教育と社会主義労働経済~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

社会を変える大きな力は、世代交代です。

したがって、教育こそが、社会を変える力であるといえます。

そこで、教育の現状を社会主義労働経済の視点で考えてみましょう。

1)世界の教育の経済効果

ジョブマーケットを通じたジョブ型雇用では、ポストと給与は直接関係しません。イギリスでは、首相より給与の高い職員もいます。アメリカの大学では、教授より高い給与をもらっているテクニシャンもいます。

2021/01/21の東方新報によれば、「北京大学が全国2万人の卒業・修了生にアンケートした結果、平均初任給は、大学院の博士課程が約26万6956円、修士課程が約18万2131円、学部卒業生が、約10万4869円、専科(短大、専門学校に相当)が約7万417円でした。博士課程と専科の初任給を比べると、約3.8倍の差があります」

海外では、ポストと給与は直接関係しませんので、初任給には、日本ほどの意味はありませんが、それでも、教育投資は、給与で回収できることがわかります。

ただし、落第の比率、カリキュラム(要するにエコシステム)が全く異なりますので、この結果をスライドして、日本に当てはめることはできません。日本の大学の教員で、博士課程の就職率や初任給が低すぎると発言している人もいますが、これは、大学教育がジョブマーケットに組み込まれていないので、当然の結果です。

一方では、ジョブマーケットのある国では一般的な学生をインターンで評価して、採用することに反対している大学教員も多くいます。

社会主義労働経済を持続しながら、給与をあげることはできませんし、教育の質の向上もできません。これは、市場経済の原則です。

2)日本の社会主義労働経済

2004年富士通を退職して、人事コンサルタントをしている城 繁幸氏が、2010年に出版した本のタイトルは、「7割は課長にさえなれません」です。ここでは、「課長」は、管理職手当をもらえるポストとして描かれています。つまり、ポスト(と年齢)と給与は直接関係するという暗黙の了解があります。

2011/04/19のJcast会社ウォッチで、城 繁幸氏は、要約すると次のようにいっています。

1998年の阪大調査では「某大学の文系卒業生の方が、生涯賃金が5000万円高く」なっています。理系が文系に搾取されていると考える前に、「 社内に万年赤字事業がある、貰い過ぎだろうという中高年社員がいる、OBに毎月何十万もの企業年金を払っている」場合には雇用システムや社会保障の世代間格差が賃金が安い真犯人です。

城 繁幸氏の指摘する社会保障は、企業内年金ですが、2021/10/31の東洋経済で、野口 悠紀雄氏は、国の社会保障についても、「社会保障制度を通じて、労働年齢人口から高齢者へ、きわめて巨額の再分配が行われている」と指摘しています。

以上をまとめると、失われた30年の間に、日本では「社会保障制度を通じて、労働年齢人口から高齢者へ、きわめて巨額の再分配をする」社会主義労働経済が揺るがなかったことがわかります。

筆者は、「労働年齢人口から高齢者へ、きわめて巨額の再分配」をしないためには、高齢者も、健康と体力の範囲では働いて社会貢献すべきだと考えます。しかし、このときには、ジョブマーケットがないことが再雇用のネックになります。職安にいっても聞かれることは、「資格をもっていますか」であって、仕事ができるかではありません。

随分昔の記事で、記憶があいまいですが、オックスフォード大学で、博士過程を卒業した人が日本で就職面接をうけたら、英語の資格試験の結果を求められて唖然としたという話を読んだことがあります。ジョブマーケットでは、ラベリングではなく、実力を評価して、給与を決めますが、社会主義労働経済を続けた結果、日本の企業は、この「実力の評価」が全くできなくなっています。

2022年度から、高校家庭科の授業で投資信託のしくみや家計管理など「金融教育」が必修化されますが、資産管理をする前に、ジョブマーケットが必要です。また、ジョブマーケットでは、給与は変動します。だから、資産管理が必要になります。しかし、給与の変動を考えれば、日本の所得税はいびつです。2000万円を超えた所得には、大きな税率がかけられるので、給与の変動が大きいと不利になってしまい、ベンチャーをつぶしています。

