ソリューション・デザイン(5)

(5)レジームシフトはなぜ認識されないのか

 

(Q:レジームシフトが認識されない原因は何でしょうか)

 

1)レジームシフトとは何か

 

トフラー(Alvin Toffler、1928年 - 2016年)は「第三の波」( The Third Wave、1980)の中で、人類はこれまで大変革の波を二度経験してきており、第一の波は農業革命(18世紀の農業における変革でなく、人類が初めて農耕を開始した新石器革命に該当)、第二の波は産業革命と呼ばれるものであり、これから第三の波として情報革命による脱産業社会(脱工業化社会、情報化社会)が押し寄せると唱えました。

 

「波」という単語には、変化のフロントのイメージが強いことから、筆者は、生態学の用語のレジームシフトを使っています。

 

3つの波は、農業社会レジーム、工業社会レジーム、デジタル社会レジームになります。

各々のレジームには、生産をささえる技術があります。

 

 筆者は、マイクロソフトのグレイのパラダイム区分を採用しています。

 

グレイはクーンの科学パラダイムを参考しています。

 

これと、スノーの二つの文化の一部には対応があります。

 

スノーは、二つの文化を、人文的文化と科学的文化に区分しました。

 

科学的文化は、工業社会レジームに対応しています。

 

人文的文化は、一部を除いて、農業社会に対応していません。

 

人文的文化と農業社会の対応については、別途考察しますが、ここでは、部分的対応という意味で()付きの取り扱いをします。

 

そうすると以下の整理が可能です。

 

年代 ジー パラダイム 文化

 

BC4000- 農業社会 経験科学 (人文的文化)

 

1950- 工業社会 理論科学  科学的文化1.0

 

1980- PREデジタル社会 計算科学  科学的文化2.0

 

2010- デジタル社会 データサイエンス  科学的文化3.0

 

年代は、最古ではなく、パラダイムが本格的に普及して、レジームシフトが決定的になった時期を示しています。

 

「PREデジタル社会」と「計算科学」は、工業社会、または、デジタル社会の一部と思われます。科学パラダイムの汎用性から考える社会的な影響度からすれば、計算科学は、工業社会の一部と考えられます。筆者も今までは、そのくくりをしてきました。しかし、計算科学はコンピュータがないと成立しません。トフラーの区分では、工業社会に入らない気がしたので、ここでは、分けています。

 

スノーの時代には、科学は理論科学だけでした。その後の計算科学、データサイエンスを同じ科学で扱うと混乱するので、ここでは、科学の後に、世代番号をつけています。



2009年に、マイクロソフトのグレイは、第4のパラダイムを表わし、データサイエンスが確立した新しい科学パラダイムになったと主張しました。

 

これは、データサイエンスパラダイムで、活動する研究者やプログラマーが無視できないサイズになり、そのプロダクトの生み出す社会的影響が大きくなったことを指しています。

 

遡って、データサイエンス人材が、何時教育を受けたかを考えれば、10年以上前と思われます。南洋理工大学(1991)、香港科学技術大学(1991)などの新しい大学が、古い大学を押さえて、大学ランキングの上位にあるのは、データサイエンスの影響が拡大したためと思われます。

 

2)レジームシフトと労働生産性

 

ジームシフトが重要な理由は、圧倒的な労働生産性の違いにあります。

 

労働生産性が上がれば、所得を増やすことが可能になります。

 

1990年頃の日本は、主に、自動車と家電製品を輸出して外貨を稼いでいました。

 

そして、農産物を輸入していました。

 

自動車は、1つ数百万円します。テレビも10万円前後します。

 

1つの単価が10万円の農産物は、年代物のワインのような例がを除けば、ありません。

 

これから、工業製品を輸出して、農産物(農業製品)を輸入することは容易ですが、逆は困難なことがわかります。

 

その差は、労働生産性にあります。

 

観光も農産物と同じように、手作り生産で、労働生産性はあがりません。

 

観光で外貨を稼いでも、工業製品を輸入することはできません。

 

1990年頃の日本の一人あたりGDPが高かった理由は、労働生産性の高い工業製品輸出において、圧倒的な国際競争力があったからです。

 

労働者の誰もが、労働生産性の高い仕事に向いている訳ではありません。

この点から、農業や観光業などの労働生産性が低い仕事が残っていることは、必要かもしれません。

 

しかし、それが、メインになることは、GDPが下がる目標なのでありません。

 

