権威の方法の限界

(権威の方法の問題点を例示します)

 

1)長良川河口堰

 

長良川河口堰は、三重県長良川の河口部に治水と利水を目的に作られた堰です。

 

元は工業用水を溜めるために計画されましたが、計画が30年以上紆余曲折するうちに工業用水がいらなくなったため、洪水防止を主に、利水を副に、名目を変更して建設が進められました。

 

建設の是非をめぐり発生した論争は、単なる「開発」か「環境」かという論点をこえて、誰がこの問題の「当事者」たりうるのかという、税金を使う公共事業のあり方、河川管理や産業振興、環境保護のあり方についての論点を提起することにもなりました。

 

河口堰は、1994年に竣工して、1995年に運用を開始しています。

 

これと入れ替わるように、1993年12月29日に生物多様性条約が成立しています。

 

2001 年にミレニアム生態系評価が開始され、これには、95 カ国から 1300 人以上の寄稿者が著者として参加しました。205年にMillennium Ecosystem Assessment ( MA )が、出版されました。

 

http://www.millenniumassessment.org/documents/document.356.aspx.pdf

 

MA の調査結果の要点は、人間の行動が地球の自然資本を枯渇させており、地球の生態系が将来の世代を維持する能力を当然と見なすことができないほどの負担を環境に与えているということです。

 

MA によると、生態系サービスは「人々が生態系から得る利益」です。

 

2007 年から 2011 年にかけてPavan Sukhdevが主導して生態系と生物多様性の経済学( TEEB )が研究されました。この研究の動機の 1 つは、自然資本会計の客観的な世界標準の基礎を確立することでした。

 

2021年2月に英国財務省は、生物多様性と経済の関係を分析した英ケンブリッジ大学ダスグプタ名誉教授による独立した報告書を発表しました。これは、TEEBの発展したものです。

 

https://www.wwf.or.jp/activities/data/20210630biodiversity01.pdf

 

「誰が問題の当事者たりうるのかという」問題は、自然資本の経済学や生態系サービスの研究によって、一応の解決をしています。

 

1994年に、長良川河口堰ができる前の知見と現在の学問レベルには、大きな差があります。

 

2)徳山ダム木曽川水系連絡導水路

 

水資源機構は、2000年に着工していた徳山ダム(日本一大きな多目的ダム)を2008年に完成させます。

 

しかし、水需要の減少により、徳山ダムの水の利用率は低くなりました。

 

2009年4月に初当選した河村たかし市長は、徳山ダムの水を木曽川長良川に引く導水路事業からは「撤退」すると宣言しました。翌2010年には民主党政権が「できるだけダムにたよらない治水への政策転換」を図るとして導水路事業も検証の対象となり、導水路事業は、事実上、凍結されていました。

 

2023年2月14日、導水路の建設計画に反対していた名古屋市河村たかし市長は、一転して導水路の建設を容認する考えに至ったと表明しました。

 

河村氏は、「使わん水に市民の金を払ってええのか。徳山ダムにも反対したけど、できた以上は生かす道がないか考えるのが市長の仕事だ」と容認に転じた理由を説明しています。



生態系サービスは「人々が生態系から得る利益」ですので、生態系は使って、始めて便益が生じます。

 

この論理は、動物が好き、自然が好きといった感情論ではありません。利水施設として使われなくなれば、水利用の生態系サービスの価値はゼロになります。一方で、ダムがあれば、負の環境便益が生じますので、トータルの便益はマイナスになります。

 

実際に、Dam Removal Europeは、使われなくなったダムの撤去運動をしています。

 

長良川河口堰の建設の是非をめぐり発生した論争では、「開発」か「環境」かが論点の一つでした。

 

生態系と生物多様性の経済学( TEEB )や自然資本の経済学では、論点は、ネットの生態系サービスの便益の値になります。「開発」か「環境」かの二者択一のバイナリーバイアスはありません。

 

河口堰とダムの建設の目的は、ネットの生態系サービスの最大化です。

 

ヒエラルキーのある組織では、上司は部下に命令をだします。その命令は、明確な目的をもっている必要があります。命令が目的ではなく、手段であることは倫理的に許されません。仮に、命令が手段を指示すれば、ドキュメンタリズムになり、目的の達成度評価が不可能になり、不正が蔓延します。

 

「開発」か「環境」かという論争は、目的が、生態系サービスの便益の最大化であれば、収束しますが、開発と保全という手段が目的とすれば、不毛な論争になります。

 

EBPM(Evidence Based Policy Maiking)では、エビデンスに基づいて、目的の評価をする手法です。欧米では、20年以上前から、EBPMが採用されています。

 

アメリカの行政組織は、プラグマティズムに基づいて設計されていますので、目的達成の手段は、最終的には、現場が選ぶことになります。

 

河村氏の発言も、目的不明である点では、政策評価の議論にはのりません。

 

3)年金崩壊

 

野口悠紀雄氏は、政府の年金見通しには問題があると、機会をみては発言しています。

 

政府は、プランBを出しませんし、結果がどうなろうと、権威の方法を押し通そうとしています。

 

年金政策の目的が、安心して生活できる最低限の年金の保証にあるならば、手段については、オープンな議論がなされるべきです。これは、政策ブリーフの固定化を科学の方法で行う場合の原則です。

 

こう考えると、問題は、問題解決をする能力がないにもかかわらず、権威の方法を使う政府にあると考えられます。

 

権威者は、問題解決能力がある場合には、目的を提示するだけで、手段はオープンにできます。まず、プランAを提示して、進めます。次に、誰かが、プランBを提示して、プランBがプランAより優れていれば、プランBに乗り換えれば良いだけです。当初のプランAから、他のプランに乗り換えると権威が失われると考えることは、科学の進歩を否定するオカルトです。

 

河口堰の例で説明したように、生態学と経済学は進歩しています。

 

あなたがガンにかかったとして、主治医が、新しい薬が開発されても、権威に係るとして、薬を切り替えず、古い効果の弱い薬を処方し続けていれば、あなたの生存確率は下がってしまいます。

 

あなたの、つまり日本経済の生存確率をあげる方法は、無能で権威にたよる主治医を首にするしか方法はないと思われます。





引用文献

 

「年金崩壊」シナリオに現実味、厚生年金は2040年代前半に単年度10兆円赤字で破綻する!? 2023/05/04 ダイヤモンド 野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/322331




河村市長、導水路建設事業を一転容認 14年前に「水余り」主張も 2023/02/15 朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASR2G6R8TR2GOIPE002.html

 

名古屋・河村市長、自ら撤退決めた木曽川導水路事業を目的変更し突如復活の謎 2023/05/06 JBPress まさの あつこ

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75066

 

河村たかし名古屋市長「徳山ダム導水路計画」に同意の謎…“ムダな巨大公共事業”はなぜ止められないのか? 2023/03/01 現代ビネス 伊藤 孝司

https://gendai.media/articles/-/106794?imp=0

 

Dam Removal Europe

https://damremoval.eu/