アブダクションとデザイン思考(10)ダイハツ問題とドキュメンタリズム

ダイハツ問題を例に、ドキュメンタリズムの問題点を考察します)

 

1)ダイハツの問題

 

乗りものニュースによると、問題は以下です。(筆者要約)

 

ダイハツ工業(奥平総一郎社長)は2023年12月20日、不正行為を調査する調査委員会(委員長=貝阿彌誠弁護士)の結果を公表しました。安全性能の認証試験25項目で、175の不正がありました。その結果、生産されている全てのダイハツ開発車種の出荷が一旦停止になりました。

 

 不正があった車種は、ダイハツブランドのほか、トヨタマツダ、スバルへOEM供給する車種も含まれ、64車種・3エンジンに及んでいます。

 

 64車種には18車種の生産終了車も含まれています。現行生産車は2014年から2021年12月に販売開始されたの6車種です。

 

 不正は、2023年4月28日に海外市場向け車両で側面衝突試験の認証不正で見つかります。その後、国内向け車両のポール側面衝突試験に不正見つかり、調査委員会が調査していました。

 

 調査委員会は不正の関与について「現場を担当する主に係長級のグループリーダーまでの関与が認められるにとどまり(略)、ダイハツが組織的に不正行為を実行・継続したことを示唆する事実は認められなかった」と断言しました。

 

その一方で、

「安全性能担当部署及び法規認証室以外の者には『認証試験は合格して当たり前。不合格となって開発、販売のスケジュールを変更するなどということはありえない』というような考え方が強く...」

「不正行為に関与した担当者は、やむにやまれぬ状況に追い込まれて不正行為に及んだごく普通の従業員である」

 と、不正の原因を分析しました。

 

(乗り物ニュースは、次の様にコメントしています。筆者注)

 

 ただ、報告書が記す同社の不正行為は、かなりずさんなものです。一部を抜粋します。

 

「運転席側の試験を実施する時間的余裕がなく、試験成績書には運転席側の試験結果として虚偽の数値を記載して、認証試験を行った」

「届出試験の時点ではエアバッグECU(電子制御装置)が開発されていない段階であったため、タイマーにより作動するように試験依頼表を作成した」

 

 調査委員会が行った12月20日の会見では、報告書で1989年から不正が長年行われており、管理職や経営幹部が知らなかったというのは「調査結果は甘いのではないか」という質問が出されました。

<< 引用文献

ダイハツ不正は「30年以上前から」 国内外・全車種出荷停止の窮地に 「ごく普通の従業員」が手を染めて 2023/12/20 乗りものニュース

https://trafficnews.jp/post/130055

>>

 

乗りものニュースは、 「調査結果は甘いのではないか」という質問がを引用しています。確かに結論については、そのとおりかも知れません。

 

しかし、SmartFLASHが、伝える報告書の内容は、想像を絶するものです。(筆要約)

 

 

 

左側の衝突試験しかおこなっていないのに、右側の衝突試験もおこなったと架空の試験結果を報告する。

 

本来は衝突時に自動で作動するはずのエアバッグにタイマーを仕込んで試験をクリアしようとする。



《職場風土として、『できない』が言えない》

 

《相談しても「どうする?自分で考えろ」が多く、相談にならない》

 

《内部通報を行っても、監査部が直接事実確認する事は無く、当該部署の部長・室長・GL に確認の連絡が行くのみで、隠ぺいされるか、通報者の犯人探しが始まるだけ》

<< 引用文献

「はよ潰れろ」ダイハツ工業の不正問題「『できない』が言えない」「内部通報の犯人探し」報告書に記された衝撃の“ブラックすぎる”職場 2023/12/20 SmartFLASH

https://smart-flash.jp/sociopolitics/266352/1/1/

>>

 

2)ドキュメンタリズムとは何か

 

ドキュメンタリズムとは、文書形式主義を言います。

 

文書(文字、記号)は対象のインスタンスを代表するオブジェクトであって、インスタンスとの対応関係には、曖昧さがあります。

 

ウクライナでは、戦闘のインスタンスがあります。このインスタンスに対してウクライナは戦争という単語(オブジェクト)を対応させていますが、ロシアは、ウクライナはロシアの一部であって、戦闘には、内戦という単語(オブジェクト)を当てます。

 

オブジェクトのレベルでは、どちらの主張が妥当かの判断はできません。

 

内戦か、戦争かは、各々の単語が含んでいるインスタンスを調べて、始めて、判断できます。

 

