アーキテクチャ(5)

ソリューショニズムとアーキテクチャ

(最近、話題にのぼるモロゾフ氏のソリューショニズムを分析します)

 

1)モロゾフ氏のソリューショニズム

 

ソリューショニズムはモロゾフ氏(Evgeny Morozov)の「To Save Everything、 Click Here」(2014)に出てきた新語です。

 

シリコンバレーの解決主義(Silicon Valley Solutionism)」と訳されることもあります。

 

著書の正式な題名は「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」(To Save Everything, Click Here (Technology, Solutionism and the urge to fix problems that don't exist)です。

 

この用語も、パラダイムと同じように独り歩きしています。事典の説明例をあげます。



(1)imidasの説明

 solutionism

ソリューショニズム 

 

データと適切なソフトウエアがあれば、どんな問題にも解決策(ソリューション)が見つかると信じる考え方。

 

imidas

https://imidas.jp/america/detail/B-19-O-021-14.html

 

(2)英辞郎の説明

 

solutionism 名

 

    ソリューショニズム:どのような問題にも解決策があるという考え方

 

英辞郎

https://eow.alc.co.jp/search?q=solutionism

 

2)モロゾフ氏の背景

 

パラダイムと同じように、モロゾフ氏の趣旨は、拡大解釈されていますので、取り扱いは難しいです。

 

ここでは、モロゾフ氏の背景を参照します。



モロゾフ氏は、「ヨーロッパの独裁国家の最後の砦」と呼ばれるベラルーシの出身です。

モロゾフ氏は、自分の希望をテクノロジーに託します。しかし、ツールやプラットフォームは、現場で起こっていること、そして現場でそれらのツールを使っている人たちにほとんど変化をもたらしていないと考えるようになります。

 

この面で、モロゾフ氏の視点は、IT企業に対して否定的です。これは、最初期待が大きかっただけに、反動もあると思われます。

 

モロゾフ氏は、シリコンバレーの面々(ギーク、エンジニア、技術者、イノベーターたち)が、新たな政治プレーヤーになったと判断して、政治活動の評価を始めます。

 

モロゾフ氏の視点には、対象となるベンチャーと背景となるデータサイエンスの混同が見られます。

 

ベンチャーは、資金を集めるために、薔薇色の問題解決を提示します。これを100%まともに受ける人は、データサイエンティストにはいません。

 

モロゾフ氏は次のようにいいます。

 

<==

 

シリコンバレーの起業家はすぐに自分たちのアイデアが「世界を救う」などと口にする。それは半分は方便だが、もう半分は本気だ。シリコンバレーの象徴する効率性、民主性、先進性、グローバリズム──それらは全人類にとって普遍的な価値なのだ、という信念が彼らにはある。コンテクストを超越した、万人にとっての最適解が存在するかのようなこうした態度は、建築や都市計画の専門家には奇異で乱暴に映るだろう。

 

==>

 

これは、起業家のビジネストークです。

 

データサイエンスは、問題解決は、アーキテクチャ、データ、アルゴリズム、評価関数に依存すると考えます。基本は、「データなくして解決なし」(no data no solution)です。

 

「データなくして解決なし」は、データサイエンスの基本的なリテラシーですが、これは、人間の思考パターンとはかけ離れているので、習得にはトレーニングが必要です。

 

例をあげます。「人生の意味は何か」という質問があります.。これをデータサイエンスのインプット・アウトプットの IOアーキテクチャでかけば次になります。

 

「人生の意味のデータ(input)」=>アルゴリズムによる処理=>「人生の意味(output、solution)」

 

答えの品質は、データとアルゴリズムによります。

 

質の良いデータがなければ、得られる答えの品質は、悪くなります。

 

人生の意味の質の良いデータは、簡単に入手はできないと思われます。

 

つまり、この問題に時間をかけるべきではありません。

 

データサイエンティストは、このリテラシーを受け入れるか、信仰などは括弧で括って別のカテゴリーの課題として、アーキテクチャを区別しています。

 

