10)エビデンスとビジョン
「中国製造2025」は、5か年計画、10か年計画の拡張になっています。
5か年計画は、ソ連の社会主義経済で、採択された方法で、資本主義にはなじまない面もあります。とはいえ、政策実現までに、長い時間が必要とされる課題の場合には、中期計画や長期計画(ビィジョン)があれば、場当たり的な政策の無駄を回避することができます。
EBPMの問題は、ビジョンと結びついているので、この点を考察します。
10-1)利権と政策効率
前節では、筆者は、次のように書きました。
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EBL3のEBPMに基づけば、39兆円は、半分以下で十分と思われます。つまり、EBPMに基づけば、減税と財政収支の均衡が可能になります。
もちろん、その場合には、パーティ券と天下り先は消滅してしまいます。
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この問題を、もう少し考察します。
パーティ券と天下り先が消滅することは、見方をかえれば、現在の政策は、パーティ券と天下り先(議員と官僚の利権の確保)で決まっているとも言えます。
つまり、現状では、政策の効率性は全く考えられていません。
政策の効率性は、タブーになっています。
これが、「39兆円は、半分以下で十分」と主張する根拠です。
政府は、2024年の補正予算で低所得世帯と子育て世帯に給付金を配布する計画です。
この政策は、選挙対策に過ぎません。
低所得世帯と子育て世帯の生活が困窮しているのは、事実(ファクト)です。
しかし、因果モデルで考えれば、その原因は、税制、労働市場のない雇用制度(年功型雇用)、その結果としての低賃金(可処分所得)にあります。
給付金には、徴税のコストと給付金の事務コストがかかります。
減税で対応すれば、これらのコストは不要です。
政権与党は、給付金によって、低所得世帯と子育て世帯の支持率があがると考えていますが、この政策では、低所得世帯と子育て世帯以外の納税者の支持率が下がる可能性があります。
なぜ、このような非効率な政策が採択されるのでしょうか。
恐らく、政府の幹部の人事権を政治家が持っている(政治主導)ので、忖度が働いていると思われます。幹部以外の官僚の人事権は、幹部が持っているので、非幹部の官僚は、政策が、非効率であるとわかっていても、付き合っていると思われます。
給付金は、政府が、所得の少ない世帯の収入の確保に関するビジョンをもっていないことを示しています。同様に考えれば、年金問題も、ビジョンのない場当たりであることがわかります。
ジョブ型雇用のGoogleでは、幹部の経営方針に疑義があれば、社員から、質問が飛びます。幹部の説明に納得できない社員は、転職しています。
政府が、Googleのようなジョブ型雇用であれば、交付金のような意味のない政策を提示すれば、転職する職員が出ると思われます。
現在の政府は、年功型雇用ですが、新規採用の希望者は減っています。また、中途で転職する職員も増えています。
ジョブディスクリプションがない雇用形態の教員と医師では、人手不足が慢性化しています。
公務員の世界でも、同じことが起こっています。
交付金のような非効率で意味のない(より効率的な代替政策がある)政策を採用すれば、政府は内部から崩壊していきます。
これが、政治主導が引き起こしている現象であると思われます。
10-2)EBPMと政策効率
EBPMは、効果のない政策と非効率な政策を削除します。
EBPMは、効果のない官僚機構と非効率な官僚機構を削除します。
つまり、EBPMを使うと、歳出が削減され、減税が実現できます。
EBPM 推進委員会は、利害関係者ですから、非効率な政策と非効率な官僚機構が削除されることはありません。
これが、EBPM 推進委員会が、EBL3ではなく、EBL1とEBL2で活動している理由です。
例えば、EBPM 推進委員会は、<2024年9月より、全府省庁のシートが、「行政事業レビュー見える化サイト」で一元的に一般公開されたところ。今後も「見える化」やデータ利活用について改善方策の検討を進めていく>といいます。
「見える化」は観察研究であり、EBL2になります。
効率化をはかるためには、反事実(EBL3)が不可欠になります。
これは、次の2つの比較が必須条件になるためです。
第1は、事実(現状、EBL2)の政策または、官僚機構です。
第2は、反事実(効率を向上する提案、EBL3)の政策または、官僚機構です。
因果推論を使えば、エビデンスに基づいて、この2つを比較する因果モデルをつくることができます。
そして、2つを比較して、効率のよい方を残せばよいことになります。
政府は、防災省を設置する計画です。
防災省の設置も、次のEBPM問題です。
第1は、事実(現状)の防災省のない官僚機構です。
第2は、反事実(効率を向上する提案)の防災省のある官僚機構です。
EBPMに基づけば、この2つの案のどちらが効率的であるかという問いに対する答えが出せます。
時事通信は政治資金規正法の改正案について、次のように報道しています。
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自民党が11月21日に取りまとめた政治改革案の多くは、先の通常国会で成立した改正政治資金規正法で積み残した要検討事項をおさらいする内容にとどまった。「本丸」の企業・団体献金の扱いは表立った議論がほとんどされず、派閥裏金事件の真相解明に向けた取り組みも手付かずのまま。
法改正の案として盛り込まれた(1)政治資金の支出を監査する第三者機関設置(2)外国人による政治資金パーティー券購入の禁止(3)規正法違反事件などで党所属国会議員が起訴された場合の政党交付金停止―はいずれも改正法の付則で検討事項としたもの。新たな打ち出しに乏しい。
