「因果推論の科学」をめぐって(6)

注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。

 

(5)ミーム

 

1)知識

 

レベル2のパール先生の図1の因果推論エンジンの理解に入る前に、外堀を点検します。

 

図1の左端に、点線で囲まれたボックスがあり、「知識」とラベルが付けられ、バックグラウンドの属性が与えられています。

 

パール先生は、知識を次のように、説明しています。

 

「知識」とは、推論エージェントの過去の経験の痕跡である。過去の観察、過去の行動、教育、文化的習慣などから得た知識のうち、答えるべき問いに関連するものが利用される。

 

「知識」は、「仮定(問題の単純化)」の入力を生み出し、この入力因果モデルの作成に使われます。

 

情報のフローは、次になります。

 

「知識」(バックグラウンド)=>「仮定」(入力)=>「因果モデル」(因果推論エンジン) (FL1)

 

パール先生の因果モデルは、まともな(正常に機能する)因果モデルです。

 

「因果推論の科学」は、まともな因果モデルの作り方を説明しています。

 

「因果推論の科学」には、おかしな因果モデルは出てきません。(例外は、「第5章タバコは肺がんの原因か」です)

 

しかし、まともでない因果モデルに対しても、(FL1)は、成立します。

 

フランス文学者の水林章氏は、太平洋戦争の特攻の原因は、法度制度のミームにあると主張しています。

 

この説明は、次のように、パール先生の図式に当てはめることができます。

 

「法度制度(知識)」=>「戦争に勝つための条件は何か(仮定)」=>「特攻(原因)が出来れば、戦争に勝てる(結果)(因果モデル)」(FL1=ex1)

 

もちろん、パール先生は、特攻のことを考えていません。

 

それどころか、パール先生は、「教育、文化的習慣など」が因果モデルに与える影響は排除可能であると言っています。

 

「科学の新発見による文化の動揺は、その発見に合わせて文化の方を再調整しない限り収束しない。新発見を隠蔽してもどうにもならないのだ。再調整に必要なのは、社会の怒りを買う前に科学と文化をきちんと線引きすることだ。幸い、因果代グラムを使えば、一見、それが困難と思われる場合にも、感情を交えずに原因と結果だけを冷静に見極めることができる」(p.286)

 

「科学の新発見による文化の動揺は、その発見に合わせて文化の方を再調整しない限り収束しない」は、科学を無視した政治主導では問題が解決しないことを意味します。特攻で、戦争に勝てないことを指します。

 

パール先生の主張では、因果ダイアグラムを使って、感情を交えずに原因と結果だけを冷静に見極めれば、問題は解決する(法度制度のミームに支配されることはない)と言えます。

 

「仮定」と「因果モデル」を繋ぐ作業がメンタルモデルです。

 

あるいは、メンタルモデルは、「仮定」に含まれると整理した方が良いかもしれません。

 

因果推論の科学は、「過去の観察、過去の行動、教育、文化的習慣などから得た知識」から、正常なメンタルモデル(仮定)が、出来ていることを前提としています。

 

「文化的習慣」には、法度制度のようなミームが含まれます。

 

日本には、正常なメンタルモデルがあるのでしょうか。

 

2)日本の現状

 

加谷 珪一氏は、挨拶炎上について次のように述べています。(筆者要約)

 

職場などにおいて「挨拶しない自由がある」という意見がネットで大炎上した。職場でのカルチャーギャップに関する話題は、日本社会では定番と言えるものだ。炎上は、自身が所属する組織を能動的に選ぶことができないムラ社会に原因がある。今後、ジョブ型雇用の拡大につれて、耳にしなくなるだろう

<< 引用文献

大炎上した「挨拶しない自由」の議論が、10年後には「消滅する」と言えるワケ 2024/06/19 現代ビジネス 加谷 珪一

https://gendai.media/articles/-/131979

>>

 

マイクロソフトでは、コーディングしているエンジニアが、音楽を聞きながら仕事をしても問題になることはありません。

 

ムラ社会は、水林章氏の法度制度のミームに対応しています。

 

