「因果推論の科学」をめぐって(16)

注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。

 

(16) 因果推論のレンズ(1)

 

パール先生は、因果推論のレンズでものをみると理解が深まるといいます。

 

この因果推論のレンズは、2階建てです。

 

一階部分は、因果ダイアグラム(因果モデル)で考えることです。

 

この部分は主観です。

 

二階部分は、「因果推移論の科学」で述べられている客観的な方法を活用することです。

 

パール先生は、この二階部分は、強いAIが実現すれば、自動化できると考えています。

 

「因果推移論の科学」では、一階部分の因果ダイアグラムは、例がのっていますが、因果ダイアグラム自体の作り方は主観であるとして、述べられていません。

 

因果推論のレンズを使うためには、因果ダイアグラムが前提になります。

 

そこで、因果推論で考える、つまり、因果ダイアグラムを作ることを前提に考えることは、何かを、事例を通して考えてみます。

 

1)自民党総裁選挙

 

岸田首相は、アンケートでは、支持率が低いので、次の自民党内の選挙では、誰が、総裁になるかが話題になっています。識者と呼ばれる人が、過去の総裁選のデータを分析して、発言しています。これは、帰納法です。ここには因果モデルは意識されていません。

 

自民党の総裁が誰になるのかという議論は、総裁によって、日本の政治が変わるという因果モデルです。

 

政治(結果)<=自民党の総裁の選挙結果(原因)

 

しかし、この因果モデルは、間違っています。

 

政治の因果モデルの基礎は、次のはずです。

 

政治(結果)<=政策選択(原因)

 

まともな民主主義であれば、政策選択の中身は、以下の選択になります。

 

政治(結果)<=政策選択{政策1(候補1)、政策2(候補2)、政策3(候補3)、..)}(原因)

 

ところが、自民党の場合、候補者が変わっても、政策は変わりません。

 

政策の目的は「政治献金補助金のキャッシュバック構造の維持」にあるように見えます。

 

総裁になる候補によって、政治は変わるというマスコミの因果モデルは、以下です。

 

候補選択(原因)=>政策選択(結果、原因)=>政治(結果)

 

しかし、どの候補も同じ政策(共通政策)を採用する場合には、この因果モデルは成り立ちません。

 

候補選択(原因)の結果が誰でも、政策に変更はありません。

 

パーティ券問題で、その共通政策は利権の維持である可能性が高くなりました。

 

仮に、共通政策は利権の維持であったと仮定します。

 

その場合には、候補が総裁に当選してから、共通政策を実行します。

 

しかし、流石に、利権の維持の共通政策をしますと、正面切って発言することはできません。

 

候補が総裁に当選してから、実施する共通政策は、政治献金の多かった分野への補助金のキャッシュバックになります。

 

選挙結果を見て、貢献度の高い分野に、優先的に補助金をキャッシュバックすることになります。

 

貢献度の高い分野は、選挙が終わるまでわかりません。

 

ベストな方法は、選挙が終わってから、補助金を重点的にキャッシュバックする分野を決めることです。

 

つまり、総裁選が終わってから、新しい資本主義のような空き箱(ラベル)を提示します。

 

次に、補助金を重点的にキャッシュバックする分野にあわせて、骨太の方針を組み立てます。

 

重要なことは、第1にインスタンス(重点的にキャッシュバックする分野)をつくる、

第2にラベルを作る、第3に、インスタンスにあわせて、オブジェクト(骨太の方針)をつくるという順番(利権シーケンス)です。

 

選挙の時点で争点が、骨太の方針(重点課題とその解決政策)であると、当選した候補の骨太の方針にあわせて、重点的な予算配分をする必要があります。これでは、利権の裁量権がなくなるので、まずいと考えられます。

 

総裁選でも、国家議員選挙でも、自治体の首長に選挙でも、選挙後に予算の重点配分ができることを重視すれば、ロードマップを提示せずに、選挙が終るごとに、選挙後に、骨太の方針をつくる必要があります。日本の政治は、そのようになっています。

 

民主主義の選挙では、候補者が政策を提示して、政策を基準に、候補を選んで、投票することが原則です。

 

ところが、利権シーケンスを優先している場合、有権者は、政策を選択できなくなります。

 

アメリカでは、リバタリアンの政党や、候補者がいます。市場主義経済の論理で、努力して、働いたら、その成果に見合う所得を得るべきであるという論理です。

 

憲法に書かれている基本的人権は、能力を発揮するチャンスの平等を保証するものです。

 

初任給の上限を一方的に設定することは、人権無視です。リバタリアンの候補者が日本にいれば、憲法違反の年功型雇用の禁止、解雇規制の禁止、政府の市場介入(行政指導)の禁止)を政策にあげるはずです。

 

しかし、日本には、このようなリバタリアンの政策を提示する候補者はいません。

 

候補者は、与党も野党も、利権シーケンスを優先しているので、選挙時には、政策のインスタンスがありません。キャッチコピーを元にしたイメージ選挙になります。

 

さて、以上は、因果モデルの推論の例です。この因果モデルより、事実にあうよりよい因果モデルを見つけて、改訂すればよいとおもいます。筆者は、このモデルに、さほどの思い入れはありません。

 

ただし、利権シーケンスモデルは、帰納法では作れないという点は、重要です。

 

日本の研究者は、帰納法偏重なので、因果推論ができません。

 

2)ガンピオ広場

 

