アブダクションとデザイン思考(11)許認可と安全性

(デザイン思考をすれば、許認可と安全性は別問題です)

 

1)ダイハツ問題の実害

 

今回は、CARWatchの記事を元に、認知バイアスを考えます。

 

以下で、断わりのない引用は、CARWatchの記事(筆者要約)です。

 

<< 引用文献

トヨタ 豊田章男会長にダイハツの認証不正問題について聞く 「174項目をしっかり説明していく。間違えた認証についてはやり直していく」2023/12/22 CARWatch     谷川 潔

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1556735.html

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トヨタは、「174個の認証試験の不正行為についてダイハツとともに車両の安全性の環境性能の確認作業に取り組み、『乗員救出性に関する安全性能(ドアロック解除)』が法規に適合していない可能性を見い出し」ました。

 

これは、2つの問題点を示しています。

 

認証試験に合格しなかった場合の問題点は、次の2つに分かれます。

 

第1に、製品の安全性に問題がある場合です。安全の実害が予想される場合です。

 

第2に、認証試験の基準が過剰(あるいは余裕が過大)であり、認証試験の不合格が、製品の安全性の問題にはならない場合です。

 

この2つは厳密に区別する必要があります。

 

乗りものニュースは次のように伝えていました。

 

「運転席側の試験を実施する時間的余裕がなく、試験成績書には運転席側の試験結果として虚偽の数値を記載して、認証試験を行った」

 

「届出試験の時点ではエアバッグECU(電子制御装置)が開発されていない段階であったため、タイマーにより作動するように試験依頼表を作成した」

 

<< 引用文献

ダイハツ不正は「30年以上前から」 国内外・全車種出荷停止の窮地に 「ごく普通の従業員」が手を染めて 2023/12/20 乗りものニュース

https://trafficnews.jp/post/130055

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この2つは、174個の認証試験の不正行為に含まれているはずですが、法規に適合していない可能性はないと判断されています。

 

以下は、デザイン思考による推測です。

 

バックデータはとっていませんので、間違っている可能性がありますが、デザイン思考の例示として、読んでください。



「運転席側の試験を実施する時間的余裕がなく」と書かれていますが、これは、助手席側の試験が実施された可能性を示唆しています。

 

自動車の前座席の部分のデザインが左右対称であれば、運転席側のデータも、助手席側のデータとほぼ同じになるはずです。

 

ハンドルの有無による違いが生じますが、その影響の大きさは、過去の試験データをみれば、推定できます。

 

つまり、「運転席側の試験を実施」しなかった場合のリスクは推定可能です。安全率を大きくとっていますので、実害が発生するリスクは、ほとんどないはずです。

 

「届出試験の時点ではエアバッグECU(電子制御装置)が開発されていない段階であったため、タイマーにより作動するように試験依頼表を作成」しています。

 

エアバッグECUの性能は、衝突のショックに対応するタイムラグです。エアバッグでは、衝突緩和性能も問題になります。取り上げられた試験は、ECUのタイムラグの性能とエアバッグの衝突緩和性能のセットの性能の評価です。

 

すでに、類似の車種の開発で、2つの性能を個別に試験したあとで、セットの性能評価もしているはずです。

 

個別試験で合格したあとで、セットの性能試験で落第する可能性はありますが、そのリスクは、過去の試験データで評価可能です。

 

個別試験で合格して、セットの性能試験では落第する確率が、ほぼゼロの場合には、技術者は、ノルマで、うんざりする試験をすることになります。

 

この試験が、実際には、自動車の安全性には繋がらない場合、まともな技術者なら、同じ時間とコストをかけるのであれば、もっと、安全性向上につながる仕事をしたいと、考えます。

 

技術者は、科学的な判断によって、合理的な行動をします。

 

技術者は、実際の安全性には関心がありますが、法律できめた科学的な合意理性のない一律の基準には、うんざりしているはずです。

 

174個の認証試験の不正行為のうち、製品の安全性に問題がある場合は1つだけでした。

 

173個は、過剰品質か、安全率が大きいなどの理由で、安全性に直接関係しない試験であったことがわかります。

 

法律のようなルールを守っていることと、実際の安全性は別の問題です。

 

許認可や規制が増えると、それは、天下りなどの利権につながります。

 

そのコストは、正規社員を非正規社員にして賃金をカットするか、販売する自動車の価格に上乗せすることになります。

EVのような新製品を考えてみます。

 

認証試験の基準は、技術が確定するまでは作成できません。

 

つまり、許認可や規制は、技術開発とコストダウンの障害になります。

 

