ストックからフローへ(1)

ストックとフローの概念

ストックとフローは、微分方程式の概念です。あるいは、微分方程式を図式化したシステムダイナミクスの概念です。あるいは、循環現象である経済や水資源を考えるときの概念です。例えば、GDPは、フローを1年平均でとらえる指標です。水資源を例にとると、フローは河川に流れている水の量で、ストックは、ダムにたまっている水の量です。河川の水の流れを考えればわかりますが、水の量(流量)は刻々変化します。フローは変動するので、評価が難しく、今までは、ストックに換算して、理解していました。

フローとストックの関係を、自動車工場の生産ラインで考えてみます。工場の生産ラインはストックです。生産ラインを稼働させると自動車(フロー)が生産されます。その間にあるパラメータは、生産ラインの稼働率です。

生産ライン(ストック)x稼働率=月生産台数(フロー)

ここで、生産されるフローは自動車(モノ)です。資本主義では、株式取得した資金は、第1に、生産ラインの建設に使われます。生産ラインが多ければ、生産能力(稼働率100%の時のフローの量)が大きくなりますが、より多くの資金を必要とします。

トヨタでも、日産でも、企業の規模の評価は、生産可能台数(ストック)で行います。これは、稼働率は、毎年変動するので、理解が難しいためです。

生産ラインを作るために株式を発行しますから、株価の変動を除いて平準化すれば、ストックと発行株式の総額は、例えば、対数スケールで考えれば、大まかには比例するはずです。つまり、資本主義は、ストックと相性がよいのです。

ストック・アプローチの限界

購買力に比べて、モノが絶対的に不足している時には、基本的には、モノを作れば売れます。消費者には、好みがあるので、なんでも売れるわけではありませんが、価格と、好みのバランスを考えますので、売れなけば価格を下げれば、よほどのことがなければ売れ残ることはありません。(注1)しかし、モノがいきわたると、買い替え需要がなければ、モノは売れません。この場合には、価格を下げても売れません。

例を示します。図1は、CIPAのデジタルカメラのデータを望月がまとめたものです。2007年から2012年の6年間の生産台数は約1億台で、その10%が国内市場に出荷されています。つまり、6年間で、およそ6000万台のデジカメを、国内で売ったことになります、これは1億2千万人が、2人世帯であるとすれば、およそ全世帯にいきわたったことになります。売り上げが落ちた理由は、「デジカメがスマホに負けたからだ」と言われますが、これは、フローを見ていません。全世帯がカメラを必要とするわけではないので、実需要を3000万台として、耐用年数を10年とすれば、平均しても、年間300万台売れればいい所です。2007年から2012年の6年間に沢山うってしまったので、需要の先食いをしてしまい、実際の販売台数は、平均モデルの300万台より更に落ち込むことになります。しかし、こうした分析はなされず、メーカーは、コンデジスマホとの性能の差別化ができなかったことが、売上げが低迷した原因であると決めつけて、高価格製品路線を突き進んでいます。その活動は、昔の家電を思い出させます。

このように、製品がいきわたると生産しても売れなくなります。国内では、ファッションや、テレビなどの家電、自動車などもこの状態になっています。デジカメの場合には、2003年から2008年までの性能向上が著しかったので、強力な買い替え需要が発生しましたが、機能向上が一巡して、買い替え需要が納まった訳です。今後は、人口減少と、年金生活者の割合が増えますから、買い替え需要は減少していきます。

この例で、言いたい点は、適正なフローを見て、ビジネスをしなければならないということです。適正なフロー以上に生産した場合には、価格を下げても売れ残ってしまいます。デジタルカメラが売れなくなって、カメラメーカーで、撤退するところが増えています。業界の分析は、いつになったら、売り上げが回復するかという予測ばかりで、適正なフローに目がいっていません。

これは、今まで、フローを理解することが難しいので、フローをストックに置き換えて理解することが習慣になってしまったためのバイアスです。製品がいきわたると、フローは大きく変わりません。そのパイの中で、供給するモノやサービスを設計していかないと、企業活動が行き詰まります。いいものを安くを作れば売れるというのは幻想にすぎません。

それでは、ストックの表現をやめて、フローで理解するとは、具体的にどのようなことかを、次回に述べたいと思います。

 

 

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図1 デジタルカメラの出荷台数に対する出荷地域の割合 (望月による)

 

注1:

非常に、重要な問題は、オートクチュールです、ファッションのオートクチュールは、とんでもなく、高価ですが、ファッション以外でも、ネットで、注文を受けて、3Dプリンタなどで、製品を作るのであれば、量産品とあまり変わらない価格で、オートクチュールの製品が可能になります。資源の無駄を省く上でも、作って売れないことはないので、環境に優しい生産体系です。ただし、複雑なオートクチュールは、訓練を受けた専門家以外の普通の人間ではこなせないので、ロボットによる生産になると思われます。こうした変化が起こると、住宅などの、受注生産の製品価格が下がる、一方では、大量生産のラインを持っている工場は、不良資産の処理をしなければならなくなります。この問題は、重要ですが、複雑すぎるので、今回は取り扱いません。

 

  • 日本のカメラ産業の競争力分析  望月宏

http://www.senshu-u.ac.jp/~off1009/PDF/180220-geppo656/smr656-motizuki.pdf