データサイエンスのIOアーキテクチャは、何でも解決できることを意味しません。

 

解決策は、データとアルゴリズム、特に、データに依存します。

 

解決策の品質は、データの品質に左右されます。

 

つまり、解決策が存在することは、前提条件ではありません。

 

この点で、モロゾフ氏の指摘は、全く的外れです。

 

データサイエンスでは、暫定的な解決策を提示し、データが追加されたら、解決策を順次更新していきます。更新された解決策が、十分要望を満足するかは不明ですが、前よりはマシになります。この更新過程もアーキテクチャの一部です。

 

モロゾフ氏の「建築や都市計画の専門家には奇異で乱暴に映る」という表現には、「建築や都市計画の専門家」がより正しい解答を知っているという前提があります。

 

つまり、データより、「建築や都市計画の専門家」の知識が有効であるという前提があります。

 

3)科学と政治イデオロギー

 

データサイエンスは、データ(エビデンス)に基づきます。

 

「建築や都市計画の専門家」の知識は、データとアルゴリズム(知識の集約過程)に分解できると考えます。

 

例えば、ミケランジェロは、優れた建築家でしたが、ミケランジェロの知識は、彼の時代のデータをインプットして作られます。彼の時代には、ガラスと鉄だけの建築はありませんでした。環境問題が重要になって考えられたエコビルもありませんでした。どんなに優秀な建築家でも、インプット・データの制約を受けます。現在の建築家100人を集めても、インプットデータとデータを知識に集約するアルゴリズムが人によって異なりますので、100人が異なった知識を持っているはずです。人間の専門家は100年は生きられません。データとアルゴリズムをコピーできれば、AIの専門家は100年以上生きられます。つまり、AIのスーパーミケランジェロやスーパー建築家は実現可能です。これは、既に、チェスや囲碁の世界で起こったことです。「建築や都市計画の専門家」の知識は、絶対に正しいのではなく、データの制約をうけ、常に更新されています。

 

ITはこれまでにメディアを変え、小売を変え、コミュニケーションを変えました。そして次に金融を、政治を、都市をつくり変えようとしています。

 

ITの影響力が増大していくなかで、シリコンバレーの起業家を、「視野狭窄的な楽観主義、理想主義」と批判する人が出てきます。シリコンバレーの起業家は、メディア・小売・コミュニケーションの既得利権を悉く破壊しました。

 

次は、金融・政治・都市計画の既得利権を破壊するでしょう。

 

そうなれば、既得利権を持つ政治勢力から、アメリカ版のアンシャンレジームが出てきます。アンシャンレジームの提案者は、既得利権からは、独立しているように見えることが必要であり、「ヨーロッパの独裁国家の最後の砦」と呼ばれるベラルーシの出身であるモロゾフ氏は適任です。

 

モロゾフ氏は次のようにいいます。

 

<==

 

(ソリューショニズムとは、)ごく単純に言えば、「ほかの選択肢も時間も財源もないから、社会の傷にはデジタルの絆創膏を貼ることくらいしかできない」と考える思想だ。

 

ソリューショニズムの信者は、テクノロジーを使えば、政治に首を突っ込まなくてすむと考える人々だ。「イデオロギーを超克した」政策を推進し、グローバル資本主義の車輪を回し続けることに精を出している。

 

数十年間、ネオリベラリズムが標準だった政策立案の世界でも、いまはソリューショニズムが標準になっている。

 

==>

 

ここでは、ソリューショニズムは政治イデオロギーの名前です。辞書の定義とは異なります。

 

「ほかの選択肢も時間も財源もないから、社会の傷にはデジタルの絆創膏を貼ることくらいしかできない」は対処療法になります。対処療法はアーキテクチャの一つですが、シリコンバレーの面々の使っているアーキテクチャは、対処療法だけでなく、データサイエンスの様々なアーキテクチャです。

 

ここには、一方的な決めつけがありますし、そもそもモロゾフ氏はアーキテクチャを理解していない可能性もあります。

 

モロゾフ氏は、逸話を述べる以外に彼の主張の証拠を提供しなかったという批判もあります。

 

