タテ社会の家電敗戦~2030年のヒストリアンとビジョナリスト(19)

 

2022/01/10のJBPressで、加谷 珪一氏は、「凋落の日本製造業、復活までのハードすぎる道のりを進めるか?」というタイトルで、パナソニックについて、次のようにいっています。(筆者要約、他の記事も同様)

 

パナソニックが中国の家電大手TCLにテレビの生産委託を決めた。自社生産は上位機種だけになる。白物家電は、生産をベトナムに集約化している」

 

一方、2018/07/19のNEWSポストセブンは、「苦戦続きの『日の丸家電』 なぜパナソニックだけ好調なのか」というタイトルで、次のように、伝えています。

 

「2018年現在のパナソニックの国内家電シェアは27.5%と過去最高で、2位メーカーに倍以上の大差をつけている。パナソニックの家電部門のアプライアンス(AP)社の本間哲朗社長によれば、『ライバルがいなくなったのが最大の要因』で、2番目は、事業部制の復活が効いているという」

 

つまり、加谷 珪一氏は、パナソニックを凋落の日本製造業ととらえていますが、本間哲朗社長は、勝ち組だと考えている訳です。簡単に言えば、販売会社の本間哲朗社長は、売り上げとシェアが確保できれば、社員に給与を支払うことができると考えていると思われます。

 

日本製造業の凋落の原因については、ダイヤモンドオンラインで野口 悠紀雄氏が、円安誘導や、水平分業への対応の失敗など、一連の考察をしています。

 

 これらの仮説の相関関係は、確認できますが、統計的な因果関係の検証は困難です。仮説をどの程度受け入れ可能と判断するかは、因果関係の合理性の判断に委ねられます。

 

10年前の2012/06/19のSankeiBizに、「日本家電の落日 開発競争に明け暮れ…気づけば安いサムスンに敗北」というタイトルで、次のような記事をのせています。日本企業が10年間なにをしてきたかがわかります。

 

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少なくとも2010年前まで、堺市のシャープの液晶パネル工場や兵庫県尼崎市プラズマテレビ用のパネル工場には関西経済の牽引(けんいん)役として期待が寄せられ、大阪湾はパネルベイともてはやされていた。ソニーを含めた家電3社は2012年3月期連結決算でそれぞれ過去最大の最終赤字を計上する事態に陥り、自前のパネル生産にこだわったテレビ事業への過剰投資が不振の原因だと戦犯扱いだ。

 

 高い技術力を誇り、世界市場への戦略商品だった日本のテレビは、いつの間にか強みを失っていた。円高に加え、国内で地上デジタル放送移行に伴う特需がなくなったことが影響した。だが、安価なテレビを桁違いの規模で市場に投入する韓国メーカーとの過当競争で価格破壊が進んだ結果、「売れば売るほど赤字になる」(家電大手幹部)状態に成り下がってしまった。シャープの堺工場の稼働率は3割程度と低迷し、パナソニックの尼崎工場は一部生産停止に追い込まれた。

 

旧知の家電大手の担当者は「世界規模のたたき売りに巻き込まれては、やっていけなかった」と語った。そして「国内のライバルを意識して、ひたすら画質、音質にこだわって開発競争に明け暮れていた。そして気がつけば、海外市場で消費者に選ばれたのは画面でも音でもなく、安くてデザイン性に優れた韓国・サムスン電子のテレビだった」と打ち明ける。

 

 国内の家電メーカーの勝利の方程式といわれた「垂直統合モデル」の生産方式にも見直しの動きが加速している。パネルなど基幹部品の開発・生産から完成品の組み立てまで一貫して自社で手掛ける自前主義だが、シャープは受託製造世界最大手の台湾・鴻海精密工業と資本業務提携を発表、テレビやスマートフォン(高機能携帯電話)などの共同生産に乗り出す。パナソニックも高収益が見込める白物家電とともに、蓄電池や車載用電池などエネルギー事業に事業の重点を移し、次世代テレビとされる有機ELエレクトロルミネッセンス)テレビの開発をめぐり、長年のライバルだったソニーとの提携に合意した。

 

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ここには、次の要素が書かれています。

 

1.円安依存(反対語:円高

2.行政的な特需(デジタル放送移行、太陽光パネル補助金、IC工場建設補助金

3.水平統合モデル(反対語:垂直統合モデル)

4.過当競争と価格破壊

5.市場で消費者に選ばれる製品づくり

 

1、2、3は、野口 悠紀雄氏の議論にも出て来る要素ですが、10年前から、解消されていません。つまり、問題点を提示しても、解決されなかったので、このままいくと、次の10年も解消できない可能性が高いです。

 

そうすると、日本経済復活の検討の焦点は、「分析と問題点の提示」ではなく、「どうして、提示された問題点の解決が進まないのか」にシフトする必要があります。

 

資本主義の市場経済で考えれば、4と5は、冗談としか思われない原因です。

 

「市場で消費者に選ばれる製品づくり」は、基本ですが、実現は、容易ではありません。

 

まず、「市場で消費者に選ばれる製品づくり」は、常に、「消費者の満足度を計測して、満足度が最大になる製品づくり」の意味であることを確認しておきます。

 

