ハドソン・リバー・スクールの研究(4)

5)STEAM教育について

今回のテーマは、「ハドソン・リバー・スクールと環境教育」で原稿を書き始めたのですが、「Hudson River School STEAM」の説明をするために、 STEAMの解説を書いている途中で、躓いてしまいましたので、STEAMの説明だけを先にします。

というのは、日本語のSTEAM教育の説明には、トンデモないバイアスがかかっていて、その説明を使うと、Hudson River School STEAM」が理解できなくなるためです。

 

仕方がないので、浅学の筆者なりのSTEAM教育の説明をします。

 

最初に、STEAMの前のSTEMから解説します。

 

5-1)STEM教育

 

日本では、2018年頃からSTEM教育が浸透し始めました。

 

STEMは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字です。

 

ここまでは良いのですが、問題は、STEMの中身です。

 

あるHPには次のように書かれていました。

 

Science:実験や観察からその事象に対して法則性を見出すこと

Technology:発生した事象において最適な条件や仕組みを見つけること

Engineering:仕組みをデザインしたり、多くの人に役立つものづくりをしたりすること

Mathematics:数量を論理的に表し使いこなすこと

 

問題は、TechnologyとEngineeringの違いです。

 

上記の説明は、欧米の標準的な理解とは相入れません。

 

パソコンを作るのは、Engineeringですが、出来たパソコンを活用して使うのは、Technologyです。

 

ジョブ型雇用では、テクニシャンとエンジニアは別の職種です。

 

大学で、エクセルのソフトの使い方を学習するのは、技術教育(Technology Education: TE)です。

 

大学で、エクセルのソフト開発の仕方を学習するのは、工学教育(Engineering Education: EE)です。

 

欧米では、この2つは、厳密に区別されます。




STEM教育の最終的な出口は、優秀なEngineeringの育成です。

歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏は、歴史人口学からみれば、これからの国力を左右する人口学の要因は、優秀なエンジニアの数であるといいきっています。

 

STEM教育のSTEAM教育も、ターゲットはK-12の中学卒業までのカリキュラムです。

 

つまり、STEM教育と義務教育で、優秀なエンジニアの候補者の数を最大化する教育を意味します。もちろん、エンジニアの知識が、社会の基礎的な教養になりますので、エンジニアにならない人には、STEM教育は役に立ちますが、エンジニアになる人程の直接的な効果はないと思われます。

 

マイクロソフトの科学の4つのパラダイムに対比させれば、STEM教育はデータサイエンスの習得を目指していると解釈することも可能です。

 

5-2)STEAM教育

 

STEAM(スティーム)教育とは、Science(科学)+Technology(技術)+Engineering(工学)+Mathematics(数学)にArts(芸術・教養)を加え、その頭文字を取った言葉です。2006年にアメリカのジョーゼット・ヤークマン氏によって提唱されています。あるいは、提唱者は、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインという美術大学のジョン・マエダ氏であるという説もあります。

 

この2人のSTEAMの解釈は異なっている可能性もあるので、ここでは、ヤークマン氏の解釈で説明します。

 

Yakman, Georgette (2008) “STEAM Education: an overview of creating a model of integrative education”

 

Maeda, John (2013) “STEM + Art = STEAM,” The STEAM Journal: Vol. 1: Iss. 1, Article 34. DOI: 10.5642/steam.201301.34

 

ヤークマン氏は、技術教育(TE)とエンジニア教育(EE)を上記の文献で、次の様に整理しています。

 

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技術教育(Technology Education)

 

技術教育 [TE] は、伝統的に K-12 の課外学習の場でした。これは TE が TE になる前から当てはまりましたが、代わりに工業芸術の分野でした (Bonser & Mossman, 1923; P. DeVore, 1976; Foster, 1995; Kirkwood, Foster, & Bartow, 1994; Maley, 1973)。 TE と科学との関係は、「科学の進歩は技術の進歩です」(Hickman, 1992) というように、両方の分野が始まって以来、絡み合ってきました。なぜなら、「ツールの使用における進歩は、科学における推論を改善し、テストする」(AAAS、1993)ため、新しい技術の発明と生産につながるからです。科学は、すべての技術が開発され、機能するように構造化されるフレームワークを提供し、科学が技術に先行するにもかかわらず、科学と技術は異なる目標、方法、結果を持つ独立した分野であると言われてきました (P. L. Gardner, 1994; P. L. Gardner 、1995)、技術オントロジーは科学よりも前から存在しているため、科学と技術は弁証法的関係にあり、どちらも支配的なパートナーではありません (P. L. Gardner、1994)。 2 つの分野の関係は回転する概念です。テクノロジーとテクノロジーを作成するためのエンジニアリングは、宇宙の自然な要素である科学に恒久的な変化をもたらし、それらも構成されています。