要するに、自説に都合のよい逸話を並べているだけで、客観性が担保されていないという批判です。

 

ソリューショニズムが指し示す内容も、場面で大きく異なります。

 

伊藤穣一氏は、ソリューショニズムを対処療法と解釈しています。

 

以下では、伊藤穣一氏は、ソリューショニズムを対処療法と理解することにします。

 

つまり、ネオリベラリズムに代わるイデオロギーのソリューショニズムや、「データと適切なソフトウエアがあれば、どんな問題にも解決策(ソリューション)が見つかると信じる考え方」のソリューショニズムは除外します。

 

「データと適切なアルゴリズムまたは、プロトコルがあれば、どんな問題にも解決策(ソリューション)が見つかると信じる考え方」は自然科学の基本です。解決策(真理)を追求するのは、科学的な態度です。

 

なお、自然科学信仰ともとれるアメリカの科学万能主義は、スプートニックショック後の1960年頃には、確立しています。モロゾフ氏は、アメリカの科学万能主義は、IT企業が出てきてからと考えていますが、それは正しくありません。科学万能主義は冷戦の中で、軍事産業と結びついたネオリベラリズムになっています。戦争の形態がサイバー戦、無人ドローンになっていけば、ネオリベラリズムが、IT産業に結びつくのは自然な流れです。これは、GAFAネオリベラリズムであるというのではなく、アメリカのIT企業の中には、ネオリベラリズムに近い企業もあるという意味です。

 

解決策は、データ(エビデンス)に依存します。

 

ガリレオ・ガリレイは、再現性のあるデータとして、実験を提唱しました。しかし、実験が可能な対象は、限られます。実験室がフィールドを再現しない場合も多くあります。in vitro(イン・ビトロ、試験管内で)とin vivo(イン・ビボ、生体内で)の結果は一致しないので区別されます。

 

実験のできない分野のデータの取り扱いに目途がついたのは、データサイエンス(データ集約型科学)が進んでからです。

 

さて、モロゾフ氏の主張するアンシャンレジュームは、DXに反対する訳ですが、モロゾフ氏は、その結果実現する社会の青写真を示している訳ではありません。



アメリカのジョー・バイデン大統領は2022年8月24日、連邦政府の学生ローン返済を一部免除すると発表しました。年収12万5000ドル(約1700万円)以下の国民について、1人当たり最高1万ドル(約136万円)を免除します。

 

こうした政策ができる背景には、経済成長と1人当たりGDPの増加があります。

 

日本は、20年前からモロゾフ氏の主張するアンシャンレジュームを実施しています。その結果、経済成長は停滞してしまいました。

 

日本で、学生ローン返済を一部免除するには、赤字国債を発行するしか手段がありませんが、これは、ツケを先送りするだけでなので、実施できません。

 

対処療法としてのソリューショニズムは避けるべきですが、アンシャンレジームで、DXを否定しても、そこには、日本のような経済停滞と貧困があるだけです。

 

DXに限らず、科学技術は使い方を間違えれば、武器になり、人を殺します。

 

モロゾフ氏は、アンシャンレジームを提唱して、DXを否定しています。

 

一方では、DXをどのように制御すべきかの検討は既に始まっています。

 

 

次回は、DX、特にAIのこの点を取り上げます。

 

引用文献



Silicon Valley Solutionism Evgeny Morozov

https://literalmagazine.com/silicon-valley-solutionism/

 

エフゲニー・モロゾフシリコンバレーの解決主義」の読み方 10plus1 竹内雄一郎 

https://www.10plus1.jp/monthly/2018/02/issue-02.php

 

パンデミックを“IT政策”で乗り切る」のは大間違いです 2022/05/22  courrier.jp エフゲニー・モロゾフ

https://courrier.jp/news/archives/198677/

 

テクノロジーが予測する未来 2022 伊藤穣一 SB新書

 

バイデン米大統領、学生ローンの返済1万ドルを免除 2022/08/25 BBC

https://www.bbc.com/japanese/62669366