ソリューション・デザイン(14)

(14)生成AIとThe Fixation of Belief

 

(Q:生成AIとパースのThe Fixation of Beliefの関係を説明してください)

 

1)哲学の力

 

人文科学が影響力をもつ原因に、人文科学が本質的な問題を取り扱っているという主張があります。本質的という言葉の意味は曖昧です。何は、アイデアを思いついた時には、文献を調査して引用します。

 

この引用には、権威主義的な間違いを引き起こすリスクもあります。

 

例えば、筆者はパースを引用すると、パースの言っていることだから、間違いないだろうと、書いた文章の権威づけが行われるリスクがあります。

 

一方、学問の世界では、オリジナルであることが尊重されますので、筆者は思いついたアイデアが実は、パースが考えていたことと同じであれば、パースを引用しないと、原著者に対して、失礼であるというルールもあります。筆者が、パースを引用する理由は、このルールによっています。

 

パースの時代には、生成AIどころか、コンピュータもありませんでした。筆者は、訓詁学をするつもりはありませんので、パースが、生成AIのある時代に生きていたら、こう表現していただろうという拡大解釈をします。この拡大部分は筆者のアイデアです。

 

シェークスピアの古い英語は、わかりにくいので、現代英語に翻訳されています。

 

筆者は、同様に、パースのアイデアを活用しやすくするために拡大解釈することは必要であると考えます。

 

さて、話を戻します。

 

パースの哲学の恐ろしいところは、100年以上も前の人なのに、同じようなアイデアを過去に考えた人がいないかをチェックするとパースに行きつく点です。

 

The Fixation of Beliefは、色々な科学的な方法が交差する中心にあります。

 

2)生成AIと合意形成

 

SNSが広まった結果、色々な意見がクラウド上に飛びかうようになりました。

 

その中には、明らかに間違ったフェイクは情報も多く見られます。

 

マスコミは、フェイクな情報を追放しろといいますが、正しい意見の識別は容易ではありません。

 

マスコミの多くは、感情に訴えて売り上げを伸ばしたいので、針小棒大な表現が多用されています。

 

特殊な事例を取り上げて、それが、平均であるような情報操作が多用されていますが、統計的な分布が取り上げられることはありません。

 

生成AIも、質問すれば、意見を提示します。生成AIの作る見解は、玉石混交です。

 

テレビやネットでは、ディベート番組に人気があり、論破王と言われる人もいます。

 

しかし、科学的に考えれば、エビデンスがなければ、議論は、水掛け論で、終結しないように思われます。

 

こう考えると、「正しい意見の識別」が問題ではなく、合理的に意見を集約して合意形成を行うプロセスが問題であることがわかります。

 

このプロセスは、パースが「The Fixation of Belief」で論じているテーマそのものです。

 

つまり、生成AIが今後、まともな、意見を生成できるか否かは、生成AIがThe Fixation of Beliefで、示された「科学的探究方法」にかかっています。

 

仮に、生成AIが、第4の「科学的探究方法」による意見集約実現し、人間が、それ以外の、第1から第3の方法に固執していた場合、人間が、生成AIに勝てる可能性はなくなります。

 

こう考える、The Fixation of Beliefは、科学的な方法が交差する中心にあると言えます。

 

3)教育学とパースは、信念を固定する 4 つの方法を特定しました。(注1)

 

(A1)固執( Tenacity)

(A2)権威( Authority)

(A3)理由への同意( Agreeableness to Reason) (アプリオリa Priori)

(A4)科学(Science)




「科学と合意形成」で、小宮信夫氏は「同調圧力」の議論で、言及されたアクティブ・ラーニングの問題を論じました。

 

この問題について、補足しておきます。




インディアナ大学ブルーミントン校の教育システム技術学部名誉教授のTheodore W. Frick氏のWEBから、関連する部分を要約して、引用します。

 

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信念を固定する(Fixation of Belief)ための科学の方法 (規律ある探究)

 

Collected Papersで、Peirce (1934) は 4 番目に、疑問を解決する方法として科学の方法を説明しました。この方法の本質は、他の人が再現可能であり、現在の人間の信念に依存しません。この方法が適切に守られていれば、他の調査者も同じ結論に達するはずです。

 

パースは次のように書いています。

 

私たちの疑問を満足させるためには、私たちの信念が人間的なものではなく、何らかの外的永続性によって、(つまり私たちの思考が影響を及ぼさない何かによって)決定される方法を見つける必要があります。それは、例えば、科学の[規律ある調査] のようなものです。



この方法の経験は私たちにそれを疑うようにはさせませんでしたが、反対に、科学的調査は意見を解決する方法で最も素晴らしい勝利を収めました。

 

私が本当に方法に従っているかどうかのテストは、私の感情や目的にすぐに訴えることではなく、逆に、それ自体が方法の適用を伴います。

 

規律ある探求(disciplined inquiry)という用語は、ここでは教育学(educology)の文脈で使用されています。これは、科学の方法を、物理学、生物学、化学などの科学と呼ばれることが多い主題に関する探求だけに限定しないためです。

 

パースは、信念を固定する 4 つの方法を特定しました。(注1)

 

(A1)固執( Tenacity)

(A2)権威( Authority)

(A3)理由への同意( Agreeableness to Reason) (アプリオリa Priori)

(A4)科学(Science)



パースは、ポピュラー サイエンス マンスリー(Vol. 12、1877 年 11 月)でさらに説明しました。

 