加谷 珪一氏は、ジョブ型雇用でない国は、日本だけであるといいます。

 

法度制度(天皇制)のミームが、意思決定を支配している国は日本だけです。

 

脇田晴子氏は、法度制度(天皇制)のミームは、特攻を実現したように、非常に強力なものであると主張しました。

 

ジョブ型雇用をするためには、法度制度のミームの支配から自由になる必要があります。

 

「挨拶しない自由」で炎上する組織では、ジョブ型雇用は困難です。

 

筆者は、年功型雇用で、法度制度のミームの支配から自由になることは不可能であると考えています。

 

レイオフがあることが、全ての検討のスタートであると考えています。

 

3)ライオンマンの話

 

ハラリ氏は、ヒトがライオンマンのような架空の生き物を考えられる「反事実的」な問いに答える脳力を持ったことを「認知革命」であると主張していますが、パール先生もこの意見に賛成しています。(p.61)

 

日本は、法度制度に支配されたレベル0の帰納法に支配されています。

 

フランス革命前夜を想定します。

 

集めたデータを元に帰納法で推論すれば、推論は、全て王権神授説を扱うものになります。

 

フランス革命を起こすには、「もし、王政でなければという反事実的な問い」が必要です。

 

つまり、帰納法と使っているレベル0の研究手順を使っている人の頭の中は、「認知革命」以前のレベルに止まっています。

 

 国立大学協会は2024年6月7日に、国立大学の財務状況について「もう限界」と異例の表現で訴え、国民に理解を求める声明を発表しました。

 

日本の大学は、年功型雇用で、法度制度のミームの元に運営されています。

 

ジョブ型雇用でない大学は、日本にしかありません。

 

日本の大学のレベルは世界的に見て非常に低いです。

 

人文科学と社会学には、世界をリードするような業績は、ほとんどありません。

 

日本の大学の問題は、財務状況だけではありません。

 

日本の大学には、フランス革命のような大変化が必要です。

 

日本の大学がジョブ型雇用だったら、大学の研究室の流動性は劇的に高くなります。

 

新しい研究分野の専門家にポストが生まれます。

 

高齢の日本人の教授が既得利権にあぐらをかいていることはなくなります。

 

日本の大学の世界ランキングは劇的に上がるはずです。

 

日本の大学の改革には、「反事実的」思考ができる「認知革命」をクリアしている思考能力が必要です。

 

現実には、財務状況がもう限界の現実の日本の大学があります。

 

ルイスは、反事実思考をすれば、この現実の日本の大学だけでなく、可能世界が見えると主張します。

 

例えば、ひとつの可能世界の大学では、ジョブ型雇用が採用され、授業は、英語で行われ、教員と学生は世界中からヘッドハントされています。(注1)

 

反事実がイメージできれば、現実の大学と可能世界の大学とどちらが良いか考えるわけです。

 

テレビのチャンネルを切り替えるように、現実の世界と可能世界が対等にイメージできれば、反事実思考が出来ています。

 

この時に、変革した方が、良い未来が開けると判断すれば、変革を起こす行動が生まれます。

 

国大協の説明からは、可能世界が見えません。

 

東京教育大学筑波大学に移転する時に、引越しをしたくないので、移転に反対した教員がいました。年功型雇用では、既得利権の維持は大学改革に優先します。

 

ジョブ雇用では、移転しなければレイオフされるだけで、移転に反対という選択肢はありません。

 

自然科学のノーベル賞をを受賞した日本人の半分は、海外の大学や研究機関で業績をあげています。分母を日本で研究している日本人の研究者数と海外で研究している日本人の研究者数において、2つの属性の日本人のノーベル賞のヒット率を計算します。日本人の研究者で、海外で働いている人の割合が低いので、ヒット率の違いは、数十倍になります。

 

ヒット率の違いの原因は何か考えます。

 

ヒット率の違い(結果)の原因を探すアブダクションです。

 

筆者は、この差の第1の原因は、ジョブ型雇用の有無にあると考えています。

 

