スキルモデルの検討

(スキルモデルを考えると、問題点の見通しがよくなります)

 

1)首相のスキルモデル

 

2022年12月21日のNewsweekに、冷泉彰彦氏が、首相のスキルについて、次のような提案をしています。(筆者の要約)

 

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日本の政治の場合、「首相になるために必要なスキル」と「首相として成功するためのスキル」が全く別物だという問題があります。

「首相になるために必要なスキル」は、密室での一対一のコミュニケーション能力です。

「首相として成功するためのスキル」には、マイクの前に立って「国民の皆さん」に「自分の言葉」で話すことが含まれます。

岸田首相もそうですが、よく国会答弁で「官僚の作文」を答弁として棒読みするという例があります。有権者の心には全く届かないと分かっていても、その内容について「自分には専門知識がないので、AがBなので結論はCだという流れを、自分の言葉で組み立て直すような能力も時間もない」という場合には、結局棒読みをしています。その結果、首相が国家のリーダーとして、求心力を持つことが難しくなっています。

問題の原因は、「首相になるために必要なスキル」と「首相として成功するためのスキル」が異なるからで、これは、つまり、一人一人の首相の資質の問題ではなく、制度の問題です。

制度の問題を解決するには、「予備選挙をきちんと導入すること、国会議員ではなく地方の首長経験者が国政に参画する道を作ること」が考えられます。

 

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指摘しているスキルを人事スキルとジョブスキルと呼ぶことにします。

 

ジョブ型雇用であれば、ジョブスキルの評価で人事が決まりますが、年功型雇用では、主に人事スキルで人事が決まります。

 

この2つのスキルの構造は、年功型組織では、広く見られる現象です。

 

社内政治の達人が、昇進するといわれるのは、人事スキルを指しています。

 

ジョブ型雇用でも、人事スキルの影響がゼロにはなりませんが、人事は、主にジョブスキルで決まります。また、ポストと給与は対応していませんので、給与については、ジョブスキルの影響割合が、ポストよりさらに強くなります。

 

年功型雇用でも、企業の業績が拡大している場合には、新規ポストができますので、ジョブスキルが反映できる余地が大きくなります。

 

1945年に終戦になった後では、戦前の公務員は、公職追放になり、若い年齢で、中間管理職になりました。また、定年退職も50歳でした。人口と予算は年々拡大して、新規ポストも増え続けました。こうした場合には、年功型雇用の公務員の世界でも、人事におけるジョブスキルの比率が高くなります。

 

現在のように定年が65歳になり、ポストが、減少していくと、人事における人事スキルの影響が強くなります。

 

2種類のスキルモデルは、企業の経営にも当てはまります。

 

企業の経営が傾いてきた場合に、人事で、人事スキルが幅をきかせ、ジョブスキルの比率が下がれば、業績はどんどん落ち込みます。

 

このような場合には、本来は、ジョブスキルを優先しなければならないのですが、実際には、人事スキルが暗躍して、ジョブスキルはどこかにいってしまいます。

 

このようにして傾いた企業が、外国企業に売られると、大規模なレイオフの後に、業績が回復する例が多く見られます。

 

2)2種類のジョブスキル

 

ジョブを動的にとらえれば、ジョブとは生産性を向上させる活動です。生産性は、アウトプットをインプットで割って求めます。生産性を上げるために、アウトプットを増やすか、インプットを減らす必要があります。ここでは、生産性に影響を与える要素が2つありますので、偏微分タイプの問題ではなく、全微分タイプの問題です。

 

冷泉彰彦氏が引用した首相答弁に使われる「官僚の作文」は、違法でない、順法である説明であって、インプットを減らす方法も、アウトプットを増やす方法も提案されていませんので、動的に考えれば、ジョブになっていない(仕事をしていない)ことになります。

わざわざこのようなことを書くのは、「官僚の作文」を読むのは唯一の解ではないからです。

オバマ前大統領は、演説の名手と言われています。

冷泉彰彦氏は、リーダーは、「マイクの前に立って国民の皆さんに『自分の言葉』で話すこと」が大切であると言います。

しかし、オバマ前大統領の演説は、「自分の言葉」で話しているように聞こえますが、ライターが書いたものです。つまり、厳密には、「自分の言葉」で話していなくとも、「国民の皆さん」に語りかけることは可能です。

「官僚の作文」は余りに質が悪いので、もっとまともなスピーチライターを雇えばよいわけです。しかし、実際には、それができていません。

そう考えると疑問は、どうして、「もっとまともなスピーチライターを雇わない」のかになります。

考えられる答えは次の2つです。

(1)どのようなスピーチがまともか判断できない。ジョブスキルには、自分でジョブをするスキルと部下のスキルを評価する能力というスキルがあります。2番目のスキルがない、つまり、良いジョブと悪いジョブの違いを評価できないことに原因があると考えます。

(2)良いスピーチが必要だとは思っていない。「専門家に図って検討します」というのは、問題の先送りですから、簡単に言えば、今は答えるつもりがありませんと同じ意味です。「官僚の作文」には、このタイプの表現が多いと思われますが、首相が、このタイプの「官僚の作文」を棒読みする場合には、首相も今は答えるつもりがない可能性があります。

3)まとめ

冷泉彰彦氏が提案されたスキルモデルは、一般化が容易で、スキルモデルを使うと問題点が明確になる場合も多いです。

ジョブ型雇用の最大の問題点は、ジョブの評価です。

社会主義ソ連が、市場経済に移行したときには、大混乱が生じました。

現在、年功型雇用に一部ジョブ型雇用を取り入れていますが、多くの場合、失敗しています。つまり、ジョブ型に移行できていません。そこでは、ジョブ評価が問題になります。

年功型雇用をジョブ型雇用に切り替えるときには、ソ連市場経済への移行と同様の大混乱が生じる可能性があります。

引用文献



なぜ日本では首相が「使い捨て」されるのか?2022/12/21 Newsweek 冷泉彰彦

https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2022/12/post-1296.php