EBMと生態学のパラダイムシフト~水と生物多様性の未来(5)

EBMについて説明します)

「エコシステムベースマネジメントと水利権~水の未来(3)」で、EBMについて、若干ふれましたが、日本国内では、よく知られていないと思いますので、補足します。

1)背景(EBM;Ecosystem-based Management )

 

EUの自然復元法の衝撃~水の未来(4)」で述べたように、世界は、自然資本の経済学と生態系サービスに向けて、大きく舵をとっています。

 

今までの環境保全派の人は、特定種の保存(種の管理)を主張してきました。

これに対して、最近の生態系保全では、EBMが主流です。



(1)種の管理(single-species management、single-species approach)

1つの種だけに焦点を当てる資源の伝統的な管理戦略です。


(2)生態系ベースの管理(EBM: Ecosystem-based Management )

生態系全体を考慮に入れて資源を管理する包括的な新しい管理方法です。



この2つのアプローチの違いは、Lubchenco, J. (1994)、Christensen et. al (1996)、Sherman, K. and A.M. Duda (1999)が、明確にしています。

Christensen et. al (1996)は、「The Report of the Ecological Society of America Committee on the Scientific Basis for Ecosystem Management」が示すように、科学的なエコシステム管理に対する委員会報告です。

なお、Christensen et. al (1996)は、Ecosystem Managementを使っていますが、Ecosystem Managementは歴史的には、別の意味で用いられてきたため、最近は、混乱を避けるために、EBMを使います。

 

  • Lubchenco, J. (1994). The Scientific Basis of Ecosystem Management: Framing the Context, Language and Goals. Pages 33-39 In: Committee on Environment and Public Works, United States Senate, Ecosystem Management: Status and Potential. Proceedings of a Workshop by the Congressional Research Service, March 24-25, 1994. 103rd Congress, 2nd Session. United States Government Printing Office, Washington dc

 

  • Christensen, N. L., A. M. Bartuska, J.H. Brown, S. Carpenter, C. D’Antonio, R. Francis, J.F. Franklin,J.A. MacMahon, R.F. Noss, D.J. Parsons, Ch.H. Peterson, N.G. Turner and R.G. Woodmansee (1996).The report of the Ecological Society of America committee on the scientific basis for ecosystem management. Ecological Applications, Ecological Society of America, 6(3): 665-691

https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.2307/2269460

 

  • Sherman, K. and A.M. Duda (1999). An Ecosystem Approach to Global Assessment and Management of Coastal Waters. Marine Ecology Progress Series, Vol. 190:271-287 

https://www.int-res.com/abstracts/meps/v190/p271-287/



2)EBMの歴史

 

EBMの発想自体は、1970年、あるいは、1930年頃まで遡ることができると言われています。(Wikipedia

 

  • Ecosystem-based management From Wikipedia, the free encyclopedia

https://en.wikipedia.org/wiki/Ecosystem-based_management




しかし、EBMという用語で、広く議論されるようになったのは、1992年の生物多様性条約の頃からです。

 

ICES(International Council for the Exploration of the Sea )は、次のようにいっています。

 

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生態系ベースの管理(Ecosystem based management ;EBM)は、1992年に漁業活動の生態系効果に関する作業部会(Working Group on Ecosystem Effects of Fishing Activities; WGECO)がその適用と範囲を考慮し始めたときに、ICESの議題に最初に登場しました。それ以来、このアプローチは重要な戦略分野に成長し、現在、海洋生態系と相互作用する人間の活動を管理する主要な方法であり、持続可能な未来への鍵と見なされています。

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  • Explaining ICES approach to ecosystem based management

https://www.ices.dk/news-and-events/news-archive/news/pages/explaining-ices-approach-to-ecosystem-based-management.aspx

 

2000年以降、環境復元プロジェクトは試験的に行われ、データが集められて、成果が科学的に分析されるようになりました。

 

NOAAのLindholm ed. は、2010年に、「国立海保全地域における生態系ベースの管理の例:理論から実践への移行(Examples of Ecosystem-based Management in National Marine Sanctuaries: Moving from Theory to Practice)」を出版しています。

 

タイトルからわかるように、Examplesについて、Theory to Practiceになっている時期です。

 

  • Examples of Ecosystem-Based Management in National Marine Sanctuaries: Moving from Theory to Practice 2010 NOAA Lindholm ed.

https://sanctuaries.noaa.gov/science/conservation/nceas.html

 

Christian Möllmannは、2013年に、生態系ベースの管理(EBM)と生態系ベースの水産業管理(EBFM)の背後にある理論は、既に十分に開発された。 ただし、ヨーロッパの水産管理に代表されるEBFMの実装は、依然として主に単一種の評価(single-species assessments)に基づいており、より広い生態系の状況と影響を無視している」といっています。

彼は「 生態系ベースの管理(EBM)は、世界中の海洋資源政策の中心的なパラダイム( central paradigm)である」ともいっています。

 