国大協は、大学支援についての要望として、「国際水準の教育環境・研究環境の整備 」を上げています。

 

しかし、「国際水準の研究環境」には、ジョブ型雇用の採用は含まれていないようです。

 

国大協の推論エンジンは、「認知革命」以前のレベル0に止まっているようにみえます。

 

国大協は、法度制度のミームに支配されていて、反事実的思考ができないので、科学的な因果推論が出来ていないようにみえます。

 

4)残された時間

 

 国際決済銀行(BIS)が発表した2024年4月の円の実質実効為替レートは69.99(2020年=100)で、さかのぼれる1970年以来の最低の水準となっています。過去最低は1970年8月の73.45です。

 

アベノミクスが始まる前の2012年4月の実質実効為替レートは、126.39でした。

 

2012年4月を基準(100%)にすると、この12年間で、実質実効為替レートが、55.4%に減っています

 

名目円ドルレートは、2012年4月が、80.8円、2024年4月が、156.9円です。

 

2012年4月を基準(100%)にすると、この12年間で、名目レートが、51.5%に減っています

 

2012年の実質賃金指数は105.9 、名目賃金指数は98.6です。

 

2023年の実質賃金指数は98.8 、名目賃金指数は102.5です。

 

12年間で、実質賃金は、93.4%まで下がっています。

 

しかし、実質賃金は、円での評価です。

 

円の実効レートを考えて、基軸通貨であるドルで考えれば、ドル換算の実質賃金は、12年間で、半分に下がっています。

 

2024年5月の大阪市の小学校の給食がショボイと話題になりました。

 

給食の食材もエネルギーもほぼ輸入依存です.。

 

牛乳は国産ですが、飼料は輸入です。

 

2012年に比べて、実質半額の給食になっているので、ショボくなるのは、当然です。

 

2024年4月の円の実質実効為替レートは69.99は、1970年の実質実効為替レートより低いですから、給食のレベルが1970年よりダウンしても不思議ではありません。

 

2012年4月2日のTOPIXは、10,161.72円で、2024年4月1日のTOPIXは、40,646.70円です。

 

株価は、12年間で約4倍になりました。

 

この間にDXは進まず、労働生産性はあがっていません。

 

4倍のうちの半分の2倍は、円の実質実効為替レートで説明できる見かけの変化です。

 

円安になってもドル建ての輸出は増えていません。

 

円建てインバウンドが増えても、ドル換算のインバウンドに変化がありません。

 

これから、残りの2倍は、ドル換算の実質賃金が半分になることで、生じていると思われます。

 

つまり、円安による家計から企業への所得移転です。

 

2012年から、2024年の12年間で、法人税の減税と消費税の増税がありました。

 

税金には色がついていないので、これも、家計から企業への所得移転になります。

 

野口悠紀雄氏は、円安で利益を上げる大企業を日本版強欲資本主義であるといっています。

<< 引用文献

大企業の経常利益「4年で2倍」、日本版“強欲資本主義”の実態を法人企業統計で解き明かす 2024/06/20 DIAMOND 野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/345698

>>

 

佐々木融氏は、日本企業の海外投資が、円安の原因になっているといいます。

< 

2013年以降対外直接投資が急増した。円売りを伴う直接投資も、円安の原因となる。海外への生産移管が進んだ結果、円安になっても輸出が増えず、輸入が増えたので貿易収支が急速に悪化した。

<< 引用文献

コラム:円高時代の終焉、円を弱くした3つの現象と6つの出来事=佐々木融氏 2024/06/21 ロイター

https://jp.reuters.com/opinion/forex-forum/H7V2USQRCVMQDJXJX4JEAJ4E5Q-2024-06-21>>

 

海外投資は、人材の質、レイオフ(生産調整)のしやすさで日本より有利です。大学のランキングにみるように、海外の人材の質は向上しています。日本の学校は履修主義ですが、海外の学校は、習得主義です。教えなくともできるトップの人材は、どちらでも差がありませんが、その次のランクの人材は、日本人の方が劣ります。

 

