今まで、「ヒストリアンとビジョナリスト」のタイトルの由来については、解説してきませんでしたので、ここで、説明しておきます。
この用語は、中東問題の専門家で、東京大学先端科学技術研究センター教授の池内 恵氏が、2021/07/01に、「アステイオン94」に掲載した「前世代の先輩たちがいつの間にか姿を消していった──氷河期世代と世代論」によります。
以下に筆者のかなり強引な要約を示します。
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かつては、中東問題は、戦後世代が作り上げた冷戦期の枠組みに基づく認識が支配的であった。それに対して、私は、ポスト冷戦の「上の世代には見えていない現実と将来見通し」を誰よりも先に、摩擦を乗り越えて示す「ビジョナリー」の役割を担ってきた。上の世代は、ビジョンを、受け入れず、ビジョンを自らの存在の否定として拒絶した。
世代が交代し、人間が入れ替わったため、現在、私のビジョンは、あたり前で平凡な認識になり、反対を受けなくなった。
「ビジョナリー」が示すビジョンにより人々の認識が改まったのではなく、世代が入れ替わり、新たな現実を現実と認識して育つ人々が社会の多数になったことで、私の「ビジョン」は当たり前になった。
時間が流れ、「ポスト冷戦期」も過去の歴史になり、私も中東問題を「歴史」として書く時期にきている。私自身が、書き手として、「他の人が見えていない現実と将来を見通す」ことを目指す「ヴィジョナリー」から、過去を過去として現代の読者に適切に認識させる「ヒストリアン」へと転じないといけない時期にきている。
21世紀初頭の20年は、「団塊の世代」やさらにその上の世代が、時に「老人支配」「老害」といった非難を受けながらも、分厚く社会の中枢に居続けた。その陰で、私のような1973年生まれを人口のピークとする「団塊ジュニア」の世代は、「若手」という扱いを受け続けてきた。
数年前に、若い頃から注目されリーダーシップを取り、政治・行政的な要職も歴任された先生とふとしたことで茶飲み話をする機会に恵まれたのだが、その先生は私の顔を見るなり「池内君、気をつけなよ。何十年もずっと『若いね、若いね』と言われ続けていると、突然、上に誰もいなくなって、最年長になるんだ。気づくと崖があってね、先頭に立っているんだよ」と仰った。
私が「その場で一番若い人」の役割を長く務めて、ややくたびれつつある様子を、感じ取って、忠告をいただいたのだろう。
否応のない時間の流れによって突然に眼前に「崖」を見出すようになった後に、何をすればいいのか。私にとっては、中東という、日本にとって見慣れない世界をめぐって展開する国際政治の現在とその先を見通す「ヴィジョナリー」から、「中東をめぐって国際政治が回っていた過去の時代」を最初から見届けてきた「ヒストリアン」に転じるために、細々と準備をしている。
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解説の必要はないと思います。本書では、ヒストリアンから、ビジョナリストへの転換をどのように実現して、デジタル・シフトを可能にするかを考えてきました。
しかし、池内 恵氏の文章は、どうして、デジタル・シフトが起こらないかを端的に示しています。
池内 恵氏の文章を読んで、「変わらない日本」の根源には、「ヒストリアン対ビジョナリスト」問題があると考えるに至りました。これが、タイトルの由来です。
前世代の先輩たちがいつの間にか姿を消していった──氷河期世代と世代論 2021/07/01 ニューズウィーク 池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)※アステイオン94より転載
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/07/post-96611.php