その時に、満足度の測定項目とモニタリングシステムを設計して、実装しておくことが、スタートになります。

 

つまり、モニタリングシステムのない「市場で消費者に選ばれる製品づくり」は、たわごとにすぎません。

 

製品づくりのコンセプトは、2種類に分かれます。

 

第1は、「良いものを安く」提供することです。1990年までの日本企業は、このコンセプトで、伸びてきました。そして、賃金が上昇した1990年頃には、このコンセプトでは、途上国の工業化に対応できなくなると予想されていました。2010年に依然として、「良いものを安く」作ろうとすれば、「過当競争と価格破壊」という泣き言をいって撤退することになることは織り込み済みでした。つまり、日本家電の落日は、想定通りだった訳です。

「良いものを安く」提供するには、ヒストリアンの視点で、改善をすれば、大抵は間に合います。

 

第2は、「高いけれど上質なもの」を提供することです。これは、サービス経済化が進んだ現在では、「高いけれど上質なサービス」を提供することに訂正する必要があります。

「高いけれど上質なサービス」の提案には、ビジョンが必要です。



「国内のライバルを意識して、ひたすら画質、音質にこだわって開発競争に明け暮れていた。そして気がつけば、海外市場で消費者に選ばれたのは画面でも音でもなく、安くてデザイン性に優れた韓国・サムスン電子のテレビだった」という発言は、「市場で消費者に選ばれる製品づくり」をしていなかったということに他なりません。

 

ここで、注意すべきは、「ひたすら画質、音質にこだわった」という部分です。タテ社会では、資格というラベリングで、人間が判断され、能力は評価されません。

 

音質で言えば、ハイレゾは音質がよいという表現は、「市場で消費者に選ばれる製品づくり」を無視しています。CDの音質は、16bit・44.1kHzの音楽信号(データ)で決まります。ハイサンプリングで、20ビット以上の製品もありますが、聴感では、識別は困難です。聴感の識別で言えば、mp3のように、データを更に圧縮しても、普通は、識別はできません。しかし、日本の企業は、こうしたスペック競争で判断することが大好きです。スペックは、「市場で消費者に選ばれる製品づくり」ではありません。消費者からのフィードバックを見て、製品開発をする必要がありませんので、ある意味では、開発が簡単になります。しかし、そんなことをすれば、「消費者に選ばれる安くてデザイン性に優れた製品」でないため、売れません。

 

この「消費者からのフィードバックを見ない」のは、致命的だと思いますが、それが、修正されません。消費者も、国産の食品が安全だというように、ラベル(肩書)で判断する傾向が強くありますが、逆に、言えば、本当に使いやすいか否かという情報が極めて少なくなっています。

 

アップルやマイクロソフトが製品のデザインを決める場合には、必ずエスノグラフィーの調査をします。プロトタイプを数種類作って、テストユーザーに使ってもらい、どのデザインが使いやすいか、使いにくいポイントはどこかを探して、ベストソリューションを探します。

 

iPhoneは、「高いけれど上質なサービス」を提供することで、市場の支持を得ていますが、それは、ハードウェアの性能ではなく、スマホを使った新しいライフスタイルの提案(ビジョン)になっています。

 

コロナ対応で、保健所が、ファックスから抜け出せない原因は、HER-SYSにあると言われていますが、ここでは、エスノグラフィーの調査はなされた痕跡はありませんし、ビジョンもありません。

 

タテ社会は、資格 (職業、血縁、身分などの資格で構成される集団)と、場(地域、会社などの一定の枠で構成される集団)をタテ、ヨコとして、タテが、ヨコより卓越しているといいます。このどちらも、ヒストリアンの視点で、2次元の世界です。この世界に、消費者に選ばれる(顧客満足度)という視点を入れるとすれば、それは、高さの次元になると思われます。そして、それには、ビジョンが必要になります。

 

アップルが、「アップルカーを売り出すか」が、注目されています。それは、今までアップルの製品が、新しいライフスタイルというサービス(ビジョン)を提供してきたからです。残念ながら、今の日本企業には、アップルと同じレベルで、ビジョンを期待されているところはありません。

 

2次元のタテ社会論に、高さを入れることは、次元を1つ増やすだけですが、それは、容易ではありません。ヒストリアンは、カーネマンのシステム1(ファストシステム)を使いますが、ビジョナリストは、カーネマンのシステム2(スローシステム)を使います。これは、生産物の質を問わず、量をみれば、10倍コストがかかります。

 

問題点を提示しても、解決されない原因は、ここにあると考えます。



苦戦続きの「日の丸家電」 なぜパナソニックだけ好調なのか 2018/07/19 NEWS ポストセブン

https://www.news-postseven.com/archives/20180719_721336.html?DETAIL

 

日本家電の落日 開発競争に明け暮れ…気づけば安いサムスンに敗北 2012/06/19 SankeiBiz

https://www.sankeibiz.jp/business/news/120629/bsb1206290501000-n1.htm



凋落の日本製造業、復活までのハードすぎる道のりを進めるか? 2022/01/10 JBPress 加谷 珪一

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68357