(種の管理は、ラグランジェ座標系に、生態系ベース管理は、オイラー座標系(GIS座標系)に対応しています)
1)2種類の座標系
流体力学では、2種類の座標系を用います。
ニュートンが、力学を完成させた時の主な対象は、りんごや月です。りんごや月の位置を、例えば、りんご(x、y、z)のように記述します。方程式をとくことは、時間と共に、変化する(x、y、z)を解くことになります。
水のような流体には、りんごのようなマークはついていませんが、実験では、比重が水に近いマーカーを水に混ぜると水移動を、りんごと同じようにとらえることができます。
マーカーをりんごとした場合、あなたが、川辺に立っていて、りんごが流れて来るのを観察するようなイメージです。りんごはあっという間にみえなくなります。
りんごはみえなくなりましたが、川の水はなくなりません。
鴨長明の言う「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」の世界になります。
川辺の観察者が関心のあるのは、目の前の水の状態です。
(x、y、z)は固定して、そこに、りんごが流れてきた、みかんが流れてきた時間を記述します。
実際に問題になるのは、流速v、水圧p、水位hといった変数で、この値の時間ごとの値、v(t)、p(t)、h(t)を求めることが課題になります。ここでは、tは時間の変数です。
この固定された川辺の目の前の位置は、コントロール・ボリュームと呼ばれます。
この記録方法は、オイラー座標系と呼ばれます。
それに対して、従来の方法を、ラグランジュ座標系と呼びます。
人間の感覚は、ラグランジュ座標系に従っています。
「昨日、駅前で友達にあった」という場合の関心事は、友達です。その時、駅前にいた他の人のことは頭にありません。
自然科学が出てきて、観測が始まります。川の水のような液体と気体では、オイラー座標系しか実用になりません。固体では2つ座標系を選択できますが、観測者が移動するのは大変なので、屋外では、オイラー座標系を用います。
固体にオイラー座標系を適用した場合のイメージは囲碁を例にすれば理解できます。
囲碁は、19x19の座標の上に、「石なし、白、黒」の3つの状態があります。
19x19のサイズは、本質には関係しないので、簡単に2x2とします。
「石なし、白、黒」に、「0,1,2」の値を割り当てます。そうすると、世界は2x2の数字のマトリックスになります。1手目と2手目は、こんな感じです。
1手目 2手目
00 01
20 20
この4つの数字に、時間t(囲碁では、手数)を記録すれば、世界の記述が完成します。
手数、左上、右上、左下、右下の順番に数字を並べれば、上記は、次のように書けます。
1手目
1、0,0,2,0
2手目
2、0,1,2,0
地球は楕円体で近似され、東経x、北緯y、標高h、時間tで設定されたコントロールボリュームに分割されます。地表に、碁盤の目を投影したイメージです。
コントロール・ボリュームには、解像度があり、サイズ毎の入れ子になっています。
全ての観測値には、(x、y、h、t)の属性がつけられます。
この属性がないデータは、オイラー座標系のデータではありません。
ある解像度の全てのコントロール・ボリュームに、値があたえられれば、その解像度で世界の記述が完成します。
研究対象の世界は、解像度を固定すれば、碁盤と同じように、完全な記述が可能です。
観測値がないコントロール・ボリュームは、欠測になります。その場合には、世界の記述は完成しません。
地球に、オイラー座標系を適用した座標系は、GIS座標系と呼ばれます。
基準としている楕円体によって、数種類の座標系があり、若干の違いがありますが、大勢には影響しません。
まとめますと、ここ20年で、2つの座標系の覇権は、屋外の研究対象では、ラグランジュ座標系からオイラー座標家(GIS座標系)に完全に入れ替わりました。
筆者は、これは、400年の自然科学の歴史のなかで起こったもっとも大きなパラダイムシフトのひとつだと考えます。
2)世界観のパラダイムシフト
前世紀、ソ連の崩壊以前、社会主義が、進歩的で、日本の知識人のステータスであった時代がありました。マルクス主義は、唯物論であるから優れているという主張で、目の前のコップを例に、唯物論とは何かを論じている人もいました。コップを例にしている限り、これは、ラグランジュ座標系です。
対する観念論のデカルトの「我思う、ゆえに我あり」も、明らかに、ラグランジュ座標系です。
記述に、コントロール・ボリュームの位置をしめす座標値がない場合には、ラグランジュ座標系とみなせます。
実際の観測データをデータベース化して、知識を共有するには、ラグランジュ座標系ではどうにもなりません。
また、データのないコントロール・ボリュームは、「ある」か、「ない」か、ではなく、「欠測」です。
でも、欠測では、データ処理が出来なければ、何らかの補完をして、データを埋めなければ先に進めません。
つまり、疑似的に、世界の完全な記述を作成する作業が頻繁に行われています。
唯物論と観念論の議論をしていた時代を思いおこすと、懐かしく感じられますが、もとに戻ることはないでしょう。
現在の科学技術は、対象が実験室内に限定され、座標系をえらべる場合と、対象が屋外で、GIS座標系をつかう場合に2分されています。
後者の場合、研究対象の世界とは、GIS座標系にリンクされた研究対象の変数のデータセットのことを指します。後者の研究者は、毎日、そのデータを扱っていますので、この世界観をあたりまえに感じていると思いますが、この世界観と、一般の人の世界観との間には大きなへだたりがあります。
経済学は、少し特殊で、国別統計、自治体別統計という変形したコントロール・ボリュームの座標系をつかっていますが、GIS座標系のデータが増えてくれば、今後、統合化するでしょう。
3)環境管理パラダイム
(1)種の管理(single-species management、single-species approach)
1つの種だけに焦点を当てる資源の伝統的な管理戦略です。
(2)生態系ベースの管理(EBM:Ecosystem-based Management )
生態系全体を考慮に入れて資源を管理する包括的な新しい管理方法です
言うまでもなく、(1)は、ラグランジュ座標系で、(2)は、GIS座標系(オイラー座標系)です。
屋外を対象としている限り、ラグランジュ座標系には勝ち目がありません。
世界観が、ラグランジュ座標系で出来ている人には、GIS座標系の世界観は理解出来ません。
GIS座標系の世界観では、世界とは、GIS座標系にリンクされた観測値のことです。
GIS座標系にリンクされていない観測値は、存在しないに等しいです。
つまり、GIS座標系にリンクされていない研究は、なかったに等しいことになります。
そこには、DXを進めるべきかという議論自体がありません。
環境研究者の世界観が、2種類のうち、どちらの座標系になっているかが、環境管理の現状を規定しているようにみえます。