  • Implementing ecosystem-based fisheries management: from single-species to integrated ecosystem assessment and advice for Baltic Sea fish stocks 2013 marine science Möllmann et.al 

https://www.researchgate.net/profile/Christian-Moellmann/publication/256294787_Implementing_ecosystem-based_fisheries_management_From_single-species_to_integrated_ecosystem_assessment_and_advice_for_Baltic_Sea_fish_stocks/links/02e7e52228d4e1a42a000000/Implementing-ecosystem-based-fisheries-management-From-single-species-to-integrated-ecosystem-assessment-and-advice-for-Baltic-Sea-fish-stocks.pdf

 

UNEPは、2014年に、冊子「Ecosystem-based management 」を出しており、この頃になると、かなり普及してきています。



  • Ecosystem-based management  Markers for assessing progress 1024  UNEP

https://www.cbd.int/doc/meetings/mar/mcbem-2014-04/other/mcbem-2014-04-unep-01-en.pdf

 

牡蠣の復元プロジェクトのマニュアルを2014年にはNOAAとUC Davisが、2015年には、UC Davisが出しています。これは、試験プロジェクトの成果が出始めたことを示しています。

 

  • Oyster Habitat Restoration Monitoring and Assessment Handbook 2014 NOAA

http://www.oyster-restoration.org/wp-content/uploads/2014/01/Oyster-Habitat-Restoration-Monitoring-and-Assessment-Handbook.pdf

 

  • Setting Objectives for Oyster Habitat Restoration Using Ecosystem Services A Manager’s Guide 2014(2017rev.) NOAA

https://www.conservationgateway.org/ConservationPractices/Marine/Area-basedManagement/mow/mow-library/Documents/OysterHabitatRestoration_ManagersGuide.pdf

 

  • A Guide to Olympia Oyster Restoration and Conservation 2014 UC Davis

https://www.sfbaysubtidal.org/PDFS/Oysterreport-10_7-2014.pdf

 

  • A Guide to Olympia Oyster Restoration and Conservation 2015 UC Davis

https://www.sfbaysubtidal.org/OYSTERGUIDE-FULL-LORES.pdf




Mo ̈llmannは、 Levinとの共著で、2015年には、EBMはレジームシフトであるといっています。

要旨は以下の通りです。

 

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ジームシフトは、世界中の海洋生態系で観察されています。これらの現象は、沿岸地域社会への生態系サービスの提供に劇的な変化をもたらす可能性があります。管理におけるレジームシフトを説明するには、明らかに統合的な生態系ベースの管理(EBM)アプローチが必要です。 EBMは、世界中で受け入れられている海洋管理のパラダイムとして浮上していますが、EBM理論の急速かつ激しい発展にもかかわらず、実施は停滞しており、多くの実施または提案されたEBMスキームは、レジームシフトの特殊な特性をほとんど無視しています。ここでは、まずEBMにとって非常に重要なレジームシフトの重要な側面を探り、次に統合生態系評価(IEA)の概念を使用してレジームシフトをEBMにうまく組み込む方法を提案します。 IEAは、システムの生態学的または社会経済的特性が、リソース管理者および政策立案者によって定義された許容範囲を超えて移動するか、許容範囲に戻る可能性を決定するアプローチを使用します。目的が望ましくない状態を回避するか、または望ましい状態に戻ることであるレジームシフトの場合にIEAを実装するためのアプローチを提案します。生態系コンポーネントのステータスを要約し、潜在的なリスクをスクリーニングして優先順位を付け、代替の管理戦略を評価する方法の適合性と欠点について説明します。 IEAは、レジームシフトに対処できるEBMアプローチとして進化しています。ただし、IEAがレジームシフトを特徴とするシステムの戦術管理に確実に情報を提供するには、統計、分析、シミュレーションのモデリングの進歩が必要です。

 

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  •  Levin PS, Mo ̈llmann C. 2015 Marine ecosystem regime shifts: challenges and opportunities for ecosystem-based management. Phil. Trans. R. Soc. B 370: 20130275

https://www.researchgate.net/profile/Christian-Moellmann/publication/312390731_Marine_ecosystem_regime_shifts_challenges_and_opportunities_for_ecosystem-based_management/links/59856804aca27266ad9b9d31/Marine-ecosystem-regime-shifts-challenges-and-opportunities-for-ecosystem-based-management.pdf?origin=publication_detail

 

3)実装

 

2019年には、米国で、2020年には、英国で、牡蠣の復元プロジェクトのマニュアルが出ています。これは、試験的な実装はかなり進んで、普及段階になってきたことを示しています。

 

  • Fitsimons, J., Branigan, S., Brumbaugh, R.D., McDonald, T. and zu Ermgassen, P.S.E. (eds) (2019). Restoration Guidelines for Shellfish Reefs. The Nature Conservancy, Arlington VA, USA

https://www.natureaustralia.org.au/content/dam/tnc/nature/en/documents/australia/TNC_Shellfish_Reef_Restoration_Guidelines_WEB.pdf

 

  • EUROPEAN NATIVE OYSTER HABITAT RESTORATION HANDBOOK  UK & IRELAND 2020

https://nativeoysternetwork.org/wp-content/uploads/sites/27/2020/11/ZSL00150%20Oyster%20Handbook_WEB.pdf