3)小学生の疑問

2022/04/07のNewsweekに、藤野英人氏が、小学生の下山夢叶(ゆめか)ちゃん「職業ごとに同じ給料じゃだめなんですか?」という疑問に答えています。

イベントに参加した子供4人のうち、3人は「皆同じじゃないのは不公平だ」という言い分でした。

藤野氏は「給料の差は、お金を出したいと思うお客さんの差で、そのための工夫や努力が給料の差を生む」と説明します。

「頑張った人がたくさんお金をもらうのはいいこと。給料を同じにするのではなく、頑張った人が寄付をして世の中にお金を回して調整していけば、貧富の差はなくなる。不公平な社会をつくらないためにどうすべきか」は別の課題として考えたほうがよいと説明しています。

藤野氏は、子供の無垢な質問は案外本質を突いているといいます。

藤野氏の答えは、ジョブマーケットを前提としていますが、子供は、身近に、社会主義労働経済があることを感じているようにも思われます。

2022/04/02のテレ朝ニュースは、小学生天才ドラマーの相馬よよかさんの進学について次のように書いています。

12歳の天才ドラマー、相馬よよかさんは、9歳でニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれました。11歳で世界的なドラム関連サイト「ドラマーワールド」の世界トップ500ドラマーに選ばれました。いずれも史上最年少です。アメリカのシンガー、シンディー・ローパーさんや、ロックバンド「ディープ・パープル」のドラマー、イアン・ペイスさんら世界の著名アーティストと共演しています。

中学校進学にあたって、日本の学校では、「結局、答えは最初から決まっていて、最後に先生が1つの答えに導こうとする。教師や学校の想定にない演奏や考え方は、受け入れられない。去年の秋、演奏で1カ月ほど過ごしたアメリカで、アメリカ人と演奏していると、色を自由に塗ることができる感じがする。日本での演奏は、まるで塗り絵をはみださないように描くよう求められている気がする。日本だと点数を付けられ、100点満点を求められる気分になる。自然体でいられるアメリカで学びたい」として、両親と弟と家族4人で、今夏の渡米を目指しています。

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2022/11/01の東洋経済で、ロバート・フェルドマン氏と加藤 晃氏は、日本にも、オードリー・タン氏のような天才はいるはずといいますが、相馬よよかさんの記事をみると、日本では、天才は育たないのではないかと心配になります。

4)まとめ

教育の問題は根が深いです。

欧州の大学は国の歴史よりも古いです。このため国は、大学には直接的な関与はしません。

日本では、国が、教育に関与して、「点数を付け、100点満点を求める」カリキュラムが求められます。これは、ヒストリアンのエコシステムの一部であり、プレ・デジタル・シフトに対応しています。

教育の問題は、エコシステムの問題なので、特効薬はありません。

ポスト・デジタル・シフト経済を牽引するのは、高度人材と呼ばれる天才です。色を自由に塗る(ビジョンを描ける)人材をそだてられなければ、経済に未来はありません。

引用文献

天才ドラマーよよかさん(12)が日本を去るワケ〜「学校は答えを最初から決めている」2022/04/02 テレ朝ニュース https://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000250174.html

7割は課長にさえなれません (PHP新書) 新書 – 2010/1/16 城 繁幸 (著) https://www.amazon.co.jp/7%E5%89%B2%E3%81%AF%E8%AA%B2%E9%95%B7%E3%81%AB%E3%81%95%E3%81%88%E3%81%AA%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%9F%8E-%E7%B9%81%E5%B9%B8/dp/4569777015

「日本企業で虐げられている」 理系出身者3つの誤解 2011/04/19 Jcast会社ウォッチ 城 繁幸 https://www.j-cast.com/kaisha/2011/04/19093478.html

日本の政治家が社会保障の議論から逃げている訳 2021/10/31 東洋経済 野口 悠紀雄 https://toyokeizai.net/articles/-/464277

中国の大卒初任給は10万円 博士修了生は26万円、学歴差が顕著 2021/01/21 東方新報 https://news.yahoo.co.jp/articles/7f64c66f447089e9325e3766cf6045d566bfd787

給料に差があるのは不公平、と言う子供への「世の中そういうもの」ではない回答 2022/04/07 Newsweek 藤野英人 https://www.newsweekjapan.jp/fujino/2022/04/post-13.php

日本に「オードリー・タン」が誕生しない納得の訳 2022/11/01 東洋経済 ロバート・フェルドマン 加藤 晃 https://toyokeizai.net/articles/-/464958