ソリューション・デザイン(12)

(12)科学と合意形成

 

(Q:科学と合意形成の関係を論じて下さい)

 

1)レジームシフトのモデル

 

統計的因果モデルで、レジームシフトをモデル化するのは、大変なことがわかりました。

 

ジームシフトは生態学(自然科学)の概念なので、科学の一部ですが、理論は発展の途中です。

 

歴史的に、過去の起こった大変化のいくつかは、レジームシフトに相当すると思われます。

 

農業社会から、工業社会の変化は、レジームシフトです。

 

明治維新(江戸時代=>明治時代)はレジームシフトでしょうか。

 

明治維新で、幕藩体制はなくなりましたので、基本は、レジームシフトと思われます。

 

しかし、レジームシフトは、エコシステムの切り替えです。

 

エコシステムをチェックする必要があります。

 

江戸時代でも明治時代でも、GDPの中心は農業です。江戸時代には、土地(農地)は大名のものでしたが、明治時代になって、土地の個人所有が認められて、大名が、地主に入れ替わります。

 

支配階級は、大名から、華族(1869年から1947年)に入れ替わります。江戸時代の大名家に由来する華族は大名華族とも呼ばれ、江戸時代の身分制度が部分的に生き残っています。

 

中国では、明治維新のような王朝の入れ替えが起こると、支配者階級は総入れ替えになります。

 

日本では、王朝が入れ替わっても、支配者階級が部分的に存続しています。その典型は天皇家です。

 

どうして日本では、「王朝が入れ替わっても、支配者階級が部分的に存続するのか」は、不明ですが、パースのThe Fixation of Beliefに従えば、権威主義的な合意形成と前例主義の合意形成が、主流なためであると言えます。この2つが主流になる原因は不明ですが、科学的文化(エンジニア教育)の軽視は、原因のひとつです。



当たり前ですが、前例主義の合意形成が通用する場合には、レジームシフトではありません。

 

日本は、高度経済成長によって、先進国の仲間入りをします。

 

その時、日本は、モノづくりにおいては、確かに工業社会にレジームシフトしています。

 

高度経済成長期の合意形成は、欧米の前例を真似するという「前例主義」です。

 

高度経済成長期に、日本が新しい産業分野を作り出した訳ではありません。

 

つまり、パースのThe Fixation of Beliefに従えば、「科学的探求方法」ではない問題のある合意形成を続けてきたことになります。

 

2)モノとココロの社会的二元論

 

二元論(実体二元論)は、この世界にはモノとココロという本質的に異なる独立した二つの実体がある、とする考え方です。これは、個人(主体)のレベルの問題です。

 

パースは、The Fixation of Beliefで集団(グループ)の合意形成を論じました。

 

そこで、集団レベルで、モノとココロの社会的二元論を考えてみます。

 

集団(グループ)の合意形成は、ココロです。

 

その合意形成に基づいて、モノが動きます。

 

これは、ボートのエイトを考えれば、イメージできます。

 

ボートはどちらに進むかの合意形成ができなければ、進みません、エイトでは、9人目のコックスがその合意形成を担当します。

 

建築では、ビジョンを示す設計図があって、実体の建物ができます。

 

音楽では、楽譜があって、オーケストラの演奏ができます。

 

集団レベル(社会)で考えれば、ココロが、モノより先にあります

 

設計図のように、ココロの出来具合(ビジョンの良し悪し)が、モノを左右します。

 

そう考えると、ビジョンの作成方法を検討すべきです。

 

パースは、The Fixation of Beliefで、次の4つの合意形成(ビジョン)の作成方法を述べています。

 

(1)信念を変えない方法

 

(2)権威による方法

 

(3)前例主義

 

(4)科学的探求方法

 

高度経済成長期には、欧米の先進国のアイデアを「前例主義」でコピーして使っていました。

 

カーネマンの「ファスト&スロー」で言えば、(1)(2)(3)は、ヒューリスティックなファスト回路に対応し、(4)は、スロー回路に対応します。

 

科学的探求方法に切り替えるには、エネルギーと時間を多消費するプロセスに切り替える必要があります。つまり、意図的に強制しないと切り替えは無理です。

 

既存のタイプの製品を高品質にして安価に提供するのであれば、スロー回路の「科学的探求方法」は不要です。

 

しかし、高付加価値の新しいコンセプトの製品やサービスを提供しようとすれば、スロー回路の「科学的探求方法」は必須です。

 

