本音と建前

(継続性の誤りを考えます)

 

1)表と裏

 

英語版ウィキペディアには「(本音と建前)の区別は戦後になってから行われ始めました」 と書かれています。

 

この説明の出典は、Doi, T. (1986). The anatomy of self: The individual versus society (M. A. Harbison, Trans.). Tokyo: Kodansha Internationalです。元の日本版は、土居 健郎著「表と裏」( 弘文堂、1985)です。

 

精神科医精神分析学者の土居健郎氏は、1971年にベストセラーになった代表的な日本人論の一つである「「甘え」の構造」で知られています。

 

この本は、精神分析学者の土居健郎氏が、1950年代の米国留学時に受けたカルチャーショックをもとに日本を把握しようとした試みと言われています。

 

土居健郎氏は、1971年に出版された「依存の解剖学」(The Anatomy of Dependence、「甘え」の構造)という著作で、現代の日本社会について影響力のある説明を行いました。この著作では、精神分析学の概念と理論をつかい、甘え(理解され、世話をしてもらいたいという個人の生来の欲求を示す内なる感情や行動)に焦点を当てています。

 

1986年に、土居健郎氏は著書「自己の解剖学」(The Anatomy of Self、表と裏)を出版し、これまでの甘えの概念の分析をさらに発展させ、本音と建前(内なる感情と公の場での表現)の区別をより深く検討しました。改訂した概念は、ウチ(家)とソト(外)、あるいは、表(前)と裏(後)であり、土居健郎氏はは、これらの構成要素が日本人の精神と日本社会を理解するために重要であると主張しました。

 

エドワード・T・ホール氏(Edward Twitchell Hall, Jr)は、「建前と本音を明確に表現する必要があるのは、この概念が日本にとって比較的新しいことの証拠である」といいます。

 

その理由は、他の多くの文化では、建前と本音の暗黙の理解の概念は、より深く内面化され、表にでないからです。

 

ホール氏は、「建前と本音を明確に表現する」点に、日本の特異性があると考えています。

 

つまり、1945年に起こった大きな変化(終戦に伴う何か、原因)が、「建前と本音を明確に表現する」必要性(結果)を生み出したと推測できます。

 

ここで、アブダクションを行ない、原因を探します。

 

2)アメリカの文化

 

1945年に、日本人の精神に大きな不連続がおこります。

 

天皇制の否定と民主主義の導入です。

 

精神分析学者の土居健郎氏は、1950年代の米国留学時にカルチャーショックを受けています。

 

これは、アメリカの精神文化(民主主義、人権、個人主義)が、米国留学前の土居健郎氏には浸透していなかったことを示しています。

明治時代に憲法が発布されたとき、「絹布(けんぷ)の法被(はっぴ)」が配られると人々が勘違いして騒ぎになりました。

 

GHQの指導で作成された新憲法が、「絹布の法被」の時より、正しく理解されたと期待することはできません。

 

憲法は、人権宣言の思想を引いていますので、個人主義であって、集団守護ではありません。

 

憲法を理解するためには、個人主義と人権思想を理解できている必要があります。

 

これは、非常に高いハードルであり、土居健郎氏が、1950年代の米国留学時にカルチャーショックを受けたことは、土居健郎氏をもってしても、一部のハードルを越えられなかったことを示しています。

 

天皇制が否定されたことは、簡単に理解できます。

 

しかし、天皇制に替わるルールの個人主義と人権思想を理解するには、学習または教育が必要です。その一部は、アメリカの公教育のカリキュラムを構成しています。

 

3)新憲法の順守

 

憲法ができたので、関連法規は、新憲法に合わせて改訂される必要があります。

 

データサイエンスの例でいえば、今まで、COBOL(旧憲法)で、システムを組んでいたとします。

 

現在ではAI技術の発達によってPythonが注目され、高い人気を持つJavaScriptのシェアが増えています。さらに、JavaScriptの後継のTypeScriptもあります。

 

ここでは、新システムは、生産性の高いPython(新憲法)を使うという決定がなされたとします。

 

この決定がなされれば、既存のアプリは、順次、Python言語に移植されねばなりません。

 

継続性を優先して、COBOL(旧憲法)にこだわっている金融機関は、メンテナンスができなくなっています。

 

つまり、新憲法の導入に伴い、関連法(データサイエンスのアプリ)の改訂と移植がどの程度進んだかを検討する必要があります。

 

憲法は、1946年(昭和21年)11月3日に公布され、1947年(昭和22年)5月3日に施行されています。

 

以下では、「らい予防法」を例にします。

 

1907年(明40年)に、「らい予防に関する件」が制定され、患者を隔離するようになります。

 

1931年(昭和6年)に、全てのハンセン病患者を隔離の対象とし生涯施設に入所させる「らい予防法」が制定されました。

 