金融緩和をしても、内部留保が増えるだけで、日本国内では、設備投資が増えませんでした。仮に、DXに設備投資をする場合、レイオフできなければ、投資を回収できません。これは、海外であれば容易ですが、日本では困難です。こうなると、日本国内に設備する理由はなくなります。

 

政府のDX補助金は、レイオフできないコストを回収できません。




故安倍首相は、円ドルレートが300円になれば、日本経済は復活すると主張しました。

 

アベノミクスの因果モデルは「円安(原因)=>経済成長(結果)」というものです。

 

アベノミクスは政治指導(法度制度のミーム)でつくられています。

 

もちろん、この因果モデルは、科学的に間違っています。

 

パール先生は、「社会の怒りを買う前に科学と文化をきちんと線引きした再調整が必要である」といっています。(p.286)

 

アベノミクスの円安によって、内需は破壊されてしまいました。

 

大阪市の給食はそのことを端的に示しています。

 

政府は、「賃上げで、景気の好循環」が来ると主張します。

 

「賃上げ(原因)=>経済成長(結果)」という因果モデルです。

 

これは、100%間違いです。

 

賃上げで、経済成長が実現するのであれば、どこの国でも、この政策を採用します。

 

この政策を取っている国がないことは、この政策には効果がないか、弊害があることを示しています。

 

「賃上げ(原因)=>経済成長(結果)」という因果モデルをつくることには問題はありません。

 

しかし、考えられる他の因果モデルを無視することは、科学的に間違いです。

 

また、複数の因果モデルの中から、問題のある因果モデルを消去法(ekimination)で取り除く必要があります。

 

この政策を取っている国がないことは、この政策を消去法の対象にすべきであることを示しています。

 

この政策を取っている国がない理由は、この政策には効果がなく、弊害があるからです。



生産性向上なしに、賃上げすれば、スタグフレーションがおきて、インフレが制御

できなくなります。

 

その前に、円からドルなどの外貨に資産逃避が起きて、政府は破綻します。

 

因果推論の科学は、まともな因果ダイアグラムがあることを前提にしています。

 

日本政府は、かたくなに、「生産性の向上(原因)=>経済成長(結果)」という因果モデルと市場経済を拒否しています。

 

製品が売れるために必要な条件は、高品質と低価格です。

 

経済成長に必要な条件は、ほぼ、この2つの変数に集約できます。

 

アベノミクスは、この2つの変数に影響を与えません。従って、消去法の対象になります。

 

アベノミクスの因果モデルの「円安(原因)=>経済成長(結果)」も、キシダノミクスの因果モデル「賃上げ(原因)=>経済成長(結果)」も、消去法の対象になる間違いです。

 

そもそも、法度制度のミームが生きている日本では、因果ダイアグラムの科学的な検討がなされません。

 

キシダノミクスが、尊重される理由は、総理大臣が、法度制度のトップに位置しているためです。そこには、科学的根拠のない政治主導が働いています。

 

パール先生は、<「知識」とは、推論エージェントの過去の経験の痕跡である。>といいます。(p.29)

 

「推論エージェントの過去の経験の痕跡」の質が、「知識」の質を左右します。

 

アベノミクスの因果モデルは、失敗であったという評価をして、経験を更新する必要があります。

 

日本の大学は、、「社会の怒りを買う前に科学と文化をきちんと線引きした再調整」をする立場にありながら、何もしてきませんでした。

 

国大協は、被害者のようにふるまっていますが、再調整(科学によって法度制度に制約をかける)をすることで、アベノミクスの暴走を止めることができたはずです。

 

大学には、間違った因果モデルを放置した倫理的責任があります。

 

つまり、国大協は、日本経済を破壊した加害者のリストに載っています。

 

日本政府は、かたくなに、「生産性の向上(原因)=>経済成長(結果)」という因果モデルと市場経済を拒否しています。

 

しかし、円ドルレートは経済の実態(生産性の実態)を反映しているので、介入で変えることはできません。

 

2024年6月20日に、米財務省は、日本を為替「監視リスト」に追加しました。



注1:

 

これは、シンガポールの大学の現状です。