護送船団方式のコスト(ー2)データサイエンスの世界観(3訂版)

ー2)データサイエンスの世界観

 

護送船団方式のコストを読むために必要な知識をまとめておきます。

 

今回は、経済発展をデータサイエンスの世界観で整理してみます。

 

-2-1)経済発展のモデル

 

読者がある商品を購入する場合の選択を考えてみます。

 

選択の基準は大きく分けて3つあります。(注1)

 

第1の方法(RO戦略)は、コストパフォーマンス重視です。

 

同じ価格であれば、品質と性能の良い製品が選ばれます。

 

これは、経営学レッドオーシャン(RO)に相当します。

 

ROで生き残るためには、コストを下げ、品質をあげることが必要です。

 

このためには、DXが重要な要素になります。



第2の方法(BO戦略)は、独自性のある商品を選択します。他社の製品では、代替可能な同じ機能がない場合です。

 

価格が高い場合には、購入しない選択肢はありますが、他社製品で代替することは出来ません。

 

これは、経営学ブルーオーシャン(BO)に相当します。



BOを実現するためには、競合他社にない技術を持っている(育てる)必要があります。

 

1980年にマイケル・ポーター氏は、「事業が成功するためには、低価格戦略(RO)か差別化(BO高付加価値)戦略のいずれかを選択する必要があると主張しました。

 

マイケル・ポーター氏は、ROとBOが排他的であるというバイナリーバイアスを持っていましたが、この2つは排他的ではありません。

 

ユニクロは、基本は、RO戦略ですが、部分的にBO戦略となる商品を持っています。

ユニクロ系列では、GUは、ROに徹しています。

 

第3の方法(NFSO戦略)は、資金調達をする方法です。資金不足(fund shortage、FS)の解消が課題です。これを埋める戦略をNFSO(No-Fund Shortage Ocean)戦略と呼ぶことにします。

 

ものを生産するには、土地、生産施設、材料、労働力が必要です。

 

労働者と土地があれば、これらは、資金があれば、準備できます。

 

ただし、この条件は、ものをつくる条件であって、ものが売れる条件、ものが売れて利益があがる条件ではありません。

 

ROとBOが問題になる場合は、市場に製品が十分にあって、競合製品と比較される場合です。

製品が不足している場合には、作れば売れます。この場合には、ROとBOが問題になることはありません。

 

この場合、問題は、製品を作るための資金です。

 

資金不足(fund shortage、FS)が解消されれば、ものが売れて利益がでます。

 

1980年にマイケル・ポーター氏は、経営戦略理論を発表しましたので、アメリカでは、このころには、NFSO戦略が通用しなくなっていました。この時のROの原因には、日本製品がありました。

 

日本の家電メーカーは、1985年頃まで、オールラウンドの製品を作っていました。パナソニックも、東芝も、日立も、同じブランドで、家電製品一式を揃えることができました。

 

つまり、ここには、ROとBOもなく、FSO戦略が使えました。

 

日本は、低賃金でしたので、作った家電製品を輸出することができました。輸出では、メーカーによる差がありましたが、これは、サポート体制の違いによるブランドイメージの違いでした。

 

1990頃に、中国の市場経済が始まります。ソ連の崩壊によって、東欧諸国の市場経済化が進みます。

 

日本より、安い労働力が広く手に入るようになります。

 

1980年代に、日本の後を追うように、香港、シンガポール、台湾、韓国が工業化を進めました。このときは、資金調達が容易ではなく、企業資金の小さな軽工業から、工業化が進みました。

 

1990年代に、一方では、フィリピン、マレーシア、タイなどが工業化を進めますが、速度はゆっくりしていました。

 

世界には、南北問題があり、南の原材料輸出国が、工業化することは容易ではないと考えられていました。

 

しかし、1990年代以降、中国は驚異的な経済成長をとげます。資金不足(FS)は、経済発展の制約条件ではありませんでした。中国は、資金を海外から調達します。基礎的な生産技術も合わせて輸入します。中国は、技術を習得することができ、ROを勝ち抜きます。

 

1990年以降、資金不足(FS)が生産の制約でなくなったことは、言い換えれば、世界的に投資を求める資金が潤沢にある状態になったことを意味します。潤沢な資金は投資先を求めて、貿易の自由化を要求しました。

 

2001年にゴールドマン・サックスのジム・オニール氏は、BRICS(ブリックス、 Brazil, Russia, India, China, South Africa)が、投資先として、有望であると言いました。

 

これは、資金不足(FS)問題はなくなり、ROとBOの時代に、突入したことを意味しています。

 

日本の家電メーカーは、ROとBOの時代になっても、依然として、資金不足(FS)時代のものはつくれば売れるという経営を続けました。

 

日本のメモリー半導体は、価格が高すぎで、ROで勝負になりませんでした。CPUなどの高度なロジック半導体で、BOをつくることもできませんでした。

 

