計算論的思考と人文・社会科学(3)~帰納法と演繹法をめぐる考察(10)

計算論的思考と人文・社会科学(3)

開発スケジュールと行政のスケジュール

  • 開発スケジュール

今回は、計算論的思考のうち、システム開発に関する常識を取り上げます。システム開発には、かなりのお金を伴います。このお金は、システムを販売することで、収益を上げることで、充填します。いわば、システム開発は、前借の世界です。販売金額(収益はその一部)は次の要素で決まります。

  1. システムが完成し、販売する時期

  2. システムの仕様や性能(特に、類似製品との比較)

  3. バグなどのメインテナンスコスト

システムの開発に着手する前に、これを明らかにして、資金を募ります。場合によっては、完成時をイメージした、デモンストレーションだけのサンプルシステムを作成して、意見を求めることもあります。

特に、1.2.は決定的に重要で、バグをどの程度つぶせるかという不安定な要因はありますが、納期までに、所定の仕様の製品を開発できないと、その後の資金調達が難しくなります。時間をかけて、難しい仕様の製品を開発するか、比較的易しい仕様の製品を短期に開発して、それをもとに、収益を少し上げて、そのお金を次の改良製品の開発に回すかは、戦略の問題です。

いずれにしても、1.2.があると、納期の時間がたてば、システム開発は、予定した性能を何%満足できたか評価されます。この予定した性能を満足することと、製品が売れることは別です。80点の製品でも、沢山売れて、収益が上がることもありますし、100%の製品でも、まったく、売れないこともあります。しかし、販売量とは独立して、評価がなされる点が重要です。

  • 行政のスケジュール

どうして、こんな当たり前のことをくどくどと書くかといえば、開発スケジュールが当たり前と考える計算論的思考が異端だからです。

コロナウィルス対策の開発スケジュール

例えば、コロナウィルスの対策が、ワクチン、PCR、エクモの3つであることが、2020年2月中にはわかりました。計算論的思考をすれば、この3つの開発スケジュールを立てて、対策を講ずるのが基本になります。これが決まれば、それまでに許容できる感染者数が決まりますので、どのレベルで、非常事態宣言を出すかがきまります。しかしながら、この3つとも開発スケジュールが組まれて、準備がなされることはありませんでした。エクモは数はそろえたかもしれませんが、ここで、開発スケジュールにのせるべき内容は、エクモを使った治療が、できるような医療環境を開発することですから、感染症対策のベッドや、要員の確保も含みます。最近になって、医療崩壊が近づいているという報道がありますが、エクモを使った治療の拡充の開発スケジュールが組まれなかったためと思われます。なぜなら、開発スケジュールがあれば、計画に対して何%の対応ができたが、それで充分であったとか、予想に反して、それでは不十分であったという情報が流れてくるはずだからです。

PCRについても、開発スケジュールが立てられませんでした。それなりに、努力はしたと思います。しかし、開発スケジュールのない努力は評価できません。これは、試験を受ける学生で考えればわかります。開発スケジュールがある場合には、学生は、例えば、100点満点で、80点を目指して学習します。実際に、70点しか取れなかった場合には、目標に達しなかったという評価がなされます。その場合には、なぜ10点及ばなかったのかの原因分析がなされ、次には、80点に達するための努力がなされます。開発スケジュールのない学生は、試験結果の70点をもってきて、努力したのだから、評価されるべきだと言います。しかし、この態度では、問題点を探して、改善が図られることはありません。後出し、じゃんけんで勝ったから、俺は偉いだろうというようなものです。このように、評価基準を後で捏造すると、学習効果がなくなり、同じ間違いを繰り返すことになります。残念ながら、今回のコロナ対策は、後者の開発スケジュールのない場合になっています。

マクロ経済スライド

2004年の改革では、将来の企業や現役世代の負担を考慮して保険料(率)の引上げを2017年に停止し、その代わりに将来の給付水準を段階的に引き下げる「マクロ経済スライド」が導入されています。これも、年金計画の開発スケジュールの放棄です。しかしながら、現在でも、100年安心といっていますから、無茶苦茶です。開発スケジュールを放棄してしまったのですから、100年後については、何も言えないはずです。

ここで指摘したいのは、100年安心の内容ではありません。開発スケジュールを立てない行政は、計算的思考で言えば、会社が倒産している場合以外にありえません。しかし、現実には、行政では、開発スケジュールを立てる方法が異端になっていることを言いたいのです。

もう、お気づきと思いますが、開発スケジュールを立てることが、異端になる理由は、演繹法が、非科学的であるとして拒絶され、帰納法が科学的で正しい方法であると判断されているからです。行政施策は無謬でなければならないので、演繹法を使うことはまかりならないのです。

 

追記

バイデン大統領は「就任後100日で1億人にワクチン接種」の目標をあげています。トランプ前政権は、1月半ばまでに3500万人の米国民にワクチンを接種する目標を掲げていましたが、達成できませんでしたが、どちらも先に目標を決めて、バックキャストする政策です。日本では、今の延長線でいくと、いつまでかかるのかという政策議論です。例えば、オリンピックに間に合わせるために、いつまでに、何をすべきという視点はありません。

今回のテーマには、関係がありませんが、オリンピックをやる気がないのですから、早めに、中止を決定した方が、経済的なダメージは小さいはずです。

  • 2020年年金改革の全体像と次期改革の展望 中嶋 邦夫 ニューズウィーク 2021年1月21日

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/01/2020-29.php