年功型雇用の闇
(年功型雇用で賃金が上がらない仕組みを説明します)
1)ジョブ型雇用のルール
ここで、日本の賃金が安い理由を整理しておきます。
その前に、世界標準のジョブ型雇用のルールを復習しておきましょう。
ジョブの内容はジョブディスクリプションで規定されます。
ジョブディスクリプションの内容の難度が高くなる程、給与が上がります。
ジョブ型雇用では、指定のジョブがなくなった時点で、原則解雇されます。
この方式では、仕事がないのに、仕事を待っている人はいませんので、雇用者は、ジョブの寄与分に応じた賃金を支払います。その結果、労働者は、利益が上がっている間は、高い賃金を得ることができます。
イメージとしては、大リーグのプロ野球の選手を考えればよいと思います。チーム(企業)の業績が上がらないと、次年度の給与はさがります。チームがつぶれても、実力があれば、他のチームに移籍できます。監督は、選手の働きに応じた給与を提示できなければ、選手はチームから流出します。
2018年頃から、NTTデータでは、優秀なITエンジニアのGAFAへの流出問題を抱えています。大リーグのプロ野球の選手の例え話は現在進行している課題です。
2)年功型雇用の場合
最近の年功型雇用での低賃金問題を、年功型雇用のジョブのタイプ別に整理してみます。
(1)誰でもできる仕事
誰でもできる仕事の給与が安くなるのは、需要と供給の法則からやむを得ないでしょう。
(2)誰にでもできない仕事
誰にでもできない仕事の給与も安いです。例えば、AIの技術を持っていても、日本企業では、AIで収益を上げていることは、ほぼ皆無ですから、給与は安くなります。
幹部が、AI事業を立ち上げて黒字にするためには、AIのことが分かっていないと無理です。
文系でも分かるAIのような本が売れていますが、アメリカのIT企業の幹部は、AIをデータサイエンスとして分かっていて、事業を展開しています。文系でも分かるAIでそれに、太刀打ちすることは不可能です。問題は、経営者が、AIを分かった気になることではなく、アメリカのIT企業と競争して勝てる経営戦略を立てられることです。
ソーカルの「思想家が数学や物理学の用語をその意味を理解しないまま遊戯に興じるように使用している」と、スノーの「賢明な人びとの多くは物理学にたいしていわば新石器時代の祖先なみの洞察しかもっていない」を思い出しましょう。
誰にでもできない仕事の給与も安いという事実は、「アメリカのIT企業と競争して勝てる経営戦略」がほぼ、全敗であることを示しています。
自動車など一部の製造業は、2022年時点では、アメリカの企業と競争できています。
しかし、2008年頃に、中国の企業と競争できていた弱電企業が、急速に競争力を落としたことを考えると、今後は不透明です。
筆者は、別に、文系が悪いと言っているのではありません。1970年代に大学に情報処理学科ができる前には、大学では、情報処理の専門家は養成していませんでした。専門家がいないなら自分が専門家になるということで、法学部出身のプログラマーもいました。
AIは、数学を使った科学ですから、数式の出てこない文系でも分かるAIのような本を読んでも、分かった気になる(=語をその意味を理解しないまま遊戯に興じる)だけです。遠回りに見えますが、学習の最短距離は、数学を復習して、プログラムを自分で書いてみることです。アメリカでは、文系と理系区別はありませんので、わからなければ、学びなおしをします。大概の教科書は1000ページ以上あって、非常に丁寧に解説しています。日本で使われている薄い教科書で自習することは困難です。
さて、元に戻ります。労働者は、努力して、能力を高めても、給与は増えません。
これは、非常に絶望的な状況です。
(3)高齢の管理職
高齢者の管理職になると、給与は増えます。しかし、2022年時点で、若年の人が高齢者になるころには、高齢者の管理職という年齢指定ポストはなくなっている可能性が大きいです。
(4)その他
何事にも、例外はあります。
医師は所得が高いですが、ジョブ型雇用で、なおかつ、個人営業主(医院)の割合が高く、年功型雇用ではありません。
こうしてみると、給与の高い職種はありますが、年功型雇用ではありません。
3)解雇規制の問題
解雇規制があっては、ジョブ型雇用はできません。
年功型雇用では、解雇規制があると言われています。過去に日本IBMなど、解雇について裁判で争って勝てなかった企業があります。
一方では、最近は、早期退職という形を含めて、実質的な解雇が行われています。
この問題を整理してみます。
3-1)採用時のジョブディスクリプションの問題
「採用時にジョブディスクリプションが書いてあり、ジョブがなくなれば解雇できる」ことがジョブ型雇用の基本です。
年功型雇用では、「採用時にジョブディスクリプション」がないため解雇の条件が不明確で、揉めます。
日本IBMの場合、雇用側は、「採用時にジョブディスクリプションが書いてあった」つもりが、労働者は、年功型と同じ条件であると判断してもめた例と思われます。
3-2)ジョブディスクリプションと賃金の問題
ジョブディスクリプションが書いてあり、その仕事をしている場合には、労働生産性は高くなります。
ジョブディスクリプションがない場合、仕事がなくとも、賃金を支払わなければならない場合には、労働生産性は低くなります。
社内失業のような人を抱えると、労働生産性は最悪になります。社内失業や窓際族の場合には、その労働者は企業の他の労働者の稼ぎの分配を受けるわけですから、平均賃金は安くなります。つまり、年功型雇用で、失業がないことと、賃金が安いことは同じ雇用形態を意味しています。更に、スキルを上げても賃金が増えませんので、誰もスキルアップをしません。
統計では、日本の企業が、従業員のスキルアップにかける費用は、欧米企業に比べて、格段に少なくなっています。この場合、企業が、リカレント教育の費用に補助を出しても、希望者が集まらないと思います。なぜなら、リカレント教育を受けても、賃金が上がらないからです。
3-3)解雇規制を取り除く方法
解雇規制を取り除くことは、可能であると筆者は考えます。
それは、採用時に、2種類の雇用形態を提示することです。
(1)ジョブ型雇用は、解雇がありますが、給与は高くなります。
(2)年功型雇用は、解雇がありませんが、給与は低くなります。
ジョブ型雇用を高い給与で提供するには、あたらしいビジネスのアーキテクチャを構築する必要があります。つまり、経営者の能力が高くないと、ジョブ型雇用は提供できません。経営者の能力が低いと、(1)と(2)の給与差は小さくなってしまいます。
(1)と(2)の給与差が2倍以上になれば、若年者は、(1)を選ぶはずです。
年功型雇用では、実務派は若年者が行い、高齢者は、調整をするだけです。しかし、若年者が(1)に流れてしまえば、高齢者が実務をせざるを得なくなります。(1)と(2)を独立採算で分ければ、高齢者の管理職の給与は急激にさがります。そうなると、高齢者も、(2)から(1)に移籍する希望者が出て来ると考えます。
まとめます。
解雇規制を取り除くためには、労働者が、解雇規制のない職場で働きたいと考えるようになれば問題はなくなります。
それを実現するアーキテクチャの設計ができれば、良い訳です。