工学教育(Engineering Education)

 

「科学と技術の発展に伴い、工学などの新しい分野が一緒に作成され、工学は独自の科学カテゴリになっています」(AAAS, 1989)。エンジニアリングは、「数学と科学に基づいた創造性と論理の使用であり、世界への貢献を生み出すためのリンクエージェントとしてテクノロジーを利用すること」と定義されています (AAAS, 1993)。エンジニアリングは科学、技術、そして間違いなく数学の結果であるため、教育におけるその場所は実際の構造に基づいており、他部門と連携をとらないサイロのような縦割りの分野であった歴史はありません。それは、数学と科学の実証された分野への「リンク」カテゴリであるため、TE の研究と最も密接に連携しています。学生がデザインとテクノロジーを学ぶとき、彼らが本質的に学んでいるのはエンジニアリングです (Barlex & Pitt, 2000)。エンジニアリング教育 [EE] は、独自の分野として K-12 構造の一部となった歴史がないという点で独特です。したがって、国の要求を満たすために、より多くのエンジニアを養成するという緊急の要求に対応するために、長年にわたって確立された構造内に収まる場所を見つけるのは困難です (Act, 2006; Ashby, 2006; Horwedel, 2006; NAE 、2002)。

 

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以上のように、技術と工学の違いは重要です。

ヤークマン氏は、5分野を次のように整理しています。

 

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科学(Science)

自然に存在するものと、それがどのように影響を受けるか。

物理学、生物学、化学、地球科学、宇宙科学、生化学

(歴史、性質、概念、プロセス、調査を含む) (AAAS, 1993; Hodson, 1991)

 

科学と技術

(混合) バイオテクノロジーと生物医学 (ITEA、2000 年)

 

技術(Technology)テクノロジー

人間が作ったもの。

技術の本質、技術と社会、デザイン、能力

技術の世界、設計された世界 (以下を含む: 医療、農業およびバイオテクノロジー、建設、製造、情報および通信、輸送、電力およびエネルギー) (ITEA、2000)

 

工学(Engineering)

数学と科学に基づいた創造性と論理の使用、テクノロジーをリンクエージェントとして利用して世界への貢献を生み出すこと。

航空宇宙、建築、農業、化学、土木、コンピューター、電気、環境、流体、産業/システム、材料、機械、鉱業、造船、建築、原子力、海洋 (AAAS、1989; ASEE、2008; NAE、2004)

 

数学(Mathematics)

数と演算、代数、幾何学、測定、データ分析と確率、問題解決、推論と証明、コミュニケーション、(三角法、微積分と理論を含む) (NCTM、1989)

 

芸術(Art)

社会がどのように発展し、影響を与え、伝達され、過去、現在、未来の態度や習慣によって理解されるか



私は、TE(Technology Education) の分野が EE(Engineering Education) になるのではなく、問題の提起と解決の現実ベースの適用を通じて教えられる他の分野が集まる分野であり続けることを推進しています。これを行うために、TE は他のすべてのフィールドが表現できる構造を促進する必要があります。

 

これまでのところ、このような構造は、さまざまな教育分野の間に明確な相互関係があることを示すのに十分なほど発展しており、それらを伝えるための最も簡単な方法は、次の定義に要約されます。

 

ST∑@M 教育: 「工学と芸術を通じて解釈された科学と技術は、すべて数学の言語に基づいています。」

 

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つまり、K-12で、5分野の統合を図る場合には、今までのK-12には、含まれていない工学の扱いが問題になります。工学は、科学と技術をどのように組み立てて使っていくのかというアプローチです。



