目的と手段の取り違えー益川先生の発言をめぐって

益川敏英先生が、お亡くなりになりました。

今回は、先生の発言を振り返って、目的と手段の取り違えについて考えてみます。

大学選択の目的と手段

入試を終えて、めでたく大学に入学した後で、無気力になる学生がいます。これは、昔は、5月病と呼ばれていた症候群です。よく言われる原因には、目的と手段の取り違えがあげられます。大学は、学習するところで、社会に出て役に立つ知識を身につけるところですから、学習の手段であって、目的ではありません。しかし、大学入試を目的に、勉強をしてくると、大学の合格自体が、目的になってしまうことを指します。しかし、この問題は、学生個人の問題ではありません。大学を卒業して、就職する時には、学習内容や成績は、給与に影響しません。給与に影響するのは、大学のランキングで、多くの場合には、専門分野の違いも考慮されません。つまり、目的とする大学に入学しさえすれば、就職条件が決まってしまいます。企業は、人材選択に、精神的にタフ、或いは、鈍感で、引きこもりなどのトラブルになりにくければ、成績はB級人材で構わないと考え、体育会系のクラブに所属した人を優先して、採用したりします。つまり、そこでは、成績のよいクリエータは排除されます。

良いクリエータになる条件は、次の2つです。

第1に、技術が優れていて幅広い表現力があること必要です。基礎体力です。

第2は、表現したい内容があること、あるいは、表現に対する審美眼や、改善すべき点がすぐに目につくことです。

問題は、第2点で、これは、現在の自分に対する不満であり、改善要求です。精神的にタフという判定基準は、一見良さそうに見えますが、実は、第2点を取りこぼす可能性があります。

 

益川先生の学術会議批判

2020年10月、梶田さんが会長を務める日本学術会議が推薦した会員候補6人を、菅義偉首相が任命しなかったことを、益川先生が問題視した、という記事が多いですが、2021/07/29の京都新聞を見ると、必ずしも、単純にそのように指摘しているわけではありません。引用します。


「僕は名古屋大で最初から反戦の空気の中で育ち、自然と平和主義者になった。戦後、どこの大学も反戦の雰囲気があった。日本学術会議ができたのも戦争の反省があったからだ。しかし、今は日本学術会議も雰囲気が変わってしまった。会員の選挙をやめて、現会員が次の会員を選ぶ。とんでもないことで、元に戻すには違う組織をつくらないといけない。今は科学者が戦争を意識しなくなってしまった」

戦争賛成ではないが軍事研究を警戒すべきとは思っていない人や、軍事研究に抵抗感がなく、研究費が出るならやるという人はいる。かつて若手研究者は政治問題に敏感で、社会の状況に反応していた。今はそういう議論に対して拒否反応を起こす。我々科学者は戦争がどういうものか、国民に注意を喚起していく必要がある」


つまり、現在の学術会議のありかたを「会員の選挙をやめて、現会員が次の会員を選ぶ。とんでもない」と批判しています。学術会議に、実際に会員手当として支払われたのは、総額4500万円で、210人いますので、平均20万円になります。10億円の予算に比べると、シェアは小さいですが、それよりも、答申などの活動が少ないので、目的を失っているように思われます。教育改革や、コロナ対策など問題は山積みですが、レスポンスは少ないです。なんとなく、会員であることの名誉に価値が生じて、目的と手段が入れ替わっているように見えます。

ポストについていれば、活動にかかわりなく、お金が支払われる場合には、ポストに就くこと自体が目的化する危険性があります。民主主義は、身分制度ではありませんので、ポストよりも、何をしたかが問われます。

アメリカのトランプ大統領が、批判された理由は、活動が、大統領というポストにふさわしくない、あるいは、温暖化問題のように、問題を解決するどころかこじらせてしまったと考えるからです。

もっとも、米国のことを引用するまえに、どこかの国の大臣も同じではないかという気もします。以前、ハンコ連盟のトップが、情報担当大臣をしていたことがありますが、次のいずれかしか考えられません。

「本気で、ハンコの普及に時計の針を戻すつもりである」

「大臣のポストにしか関心がなく、各段やりたい政策はない」

どちらも、あまりよい目論見とはいえません。

リエータの世界

逆に、ポストに関係なく、出来高がすべてであるのが、クリエータの世界です。

体操女子のシモーン・バイルスは、世界選手権では2013~19年、男女を通じて史上最多となる計25個のメダルを獲得した選手でした。2021/07/16のニューズウィークは、東京オリンピックが、「バイルスの家族にとっては娘のそばにいられなかった大会になる」として、心配してインタビューをしています。You tubeでインタビューが見られますが、バイルスは、「家族がいないのも、無観客も、初めてだけど、日本の人たちや自分たちを感染から守らなくてはいけないし、何がこようと準備はできている」といっていましたが、結局、29日、「メンタル面の不調」を理由に大会連覇がかかっていた東京オリンピック(五輪)の個人総合を欠場しています。

DXが、単純労働を置き換える世界では、価値を生み出すのはクリエータです。

これは、年功型で、ポスト自体が目的化する世界とは、対局にあります。

益川先生の学術会議批判には、クリエータの視点があったと思います。

 

 

  • 学術会議の会員手当は総額で約4500万円 加藤官房長官が人件費示す 2020/10/06 産経

https://www.sankeibiz.jp/workstyle/news/201006/bsh2010061339001-n1.htm

  • 「自分を信用できない…楽しくない」女子体操界スター・バイルス、重圧で棄権 2021/07/29 読売新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/4e71f2acc7da56bc79071292a9af0399690d8df1

https://news.yahoo.co.jp/articles/0ba480c53c7e51230d20d03b1cb544b24a290fa8

  • 無観客開催「選手の家族ぐらいは距離を取って観戦できたはず」と海外から不満の声 2021/07/16 レベッカ・クラッパー ニューズウィーク 

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/07/post-96714.php

 

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