デザイン思考には、設計思想があります。完全な設計図はあり得ませんが、設計思想を基準にすれば、より良い設計図を作ったり、選択することができます。

 

このように、完全はありえないので、段階的に改善を進めるアイデアが、科学とプラグマティズム(科学を目指した哲学的な伝統)に、共通しています。

 

さて、デザイン思考に基づけば、経営の中心は設計図になると申し上げました。

 

自動車を作るときには、部品を作り、作った部品を組みたてる設計図をつくります。

 

この部品の組み立ては、ラインで労働者が行います。

 

つまり、組み立てラインの設計図、労働者の配置に設計図も必要です。

 

部品を社外から調達するには、その設計図も必要です。

 

部品や完成品には、かならず不良品が含まれます。

 

サンプルをとって、オフジェクトとインスタンスが一致しない場合のチェックが必要です。

 

不利良品の発生率には、材料の品質と加工機械の工作精度が関係します。

 

予算には限度がありますので、不良品の発生を調べて、全体の歩留まり低下に最も効いているプロセスの加工機械をより高価で性能の良いものに入れ替えます。

 

自動車の設計思想は、十分な速度、安全性、快適性、耐久性、低い故障率、メンテナンスの容易性等の条件を満たした自動車の製造販売です。

 

設計思想は、哲学のような形而上学でありません。以上の項目は、全て数値化されて検討されているはずです。

 

これは、連立方程式をたてて、最適化を求める数学の問題で、計算数学(データサイエンス)の進歩によって、2000年頃には、パソコンで解くことが可能になりました。

 

つまり、前世紀であれば、式が立てられても解くことのできない問題に対しては、経験やカンがモノをいいました。

 

しかし、今世紀に入って、経営の設計図問題は、データサイエンスで解決可能な問題になりました。

 

良い設計図は、時代の環境に合わせて、常に、バージョンアップ、あるいは、チューニングする必要があります。

 

経営者には、経営の良い設計図をかける能力が必要です。また、設計には、明確な設計思想が必要です。

 

ダイハツに、「安全性能の認証試験25項目で、175の不正がありました」ということは、安全な自動車を、消費者に提供するという設計思想がなかったことを意味します。

 

認証試験の合格証があればよいという発想は、典型的なドキュメンタリズムです。

 

大学の入学試験を例にすれば、裏口でも、何でも合格できて、卒業証書があればよいという発想がドキュメンタリズムになります。

 

文部科学省が進める現在の習得主義を否定した履修主義は、典型的なドキュメンタリズムです。

 

正規に入学した大学生が、卒業証書があれば、勉強は最小限にしたいと考えるのは、文部科学省の指導にも原因があります。

 

さらに、新卒一括採用や、年功型雇用の企業は、ドキュメンタリズムでしか人事ができなくなっています。つまり、ドキュメンタリズムは、企業文化の一部になっています。

 

自動車メーカーの本来の目的(設計思想)は、認証試験の合格証をとることではありません。認証試験があろうが、なかろうが、コストが変わらないのであれば、その時点で、最も安全な自動車を消費者に提供することが、目的(設計思想)のはずです。

 

少なくとも、問題をデザイン思考で、整理すればこうなります。

 

自動車の表面を磨き上げてぴかぴかにするために、必要なコストと時間が、自動車の安全性の確保するために、必要なコストと時間に優先することがあれば、それは、設計思想の間違いです。

 

3)経営の設計図の責任

 

既に、紹介したように、

 調査委員会は不正の関与について「現場を担当する主に係長級のグループリーダーまでの関与が認められるにとどまり(略)、ダイハツが組織的に不正行為を実行・継続したことを示唆する事実は認められなかった」と断言しました。

 

デザイン思考では、経営陣の経営の設計図の間違いの責任は、経営陣にあります。

 

経営陣は、「現場で問題点があったときに、エビデンスがフィードバックする経営の仕組み(設計図)をつくることができます。

 

例えば、ネットでは、非正規社員が増えたため、安全性試験に時間がかかるようになったことを原因のひとつにあげている人もいます。「非正規社員を雇用するか、正規社員で対応するか、非正規社員を採用した場合には、十分なトレーニングをするか」などは、経営の設計図の問題です。

 

ダイハツは、組織的に不正行為を実行・継続するために作られた会社ではありません。

 

調査委員会は、「組織的に不正行為を実行・継続した」ことがないといいますが、この条件があてはまるのは、暴力団だけでしょう。

 

