2つの環境資源管理パラダイム~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(世界の環境資源管理は、種の管理から、EBMパラダイムシフトしましたが、日本だけは、古い種の管理パラダイムに止まっています)



環境資源の管理には、新旧2つのパラダイムがあります。



(1)種の管理(single-species management、single-species approach)

1つの種だけに焦点を当てる資源の伝統的な管理戦略です。

 

(2)生態系ベースの管理(EBM:Ecosystem-based Management )

生態系全体を考慮に入れて資源を管理する包括的な新しい管理方法です。

 

1)経緯

 

EBMは、基本方針としては、古くから提唱されています。

 

例えば、カナダの場合は、次のようになっています。

 

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海洋法 Oceans Act(1996)

–「生態系アプローチに基づく保全は、海洋環境における生物学的多様性と生産性を維持するために基本的に重要です」

カナダの海洋戦略と統合管理 Canada’s Oceans Strategy and Integrated Management Policy(2002)

– 総合管理計画には、生態系ベースおよび社会経済的目標、関連する管理アクション、および測定可能な指標の設計が必要になります。

 

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2007年のUNESCOのNATIONAL OCEAN POLICYでは、以下の国が取り上げられています。

Australia, Brazil, Canada,China, Colombia, Japan, Norway,Portugal, Russian Federation,United States of America

 

Ecosystem-based Managementで検索するとAustralia、 Canada、Norway、United States of Americaの4か国がヒットします。

現在、参加国が20のICES(International Council for the Exploration of the Sea )が、生態系ベースの管理を推進していることは、既に、紹介しました。



実用化は、ポリシーより遅れています。

 

Lindholm ed. は、2010年に、「国立海保全地域における生態系ベースの管理の例:理論から実践への移行(Examples of Ecosystem-based Management in National Marine Sanctuaries: Moving from Theory to Practice)」を出版しています。

 

Christian Möllmannは、2013年に、生態系ベースの管理(EBM)と生態系ベースの水産業管理(EBFM)の背後にある理論は、既に十分に開発された。 ただし、ヨーロッパの水産管理に代表されるEBFMの実装は、依然として主に単一種の評価(single-species assessments)に基づいており、より広い生態系の状況と影響を無視している」といっています。

 

試行錯誤の部分はありますが、EBMに、確実に移行しています。

 

NOAAは、EBFMについて、次のように書いています。

 

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生態系に基づく水産業管理を理解する

 

生態系に基づく漁業管理(EBFM)とは何ですか?

生態系ベースの漁業管理は、管理されている種の生態系全体を考慮に入れることにより、漁業と海洋資源を管理する包括的な方法です。生態系ベースの管理の目標は、生態系を健全で生産的で回復力のある状態に維持し、人間が必要としているサービスを提供できるようにすることです。EBFMアプローチは、保護されているその他の信頼できる海洋種の管理にも適用できます。

 

水産業やその他の生きている海洋資源の伝統的な管理戦略は、1つの種だけに焦点を当てることでした。たとえば、特定の種の個体数が減少している場合、漁業管理者は乱獲を減らすために翌年の年間漁獲制限を減らす可能性があります。ここで、漁獲は種の個体数に影響を与える唯一の変数です。実際には、他の種との相互作用、環境変化の影響、または生息地と水質に対する汚染やその他のストレスなど、追加の要素が作用します。

 

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NOAAのEBMについて、図を2つ、引用しておきます。



図1 環境管理パラダイムの切り替え

 

2022-05-31-Fig1_Ses5.6_EBM_NOAA4

 

図2 EBMの階層

 

2022-05-31-artebfm_fig1

 

 NOAAは、2018年には、ロードマップを出しています。

 

2)専門家とボランティア

 

日本では、環境の専門家は、種ごとに、分化しています。

 

種の管理は、こうした専門家にとっては、美味しいパラダイムです。

絶滅危惧種を調査すると言えば、研究費が得られます。

外来種が問題だから調査すると言えば、研究費が出ます。

 

一方、EBMになると、種ごとの専門家は失業してしまいます。

このため、EBMに反対する種ごとの専門家もいます。

実際に、検索すると2つのパラダイムブレンドしたパラダイムを提唱している人もいます。

しかし、図2をみれば、わかるように、EBMには、SS(single species)は、サブセットで含まれています。

つまり、種の管理を否定している訳ではありませんが、全体の一部に過ぎないことになります。

 