護送船団方式は、NFSO戦略です。半導体工場をつくってから、技術者を募集します。

 

ROで生き残るには、生産性の向上によるコストダウンが必要です。

 

BOで生きるには、独自の技術の開発を継続的に行うことが必要です。

 

どちらも、問題を解決できるのは、有能なエンジニアだけです。

 

2023年のように、円安にすれば、家計から企業への所得移転が行われ、企業の業績は、過去最高を記録しています。しかし、円安になっても、ものの作り方に変化はありません。(注2)

 

円安になっても、生産性の向上によるコストダウンはありません。

 

円安になっても、BOで生きるには、独自の技術の開発が出来たわけではありません。

 

退職した正規社員のかわりに、非正規社員を採用すれば、賃金を一時的に下げることができます。

 

しかし、これは、生産性の向上によるコストダウンはありませんので、一度しか使えない手法です。

 

非正規社員の所得は異常に低いので、貧困問題、少子化問題内需の縮小を引き起こします。

 

つまり、非正規社員の採用は、正規・非正規の区分による身分制をつかった所得移転にすぎません。

 

非正規社員を増やしても、生産性の向上によるコストダウンはありませんので、時間が立ては、ROでまけてしまいます。

 

2015年に、中国の習近平国家主席は供給側構造改革(SSSR)を発表し、以前の成長モデルの労働と資本集約型の重視に代わって、技術改善への投資の増加を通じた全要素生産性TFP)の向上を目指しています。中国の供給側構造改革は、さまざまな経済部門にわたる過剰生産能力の削減に焦点を当てています。

 

つまり、中国では、政策効果は、全要素生産性TFP)で評価されます。

 

データサイエンスでは、信号とノイズを分解します。

 

円安や非正規社員の拡大は、企業のものづくりの実力に対するノイズにすぎません。

 

企業の実力を示す信号は、ROとBOで生きていく力です。

 

これは、エンジニア人材の実力に他なりません。

 

エマニュエル・トッド氏は、国の経済力は、エンジニアで決まると主張します。

 

1959年に、スノーは、「2つの文化と科学革命」で、エンジニア教育が、国の盛衰を決めると主張しました。

 

円安になれば、儲かる利害関係がいます。

 

インフレになれば、もうかる利害関係者がいます。

 

こうした人たちは、「円安になれば、経済成長する」、「インフレになれば、経済成長する」といいますが、それは、実力ではないノイズの話です。

 

円表示の数字は変わりますが、円安になっても、インフレになっても、ものの作り方は変わりませんので、企業の競争力に変化はありません。

 

つまり、為替レートの変動をうける企業の業績よりも、生産性、DXの割合などの指標の方が、企業の実力を評価する数値としては、優れています。

 

そして、こうした数字でみれば、日本は、先進国のほぼ最下位にあります。

 

まとめれば、問題点は2つあります。

 

第1に、護送船団方式は、NFSO戦略モデルに基づいていて、世界の実体と遊離しています。このズレは、時間が経つほど大きくなっています。企業経営は、エンジニアが、ROとBO問題を解決できるようになっている必要がありますが、これは、ジョブ型雇用になります。護送船団方式は、年功型雇用と結びついて、企業の国際競争力を破壊しています。

 

政府の経済対策は、資金不足(FS)モデルに基づいていますので、ノイズ以上の効果はありません。



第2に、エンジニア教育は、壊滅的な状態になっています。大学定員の65%は、科学教育に対応していません。分数の出来ない大学生を量産しています。

 

教員は、科学教育ではなく、生活指導が主たる仕事になっていて、成り手はいません。

 

文部科学省の教育はNFSO戦略です。

 

専門教科情報を作って、教員が足りないといっていることから、NFSO戦略を撮っていることがわかります。

 

教育は、NFSO戦略ではできません。

 

明治政府は、御雇い外人でスタートして、教え子が、孫弟子をつくる方法で、高等教育の拡充をはかりました。

 

韓国のSAMSUNGには、日本の技術が移転したと言われていますが、言い換えれば、教え子と孫弟子が育っています。

 

この2つの問題のルーツには、NFSO戦略から抜けられない、科学の方法に対する無理解があります。

 

ー2-2)サプライサイド経済学

 

NFSO戦略は、サプライサイド経済学に似ています。

 

しかし、サプライサイド経済学は市場原理を前提としています。

 

サプライサイド経済学ウィキペディア日本語)には、次のように書かれています。(筆者要約)

 

サプライサイド経済学( Supply-side economics、SSE)は、マクロ経済学の一派で、供給側(=サプライサイド)の活動に着目し、「供給力を強化することで経済成長を達成できる」と主張する一派のことである。

 