タイは、観光業では、日本よりはるかに先進国ですが、1人あたりGDPは余り高くありません。これは、労働生産性の高い輸出産業を抱えていないためです。

 

3)レジームシフトへの対応

 

労働生産性をあげて、一人当たりGDPを増やすレジームシフトは次のようなものです。

 

産業レベルでの労働移動

 

農業=>デジタル産業

 

工業=>デジタル産業

 

デジタル産業には、科学的文化3.0のデータサイエンスの能力が必要です。

 

デジタル庁のように、デジタル産業らしい名前をつけても、そこで働く人のスキルが、 データサイエンスのパラダイムに基づかなければ、ナンセンスです。

 

つまり、産業を起こす前に、教育を変える必要があります。

 

日本は、高度経済成長期前に、大学の工学部定員を大幅に増やして、工業社会を支える人材を養成しています。

 

同様に考えれば、労働者の移動の前に、教育カリキュラムの間の定員移動が必要です。

 

これは、1959年に、スノーが提唱した「人文的文化ー>科学的文化」への定員切り替えのデータサイエンス版になります。



4)カリキュラム定員移動のブループリント

 

4-1)伝統的な表現

 

 2022年2月13日の現代ビジネスに、野口悠紀雄氏は、次のような記事を書いています。(筆者の要約)

 

<==

 

東京大学農学部の学生は257人、後期課程学生3170人の8%、教授数は85人で、全教授数1185人の7%になる。国内総生産に占める農業の比率は、わずか0.9%でしかない。

 

東大工学部には、欧米の大学にはごく普通にある「コンピュータサイエンス学科」が、東大工学部には存在しない。東大でコンピュータの勉強ができる学科は、学部レベルでは、理学部の「情報科学科」が70名、大学院レベルでは、「情報理工学系研究科のコンピュータ科学専攻が143名である。

 

スタンフォード大学工学部のコンピュータサイエンス学科の、学生数は、学部739名、大学院665名で、工学部全体5173名の27%、これに、計算及び数理工学の148名を加えると、1552名となり、工学部全体の30.0%になる。

 

==>

 

野口悠紀雄氏は、明示していませんが、推測すれば次のような教育カリキュラムの間の定員移動をすべきであるという趣旨と思われます。

 

農学部 => コンピュータサイエンス

 

工学部の機械関連学科 => コンピュータサイエンス

 

これは、「農学部=農業」、「工学部の機械関連学科=工業」、「デジタル産業=コンピュータサイエンス」と読み替えれば、「3)レジームシフトへの対応」そのままになっています。

 

この主張は正論ですが、コンピュータサイエンス学科ができない原因のドライビングフォースには、触れていません。

 

行動成長期には、農業から工業への人口移動がありました。そのドライビングフォースは、所得の向上でした。

 

農学部の卒業生より、コンピュータサイエンスの卒業生の方が給与が高ければ、教育カリキュラムの間の定員移動が起こります。

 

農学部の教授より、コンピュータサイエンスの教授の方が給与が高ければ、教育カリキュラムの間の定員移動が起こります。

 

実際に、アメリカで起こった変化の原因には、このようなドライビングフォースがありました。

 

ジョブ型雇用であれば、産業間の人口移動があり、レジームシフトが進みます。

 

ジョブ型雇用であれば、、教育カリキュラムの間の定員移動があり、レジームシフトが進みます。

 

複数の問題がある場合、どの問題がより原因に近いかを考えて、対策を講じる対象を絞るべきです。

 

こう考えると根本問題は、農学部の定員が多いことではなく、年功型雇用になります。

 

最近では、多くの企業が、年功型雇用と併用して、自称ジョブ型雇用を採用しています。その中には、ジョブ型雇用とは名称だけで、幹部になるまでの年限が半分になるといった変形年功型雇用も多くあります。

 

経験と科学は対立します。ジョブ型雇用は、科学的雇用であって、人文的(経験重視)雇用ではありません。人材の能力を科学的スキルで評価する必要があります。これは、科学的文化がないと無理です。

 

2023年現在、経験が問われない仕事は、非正規雇用などの賃金の低い仕事しかありません。

 

簡単に言えば、日本には労働市場がありません。

 

コンピュータサイエンスのスキルを持っていてもそれを生かして、高い給与を得るジョブはありません。これは、採用する企業が、人文的文化で、科学的に労働者のスキルを評価できないためです。「幹部になるまでの年限が半分」という表現に、その実態が現れています。

 