この[科学の方法(method of science)]は、正しい方法と間違った方法(a right and a wrong way)の区別を提示する4つの方法のうちの唯一のものです。



固執の方法の採用:そのために必要な条件は、すべての影響から自分を締め出すことです。




権威の方法の採用:国家は、目的を達成するためには、科学的観点からは、間違った手段によって、異端を鎮圧しようとするかもしれません。しかし、この権威の方法が使われているかの唯一のテストは、 国(国家権威)州が何を考えているかです。権威を間違って使うことがないようにすべきです。



アプリオリな 方法の採用:この方法の本質は、人が考え易いように考えることにあります。すべての形而上学者は確かにアプリオリな 方法を使いますが、彼らはお互いをひどく間違っていると判断する傾向があるかもしれません。

 

科学的方法の採用:科学的方法の場合は事情が異なります。 既知の観察された事実から始めて、未知の事実に進むことができます。それでも、私が行う推論(the rules which I follow in doing)は、探求(investigation)が承認するようなものではないかもしれません。 

 

私が本当にこの方法に従っているかどうかのテストは、私の感情や目的(feelings and purposes)にすぐに訴えることではなく、逆に、それ自体が方法の適用を伴っています(itself involves the application of the method)。 したがって、正しい推論だけでなく、悪い推論も可能です。そしてこの事実は、論理の実際的な側面の基礎です。(セクション V、パラグラフ 11)

 

 

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「規律ある探求(disciplined inquiry)という用語は、ここでは教育学(educology)の文脈で使用されています。これは、科学の方法を、物理学、生物学、化学などの科学と呼ばれることが多い主題に関する探求だけに限定しないためです」という箇所は重要です。

 

探求学習(disciplined inquiry)とFixation of Beliefは強く結びついています。

 

パースは、科学の方法を、「物理学、生物学、化学などの科学と呼ばれることが多い主題」に拡張する提案をしました。

 

しかし、その実装を可能したのは、2009年に、マイクロソフトリサーチのグレイが提案した第4のパラダイムであるデータサイエンスの手法が利用可能になってからです。

 

文部科学省が、探求学習をカリキュラムに導入するのであれば、その合意形成も、科学的(探求)方法によってなされる必要があります。

 

どのようなレベルで、科学的方法による規律ある探求(disciplined inquiry)が教育に導入できるかは、生徒や教師のレベル、地域社会の状態によって異なります。

 

探求学習(disciplined inquiry)をどのようなカリキュラムで導入すべきかは、科学的方法に従って、検証と調整を進めながら行う必要があります。

 

パースの「私が行う推論(the rules which I follow in doing)は、探求(investigation)が承認するようなものではないかもしれません.」を確認してください。




4)A:生成AIとパースのThe Fixation of Beliefの関係

 

生成AIは、今後、意見の正しさのレベル向上を試みるでしょう。

 

その段階で、The Fixation of Beliefの考察が生きてきます。

 

例えば、パターンマッチングによる推論は、理由への同意(前例主義)です。前例のルールの正誤を判断していません。

 

現在は、統計的因果モデルを自動的に作成するソフトウェアも開発中です。

 

ニューラルネットワークによる機械学習が、別の科学的推論と組み合わせられる世界が、やってくると思います。

 

AIが、科学的方法を理解したとき、世界は大きく変わると思います。





注1:

パースの信念を固定する 4 つの方法のうち、(A3)を筆者は、前例主義と訳しています。

 

(A1)固執( Tenacity)

(A2)権威( Authority)

(A3)前例主義<=理由への同意( Agreeableness to Reason、アプリオリ

(A4)科学(Science)

 

これは、現代では、形而上学が使われないためです。

 

 The fixation of beliefの該当部分を要約すると次になります。

 

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「理由への同意」の最も完璧な例は、形而上学的哲学の歴史に見られます。「理由への同意」は、通常、観察された事実に基づいていません。「理由への同意」が採用される主な理由は、「理由への同意」の基本的な命題が「理にかなっている」と思われたからです。「理にかなっている」ことは経験と一致を意味するのではなく、私たちが信じたいと思うことを意味します。

 

この方法は、私たちが気づいた他のどの方法よりもはるかに知的で、理性の観点から立派です。形而上学者が一定の合意に達したことは一度もないように、その失敗は明白です。

この方法は権威の方法と非常に本質的な違いはありません。

 

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つまり、「理由への同意」と「権威」主義の間には、本質的な差はありません。

 

パースは、「理由への同意」の例として「一夫一妻制と一夫多妻制のどちらかを選択する自由」を取り上げています。

 

これは、女系天皇のテーマそっくりです。女系天皇の場合には、論点は、前例主義です。

 

前例は、ランダムにとられるのではなく、主張に合致する前例が探索されます。

 

つまり、前例主義は、バイアスの塊です。

 

この前例を選択する過程は、アプリオリそっくりなので、筆者は、「理由への同意」を「前例主義」と読み替えてよいと考えます。

 

引用文献




Peirce, C. S. (1877).  The fixation of belief.  Popular Science Monthly, 12 (November), 1-15.

https://en.wikisource.org/wiki/The_Fixation_of_Belief

 

Method of Science for Fixation of Belief (Disciplined Inquiry)

https://educology.iu.edu/methodOfSciencePeirce.html

 

Disciplined Inquiry (Research)

https://educology.iu.edu/disciplinedInquiry.html