民間研究所の顛末
前回と前々回は1994年の分岐点の話でした。
研究面では、このころ次の変化が起こります。
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民間企業の経営状態がよく、資金に余裕ができたこと、今までの安価な代替品ビジネスが行き詰まると予想されたため、研究所が開設されました。
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いっぽう、バブルの頃には、実験実習の多い理系の学科を卒業しても、管理職になれず、安月給に甘んじるのはばかげているとして、優秀な学生の理系離れが加速しました。
さて、最終回には、こうした変化のうち、民間研究所を見ておきたいと思います。
かつて、つくば市にあって、撤退した研究所の一覧を表1に示します。不明な点がまだ多くある作業中のリストです。
これから、非常に多くの研究所が撤退したことがわかります。
撤退の原因を分析することは容易ではありませんが、いくらかのヒントはあります。
古典的な組織マネジメントでは、昔の軍隊のように、上官が出した命令は絶対で、部下は、命令に従わなければならないと考えます。学術会議問題にも、基本は、昔の軍隊式の組織マネジメントを是とする考え方があります。しかし、現代に組織マネジメントでは、こうしたトップダウンの命令で組織を動かすことはできないと考えられています。
典型的な例は、伊賀 泰代の「採用基準」に出てくるリーダーシップです。現代の組織マネジメントでは採用する新人にリーダーシップを求めます。ここで言うリーダーシップとは、新人に対して、自分が管理職や企業のトップであれば、どのように問題解決を図るかという想定問に対する答えを求めるものです。一見すると、新人の出した問題解決の提案が管理職の出した提案と同じか、より劣っていれば、時間の無駄のように思われます。しかし、認知科学では、主体的に自分が介入した事項の理解と、そうでない理解には大きな違いがあることがわかっています。
これは、教育について考えれば、もっとはっきりします。教師が一生懸命教えると、教師の頭の中の回路が廻ります。しかし、教育に必要なことは、生徒の頭の中の回路を回すことです。生徒が主体的に頭の中の回路を回し始めて、そこから、やっと教育がスタートします。 生徒の頭の中の回路をまず回さないと教育効果がないということで、最近では、アクティブラーニングが推奨されています。しかし、教育は、生徒が先生から教わるものと考えている生徒より、先生はあてにならないから、自分で勉強するしかないと考える生徒では、後者の方が、主体性が高く、頭の回路を多く回すため、より大きな教育効果が得られます。従順なことがよいとは言えないのです。
「バブルの頃には、実験実習の多い理系の学科を卒業しても、管理職になれず、安月給に甘んじるのはばかげているとして、優秀な学生の理系離れが加速しました。」というのは、明らかに、リーダーシップのない組織マネジメントを表しています。「NECの筑波研究所からは世界的な業績が出たから閉鎖は残念である」というのも発言者にリーダーシップの視点がありませんから、発言者の問題というより、リーダーシップのない組織マネジメントが行われていた点に問題があると考えるべきです。
「上官が出した命令は絶対で、部下は、命令に従わなければならない」というのは、典型的な年功序列の組織マネジメントです。この方法は、技術革新が遅く、企業経営はともかくうまくいっているときには、部下もなんとなく上司を信頼しますが、この2つが崩れると破綻します。つまり、
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上司は最近の科学技術をよく理解できていないので、判断は危ういと思われる。
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上司の命令に従って企業経営に参加してきたが、経営は傾くばかりです。上司の命令は、間違っているのではないか。
となると、組織マネジメントは崩壊します。
日本は、こうした組織マネジメントの失敗から25年が経過しました。それまで、組織マネジメントの間違いがありながら、何とか持ちこたえてきたのですが、いよいよ限界に達しつつあります。その間のタイムラグ(時定数)は25年です。すぐに、組織マネジメントが改善されても、効果が出るのに10年以上かかります。