新しいコンセプトの製品やサービスの試作品の99%はそのままでは使えませんので、検証と軌道修正が欠かせません。

 

3)同調圧力

 

2023年3月3日のNewsweek小宮信夫氏の記事の中に、「日本と同調圧力の歴史」という項目があります。

 

記事の中で、小宮信夫氏は、「聞く」と「読む」をインプット、「話す」と「書く」とアウトプットと読んでいます。

 

「日本と同調圧力の歴史」を筆者なりに、順番を一部、入れ替えて要約してみます。

 

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かつて日本ではアウトプットできるのは、権威のある集団の仕切り役に限られ、仕切り役以外の人がアウトプットすれば、村八分になった。

 

その結果、学校では教師による一方通行の授業が続き、会社では、集団の仕切り役だけが発言する形式的・儀式的な会議が普通だった。

 

同調圧力は、小集団で最も強くなる。連帯責任が原則の小学校の班では相互監視が行われ、同調しない児童には容赦ない攻撃(いじめ)が加えられる。

 

日本人の祖先は、競争に負けて、人類発祥の地のアフリカから、最果ての極東にやってきた。競争に負けた日本人の祖先は、弱者が強者に勝つ一致団結を優先した。建国以来、一度も、日本本土を異民族に侵略された経験のない特殊な歴史は、「同調と画一性を重視するマインド」を強化した。

 

これでは国際競争に勝てる人材は輩出できず、個性の尊重や人権がなくなる。

 

そこで、海外からインプットとアウトプットのバランスをとるアクティブ・ラーニングやプレゼンテーションなどが輸入されたが、同調圧力は相変わらず強く、海外と比べればアウトプットが不足している。

 

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小宮信夫氏の論旨は、よく分かりますが、問題を「同調圧力」という一般に流布している言葉に「同調」させて表現する必要はないと思います。

 

小宮信夫氏の指摘している問題は、パースのThe Fixation of Beliefに従えば、これは、「同調圧力」の問題ではなく、合意形成における科学的探求方法の欠如であり、スノーの表現でいえば、科学的文化の欠如の問題です。

 

文部科学省が、「アクティブ・ラーニング」をカリキュラムに取り入れれば、これは、権威主義的な合意形成になってしまいます。カリキュラムとして強制された「アクティブ・ラーニング(active learning)」は、「パッシブ・ラーニング(passive learning)」です。つまり、パッシブ・ラーニングで、「アクティブ・ラーニング」劇を演じていることになります。

 

中央集的に、霞が関が指令をだして、現場が、その指示に従うという合意形成は、権威主義的合意形成で、科学とは相容れません。



4)A:科学と合意形成

 

「アクティブ・ラーニング」を主体的活動ととらえるのは、人文的文化です。科学的文化であれば、「アクティブ・ラーニング」は、仮説と検証の科学的アプローチの学習になります。パースが、集団の合意形成を問題にしたのは、科学の学説は集団の合意形成の上に成り立っているからです。

 

パース流にみれば、科学とは、絶対的な公式や理論ではありません。科学とは「科学的探求方法」によって形成された集団の合意形成にしかすぎません。「集団の合意形成」というプロセスを経ないで科学は存在しないのです。

 

科学は、科学を理解できる(「科学的探求方法」を受け入れる)集団とセットで存在します。



科学の進歩は、「科学的探求方法」によって育まれた科学的なココロの問題です。



女系天皇の問題や、夫婦別姓の問題を、「科学的探求方法」で検討するには、評価関数を作成して、次に、必要条件を検討します。

 

女系天皇の問題であれば、天皇に求められる資質という評価関数を設定して、次にそれを満足する条件を探索します。

 

過去の歴史に、女性の天皇が存在したか否かは、前例主義の合意形成です。

 

天皇制に詳しい学者の意見を聞くのは、権威主義の合意形成です。

 

現在は、このような「科学的探求方法」ではない合意形成が使われています。

 

「科学的探求方法」ではない合意形成は、経済対策でも使われていますので、経済対策は効果がでなくなります。



「科学的探求方法」ではない合意形成が行われていることは、レジームシフトの大きな阻害要因でもあります。



引用文献



ネット空間に溢れる「インプットなきアウトプット」の弊害 2023/03/03 Newsweek 小宮信夫

https://www.newsweekjapan.jp/komiya/2023/03/post-15.php