5)いびつな技術開発
洪水対策の中心が、「リスクエリアを氾濫原エリアに指定すること」であれば、技術開発の目標は、いかに正確にリスクエリアを抽出するかという点につきます。
一方、日本のように、土地利用計画が不在な場合には、リスクエリアの抽出は、避難計画にしか使えないことになります。
この2つは、一見すると似ていますが、利用目的はまったく異なります。
洪水対策の中心が、「リスクエリアを氾濫原エリアに指定すること」にある場合、リスクエリアは被災することが原則であり、台風が近づくような災害リスクの高い場合は、リスクエリアには近づかないことになります。リスクエリアには、住居がありませんので、農家の人が、農作業を延期するような対応になります。
一方、土地利用計画がない場合には、台風が近づくような災害リスクの高い場合は、リスクエリアから逃げだすことになります。
しかし、台風や津波の予測は、かなりの確率で外れます。人間の認知システムは、予測が外れ続けば、予測を信頼しなくなります。
防災関係者は、被災リスクがある場合には、避難指示を出せば、被災を逃れることができると主張します。しかし、認知科学からみれば、その主張には、実現可能性がないという仮説も成り立ちます。
これは、あまりに確率が低い状態で警報をだせば、認知科学で受け入れ可能な水準以下になってしまい、警報が無視される可能性が高いという仮説です。
筆者には、「リスクエリアを氾濫原エリアに指定すること」を避けて、警報で対応することは、実現可能性のない対策にみえます。
6)リスク評価の技術
6-1)日本の場合
最近の日本の科学技術のレベルの低下は著しいです。
日本の企業はOJTが好きですが、技術が大きく変化する場合には、OJTでは、新しい技術について行けません。
政治家は、リスキリングすべきといいますが、文系で数学の出来ない場合には、リスキリングは不可能です。
政治家の推論は、科学的(数学的)に間違っていることが多いです。
先例、前例、文献は、アイデアを借りるには良い方法ですが、先例、前例、文献が正しいという主張は、科学的には、間違いです。
地名で、災害リスクを見分けることができるという人もいます。
しかし、ハザードマップが容易に入手、あるいは、作成できますので、あえて、地名をリスク評価に使うメリットはありません。引用文献は一例ですが、同様の主張をする人は、多くいます。
<<引用文献
世田谷や麻布十番は「災害リスクの低い場所」ではない…高台の高級住宅地に潜む「地名リスク」の見分け方 PRESIDENT 長嶋修
https://president.jp/articles/-/61403?page=1
>>
時系列のトレンドで、「雨の降り方が昔と変わってきた」と主張する人もいます。
時系列のトレンドは因果ではないので、将来も同じトレンドが続く理由はありません。
温暖化が原因であると考えるのであれば、気候モデルの予測を使う方が合理的です。
<< 引用文献
雨の降り方が昔と変わってきた? 温暖化で日本の河川や海に起こっていること 2024/08/05 ウェザーニュース
https://weathernews.jp/s/topics/202407/260255/
>>
6-2)海外の場合
6-2-1)グーグルの洪水予測
2021年から、Googleは、Flood Hubという名前で、河川洪水の予報を出しています。
60カ国に居住する政府、援助団体、市民は、洪水が発生する7日前からグーグルの洪水予測情報にアクセスできるようになっています。衛星からの情報や過去の事例、川の水位など大量のデータを活用し、AIを駆使して洪水の予測モデルを開発しています。
特に洪水リスクに対する人口の割合が高い地域 – オランダ、ベトナム、ラオス、カンボジア、そして最近サイクロン・モカに襲われたミャンマー等は、グーグルの予測可能な場所のリストに含まれています。中央アメリカの”乾燥回廊”の一部、ニカラグア、ホンジュラス、グアテマラも同様で、ここでは気候変動と紛争が絡み合っています。
国際救済委員会(IRC)が米グーグル傘下の慈善部門グーグル・ドット・オーグと組んで洪水予測に連携した支援を実施し、2022年の洪水では1450世帯が支援を受けました。2022年の洪水では複数の州で被害が発生し、77万haの農地が被災し、家屋数千軒が水没して600人以上が死亡し、少なくとも200万人が自宅から避難しました。IRCの研究者は災害発生の数週間前に、洪水監視システムとナイジェリア気象庁から収集したデータで洪水を予測。地元当局とも連携し、住民に警告ビラを配布していた。IRCの活動がなければ、被害はもっと甚大になってもおかしくなかったと思われます。
洪水予測には、予測にはAIモデルである欧州連合(EU)の「グローバル洪水特定システム(GloFAS)」のデータも使われました。
なお、GoogleのFlood Hubと英国のFlood Hubは。どちらも洪水対策ですが、別物です。
<< 引用文献Google、AIによる洪水予測ツール「Flood Hub」をグローバルに展開 2023/05/23 Rainforz Insight
https://reinforz.co.jp/bizmedia/7005/
アングル:AI洪水予測で災害前に補助金支給、ナイジェリアの新災害対策 2024/09/06 ロイター Bukola Adebayo
https://jp.reuters.com/markets/commodities/KCUD6BDVZRKEHG6XEAKDZ2MX6Y-2024-09-05/?rpc=122
Glofas
https://global-flood.emergency.copernicus.eu/
flood forecasting
https://sites.research.google/floodforecasting/
flood hub
>>
6-2-2)ファースト ストリート洪水モデル (FS-FM) システム
アメリカの代表的な洪水モデルには、ファースト ストリート洪水モデルとFEMAのモデルがあります。
筆者は、昔からあるUS Army Corps of Engineerなどのバラバラな洪水研究は、FEMAに統合されていると理解しています。