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<< 引用文献
見直し限定的、解明手付かず 焦る首相、「裏金」幕引き優先 規正法再改正、年内決着不透明〔深層探訪〕 2024/11/23 時事通信
https://news.yahoo.co.jp/articles/e20efd329c42677fc536d250bf36e848ea77b1c7
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自民党の議員は、利害関係者ですから、政治資金規正の大幅な改正ができると考える理由はありません。過去30年間、自民党の議員は、利害関係者として、政治資金規正の大幅な改正を避けてきました。
利害関係者が意思決定をする場合には、利害を度外視して意思決定をすると期待することは現実的ではありません。
EBPM 推進委員会も同様に利害関係者で構成されています。
本来であれば、EBPM 推進委員会は、デジタル庁や子ども家庭庁の設立の時に、エビデンスに基づく、効果の検証をしていたはずです。それができていない理由は、EBPM 推進委員会が、利害関係者で構成されているためと思われます。
大手テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は、次期トランプ政権で、政府効率化省(DOGE)で活動する計画です。
トランプ氏は、この組織の任務は、「政府の官僚主義を廃し、過度な規制を削減し、無駄な支出を減らし、連邦政府機関を再構築する」ことという。またトランプ氏は、米国の独立宣言から250年にあたる2026年7月4日までに、DOGEを解散すると述べています。
<< 引用文献
マスク氏が主導する政府効率化省(DOGE)の課題 2024/11/22 NRI 木内 登英
https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2024/fis/kiuchi/1122
>>
ここでの論点は、マスク氏は、何を基準に、「政府の官僚主義を廃し、過度な規制を削減し、無駄な支出を減らし、連邦政府機関を再構築する」かという点になります。
筆者は、その手法は、EBPMになると考えます。
アメリカ政治がイデオロギーで動いていると考える人は、プラグマティズムを無視しています。EBPMは、プラグマティズムの手法であり、イデオロギー(形而上学)より優先します。
マスク氏とトランプ氏は、自分たちの好み(利害関係)や、イデオロギーに基づいて、「政府の官僚主義を廃し、過度な規制を削減し、無駄な支出を減らし、連邦政府機関を再構築する」のではありません。
政府効率化省(DOGE)は、全省庁を対象にするので、利害関係を優先する可能性は低い(物理的に不可能)です。
科学的な方法(EBPM)によって、「政府の官僚主義を廃し、過度な規制を削減し、無駄な支出を減らし、連邦政府機関を再構築する」と思われます。
日本のマスコミは、政府効率化省は無理筋であるという説明を繰り返しています。
しかし、2026年7月4日までに、、政府効率化省(DOGE)が解散できなくとも、一度、EBPMを「政府の官僚主義を廃し、過度な規制を削減し、無駄な支出を減らし、連邦政府機関を再構築する」部分に組み込めば、後戻りすることはありません。
ここまでの説明の読者であれば、EBPM 推進委員会は、政府効率化省(DOGE)と同じ働きをすることに気づかれたと思われます。
EBPM 推進委員会は、第3者機関でなければ、機能しないのです。
一度、EBPMを「政府の官僚主義を廃し、過度な規制を削減し、無駄な支出を減らし、連邦政府機関を再構築する」部分に組み込めば、その後の実施は、ボット(コンピュータの自動実行)でも可能です。
コンピュータが、過度な規制、非効率は事業(無駄な支出)、非効率は組織をリストアップしてくれます。
10-3)ヴィジョンの問題
利害関係者が暗躍する場合には、ビジョンは作れません。
利害関係者の間の調整は、生産性の向上には、全く寄与しません。
したがって、利害関係者が暗躍すれば、生産性が低下して、国は、どんどん貧しくなります。
これが、日本の現状です。
マスク氏は、人類を火星に送るビジョンを持っています。
テスラの自動車は、自動運転のビジョンを掲げています。
2024年時点では、ロボタクシーの実績は、Googleのウエィモ(Waymo)が他を圧倒しています。
テスラは、路上での実証試験をほとんどしていません。
とはいえ、テスラは膨大な学習用のデータを持っています。
NVIDEAは、バーチャル空間で、ロボットを学習させるシステムを販売しています。
同様に考えれば、テスラは、路上での実証試験をしなくとも、バーチャル空間で、ロボタクシーを学習させることができると考えているのかも知れません。
バーチャル空間であれば、実空間の数百倍の速度で、学習をすることが可能です。
さて、マスク氏は、政府効率化省(DOGE)でどのようなビジョンを持っているのでしょうか。
筆者は、それは、ロボタクシーと同じような政府の自動運転ではないかと考えています。
DXを究極まで進めた姿を想定します。そこから、逆算してビジョンをつくれば、最大速度で、DXが進みます。
到達点から、逆算する思考法が、マスク氏の特徴です。
マスク氏は投稿サイトのツイッター(現X)を買収後に、ツイッターの事業を継続しながら最終的に従業員の約80%を削減しています。
しかし、政府効率化省(DOGE)は、各組織を直接運営するわけではありません。その点を考えると政府効率化省(DOGE)の活動は、EBPMの徹底になると考えられます。
アメリカ政府のルーチンワークを、DXで置き換えることができれば、政府の生産性が劇的に向上します。経済学の基本は、非効率な部門を、効率的な部門に置き換えれば、生産性があがり、経済成長が促進されるというもので、微分法方程式で、モデル化できます。