2032年時点で、ジョブ型雇用のための人材評価ができる企業は、以前からジョブ型雇用である外資系企業、外国人は社員の割合が半分を超える国際企業だけではないでしょうか。

 

経団連は、年功型雇用は維持できないといっています。ジョブ型雇用を取り入れた参画企業もあります。しかし、多くの企業は、未だに春闘をしています。

 

経団連では、変化の速度の話は出てきません。

 

2021年のロイターのインタビューに浙江吉利控股集団(吉利集団)のトップの李書福氏は次のように答えています。

 

<==

 

デジタル化と電動化の波が押し寄せる自動車産業は、単に車を作って売るだけの時代から、自動で走る車両がインターネットで互いにつながり、そのネットワークの中で様々なサービスを展開して稼ぐ時代に変わろうとしている。各社がそこへいち早くたどり着こうとレースを繰り広げる中、吉利は連合を組んで一番乗りを目指している。

 

「すべての道は(我々が目指す)ローマに通じるかもしれない」と李氏は言う。「問題はどの道が正しく、最も速くローマにたどり着ける道かだ」

 

==>

 

ジームシフトが起こっている場合、改良型対応では、変化に完全に取り残されます。

 

既に、日本は、デジタル社会へのレジームシフトに遅れていますので、追いつくには、吉利集団のような外国企業以上の加速度が必要です。



2023年2月23日のDiamondの野口悠紀雄氏の記事によれば、国際サービス収支は次になっています。(筆者要約)

 

<==

 

財務省の国際収支速報によると、20222年のサービス収支は、5.6兆円の赤字です。

 日経新聞はデジタル関連のサービス収支の赤字は4.7兆円で、内訳は、通信・コンピュータ・情報サービス(1.6兆円)、専門・経営コンサルティングサービス(1.7兆円)、著作権等使用料(1.5兆円)としています。サービス収支赤字84%にはデジタル関連です。

 

==>

 

文部科学省は、首都圏の大学へ定員制約を緩めて、データサイエンス関連の学部、学科の新設しています。しかし、そこには、既存の学部、学科の定員削減や、給与差のあるジョブ型雇用はありません。つまり、レジームシフトに対応した定員移動は想定されていません。

 

恐らく、データサイエンス関連の学部、学科の新設では、レジームシフトに取り残されると思います。



農林水産省は、2022年7月に、2025年に廃止を決定した農村集落調査を、2023年2月21 日に継続する方針転換を行いました。廃止を予定した理由は、集落人口が減少してたこと、個人情報保護法で、戸別調査が困難になって、従来と同じ調査が現実的には不可能になったためです。簡単にいえば、過疎集落がふえて、調査が難しくなったためと思われます。

 

野口悠紀雄氏は、「国内総生産に占める農業の比率は、わずか0.9%でしかない」といっていますが、そのうちで、過疎集落が寄与する部分は更に小さく、国のGDP統計では、無視できるサイズと思われます。

 

2023年2月21日の日経新聞によれば、調査の廃止には、農業経済学、地理、歴史など関連13学会が反対したと書かれています。

 

過疎集落の実態を調べた論文を書いても、日本経済の経済成長に対する寄与はぼぼゼロです。しかし、その論文が審査付の雑誌に掲載されれば、1本と評価されます。大学の教員の給与は、審査付論文の本数できまり、労働生産性の向上(労働者の所得向上)とは関係しません。もちろん、研究者に税金が投入されていなければ、研究の自由があります。しかし、税金から、研究者の賃金や研究補助金が支出されているのであれば、納税者は、税金の適切な使用について、説明を受ける権利があります。

 

高速道路は今の制度では2065年までは有料で、その後無料化される予定でしたが、政府は2023年2月10日の閣議で「有料化の時期を最大で2115年まで延期する法律の改正案を」決定しています。

 

推計時期による変動がありますが、2100年の日本の総人口は6,400万人程度です。

 

その前に、自動運転技術の普及によって、カーシェアリングが進み自動車の台数が減ることが予想されています。

 

2115年まで今同様の高速道路利用が継続する可能性はほぼゼロです。

 

国土交通省は、東日本大震災のあと、三陸沿岸の内陸に、津波対策のバイパス道路を建設しました。

 

東日本大震災レベルの地震が発生する確率は400年に一度です。

 

400年間、津波対策のバイパス道路を維持管理できるとはとても思えません。

 

以上から、次のことがわかります。

 

(1)給与は生産性向上への貢献とは無関係にポストと年齢で決まります。つまり、生産性向上に、寄与するインセンティブ(ドライビングフォース)はありません。

 

