六角堂(北茨城市)
六角堂(ろっかくどう)は、茨城県北茨城市大津町五浦(いづら)にある六角形の建築物です。岡倉天心(岡倉覚三)が1905年(明治38年)に居宅から1段下った断崖に自ら設計し建設したものです。
2011年(平成23年)の東日本大震災では津波による被害が甚大であったため、津波によって消失して、再建されています。
明治三陸津波は、1896年なので、そのあとに建設されています。
1933年の昭和三陸津波の被災地域は、南が宮城県までだったので、影響がなかったと思われます。
1905年は、天心42歳のときです。
天心は、1898年(35歳)で、東京美術学校を辞職しています。
1901年 - 1902年に、インドを訪遊し、タゴールにあっています。
1904年から、ボストン美術館中国・日本美術部で働き、日米を往復する生活になります。この間で日本にいるときには、五浦に住んでいたようです。
天心は、1913年に50歳で亡くなっていますので、五浦住まいは8年でした。
写真1と写真2が、再建された六角堂です。
写真3が、六角堂の位置からみた五浦海岸です。
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