(11)社会的逆問題
(Q:問題提示と問題解決を結びつける方法はあるでしょうか)
1)問題提示の限界
問題を見つけること(問題提示)は、スタートとしては有効かもしれません。
しかし、問題提示は、問題解決にはつながりません。
その根底には、問題提示はヒストリアンでもできる点をあげることができます。
ヒストリアンは、カーネマンのシステム1(速い思考)につながります。
ここから、問題解決に向けて、システム2(遅い思考)を起動させる方法を考えねばなりません。
病気を例に取れば、わかると思いますが、治療には、症状から病名を特定するだけでは不十分です。
原因を分析して、取り除く必要があります。
結果(症状)から、原因を特定する思考は、逆問題になります。
つまり、ソリューション・デザインのスタートには、社会問題に、逆問題を適用する社会的逆問題を解けばよいことになります。
2)レジームシフトの因果モデル
問題の解決には、原因を取り除くか、改善することが基本になります。
一番陥りやすいバイアスは、原因が1つで、結果が1つであるというバイナリーバイアスにとらわれることです。
一般には、原因の候補が複数あり、その候補の間には、高い相関が見られますので、候補間の因果関係を整理するために、DAG(ダグ、Directed Acyclic Graph:非巡回有向グラフ)等が用いられます。
統計モデルは、何でもモデル化できる点で便利ですが、パラメータ間の関係は、単純で、多くは線形です。これは、因果モデルの関係が理論的に線形であるためではありません。データには、ノイズがのっていますので、統計的に分離できるモデルは単純なものに限定されているためです。
言い換えれば、物理モデルなどの理論科学のモデルが適用可能であれば、そちらを優先すべきです。
生態学のモデルは、完全に物理モデルにのってはいませんが、食物連鎖(エネルギー収支)の部分は、物理モデルに準じています。
河畔林のある河川の場合、落ち葉が水中に落ちると、その落ち葉をカワゲラのような分解者の昆虫が食べます。分解者は魚の餌になります。
「木に縁りて魚を求む(きによりてうおをもとむ) 」は、頓珍漢の意味ですが、生態学では、木があれば魚が棲むのは正しい因果関係です。
ここで、木がなくなると、食物連鎖が崩れて、全く異なった生態系に入れ替わります。これは、生態学におけるレジームシフトの例です。
DAGで、統計的因果モデルを作成した場合、そのモデルをベースに検討を行います。
ここでは、レジームシフトを分かり易く説明するために、統計的因果モデルが、エネルギー収支を反映していると仮定します。
この方法では、製造業であれば、原材料、加工する工場、工場を動かすエネルギーなどがモデルの要素になります。
モデルの使用法は、原因の1つの量(強度)が変化した、新たな原因が追加されたような場合の対応です。
これは、製造業であれば、原材料の価格が上がったので、利益がでなくなった場合に、小売価格をどうするかといった対応です。
DXが遅れているので、人間の作業の一部をコンピュータに置き換える方法も、モデルを部分改良すれば、対応可能と考えています。こうした部分改良の場合には、過去の経験に価値があります。
図1は、レジームシフトの概念を表わしています。黄色が今までの古いレジームです。丸と矢印が因果モデルを表わしています。
緑色が、新しいレジームです。
図1は、レジームシフトでは、因果モデル(生態系を構成する要素)は、全体として入れ替ってしまうことを示しています。
レジームシフトが起こる場合には、古いレジームに補助金をつぎ込んでも効果はありません。
過去のデータに基づく統計モデルは、役に経ちません。
レジームシフトの場合には、因果モデルがうまく機能しないように思われます。
原因から結果を推測する逆問題アプローチに限界があるように思われます。
3)レジームシフトの例
3-1)デジタル写真
(1)古いレジーム
印画紙に印刷する写真は、白紙の印画紙に、ネガフィルムの画像を反転して焼きつけます。こうして出来た写真を販売します。印画紙やフィルムの仕入れ価格があがれば、販売する写真の価格もあげる必要があります。
(2)新しいレジーム
写真はディスプレイで見るものです。メモリーがあれば、印画紙もフィルムも不要です。クリエータはデジタル写真を作りますが、これは、ビットマップに数字が並んだものです。
優れた作品は、ピットマップに並んだ数字をRGB変換してみた場合に、強い印象を与えるものです。
ピットマップに並んだ数字は、複数のレンズ、カメラで撮影したデータを任意に効果的に、アレンジしなおすことが出来ます。8頭身になるように小顔にすることは容易です。
古いレジームの写真は、レンズに入った光をフィルムにあてて、化学反応を起こすものでした。新しいレジームでは、レンズにはいった光を画像センサーで電気信号に変換します。そのあと、電気信号を見やすいようにRGBのピクセルの数字に変換します。この変換フィルタ―は任意に選べます。絵画と写真の間は繋がっています。
世界で一番多くの人に見られている写真は、インスタグラムなどのクラウドに投稿された写真です。
(3)シフトの状況
コンパクト デジタル カメラの世界出荷台数は、2008 年レベルから 97% 減少し、2021 年にはわずか 301 万台にとどまりました。
カシオは、2018年5月にコンパクトデジカメからは撤退しました。
パナソニックは、2019年からエントリーレベルのコンパクトカメラの新製品製品を発売していませんでした。