(2)将来変化がほぼ確定的な場合でも、変化に対応することはありません。その原因は不明です。筆者は、「カーネマンのシステム2のスロー思考ができない、変化することで、期待される所得が減少する」の2点を、候補と考えています。

 

4-2)ソリューション・デザインと表現

 

問題は、レジームシフトに対応した人口移動です。

 

しかし、問題の解決方法は、問題提示(問題点の指摘)とは全く異なります。

 

農村集落の過疎が問題だという問題提示はできますが、問題解決には、所得向上が必要です。

 

田舎に住んで、デジタル産業で生活する人が増えれば、過疎は解消するかも知れませんが、農業補助では生産性が低すぎて無理です。

 

無人のロボット農業で問題解決できるかも知れませんが、開発できる人材は、コンピュータサイエンスの卒業生でしょう。

 

黒澤明は、1952年に映画「生きる」を公開して、形式的な官僚主義を批判しました。この映画は、海外でも黒澤の代表作の一つとして高く評価されており、第4回ベルリン国際映画祭でベルリン市政府特別賞を受賞しています。

 

「生きる」が公開されて、70年以上経っていますが、形式的な官僚主義はなくなりません。形式的な官僚主義の典型は国会答弁にみることができます。

 

つまり、問題解決と問題提示は、全く別ものだということです。

 

必要とされるのは、問題解決の方策であって、問題提示ではありません。

 

問題提示は、調査結果に基づいた経験主義です。これは、反論しにくいので、論文の審査を通りやすくなります。

 

一方、問題解決の提案は、全て、今までにない方法です。正しいか、否かは不明です。

もっと言えば、99%は間違っています。

 

科学技術とはビジョンであり仮説であることが理解できていない学会では、問題解決の提案は、審査を通りません。

 

筆者が、「2030年のヒストリアンとビジョナリスト」で取り上げたヒストリアンの学会は、そのような学会です。

 

今、デジタル産業が行うべき経営は、iPhoneを作るような作業です。前例はありません。試作品を作ると問題だらけです。それでも、ビジョンを実現するために改良の努力を続けて、初めて製品化でき、利益を生みます。

 

経営の目標はビジョンです。ヒストリアンでは、全く歯が立ちません。

 

つまり、帰納法による間違いようのない結果が科学的論文であるという間違った認識を排除する必要があります。

 

巷(ちまた)に流布している似非科学である経験科学と戦うのは、容易ではありませんが、ヒントはあります。

 

エビデンスベースです。

 

1990年からはEBMの診療ガイドライン(Medical guideline)が使われています。

 

ここで、リサーチデザインに基づかない経験科学(事例報告)は、最低レベルの信頼度に位置づけられています。

 

同様に、エビデンスに基づく、問題解決のためのガイドラインがあるべきではないかという提案がソリューション・デザインです。

 

筆者は、これは、カリキュラム定員移動のブループリントにつながる間接的ではあるが、有効なアプローチになると考えます。

 

5)A:レジームシフトはなぜ認識されないのか

 

4-1)で書きましたように、レジームシフトを認識して行動を起こすと給与が減ってしまいます。

 

つまり、年功型雇用では、給与は、生産性の改善とは結びつかないので、誰もが、レジームシフトを見て見ぬふりをしています。

 

これは、外資系のモノをいう株主は認められないスタンスです。

 

モノをいう株主は、株価の上昇の後で、売り抜けて利益をあげたいと思っています。

 

つまり、日本企業経営は、全くもって不合理なので、中期的には、株式を買うインセンティブはありませんが、短期的には、経営を合理化することで、株価を上昇させられる余地があります。そこで、外資系の投資家は、経営合理化による短期の株価上昇が見込める場合には、日本企業の株式を購入します。モノをいう株主が嫌われるのは、このためです。原因は、不合理な経営をしている企業にあります。





引用文献

 

東大が19世紀の大学では、日本でIT革命が起こるはずはない 2022/02/13 現代ビジネス 野口悠紀雄

https://gendai.media/articles/-/92280?imp=0

 

日本「技術劣化」の貿易赤字、サービス収支“赤字5.6兆円”の8割がデジタル関連 2023/02/23  Diamond 野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/318133



特別リポート:変わる自動車業界の勢力図、テスラに挑む吉利の勝算 2021/09/08 ロイター

https://jp.reuters.com/article/autos-geely-lishufu-idJPKBN2G40AA