種ごとの専門家は、新種を発見すれば論文になります。

レッドデータブックが、専門家の生活を支えます。

 

しかし、種の99.9%以上は、絶滅します。

EMBにとっては、種の判定はあまり重要ではありません。

ある生物の種の判定を間違えて、別の種であると誤認定しても、EBMの物質循環や、水質浄化機能に差が出る訳ではありません。EBMでは、種の認定は大まかでも、EBMの大勢に影響はありません。

このためEBMでは、生態系調査には、ボランティアの参加を求めます。

ボランティアの調査結果は、スマホを通じて、クラウド上のデータベースに保存されて、公開データとして利用可能になります。

EBMでは、環境教育は、市民の環境理解を深めるだけでなく、データを整備できるという実利に繋がります。

 

3)EBMの専門家

EBMは、Ecosystemに依存します。Ecosystemには、自然環境だけでなく、社会システムや人間活動も含まれます。Ecosystemを理解するには、生物学が含まれますが、物理学、化学、地形学、計算物理学、データサイエンス、経済学の知識も必要になります。

 

例えば、Ecosystemは、古典物理学を含みます。そのためEcosystemの理解は、古典物理学より難しくなり、Ecosystemの正しい理解と活用は、専門家以外では、歯が立ちません。

 

EBMは、上記のような多様なデシプリンの専門家がチームプレイで、Ecosystemの各パーツを分担して、研究して、管理することで実現します。

これは、典型的なジョブ型雇用の世界です。高い給与を支払って、各分野で一流の専門家をそろえたドリームチームを作らないと、EBMは、先に進みません。

 

日本は、年功型雇用です。現在の公務員のトップは、専門的な知識を求められませんが、これは、EBMの理解を困難にします。年功型雇用では、短期の売り上げ、予算獲得などが、業績評価のルールです。長期ビジョンを掲げる人は、昇進できません。つまり、EBMは、検討対象から除外されます。

 

一方、EBMは構想から、実現まで、20年以上かかっています。EBMが、実現できた理由は、時間よりも、その間のIT技術の発展を取り込めたからです。リモートセンシングGISクラウドデータベース、スマホなどの技術なしでは、EBMは実現できません。

 

この本は、変わらない日本を論じています。そして、ヒストリーからビジョンへの切り替えが必要であると主張しています。また、そのためには、ジョブ型雇用と労働市場の実現が必要であると主張しています。

変わらない日本の第1の主題は、経済成長の実現ですが、同じ問題点が、環境資源管理でも、致命的な欠陥をひきおこす原因になっています。



引用文献

 

Understanding Ecosystem-Based Fisheries Management NOAA

https://www.fisheries.noaa.gov/insight/understanding-ecosystem-based-fisheries-management

 

Flipping the Switch on Ecosystem Management NOAA

https://nj.gov/dep/fgw/artmarine_ebfm20.htm

 

Ecosystem-Based Fisheries Management Road Map February 05, 2018

https://www.fisheries.noaa.gov/resource/document/ecosystem-based-fisheries-management-road-map

 

NATIONAL OCEAN POLICY 2007 IOC Technical Series 75 UNESCO

https://www.jodc.go.jp/jodcweb/info/ioc_doc/Technical/158387e.pdf

 

Examples of Ecosystem-based Management in National Marine Sanctuaries: Moving from Theory to Practice   Lindholm ed. 2010

https://nmssanctuaries.blob.core.windows.net/sanctuaries-prod/media/archive/science/conservation/pdfs/nceas.pdf

 

Ecosystem-Based Management, Ecosystem Services and Aquatic Biodiversity, 2013, Christian Möllmann et.al. 

https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-030-45843-0_3

 

5.6 Ecosystem-Based Management (EBM) Aquatic Life Lab EU

http://www.aquaticlifelab.eu/5-6-ecosystem-based-management-ebm/



Implementing ecosystem-based fisheries management: from single-species to integrated ecosystem assessment and advice for Baltic Sea fish stocks

https://academic.oup.com/icesjms/article/71/5/1187/640972



A practical Approach to Ecosystem-based Management The Canadian experience

https://www.un.org/depts/los/consultative_process/documents/7_mageau.pdf