論点を整理するために、ここでは、BRICS問題を考えます。
BRICs以前
1980年代には、安価な労働力だけでは、工業化による経済成長は難しく、その他に、資金と技術が必要であると考えられていました。
これは、途上国を工業化によって豊かにするというシナリオです。
なお、これ以前には、途上国は農業によって豊かにすべきであるというシナリオもありました。
これは、20世紀初頭には、アルゼンチンが富裕国になっていたこと、アジアではミヤンマーが豊かな農業国であったこと等に対応します。
工業化による途上国から先進国への転換モデルというのは、端的にいえば、日本が成功したので、それをマネするという政策で、マレーシアはマハディール政権の下で、「Look East」政策をとって、大前研一氏に政策アドバイザーを依頼します。技術移転も、軽工業から始まって、次第に高度な分野に時間をかけてグレードアップしていく方法です。ODAで技術移転案件が要望されました。日本国内では、賃金が上がって、労総生産性の低い分野は国内での生産が難しくなるため、国内産業は、労働生産性の高い分野にシフトする必要があるため、分野を選べば、技術移転は国策に合致するものとして、ODAに合致すると考えられました。(注1)この時のODAのイメージでは、開発途上国は、工業化できるが、その速度は、おそらく、日本が工業化した速度より、緩やかになるだろうと考えられていました。
注1:「国内産業は、労働生産性の高い分野にシフト」が実際にはうまくいっていません。そのためには何が必要かが検討されるべきであると考えますが、実際に起こっていることは、アフリカ化の蔓延です。この問題は、非常に重要です。
BRICsの発端
2001年にオニールは「Building Better Global Economic BRICs」で、BRICsに投資すれば、世界経済は豊かになるといいました。あれから20年近くたちましたので、BRICs投資とは何だったのかをある程度は冷静に振り返ることが可能になりました。
さて、今までの工業化モデルの要件は以下でした。
-
安価で良質な労働力
-
輸送、水、電気などの安定した社会基盤(治安も含まれます)
-
工場を建設するための技術
-
製品を製造するための技術
-
製品を売るための市場
なお、資源は資金を自前で調達するためには、有効ですが、工業化では、複数の材料を組み合わせるため、材料の輸入が不可欠になり、制約条件にはなりません。
大気汚染問題や感染症の問題も社会基盤の一部と考えられます。
以下では、項目を検討します。
市場の問題
BRICs問題の発展は、先進国市場の行き詰まりにあったように思われます。米国は、典型的な消費誘導型の経済であるといわれていますが、1990年代には消費の伸びは小さかったと思われます。社会主義の中国の場合には、土地の私有は認められませんので、家屋は、国からの借地に建てることになります。不動産にお金がつかえないとすると、衣食住のうち、着るものと食べるものにしかお金が使えなくなります。衣食住の時代になかった消費は旅行と思われます。一時期、中国人旅行客の爆買いが話題にになっていましたが、これは、住にお金が使えない場合の典型的な消費パターンになります。逆に、住にお金が使える場合には、そこに、過剰な投資がなされればサブプライムローン問題になります。どちらも製品をうるための健全な(過熱しない)市場の問題になります。
資本主義経済では、予約販売をしない限り、作ってから、市場で売るので安定した購買力がないと経済がまわりません。社会主義が失敗した原因では、需要と供給のバランスをとることが難しく、生産過剰と生産不足が多発した点の影響が大きいといわれます。しかし、資本主義でも、安定した購買がないと市場での需要と供給のバランスが成立せず、バブルになります。もちろん、バブルで利益を上がれば、実体経済とはなれたところで、利益を上げることができます。しかし、これは、ギャンブルでしか、ありません。バブルに左右されると実際のモノをつくる実体経済が破壊されてします。
2000年頃には、先進国では、新な安定した購買力が期待できなくなりました。そこで、開発途上国でものをつくると同時に、購買力もつけてもらって、ものを買ってもらうしかないという発想が出てきます。ポイントは、新な購買力は、発展途上国で生じるのであって、先進国では生じないということです。
BRICsシナリオが成功したあとの世界は次になります。
BRICsの提唱者は投資家サイドにあります。
先進国の投資家は、投資に対する今までより高いリターンを得ることができます。
投資先の途上国の企業で働く労働者は、より高い賃金を得ることができます。
投資先の途上国は、平均でみれば、経済的に豊かになります。
先進国の競合する工場で働く労働者は、失業するか、途上国並みの賃金になります。なお、米国の場合には、違法移民が途上国並みの賃金の受け皿になっています。生産が、途上国に移転すると国内生産品が輸入品に置き換わります。この場合、消費量には変化はありません。ただし、物価が下がるので、購入者にはメリットがあります。ただし、先進国では、消費は既に上限に近くなっているので、失業しても働く場所は少なくなります。大きな消費の拡大が見込めるのは住宅だけですが、これは、サブプライム問題があって、封印されています。
先進国で期待される変化を、まとめると次になります。
-
投資家は豊かになります。
-
安定した職業を得ている労働者は物価の低下によるメリットを得ます。しかし、収入は増えません。
-
途上国と競合する労働者は失業するか、より収入の低い条件で働くことになります。
-
なお、IT、医薬など新しい市場を開発できる新産業では、より高い収入が期待されます。ここで、働く労働者もでてきます。ただし、このケースは、BRICsによる社会経済の変化とは独立です。
結果から、見るとBRICsは一部は成功しました。
それが、「工業化による途上国から先進国への転換モデル」とはどう違ったかを次回は技術の項目で考えます。