ここでは、ファースト ストリート洪水モデルの概要を引用します。
<
ファースト ストリート洪水モデル (FS-FM) システムは、米国の洪水リスクを評価する危険層開発のフレームワークです。ファースト ストリート財団は、学際的な科学者、技術者、専門家と連携して、数十年にわたる査読済みの研究と気候学、水文学、統計学のモデルを基に、前例のない米国の洪水モデルを作成しました。このモデルは、米国全土を不動産レベルで完全にカバーします。FS-FM は、国全体にわたって一貫した統一された方法論を提供し、継続的な出力を提供します。これは、以前に洪水モデルが作成されたことのない地域や、記録された水文学データがない地域にも適用されます。その結果、国全体の新しい地域に対する可視性が向上します。
FS-FM の中核は、内陸および沿岸の洪水の原因と影響を説明するために、水理学および水文学モデルと地球および気候予測データの複合体の上に構築されています。気候予測分析から確率的洪水シナリオが確立され、FS-FM に取り込まれ、現在および将来の現実的な洪水危険レイヤーが生成されます。FS-FM は主に、内陸 (雨季および河川) 洪水モデル、沿岸洪水モデル、コンピューティング (洪水モデルの実行)、および後処理の 4 つの主要コンポーネントで構成されています。
雨量モデリングは、豪雨が洪水の主な原因となる降雨による洪水をシミュレートすることを目的としています。河川モデリングは、小川や河川が自然または人工の水路の容量を超えて水流を収容し、水が堤防からあふれて隣接する低地の乾燥した土地に流れ出す場合の洪水を考慮します。沿岸モデリングは、西海岸と東海岸に沿った海面上昇、潮汐、高潮による水面の高さの変化を予測します。FS-FM の 30 メートル解像度の浸水マップは、不動産レベルでの洪水リスクを表すのに優れた解像度である 3 メートル解像度に縮小されます。データ品質管理プロセスの一部として、単調性プロセスが実装されています。
2023 年 7 月にリリースされた最新バージョンの FS-FM には、新たに開発された First Street Precipitation Model (FS-PM) が含まれています。FS-PM は、特定のシナリオ (例: 2023 年または 2053 年の 100 年に 1 度の降水量) の気候調整された降水量を生成する降水頻度推定モデルです。このモデルは、米国全土の降水量の非定常性により、最近 20 年間の記録から逸脱している NOAA Atlas 14 のよく知られた制限を理解した上で開発されています (Kim ら、2022 年、2023 年)。FSF-PM によると、FSF は、米国の大部分で 20 世紀の 100 年に 1 度の再来期間に相当する極端な暴風雨の発生が 3 倍になっていることを確認しており、これは最近の 20 年間の極端な事象を「新しい標準」として扱う必要があることを示唆しています。この更新により、FS-FM は 21 世紀の極端な降水量の変化に応じて、新たな多雨性洪水が発生しやすい地域を特定できるようになります。
このバージョンには、更新された気候予測データ、結合モデル相互比較プロジェクトフェーズ 6 (CMIP6)、気候変動に関する政府間パネル (IPCC) 第 6 次評価報告書 (AR6) も含まれています。気候データは、FS-FM における降水量や気温などの水循環や気象要因の将来の変化を提供する上で重要な役割を果たします。CMIP6 は、将来の極端な降水特性や水文学的応答の変化に応じて過去の洪水リスクをスケーリングする新しい気候調整係数を開発するために使用されました。AR6 からの海面変化予測と熱帯低気圧モデリングからの高潮は、主に米国の東海岸、メキシコ湾岸、西海岸の物理的な洪水リスクを推定するために考慮されています。
<< 引用文献
First Stret
>>
6-2-3)まとめ
応答関数タイプの流出モデルは、パターンマッチングなので、A Iとの相性は良いです。
湛水タイプのモデルでは、水は、水路底勾配ではなく、水面勾配で流れます。
これは、水面のデータがあれば、パターンマッチングで解けることを意味します。
水位データを衛星データから作ることができれば、パターンマッチングが使えると思われます。
流出モデルでは、損失降雨の推定が問題になりますが、これは、パーンマッチング向けの問題です。
GoogleのFlood Hubは、日本をカバーしていません。
FEMAのモデルは、あまりに、巨大化しているので、筆者は、一部しか理解していません。
土地利用計画が洪水対策の中心である欧米では、ハザードマップの使用目的が、日本とは異なります。
状況は複雑すぎて、一言ではかけませんが、ロイターの記事をみれば、保険料に大きく関係していることがわかります。
<FS-FM の 30 メートル解像度の浸水マップは、不動産レベルでの洪水リスクを表すのに優れた解像度である 3 メートル解像度に縮小されます>とあります。
解像度3mのハザードマップは、筆者の想像外でした。
筆者には、日本の洪水対策が、世界から孤立しているように見えます。
例えば、GoogleのFlood Hubは、特に洪水リスクに対する人口の割合が高い地域(–ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)を対象にしています。
日本が、ODAの洪水対策で、技術移転できる技術は、ほぼなくなった、言い換えれば、日本はDXの技術進歩から取り残されているように見えます。
<< 引用文献
アングル:米市民、ハザードマップで住宅保険に明暗 災害データは「諸刃の剣」
2024/09/01 ロイター David Sherfinski
https://jp.reuters.com/markets/commodities/23XHQTRO5RJHPJEAZIEQUVN5DA-2024-08-27/
アングル:米「洪水多発地域」で開発急増、不動産活況と土地不足で 2024/03/25
ロイター David Sherfinski
https://jp.reuters.com/economy/NJ5N3LGBSRJMRN7LRBYP2WSZDE-2024-03-22/