成長と分配の経済学(12)

生物多様性条約は、費用対便益分析の拡張になっています)

 

1)費用対便益分析と生物多様性条約の話

 

1-1)費用対便益分析の話

 

市場経済のモデルでは、消費者は、便益(満足度)と支払金額のバランスを考えて、商品の購入をすると考えます。

 

この便益の計測方法は、非常に大きな問題を抱えています。

 

たとえば、スーパーに行くと1つ100円の豆腐もあれば、400円の豆腐もあります。

 

この場合、400円の豆腐の便益は、100円の豆腐の4倍であると、支払い金額から逆算して考えます。

 

豆腐の場合の便益は、使用価値で、食べれば、豆腐はなくなるので、1回限りの価値です。

 

自動車や冷蔵庫の場合には、使用しても、なくなる訳ではありませんが、耐用年数を越えて使うことは難しいと考えます。

 

株式の場合には、株価は、期待される株式価格の上昇や、配当、企業の保有資産、ビジネスリスクを考えて、きまります。

 

株価の便益も、株式の価格から逆算して考えますが、明らかなバブルの場合には、この便益の推定方式は怪しくなります。

 

とはいえ、市場がある場合には、便益と支払い金額は、基本的には、均衡すると考えます。

 

品物の輸送のように便益の内容が明示的な場合には、市場では、競合する商品やサービスで、最も安価なものが選ばれます。乗客の場合は、快適性という便益があるので、グリーン車や、ビジネスクラスといった差別化がありますが、それを除けば、新幹線と飛行機の料金は、搭乗準備までを含めた到達時間が同じ場合には、ほぼ同じ料金になります。収入が一定で、チケットが安ければ、浮いた代金で、他の商品やサービスを購入しますので、経済活動が盛んになり、GDPが増えます。

 

公共投資の場合には、市場がありませんので、便益に対する支払い金額の妥当性が担保できません。このために、公共投資では、費用対便益分析を行います。費用対便益分析は、費用対効果分析と呼ばれることもありますが、公共投資の便益と投資金額(費用)を比較します。そこで、費用対便益比(便益÷費用の値)が大きい方が、よりよい選択すべき公共投資と判断します。

 

問題は、便益の計算方法です。市場がありませんので、費用から便益を推定できませんので、別途推定方法を作成します。

 

話が、抽象的になったので、具体例を示します。

高速道路を建設した場合、道路が利用されれば、経済活動が盛んになります。

たとえば、東名と名神高速道路が出来て、東京から大阪までのトラック輸送の時間が半分になれば、トラック輸送の労働生産性が上がります。浮いた時間で、他の物流を進められますので、経済活動が盛んになります。

この時間短縮効果を便益と考えれば、短縮時間と利用トラックの台数に比例した便益が推定できます。

つまり、費用対便益比の大きな公共事業は、効率的な公共事業で、経済を活性化させます。

最近では、自動車の交通量の少ない道路もあります。道路の便益は、交通量に比例しますので、交通量の少ない場合には、費用対便益比がさがります。



近代経済学では、費用対便益比の下がった公共事業は、実施すべきでないと考えます。

それは、GDPを押し上げるには、お金が回転することが必要だと考えるからです。

たとえば、北朝鮮は、税金の大きな部分を、ミサイル開発に振り分けています。ミサイル開発に投入したお金は、回転しません。なので、庶民の生活は楽になりません。

交通量の多い道路開発は、地域経済を活発化させます。その結果、地域のお金の回転が促進されます。

逆に、ミサイル開発のように、利用頻度が低く、他の経済への波及効果が少ない公共投資は、経済を縮小させてしまいます。

便益の計測方法の客観性が高くないこと、現在の費用の算定には、税収のコストが含まれていないことから、費用対便益比が1という値には、正確な意味合いはありません。

とはいえ、費用対便益比が1未満の公共投資は、ミサイル開発と同じリスクを抱えています。

現在の地方の道路投資は、多くが、費用対便益比が1未満で、ミサイルと同じように、投資すればするほど、経済が冷えこむリスクを抱えています。

 

簡単に言えば、道路建設を中止して、その分を減税して、浮いたお金で、地方で、キャンプでもしてもらった方が、経済が活性化する可能性が高くなっています。



1-2)費用対便益分析の適用の問題点1(適用対象)

費用対便益分析は、資金が限られている時に、複数の公共事業案件を比較して、費用対便益比が高いものから優先して採択する手法です。

便益の計算精度はあまり高くないので、似たような費用対便益比であれば、優先順位を政治的に選択することも可能ですが、その場合でも、費用対便益比が高いでない採択理由を明示する必要が生じるので、説明責任が明確になります。