TINAに基づけば、許認可や規制を増やすと、コストが嵩み、安全性が落ちることになります。

 

TINAに基づけば、許認可や規制は、最小限にすべきです。

 

一方では、安全性、故障率、経済性などのデータの公開を義務づけます。

 

これらのデータに、捏造がないか、ときどき、抜き打ち検査をして、その結果を公開すれば、十分です。

 

もちろん、そのためには、官庁と企業の間に利害関係が生まれないように、天下りを受け入れないことが前提になります。

 

EVの開発では、日本の自動車メーカーは、遅れています。

 

新しい技術開発に対して、規制で対応すれば、技術開発をつぶしてしまいます。

 

少なくとも、海外企業と比べて、開発速度で、圧倒的に不利になります。

 

3)製薬会社の不正

 

 沢井製薬株式会社九州工場が製造する医薬品(テプレノンカプセル50mg「サワイ」)の品質試験において、承認書と異なる試験方法(別のカプセルに薬剤を詰め替えた上で溶出性試験を行っていた。)が実施されていたことが確認されました。

 

 厚生労働省は、12月22日付けで、本社(第一種及び第二種医薬品製造販売業者)を管轄する大阪府及び九州工場(医薬品製造業者)を管轄する福岡県が、それぞれの許可業態に対して、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律昭和35年法律第145号。以下「医薬品医療機器等法」という。)に基づき行政処分(業務改善命令)を行うとともに、厚生労働省において、同法第73条の規定に基づき、本社における総括製造販売責任者の変更命令を行なっています。

 

<< 引用文献

医薬品医療機器等法に基づく行政処分を行いました 2023/12/22 厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_37021.html

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ジェネリック医薬品メーカーは、これで、すべて、行政処分をうけたことになります。

 

一方では、医薬品の不足が止まりません。

 

これは、デザイン思考で考えれば、厚生労働省は、問題解決のデザインが作れないことを意味しています。

 

ダイハツの不正問題で論じたように、安全性の実害と検査の不合格は別問題です。

 

問題が発生するごとに、検査を厳密化させ、検査項目を増やしていけば、現場は疲弊してしまいます。

 

これは、ドキュメンタリズムの弊害です。

 

検査の合格証(ドキュメント)は、実際の安全性を意味しません。

 

今回のように、検査の合格証の捏造が起こります。一方では、販売はできませんが、検査の合格証がなくとも、安全性の高い医薬品は作れます。

 

検査の合格証をとった複数の医薬品の中にも、安全性や効能のバラツキがあります。

 

ドキュメントと実体の間には、必ずズレがあります。

 

問題は、実体の制御ですが、ドキュメントの乱発が、ベストな制御用法になることはありません。

 

実体を制御するベストな方法はTINAです。

 

ジェネリック医薬品には、市場価格がありませんので、TINAに反します。

 

TINAに基づけば、医薬品の価格は、市場で決まり、安全性試験のレベルや品質のばらつきの水準によって、異なった価格設定がなされるべきです。

 

ジェネリック医薬品の価格は、開発薬の価格より、少し安いレベルからスタートして、市場競争によって、価額が次第に低下していけば、品質に大きな問題は生じません。

 

この方法であれば、開発薬のメーカーが、ジェネリック医薬品に参入する、あるいは、技術やノウハウをジェネリック医薬品専門家のメーカーに売ることも可能だと思います。

 

因果モデルで考えれば、「総括製造販売責任者の変更命令」をだしても、品質試験の不正がなくなる理由はありません。

 

問題があると、マスコミに幹部が出てきて、謝罪して、時には、辞職することが、よくあります。しかし、その結果、問題の再発が防止できた例は少ないです。

 

たとえば、自動車メーカーの検査や試験の不祥事は繰り返されています。

 

その理由は、因果モデルで考えれば自明です。

 

外国人のCEOは、謝罪するだけではなく、問題の再発を防止する経営の設計図を示します。

 

もちろん、そのためには、因果モデルが必要になります。

 

謝罪会見の時点で、原因究明ができていない場合には、3か月程度で、原因究明をして、問題解決をする経営計画を発表します。

 

これをしないと株価が急落して、CEOは首になります。

 

これが、ジョブ型雇用のルールです。

 

ダイハツは、幹部が、部下に、認証試験の満足、認証試験の予定完了時期を守ることを命じました。この時に、使った方法は、指示を守らないと部下を左遷するという条件提示と思われます。

 

