ケースメソッドとアーキテクチャ
(ケースメソッドの学習目的は、アーキテクチャの作成能力の習得にあります)
1)香港科技大学(HKUST)
ウィキペディアによれば、1991年創立の香港科技大学(HKUST)は、Times Higher Education世界大学ランキング2019ではアジア3位 (日本では8位の東京大学が最高)、最新のQS世界大学ランキング2021では世界27位にランク付けられるなど、1991年の創立以来急成長を遂げている国際的に著名な世界トップクラスの研究大学とされています。
QS「University Rankings: Asia」ではアジアで2013年・1位、THES-QS「World University Rankings」では世界で2021年・27位にランクされています。またビジネススクールは英エコノミスト誌のグローバルランキングではMBAが世界11位/アジア1位(2008年)にランクされているほか、英フィナンシャル・タイムズ紙のグローバルランキングではMBAが世界6位/アジア1位(2010年、なおアジア1位は2013年時点で4年連続)、EMBAが3年連続世界1位(2012年)にランクされるアジアのトップビジネススクールであり、Association to Advance Collegiate Schools of Businessの認証を受けています。教授の大半は欧米の著名大学出身者であり、米国流のケースメソッドを中心としたスタイルを採っています。
HKUSTは世界30ヶ国以上から留学生を引き抜いており、学生の内訳は、西洋圏から30%、他のアジア圏から50%、香港から17%、その他、で構成されています。 教授・講師陣の外国籍比率は75%に及び 留学生比率 も39%と非常に高くなっています。
香港科技大学の中心的な教育方法である米国流のケースメソッドとは何でしょうか。
2)ケースメソッドとケーススタディ
ケースメソッドと混乱されがちな教育方法にケーススタディがあります。
どちらも事例を中心に、利用可能手法は何でも利用して答えを出す方法です。
手法は、教科に分かれていませんので、どんな手法もこなせるオールラウンドな基礎学力が既に身についていることを前提とした教育方法です。
その点では、極めてレベルの高い高等教育でのみ可能な教育手法です。
すでに答えが出ている事例を研究するのが、ケーススタディ、答えが出ていない事例を研究するのがケースメソッドという説明もあります。
ビジネススクールで、過去に経営が傾いていたA社やB社を取り上げた場合、その後の対策によって、A社は業績が持ち直し、B社は、倒産してしまったという答えがあれば、ケーススタディになります。一方、現在業績不振のC社は、対策と結果が今後進むので、ケースメソッドになるという区別です。
故瀧本哲史氏の説明は明確で、教師側がケースを準備する方法がケーススタディ、生徒がケースを持ち込む方法がケースメソッドになります。以下では、瀧本氏の定義を使います。
ケースメソッドとケーススタディも、グループディスカッションを多用しますので、WEBで検索すると、ケースメソッドとケーススタディは、グループディスカッションを使った教育方法として紹介されている場合が多いです。
しかし、この説明にはアーキテクチャを無視したバイアスがあります。
あるWEBでは、ケースメソッドに対する問題点として次のような点があげられていました。
「明確な答えがない」
「実際の問題解決に役立つとは限らない」
しかし、筆者は、この批判は、ヒストリアンのバイアスと考えます。
3)建築アーキテクチャのケースメソッド
アーキテクチャの語源は建築からきています。
そこで、建築を例にアーキテクチャを復習します。
建築は、土台、柱などの強度を確保する構造と採光やランドスケープなどのデザインを考慮して設計します。そして、モジュールを組み合わせて建築します。モジュールの建築手順は、下から上へが基本ですが、場合によっては仮設の雨よけを作る必要もあります。
受賞歴多数の著名な建築家は、構造とデザインの条件を満たしたレベルの高い建築を提案します。
しかし、その提案は、「明確な答え」ではありません。
仮に、ミケランジェロが生きていて、建築コンペに参加すれば、別の設計案を出してくるはずです。著名な建築家の設計を実装した建物がベストな答えではありません。
同じように考えれば、業績が持ち直したA社の対策は、「明確な答え」とは言えません。より良い答えが選択されなかった可能性があります。
