な企業文化)が必要です。
引用文献