もちろん、左遷をちらつかされても、認証試験にかかる時間は短縮できません。認証試験に不合格になった場合には、設計変更をして、再試験して合格する必要があり、更に、時間がかかります。技術者は、実害の出ない範囲で、認証試験のデータを捏造しました。これは、合理的な行動ですから、経営システムを変えなければ、修正されません。

 

問題は、まともな経営の設計図がつくれない幹部の能力不足にあります。

 

ダイハツの幹部を、厚生労働省に、部下をジェネリック医薬品のメーカーに置き替えれば、ダイハツの不正問題とジェネリック医薬品の不正問題は、同じ構造をしていることがわかります。

 

ジェネリック医薬品の不足と、ジェネリック医薬品の品質問題は、今後も続くと予想できます。

 

4)TINAの視点

 

経済学では、需給バランスは、市場経済によって調整されます。

 

TINA(There is no Alternative)は、市場の代りになる調整メカニズムはないというサッチャーの言葉で、経済学の基本です。(注1)

 

 北島 純氏は、「1カ月で大臣3人が辞任に追い込まれた岸田内閣だが、閣僚の政治資金規正法違反は本当に形式犯なのか」といいます。

 

この発言は、驚くことに、1年前になされています。

 

そのコラムの中で、北島 純氏は、次の様にいいます。(筆者要約)

 

葉梨康弘前法相は「法務大臣になってもお金は集まらない、なかなか票も入らない」とパーティーで述べました。

 

(この発言の主旨を北島 純氏は次の様に解釈しています。筆者注)

 

確かに大臣ポストの違いによる政治的吸引力の差は存在する。

 

例えば21年度一般会計予算は、国土交通省が6兆578億円、厚生労働省に至っては33兆1380億円と巨額であるのに対して、法務省は7431億円にすぎない。

 

許認可に関わる行政処分の根拠法令数は、国土交通省が2805件、厚生労働省が2451件であるのに対して法務省は360件。関連業界の規模と業界に対する影響力には雲泥の差がある。

 

葉梨前法相の発言が、大臣格差による政治的吸引力の差とその帰結としてのパー券収入の多寡を指しているとしたら、この自虐的な嘆きは現代日本における「小さな政治」の本質を吐露したものとも言える。

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岸田辞任ドミノの遠因──「パー券政治」というカラクリが日本政治をダメにしている 2023/11/29 Newsweek  北島 純

https://www.newsweekjapan.jp/kitajima/2022/11/post-23.php

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要するに、国土交通省厚生労働省の関連業界は、利権とパーティ券購入の返礼で、動いていて、TINAの市場経済になっていない可能性が高いと判断できます。

 

市場経済になっていなければ、需給バランスの自動調整機能がはたらきませんので、トラックの運転手の不足、ジェネリック医薬品の不足などが起こります。

 

トラックの運転手の不足、ジェネリック医薬品の不足の原因は、TINAの市場原理よりも、利権を優先した国土交通省厚生労働省の関連業界にあります。

 

官庁は、トラックの運転手の不足、ジェネリック医薬品の不足を作り出していることになります。

 

注1:

 

10年前のロイターは次のように、コラムを書いています。

安倍晋三首相は、とりわけ、英国のサッチャー元首相の言葉、「TINA(There is no alternatives)」を「この道しかない」というフレーズで何度も用いている。

 

消費増税を決断した後の記者会見。首相は「経済の再生と財政健全化、この2つを同時に達成するほかに、私たちには道はありません」と説明した。先の通常国会を終えた際も、三本の矢の経済政策に関して「私たちの政策は間違っていない。この道しかないと確信している」と述べている。

 

結果から見れば、この言葉の選択は、かなり有効だったかもしれない。「この道しかない」と進んで実際に株価が上がり、円安が進み、経済指標も改善した。昨年の衆議院選挙、そして今年の参議院選挙と「どこに投票していいかわからない」という人も多かった。「他に投票先がないから」という消極的な自民党支持もあっただろう。そうした消極的支持も、うまくつなぎとめている。

<< 引用文献

ブログ:「TINA」は本当か 2013/10/25 ロイター

https://jp.reuters.com/article/idUSTYE99O02E/

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ここでのTINAは、市場原理優先ではないと思います。

 

英国のサッチャー元首相の発言の真意とは全く異なります。

 

日本では、この誤用法が普及して、大阪府医師会は、TINAを次の様に理解しています。

 

物事を単純化し、そして大衆を煽動するために使う「賛成か反対か」の2項対立論

<< 引用文献

TINAと「対案を出せ」2017/05/17 府医ニュース

https://www.osaka.med.or.jp/doctor/doctor-news-detail?no=20170517-2820-5&dir=2017

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