建築家は設計図をつくるだけです。依頼すれば、施工管理をしてくれる建築事務所もありますが、建築家がノコギリを引くわけではありません。
建築のアーキテクチャとは設計図と施工管理表を作ることです。
設計図と施工管理表の良し悪しは、実際に建物が建築されるか、されないかに関係しません。例えば、サグラダファミリアは、完成していなくとも価値があります。
筆者は、ケースメソッドは、できるだけ良い設計図と施工管理表をつくる方法を学習することに相当すると考えます。
ビジネスで言えば、プロジェクトのアーキテクチャの作成能力の習得に相当します。
つまり、ケースメソッドが「実際の問題解決に役立つとは限らない」という批判は、建物が出来上がらなければ設計図の価値がないと同じように、アーキテクチャ単独の価値を無視しています。
4)アーキテクチャと不確実性
建築の場合、建築の途中でおこる不確実性は、建築の途中で、地震や台風に見舞われることでしょう。最近は、ウクライナの戦争や円安による輸入資材の高騰もあります。
これらの要素もアーキテクチャに入れ込むことは可能です。
監視すべき要素を決めて、モニタリングを行い、ある閾値を越えた場合には、対策モジュールが作動するアーキテクチャを組めば良い訳です。
「明確な答え」があると考えることは、確定論的な世界観です。ヒストリアンは、前例主義のように、確定論的な世界観を取ることが多いです。しかし、データサイエンスの科学的な世界観は確率論的な世界観で、確定論的な世界観は否定されています。未来に、何が起こる確率が高いかを天気予報のように論ずることはできます。しかし、明日晴れる確率が50%より高いからといって、傘を持たないことにはリスクがあり、傘を持っていくか否かは、アーキテクチャの問題です。
ハーバードビジネススクールのクリスチャンセンターは次のようにいっています。
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クリス・クリステンセンは、ケースメソッド教育を「不確実性を管理する技術」と表現しました。
「不確実性を管理する技術」とは、インストラクターが「プランナー、ホスト、モデレーター、悪魔の擁護者、仲間の学生、および裁判官」として機能し、すべて現実世界の問題と課題の解決策を探すプロセスを指します。
講義とは異なり、ケースメソッドのクラスは詳細な台本なしで展開されます。成功するインストラクターは、コンテンツとプロセスを同時に管理し、両方に対して厳密に準備する必要があります。ケースメソッドの教師は、計画と自発性のバランスをとることを学びます。実際には、彼らは議論を通して現れる機会と「教えられる瞬間」を追求し、学生をさまざまなレベルでの発見と学習に向けて巧みに導きます。原則とテクニックは、「友人や同僚との協力と協力、自己観察と反省を通じて」開発されるとクリステンセンは言います。
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ケースメソッドは、経営の設計図を描くためのアーキテクチャの作成能力の習得が目的です。
クリスチャンセンターのケースメソッドには、その目的が書かれていませんが、そのわけは、アメリカでは、ジョブ型雇用が原則ですから、経営者の仕事が、経営の設計図の作成であることは自明で、書く必要がないためです。
ケースメソッドでは、「不確実性を管理できる」経営の設計図を作ります。それは、議論を通じてブラッシュアップされますが、ビジネススクールのアウトカムは、経営の設計図です。建築と同じように、経営の設計図が実際に使われるか否かと、設計図の価値は関係がありません。
良い設計図をかける建築家が、高い給与を得るように、良い経営の設計図をかける経営の専門家も高い給与を得られます。
経営の専門家の書いた経営の設計図の良し悪しを判断するためには、アーキテクチャ思考ができる必要があります。ヒストリアンでは歯が立ちません。
日本の大学の国際ランキングは低いですが、ランキング以前に、日本の大学は、アーキテクチャを軽視して、ケースメソッドがほとんど採用されていないことに大きな問題があります。
引用文献
Method Case Method in Practice; Harvard Business School ; Christensen Center ;Teaching by the Case Method
https://www.hbs.edu/teaching/case-method/Pages/default.aspx