企業弁護士は、企業や経営者が裁判で敗訴しないために、雇われています。

 

調査委員会の弁護士は、ダイハツに雇われている訳ではありません。その点では、第3者です。しかし、他の企業から、企業や経営者が裁判で敗訴しないために、雇われている可能性があります。

 

ダイハツも、企業や経営者が裁判で敗訴しないために、弁護士を雇っているはずです。

 

調査委員会が、ダイハツの経営者に責任があるという結論を出せば、企業や経営者が裁判で敗訴しないために、弁護士を雇っている企業は、この方法がかならずしも、有効ではないと判断します。

 

つまり、弁護士の選別を始めます。

 

この点を考えれば、調査委員会の弁護士は、明らかに利害関係者です。

 

国土交通省は、ダイハツに行政指導をすると思いますが、ダイハツもまた、国土交通省の関係者の天下りを受け入れている可能性があります。

 

天下りを受け入れるメリットは、訴訟になるまえに、行政指導で止まるだろうという判断にあります。

 

国土交通省も、天下りの維持のために、経営責任を回避したい利害関係者です。



アメリカのように違法行為に訴訟で対応する社会では、ダイハツ工業の自動車の実際の安全性がカタログよりも低かったことが原因で死亡した事例があれば、賠償責任が生じます。

 

実際に裁判が始まって、勝ち目がないと判断されれば、判決が出るまえに、株主は、株式を売却して、株価の暴落が起こります。

 

この場合には、残った株主から、株主訴訟を起こされるでしょう。

 

12月20日に、トヨタは、米国で約100万台のリコールを実施すると発表しました。

 

ダイハツの不正も12月20日に表面化したので、2つの要因の分離はできませんが、ロイターは次のように述べています。

[東京 21日 ロイター] - トヨタ自動車(7203.T)株が急落している。傘下のダイハツ工業が20日、国内外で販売する全車種の出荷を一時停止すると発表したことを受けて売りが先行し、一時5%超安に下落した。一方、軽自動車でダイハツと競合するスズキ(7269.T)は逆行高となり「漁夫の利」の思惑が浮上した。

野村証券の桾本将隆リサーチアナリストは20日付けレポートで「トヨタの業績への影響は限定的」と指摘。仮にダイハツが1か月生産を停止して12万台減産すると、トヨタ自動車の売上高は2400億円減少し、サプライヤーへの補償を含め、営業利益は1000億円─1500億円減少すると試算している。

<< 引用文献

トヨタが一時5%安、ダイハツの出荷停止を嫌気 スズキに「漁夫の利」思惑も 2023/12/21 ロイター 平田紀之、佐古田麻優

https://jp.reuters.com/business/autos/5S6N6CY33ZOZ3PKBDHR6J6FLRY-2023-12-21/

>>

 

ここで、桾本将隆氏が述べているのは、生産中止による直接的な影響だけです。

 

ブランドイメージの低下に伴う販売減少、訴訟は勘案されていません。

 

訴訟や賠償費用を、ダイハツが、払いきれない場合には、その請求は、トヨタに及ぶ可能性もあります。

 

トヨタは、状況によっては、子会社のダイハツを切り離すべきです。

 

2023年12月21日現在、ダイハツは、出荷停止になっていますが、販売停止にはなっていません。

 

つまり、安全性不足で、訴訟されるリスクを考えていません。

 

行政指導に慣れきっていると、こうしたリスクを評価した経営ができません。

 

実際に、ビッグモーターを買いたいという大企業もいます。

 

ダイハツの前の経営者が、訴訟を起こされる可能性もありえます。

 

アメリカでは、ドナルド・トランプ前大統領の顧問弁護士だったルディ・ジュリアーニニューヨーク市長が2020年大統領選の開票作業をめぐり、ジョージア州の選挙管理職員が不正を行ったと主張し名誉毀損(きそん)で訴えられた裁判で、首都ワシントンの連邦地裁の陪審は15日、選挙職員2人に計1億4800ドル(約210億円)を支払うよう、ジュリアーニ弁護士に命じています。

 

<< 引用文献

ジュリアーニ弁護士に210億円の賠償命令 大統領選めぐり選挙管理職員の名誉毀損 2023/12/16 BBC News ブランドン・ドレノン

https://www.bbc.com/japanese/67735756

>>

 