ただし、この主張が成り立つ為には生産したものが全て需要されるという非現実的なセイの法則が成り立つ必要があるので、大部分の経済学者から理論の正当性などに関する強い疑問が呈されている。 

 

 

項目の最後に、「学者の見解」があり、小野善康氏、野口旭氏、田中秀臣氏、森永卓郎氏の見解が載っています。

 

しかし、この記載は不適切です。ある法則(ここでは、サプライサイド経済学)は、特定の対象に対して成り立つか否か検証が出来ます。

 

つまり、「学者の見解」ではなく、法則があてはまる範囲(Casual Universe)が記載されるべきです。

 

「学者の見解」は、権威の方法であって、科学の方法である検証の代りにはなりません。

 

そこで、サプライサイド経済学( Supply-side economics、ウィキペディア英語)を調べると次のように書かれています。(筆者要約)

 

 

サプライサイド経済学は、減税、規制の緩和、自由貿易の許可によって経済成長を最も効果的に促進できると仮定するマクロ経済理論です。サプライサイド経済学によれば、消費者は低価格での商品やサービスの供給量が増加することで恩恵を受け、雇用も増加します。供給側の財政政策は、総需要ではなく総供給を増やすように設計されており、それによって価格を下げながら生産と雇用を拡大します。このようなポリシーには、いくつかの一般的な種類があります。

 

(P1)生産性 (労働者 1 人あたりの生産高) を向上させるための、教育、医療、技術やビジネス プロセスの移転の促進などの人的資本への投資。コンテナ化によるグローバル化された自由貿易の促進は、最近の主な例です。

 

(P2)減税。働き、投資し、リスクを取るインセンティブを提供します。所得税率の引き下げや関税の撤廃または引き下げは、そのような政策の例です。

 

(P3)生産性をさらに向上させるための、新しい資本設備および研究開発(R&D)への投資。企業が資本設備をより迅速に(たとえば、10 年ではなく 1 年かけて)減価償却できるようにすると、そのような設備に投資する経済的インセンティブが即座に得られます。

 

(P4)ビジネスの形成と拡大を促進するための政府規制の緩和。



カンザス実験

 

2012年5月、カンザス州知事サム・ブラウンバックは、個人所得税区分の数を3つから2つに削減し、所得税の税率を引き下げる「カンザス上院法案代替法案HB 2117」に署名しました。

 

この削減は、保守的な米国立法交換評議会(ALEC)が発行したモデル法案に基づいています。この減税は「カンザス実験」と呼ばれており 、ブルッキングス研究所は「減税が米国の経済成長にどのような影響を与えるかについての最もクリーンな実験の1つ」と評しました。

 

カンザス州が直面した問題の 1 つは、減税が経済成長を促進することが研究で示されている一方で、新たに低い税率での経済成長による増収は減税の 10 ~ 30% を補うのに十分であっても、赤字を回避するためには十分ではないということです。 支出削減も行わなければなりません。

 

最近のアメリカの政権では、サプライサイド経済学を採用している政権もあります。

 

その場合の議論は、あくまで、エビデンスに基づいて、効果が確認されたか否かになります。

 

カンザス実験では、経済成長による増収は減税の 10 ~ 30% でした。

 

グレッグ・マンキュー氏は、「減税がそれ自体で採算が取れることはほとんどありません。学術文献を読んだところ、典型的な減税コストの約 3 分の 1 は経済成長の加速によって回収できると考えられます」といっています。

 

これは、30%に相当します。




ー2-3)まとめ

 

防衛費と少子化対策予算の財源問題が、突然、減税問題にすり替わりました。

 

減税すれば、経済は活性化しますが、税収は減ります。

 

つまり、減税は、予算の効率をあげること、予算のコストカット(小さな政府化)とセットになります。

 

注1:

 

特殊なケースとして、書籍のように、商品の中身がわからない場合があります。

 

また、フルーツ大福のような流行商品も、今回の検討では、ノイズとみなして、検討対象外に設定しています。

 

注2:

 

円安は、通貨安競争(currency war)の問題です。

 

通貨安競争(ウィキペディア日本語)には、サプライサイド経済学ウィキペディア日本語)と同じように、専門家の意見が書かれています。

 

Currency war(ウィキペディア英語)には、専門家の意見は書かれていません。書かれている内容は、エビデンスです。

 

言うまでもなく、データサイエンスは、専門家の意見には、価値がないとみなしています。専門家の意見は、権威の方法であって、エビデンスに、科学の方法ではありませんので、専門家の意見を書いた時点で、科学のリテラシーの欠如が示されることになります。

 

ウィキペディア英語では、専門家が引用したエビデンスは書かれていますが、意見は書かれません。エビデンスのない意見をいうことは、科学のリテラシーの欠如になります。

 

引用文献



Kansas experiment

https://en.wikipedia.org/wiki/Kansas_experiment