1996年(平成8年)に「らい予防法」が廃止され、療養所への入所施策はなくなりました。

 

これから、「らい予防法」が、新憲法に合わせて、廃止されるまでには、49年のタイムラグがあります。

 

「らい予防法」は、隔離された患者とその支援者が声をあげて、廃止に至りました。

 

患者とその支援者が声をあげなければ、「らい予防法」は放置されたと思われます。

 

日本政府には、個別法と憲法をクロスチェックするシステムが欠けています。

 

つまり、「らい予防法」と同様に、多くの個別法は、新憲法の人権思想に対立する、旧憲法のルールのまま、残っている可能性が高いと考えられます。

 

パーティ券問題では、検察は、「共謀」を立証できなかったと説明しています。

 

共謀は、旧憲法のもとで、特別高等警察の活動を支えるために作られています。

 

「共謀」は、観測できないで、冤罪をつくることができます。

 

2023年7月1日より改正「中華人民共和国反間諜法」(以下「反スパイ法」または「新法」)が施行されました。

 

日本では、この法律は、冤罪を生み出すとして批判されています。

 

「共謀」は、戦前は、冤罪を生み出すツールでした。

 

憲法の人権ルールでは、思想信仰の自由がありますので、「共謀」が、違法な結果を生み出さない限り、「共謀」自体は、犯罪ではありません。

 

これから、パーティ券問題では、検察は、旧憲法のルールに従って、作成された法律に従って、捜査をしていることがわかります。

 

政治資金規正法(昭和二十三年法律第百九十四号)には、共謀という文字はありません。

第六章 罰則

第二十三条 政治団体が第八条の規定に違反して寄附を受け又は支出をしたときは、当該政治団体の役職員又は構成員として当該違反行為をした者は、五年以下の禁錮又は百万円以下の罰金に処する。

 

「当該政治団体の役職員又は構成員として当該違反行為をした者」と書かれていますから、普通に読めば、第1に責任をとるのは、「当該政治団体の役職員」であり、「構成員として当該違反行為をした者」が、第2の該当者になります。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC1000000194_20220617_504AC0000000068

 

4)本音と建前のルーツ

 

以上のアブダクションから、本音と建前のルーツは、新憲法にあると推測できます。

 

個別法の多くは、旧憲法を引いています。

 

その結果、個別法の運用は、旧憲法のルールを使っています。

 

「らい予防法」の廃止のように、少数の個別法が新憲法のルールに従っていますが、これは、例外です。

 

以上から、次の本音と建前が、導かれます。

 

憲法のルール=建前

 

憲法のルール=本音

 

水林章氏は、日本には、天皇制を中心とした法度制度(文化の国)が、日本語を介して生き残ってきたと考えます。

 

しかし、旧憲法のルール(法度制度)が、法律として生きていれば、法度制度が生き残っている原因を日本語の問題に遡る必要はありません。

 

男女雇用機会均等(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律、昭和四十七年法律第百十三号)には、次のように書かれています。

 

「第一条 この法律は、法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに、女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することを目的とする」

 

男女雇用機会均等は、新憲法のルール(=建前)で出来ています。

 

一方では、旧憲法のルール(=本音)が残っている法律もあります。

 

法律の継続性を優先すれば、後者(本音)が優先し、前者(建前)は形骸化します。

 

これが、男女雇用機会均等が機能しない原因と思われます。



5)DX時代の法治国家

 

カナダでは、AIが、弁護士をサポートしています。

 

AIが法律事務をサポートする場合には、2種類のアルゴリズムを使います。

 

第1は、法律の文面に従って、キーワードを分類して、対象ケースに対応する法律を抽出するアルゴリズムです。

 

第2は、キーワードなどから、パターンマッチングするアルゴリズムです。

 

どちらのアルゴリズムも、観測可能なキーワードを入力データとして、アプリが動きます。

 

これは、「共謀」のように観測可能ではない処理をAIができないことを意味します。

 

「共謀」について、AIは、人間の法律家のような判断ができませんが、これは、AIがまちがっているのではなく、法律の体系が、エビデンスに基づかない冤罪を生む問題点を抱えていることを示唆しています。

 

法律の文面に従って、キーワードを分類して、対象ケースに対応する法律を抽出するアルゴリズムを作ることが出来ない法律もあります。

 

これは、データサイエンティストには、信じがたいことですが、一部の法律の文面からは、複数の矛盾するアルゴリズムが得られます。



現在の法律は、継続性を優先して、COBOL(旧憲法)にこだわっているシステムになっています。

 

個別法のクロスチェックとバージョンアップをしない限り、DXはできないと思われます。

 

法律に合わせてDXを行なうことはできませんので、DXに合わせて、法律を改訂する必要があります。

 

この過程で、旧憲法のルールがなくなれば、本音と建前の区別も不要になると思われます。