ところで、日本では、「複数の公共事業案件を比較して、費用対便益比が高いものから優先して採択する手法」が、採用されていません

採用されているのは、同一事業内での工法の比較レベルです。

費用対便益比を手計算で算出していた時代であれば、複数事業の比較にコストがかかったので、比較を回避したい理由もわかりますが、現在では、コンピュータがGISをつかって、費用対便益比は簡単に作成できますので、比較をしない理由はありません。

 

実際に使われている基準は、費用対便益比が1以上ですが、最近では、工場が海外に移転し、人口も減少していますので、費用対便益比が1を切る場合も多く、例えば道路であれば、地域補正係数をかけて調整しています。

 

こうなると、費用対便益分析の本来の意図からはかけ離れています。

 

1-3)費用対便益分析の適用の問題点2(分野の限定)

 

費用対便益分析は、最初に、公共事業分野に導入されました。

しかし、市場のない分野への公共投資であれば、対象は、公共事業に限定されません。

つまり、日本では費用対便益分析の適用対象が拡張されていません

教育関係の投資、産業振興の投資なども、評価することが可能です。

例えば、ふるさと納税事業の費用対便益比は、1をきっていますので、この事業は、日本経済を冷やす効果があることがわかります。

全ての予算分野に費用対便益分析を適用できれば、PPBS(planning-programming-budgeting system)につながります。

PPBSは一定費用で最大効果をもたらす案、一定効果に対し最小費用の案、限界費用に対し限界効果の高い案のような代替案の作成を、システム分析の手法で行う手法ですから、費用対便益分析の自然な拡張になっています。

PPBSは、1961年のマクナマラ国防長官の就任とともに国防総省に、さらに1965年にはジョンソン大統領により全省庁に導入されました。しかし、1971年にはニクソン政権のシュルツ予算管理庁長官の通達により廃止されました。

1971年頃の日本では、費用対便益分析は、同一種事業間でのみ比較可能であり、異種事業間の比較はできないと考えられていました。その後、1990年頃になって、日本では、異種事業間の比較に費用対便益分析が使えるという判断に傾いています。

PPBSについて触れた文献では、何故か、費用対便益分析に触れているものは見当たりませんが、PPBSは、限界費用に対し限界効果を考えるので、費用と便益の推定精度が高くないと、上手く機能しないことになります。1970年頃は、コンピュータの容量も小さく、GISもなかったので、それが容易でなかったことは、当然と言えます。

 

1-4)費用対便益分析の適用の問題点3(外部経済・外部不経済

費用対便益分析の3つ目の問題点は、費用対便益分析に、外部経済と外部不経済が十分に取り込まれていないという問題です。

現在、環境関連投資を合理化するために、費用対便益分析では、外部経済性が算出されています。

たとえば、観光用の遊歩道を建設する場合には、道路のレクリエーション効果が便益として見込まれます。一方、遊歩道をつくることで、環境を破壊する外部不経済は、算定されていません。

遊歩道は、規模が小さいので、環境を破壊する外部不経済もあまり大きくはないと思われます。

 

一方、自動車道路を建設すると、環境を破壊する外部不経済もおおきくなります。

自動車道路を建設した結果、環境が破壊されキャンプのレクリエーションの適地が失われる場合もあります。

 

ダムを建設すると、土砂、流木が供給する粒子状有機物(POM)の供給が阻害され、海岸浸食が進むほか、流域の生態系に大きな影響を与えます。費用対便益分析は、便益が小さい、あるいは、マイナスになる場合には、公共投資を控えるべきであると助言します。つまり、費用対便益分析は、全てのダムが悪いと言っている訳ではなく、投資効率の悪い案件からは、手を引くべきだといっています。

これは、無駄な公共投資を避けることで、日本経済を活性化する方法でもあります。

 

1-5)生物多様性条約

費用対便益分析、外部経済・外部不経済、PPBSといった、支流の流れは、現在では、合流して、生物多様性条約という大きな流れになっています。支流を結びつけるキーワードは、生態系サービスです。

 

2022年12月の生物多様性条約の会合では、EUの自然復元法を導入する計画です。

以上見たように、日本政府の費用対便益分析は、かなり、いびつな運用をしていますので、EUの提案に対応するのは、かなり困難と思われます。また、環境データベースの不在(環境データの死)が、問題をさらに深刻にすると思われます。

なお、詳しくは、2022/07/5の次のブログを参照してください。「EUの自然復元法の衝撃~水と生物多様性の未来(4)」。

 

1-6)費用対便益分析の適用の問題点4(エビデンスと検証)

最後に、データサイエンスの視点で、問題点を書いて、今回の費用対便益分析の話を締めくくります。

それは、費用対便益分析は計画または、予測にすぎませんので、公共投資実施後に、エビデンスに基づいた検証がなされる必要があるということです。


この場合、疑わしきは罰することが基本です。つまり、公共投資計画の中に、エビデンスデータの計測と公開がふくまれていなければ、その公共投資の中立性は疑わしいと判断すべきで、利益誘導のために、公共投資が行われているという批判が該当するという原則です。