ガンピオ広場は、ローマの7つの丘の中で、もっとも中心に近い丘に位置しています。

 

全ての道はローマに続くと言われました。そのローマの中心ですから、ローマ帝国が力をもっていたころは、この丘は、世界の中心的な位置にありました。

 

ガンピオ広場を現在の形に、デザインした人物はミケランジェロです。

 

ガンピオ広場は、着工から完成までには、100年近くかかっていますので、ミケランジェロは、広場の完成を見ずになくなっています。

 

建築家の磯崎新氏は、つくば市の中心のセンタービルの設計をしました。

 

現在のつくばエクスプレスの計画も定かでなかった時代の設計ですが、センタービルは、都市計画上の中心になると考えられました。そこで、磯崎新氏は、センタービルの中央にあるセンター広場に、ガンピオ広場のコピーを取り込みました。もとのガンピオ広場は丘の上にありますが、センター広場はすり鉢状になっています。磯崎新氏は、センター広場にガンピオ広場の陰画を取り入れたと言えます。

 

磯崎新氏は、先年なくなりました。なくなるまえに、ドーナツ化減少があり、センタービルのテナントを探すことが困難になりました。

 

そこで、センター広場を改修する計画が出ました。そのときに、どこまでの改修が許容できるかという議論になり、磯崎新氏のアドバイスを得ています。今回の改修計画の時には、磯崎新氏は、存命でしたので、アドバイスを得ることができました。

 

しかし、次回の改修計画のときには、磯崎新氏のアドバイスは、えられません。

 

どうすべきでしょうか。

 

一方、もとの、ガンピオ広場は、ミケランジェロがなくなったからといって、建築におおきな支障はでていません。

 

ガウディのサクラダファミリアも、ガウディがなくなっても、建設の続行に大きな障害はでていません。建築技術も進歩しているので、現在のサクラダファミリアの建設法は、当初の建設法とは変更されている点もあるはずです。

 

疑問は、どうして、日本とヨーロッパでは、建築の改修や改良について、考え方が異なるのかという点にあります。

 

正解がある訳ではありませんが、筆者は、違いは、科学的な思考の有無にあると考えます。

 

設計図は、目的を達成するためのツールです。目的が達成できれば、図面の一部を修正することには問題がありません。広場(建築)は、建築自体が目的ではありません、達成したい目的(結果)があり、広場がその結果を得るためのツール(原因)の一つになります。

 

科学では、建築の実体は、ハードウェアのコンクリートにあるのではなく、図面や目的を達成する設計理念のソフトウエアにあると考えます。

 

科学の実体は、法則などのソフトウェアです。

 

議論が必要な内容は、目的とその達成評価方法になります。手段は、複数考えられ、その中からよいものを選択すればよいことになります。

 

まず、最初に目的の議論をして、目的の共通化を図ります。

 

建築は目的を達成するための手段です。

 

最初に、目的を明確にしないと、検討がスタートしません。

 

給食を無償化する場合、「給食の無償化」は手段にすぎません。

 

筆者は、「給食の無償化」の目的も、政策目標の達成度評価も聞いたことがありません。

 

目的の設定なしに、手段の選択はできません。

 

目的の設定なしに、政策評価はできません。

 

政府は、2%のインフレが目標であると主張します。

 

しかし、その後で、政府は、インフレになれば、経済成長するといいます。

 

インフレ=>経済成功

 

経済成長の方が、パス図のあとにきます。結果は、インフレでなく、経済成長です。

 

インフレは、媒介変数の候補です。

 

媒介変数(インフレ)には、効果があるのでしょうか。

 

媒介変数の効果を算定する方法は、「因果推論の科学」の第9章「媒介」に書かれています。

 

テキストにしたがって計算をすれば、インフレの媒介変数に効果があるかは判定できます。

 

インフレ政策目標が正しいか間違っているかは、計算すればわかります。

 

ジャック・ハフナーシュ氏は、次のように言っています。

 

「社会科学の専門家の多くは、インプットとアウトプットに関しては意見が一致しています。しかし、その間にあるメカニズムについてはそうではありません」(p.504)

 

この文章は、媒介について書かれています。「その間にあるメカニズム」は、媒介をさします。インプットは、原因の候補、アウトプットは、結果の候補であると思われます。

 

日本では、社会科学の専門家は、インプットとアウトプットに関しては意見が一致していません。それどころか、アウトプット(政策目標)の議論すらできていません。

 

少子化対策のアウトプット(政策目標)は何かすら明らかではありません。

 

経済政策のアウトプット(政策目標)は何かについて、意見が分かれています。

 

文系の議論は、破綻しています。数学なしに、科学的な議論はできません。

 

3)マイナンバーカード

 

マイナンバーカードのような情報システムでは、全体のインターフェースとモジュールの設計がシステムの機能と安全性を決めます。

 

この基本設計の時点で、どのようなモジュールには、そのようなメリットがあるかがあきらかになり、ロードマップが公開されます。公開されたインターフェースとロードマップにあわせて、関連するモジュールを民間企業が開発すれば、膨大な波及効果が生じます。

 

現在のマインバーカーの開発は、利権シーケンスにしがっているので、このような基本が出来ていません。

 

利権シーケンスにしがって、マイナンバーカードを開発すれば、経済効果がないだけでなく、かならず、大事故が起こります。

 

DXの最大の障害は、利権シーケンスにあるともいえます。