ヤークマン氏の論文の要旨は、以下です。



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要約: ST∑@M は、科学、技術、工学、芸術、および数学の従来の学科 (サイロ) の統合カリキュラムを計画するためのフレームワークに構造化する方法の開発中の教育モデルです。これには、統合的またはホリスティックな教育に関連する、個々の分野の基準と組み合わせた、一般的および分野固有の開発の認識論のレビューが含まれます。これらの教育関係を相互に調査することは、現在、教育学と言語に関連する教育の共通点を見つける方法として検討されています。コモンズの発展に伴い、社会の人々が追求するさまざまな方向性を構成する分野の組み合わせの多くのバリエーションに適応できる構造で、分野が互いに連携する必要があります。この論文は、そのような構造の開発に関する概念の紹介です。

 

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テーマ(STRAM)は、従来の学科 (サイロ) の統合カリキュラム計画のための教育モデルです。次のように、工学はサイロではないといっています。

 

「工学は科学、技術、そして間違いなく数学の結果であるため、教育におけるその場所は実際の構造に基づいており、他部門と連携をとらないサイロのような縦割りの分野であった歴史はありません」

 

ヤークマン氏は、TE(Technology Education) の分野が EE(Engineering Education) になるのではなく、TE が他のすべてのフィールドが表現できる構造を得ることで、他の分野が集まる分野であることを目標にしています。

 

K-12では、今まで、工学教育がなされていません。それは、工学は、他部門と連携をとるため、初等教育では教育が困難なためです。

 

エンジニアリングは科学、技術、そして間違いなく数学の結果であるため、教育におけるその場所は実際の構造に基づいており、他部門と連携をとらないサイロのような縦割りの分野であった歴史はありません。

 

つまり、STEMを実施するためには、K-12に工学を入れたいのですが、それは、現実には難しいというジレンマがあります。

 

ヤークマン氏は「ST∑@M 教育は、工学と芸術を通じて解釈された科学と技術は、すべて数学の言語に基づいています」と書いています。

 

以下は、筆者の解釈ですが、ヤークマン氏が、「STEMをSTRAMに変更した理由は、K-12では、数学や科学の未習部分が多く、工学教育は困難なので、芸術(Art)をいれることで、総合判断の学習を組み立てるべきである」と考えたからです。

 

どうも、日本のSTEAMの解説は、アメリカで流行しているからというハヤリモノの側面が強く、ヤークマン氏の論文を正確に読んでいない気がします。

 

技術養育と工学教育の違いは、日本では、曖昧です。技術者とエンジニアの給与に差がついているとも思えません。

 

ヤークマン氏は、「国の要求を満たすために、より多くのエンジニアを養成するという緊急の要求に対応する」と書いていますので、STEAMの目的は、技術者養成ではなく、エンジニア養成です。

 

STEM教育も、STEAM教育も、「『自分で学ぶ力』を養う新しい時代の教育方法」、「子どもを今後のIT社会に順応した競争力のある人材に育てていく」、「文系・理系といった枠にとらわれず、各教科等の学びを基盤としつつ、様々な情報を活用しながらそれを統合し、課題の発見・解決や社会的な価値の創造に結び付けていく資質・能力の育成(STEAM、文部科学省)」といった説明が多く、混乱していると思います。

 

文系・理系といった枠は、STEAMを提唱したアメリカにはありませんので、端(はな)から、問題にしていないはずです。

 

「課題の発見・解決や社会的な価値の創造に結び付けていく資質・能力」は、エンジニアリングの能力です。そして、そこに共通するのは、ヤークマン氏が言っているように「すべて数学の言語に基づく」ことです。ですから、STEAM教育とは、データサイエンスのエンジニア養成であるともいえます。

 

Artには、芸術だけでなく、リベラルアーツが含まれるという我田引水の解釈が広まっています。エンジニアは、エビデンスと評価関数を必要としますが、ヒストリアンのリベラルアーツは、エビデンスで検証されておらず、科学的な間違いが多すぎるので使いません。使った時点で、天動説のように、科学でなくなってしまいます。

 

次回は、Hudson River School STEAMで、実際に、Artがどのように扱われているかを見ていきます。



参考文献

 

STEAM教育への取り組み 2020/09/24 大島まり

https://www.mext.go.jp/content/20200917-mxt_kyoiku01-000009959_4.pdf




Hudson River School STEAM: Art & the Environment

https://www.albanyinstitute.org/hudson-river-school-steam-art-the-environment



STEAM教育 ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/STEAM%E6%95%99%E8%82%B2