2020年に、US-EPAは、「Ecosystem-Based Management、 Ecosystem Services and Aquatic Biodiversity、 Theory、 Tools and Applications 」を出版しています。

この本は、米国と欧州の研究者が集まっていますので、欧米で実装が進んでいることがわかります。

 

  • Ecosystem-Based Management US-EPA

https://www.epa.gov/eco-research/ecosystem-based-management

 

  • Ecosystem-Based Management, Ecosystem Services and Aquatic Biodiversity, Theory, Tools and Applications 2020  Timothy G. O’Higgins, Manuel Lago, Theodore H. DeWitt(ed.)

https://link.springer.com/book/10.1007/978-3-030-45843-0

 

2021年2月に、ケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ名誉教授は、英財務省から依頼されていた自然資本の報告書を提出していますが、これは紹介済みです。

 

  • Final Report - The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review  2021/02/02

https://www.gov.uk/government/publications/final-report-the-economics-of-biodiversity-the-dasgupta-review

 

2022/06/22に、EUの自然復元法(EU Nature Restoration Law)が、提出されました。

 

4)まとめ

 

試験的な実装が始まったのは、2010年以降です。2020年頃には、試験的なEBMによる環境復元プロジェクトの成果が出て、EUの自然復元法に至っています。

2022/12のモントリオール生物多様性条約会合に向けた日本の立場には、問題があります。

 

(1)クラウドデータサービスとEUの自然復元法

EUの自然復元法の背景には、急速に普及したスマホクラウドデーターベースサービスの普及があります。例えば、Googleクラウドデータベースサービスを使って、スマホからデータを登録するアプリを作ることは簡単です。それは、Googleが、クラウドデータベース用のライブラリを充実させているからです。コロナウイルスCOCOAは使い物になりませんでしたが、これは、クラウドサーバーがない、クラウドデータベース用のライブラリが準備されてないため、まともなアプリが作れないためと思われます。現代の生態学は、地形学、地理学、水文学、経済学、微分方程式、データサイエンス、プロジェクトマネジメント、生物学の集合体のビッグサイエンスで、生物学のシェアは小さく、EBMでは、個人プレイは問題になりません。日本では、GIS上の生態系のデジタルデータがないので、EBMは実現不可能です。

 

(2)復元(Restoration)

筆者は、Restorationを復元と和訳しますが、Restoration は、質量や加速度と同じような専門用語であるにもかかわらず、定訳がありません。つまり、日本では、Restorationが正確に理解されていません。

 

里地里山保全は、復元ではありません。里地里山は、河川生態系の一部です。河川は、蛇行し、氾濫し、水以外に、窒素、土砂、POM(粒子状有機物)を運搬します。これらの、生態系システムを無視して、里地里山保全をとりあげることは、EBMではありません。

 

生物多様性条約は、エコシステムサービスの計算に基づく、経済学の資源の最適配分を目指します。そこでは、自然資本も考慮されますが、他の生態系サービスとのバランスがはかられます。

例えば、水田が使われている場合と耕作放棄されている場合では、生態系サービスは大きく異なります。耕作放棄するくらいなら氾濫原にした方が生態系サービスが高くなります。水田で、稲を作っても、生産過剰であれば、水田より氾濫原の方が、生態系サービスが高くなります。

洪水対策に、自然洪水管理(Natural Flood Management)という単語を使っているのは英国です。米国では、Natural Flood Managementという単語は使わないようです。Green Infrastructureという表現が使われることがあります。実際の米国の河川政策の変更は2000年頃には起こっていて、英国の先んじています。

日本では、自然洪水管理の事例はありません。2020年に永井・久保が、英国の自然洪水管理の例を検討しています。

 

里地里山は流域管理、洪水管理と結びついたEMBに変更する必要があります。

 

  • Manage Flood Risk  US-EPA

https://www.epa.gov/green-infrastructure/manage-flood-risk

 

  • What is Natural Flood Management?

https://catchmentbasedapproach.org/learn/what-is-natural-flood-management/

 

  • Working with Natural Processes to reduce flood risk UK-EPA

https://assets.publishing.service.gov.uk/media/6036c730d3bf7f0aac939a47/Working_with_natural_processes_one_page_summaries.pdf

 

  • Natural Flood Management Handbook 2015 Scottish Environmental Protection Agency

https://www.sepa.org.uk/media/163560/sepa-natural-flood-management-handbook1.pdf

 

  • 都市河川における Natural Flood Management の有効性の検証:英国と日本の河川を事例として 2020 永井遥・久保純子

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajg/2020s/0/2020s_138/_pdf/-char/ja



EBMでは生態系サービスの組合せと評価が基本で、それは、次の、ニューヨーク市の牡蠣の復元プロジェクトでも明らかです。

 



  • RESTORING OYSTERS TO URBAN WATERS

https://www.nature.org/content/dam/tnc/nature/en/documents/new-york-city-restoring-oysters-lessons-learned-2019.pdf