パナソニックは2022年8月に、エントリーレベルのコンパクトカメラの開発を正式に中止しました。
富士フイルムは、エントリーレベルのコンパクトカメラのFinePixシリーズの製造をディスコンし、高価格モデルのみを開発している。
キヤノンは2017年からエントリーレベルのコンパクトカメラのIXYブランドの新製品を発売していない。高価のコンパクトカメラのPowerShotブランドの新製品は発売している。キヤノンは、「エントリーレベルの新製品の開発を止めていない」と述べている。
キャノンは、一眼レフ開発から撤退しています。
ソニーは2019年から、サイバーショットブランドのコンパクトカメラの新製品を発売していません。ソニーは「エントリーレベルの新製品の開発を止めていない」と述べている。
ニコンは、2022年8月、「COOLPIX」ブランドの小型デジカメの新規開発を中止ました。
ニコンは、一眼レフ開発から撤退しています。
2022年の世界のデジカメ平均単価は8万5千円と新型コロナウイルス禍前と比べて3年で2倍超に上昇しています。
スマホと競争力があると思われた高倍率ズームを、ソニー、パナソニック、富士フイルムは、開発はしていません。
一番最新の機種は、キヤノンとニコンの次の3機種です。新製品は出ないと思われます。
キヤノン 2018年12月SX70 HS(65倍)
ニコン 2019年2月B600(60倍)
ニコン 2020年2月P950(83倍)
(4)1インチは効果があったか
コンパクトカメラは、最大のセンサーサイズを1.7型として、改良を進めてきました。
その最終機種は、次の2機種です。
キヤノン PowerShot G16 2013年 9月12日 発売
ニコン COOLPIX P78002013年10月10日発売
最近のデジカメと比べると、自動焦点の精度が悪い、レスポンスが遅いなどの欠点はありますが、フィルムカメラで撮影できる写真をとる機械という点では、完成しています。
この2013年の1年前にソニーな、1インチセンサーのコンパクトカメラを出します。
サイバーショット DSC-RX100 2012年 6月15日
RX100が契機になって、1.7型のコンパクトカメラはなくなります。
ソニーのコンパクトカメラは、ベストセラーになり、一見すると1インチの時代になったように見えたこともあります。
しかし、ソニーの1インチのコンパクトカメラは、第7世代の2019年以降新製品が出ていません。
DSC-RX100M7 (2019年8月30日発売)
第1世代のRX100は4万円でした。第7世代は、17万円します。
これをどう解釈するかですが、2013年頃を境に、カメラのハードウェアは、完成して改善点がなくなったように思われます。
その後の大きな変化は、センサーサイズの大型化(1.7型=>1インチ、APS-C=>フルサイズ)、ミラーレスへのマウントの変更です。レンズ回りは、サイズに合わせた変更だけです。ソフトウェアの画像処理は、スマホの方が各段に上です。
プロのカメラマンがいれば、高価なカメラを購入するでしょうが、プロのカメラマンはスマホに勝てない気もします。
スタジオでは完全な光源があり、撮影は容易です。
しかし、フィールドで、犬など動く被写体を撮影する場合、マニュアルでは無理なので、オートに頼ることになります。こうした条件で、プロがスマホに勝てるとは思えません。
ピントがあった写真を比べれば、フルサイズセンサーのカメラで撮影したプロ軍配がが上がります。
しかし、その基準は、撮れなかった写真を無視しています。
3-2)EV
古いレジーム
ガソリンエンジンの自動車です。
新しいレジーム
自動運転付のEVになります。
今のとことデジカメのようにレジームシフトは明確に見えません。
ただし、明確に見えた時点で、デジカメと同じように取り残されていることなります。
4)A:問題提示と問題解決を結びつける方法
今回は、執筆を始めた時点ででは、DAG(ダグ)を使えばよいとまとめる予定でした。
しかし、レジームシフトを考えると、DAGでは対応できないと考えます。
つまり、問題が、デジカメのようにレジームシフトによって発生している場合には、サブマリンのように、気が付いたら、全く異なるカテゴリーの競争相手が出現して、完敗することがありえます。
そして、デジタル社会へのレジームシフトが進む場合には、そうした現象が多発します。
ここでは、デジカメを例にあげましたが、カメラのエコシステムにある写真店、カメラマン、写真学校など、表に出ない変化が進んでいるはずです。今のところ、カメラ雑誌の廃刊が伝えられていますが、新しいレジームでは、写真は紙に印刷するものではありませんので、逆によく今までもった気もします。
紙の本、教科書にも同じレジームシフトでとらえるべき変化が起こっています。
レジームシフトについては、もう少し考察する必要があります。
引用文献・参考文献
Panasonic, Nikon quit developing low-end compact digital cameras 2022/08/06 Niikei Asia
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非ランダム化比較試験データを用いて治療効果を推定するための統計的手法 (2020/02)
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