まとめますと、日本は組織マネジメントの失敗によって、企業の研究所が失敗して、科学技術立国ではなくなったと言えます。組織マネジメントの問題は、環境対策や科学技術予算の増額で、クリアできる問題ではありません。企業、官庁、教育機関の組織マネジメントが変わらないと無理です。技術進歩の遅い世界では、昔の殿様のように、部下が技術的な内容をかみ砕いて説明して、納得して命令を出してもらうというスタンスでもよかったかもしれません。しかし、現在では、そうした経営判断が瞬時にできる専門知識を持っていない人がトップにいる組織は、判断の遅れで、つぶれてしまいます。組織が急速にハンドルを取るためには、トップの能力と、経営判断の変化に即座に部下が応答するリーダーシップを尊重した組織マネジメントの2つが必要です(注1、2)。
注1:
これは、現在のコロナ対策にも、共通する課題と思います。専門家委員会を開いて答申を求めるというスタンスは、コロナ対策としては、あまりに、間延びしています。
注2:
星野リゾートの倒産確率の公開は、リーダーシップ型の現在の組織マネジメントの理論に従ったものです。
表1 つくばの民間研究所の撤退リスト(「交代」は新規参入)
位置 | 研究所名 | 撤退時期 |
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筑波北部工業団地 | オムロン(株)筑波研究所 | 2003 |
筑波北部工業団地 | NOK(株)筑波技術研究 | 2005 |
筑波北部工業団地 | 三菱ガス化学(株)総合研究所 | 2005 |
筑波北部工業団地 | ファイザー(株)筑波工場 | 2006 |
筑波北部工業団地 | グラクソ・スミスクライン筑波研究所 | 2007 |
筑波北部工業団地 | 武田薬品工業(株)筑波地区研究部門 | 2001 |
つくばテクノパーク大穂 | 万有製薬研究所 | 2009 |
つくばテクノパーク大穂 | 大鵬薬品工業(株)創薬センターつくば研究所 | 交代 |
つくばテクノパーク大穂 | ノバルティスファーマ(株)筑波研究所 | 2008 |
つくばテクノパーク大穂 | ボゾリサーチセンターつくば研究所 | 交代 |
つくばテクノパーク大穂 | 凸版印刷(株)筑波研究所 | ー |
つくばテクノパーク大穂 | ヤンマー(株)つくば研修所 | ー |
東光台研究団地 | ㈱ニコン筑波研究所 | ー |
東光台研究団地 | 日本重化学工業㈱筑波研究所 | ー |
東光台研究団地 | 日本ロレアル㈱ロレアル筑波センター | ー |
東光台研究団地 | 日本板硝子/筑波研究所 | 2012 |
東光台研究団地 | インテル(株)筑波本社 | 2016 |
筑波西部工業団地 | 三共(株)生物資源研究所 | ー |
筑波西部工業団地 | ダイセル化学工業(株)筑波研究所 | 2006 |
筑波西部工業団地 | 日本テキサスインスツルメンツ(株)筑波テクノロジーセンター | ー |
筑波西部工業団地 | 天野エンザイム(株)筑波研究所 | ー |
筑波西部工業団地 | 東ソー(株)筑波研究所 | ー |
筑波西部工業団地 | 東京エレクトロン(株)テクノロジーセンターつくば | 2014 |
筑波西部工業団地 | NECの筑波研究所 | 2020 |
筑波西部工業団地 | ダイキン工業(株) MEC研究所 | 2006 |
つくばリサーチパーク羽成 | 興和(株)興和総合研究所 | ー |
つくばリサーチパーク羽成 | デュポン(株)農業科学研究所 | ー |
つくばリサーチパーク羽成 | (株)神戸製鋼所技術開発本部筑波研究所 | ー |
つくばリサーチパーク羽成 | 上野製薬(株)つくば食品技術研究所 | ー |
つくばリサーチパーク羽成 | 秩父小野田(株)つくば研究所 | ー |
つくばリサーチパーク羽成 | (株)植物ゲノムセンター | ー |
つくばリサーチパーク羽成 | (株)日本触媒筑波地区研究所先端材料研究所GSC触媒技術研究所 | 2017 |
つくばテクノパーク桜 | 昭和産業(株)総合研究所バイオ研究センター | ー |
不明 | 日本建設機械化協会 建設機械化研究所筑波支所 | ー |
不明 | 三洋電機 研究開発本部筑波研究所 | ー |
不明 | 独立行政法人情報通信研究機構 つくばリサーチセンター | ー |
不明 | ホソカワミクロン つくば粉体技術開発センター | ー |
不明 | 物産ナノテク研究所(三井物産の子会社) | ー |
不明 | 島津製作所 ライフサイエンス研究所 | ー |
不明 | 日本触媒 研究所(筑波地区) | ー |
不明 | ほくさん 中央研究所つくば分室 | ー |
不明 | トーキン 筑波研究所 | ー |
不明 | アイ・シー・アイ・ジャパン 技術研究所 | ー |
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採用基準 伊賀 泰代