このほどの大規模な不正に対して、訴訟がゼロであれば、アメリカ人は、日本は、民主主義でも、資本主義でもないと感じると思います。

 

4)MRJの問題

 

十分な情報が得られているわけはありませんが、筆者には、MRJの失敗も、デザイン思考を無視したドキュメンタリズムがあるように見えます。

 

型式証明は、安全性を確保するための手続きです。

 

書類を作ればよいという考え方は、デザイン思想とは相容れない、ドキュメンタリズムです。

 

説明は、省略しますが、以下のテレビ朝日の記事を、以上のデザイン思考で経営の設計図をつくる視点で、読んでいただけば、筆者の疑問は理解できると思います。

 

MRJの計画が破綻した原因は「たった1枚の書類のため」です。三菱航空機の元社長、川井昭陽氏に話を聞きました。

 

三菱航空機 川井昭陽 元社長:

「これ(画像)が型式証明ですね。この1枚を取るために皆さん苦労しました」

 

三菱航空機の元社長・川井昭陽氏がテレビ愛知の取材で「技術者が言うことを聞いてくれなかった」「技術者は自分たちでやりますという態度で、うぬぼれがあった」と発言。

 

近畿大学情報学研究所所長の夏野剛氏は、今の経営者は責任を負えていないと指摘した。夏野氏は「日本企業の社長は何年かで交代する。社員は内輪で社長には決定権がない」と説明。今回の国家的プロジェクトの失敗が、日本の典型的体質だったのではないかと持論を展開した。

<< 引用文献

スペースジェット開発中止 「技術者のうぬぼれが原因」 社長が責任を負えない、日本企業の体質が影響か  2023/12/06 テレビ朝日

https://news.yahoo.co.jp/articles/fb3a75a37425a8fab48e4acf92ea4ce986a84543

>>

 

5)日本株式会社の終わり

 

天下りを受け入れて、訴訟を行政指導に切り替えたり、弁護士のコミュニティの利害関係をつかって、経営責任を回避する方法は、日本国内でしか通用しません。

 

欧米の経営者は、利害関係者を排除して、卒業大学の同窓会に関係なく、経営の設計図のコンペを行ない、有鬚な経営者を採用して、株主利益を最大化しています。

 

卒業大学の同窓会は、就職斡旋には有効ですが、副専攻をとっていることもあり、単純な縦割りではありません。

 

経営の設計図の評価は、データサイエンスを使えば、ある程度は、確率のスコアでも比較できます。

 

加谷 珪一氏は、東証の改革に、耐えられずに、株式上場を廃止する企業について、次のようにいっています。(筆者要約)

各国の株式市場は、市場の飽くなき利益追求のために、一連の環境変化に耐えられない企業に対して、上場基準の厳格化によって、市場からの退出を強く促している。

 

東証には2000社以上の企業が上場しているが、1社あたりの時価総額ニューヨーク証券取引所の5分の1で、グローバルな投資家の投資対象になるこの企業規模ではない。

 

日本市場が投資家から見向きもされなくなって、過去10年に日本の大手企業が海外の投資ファンドの投資対象から外れている。

 

東証の市場改革の狙いは、上場基準を厳しくすることで企業の経営改革を促すことである。だが、そこまでの改革を望まない企業が、自ら上場廃止を選択する流れが強まっているように見える。

 

自ら上場廃止を選択するという選択は、企業の経営改革を回避する手段になっている。

 

もし、企業が、上場基準の厳しさを理由に上場廃止を選択した場合、その企業は、今後、グローバル市場で成長する意思がないと見なされるだろう。

<< 引用文献

大手企業が次々と「上場廃止」を選択する深いワケ…「世界から見向きされない市場」は東証改革でどう変わるか 2023/12/20 現代ビジネス 加谷 珪一

https://gendai.media/articles/-/120985

>>

 

6)付録:リスクの評価

 

恐らく、国内では、訴訟になる前に、行政指導によるグレーな解決が図られると思われます。

 

一方、4月28日に見つかった、海外市場向けモデル4車種の認証申請における不正行為には、安全性の面で訴訟されるリスクがあるのでしょうか。

 

実際に販売された自動車は、次の2種です。

 

トヨタ・ヤリス エイティブ

 

    生産開始時期 2022年8月

    生産国 タイ

    仕向け地 タイ、GCCUAEサウジアラビアオマーンバーレーンカタールクウェート)、メキシコ他

    累計販売台数 7万6289台

 

プロドゥア・アジア

 

    生産開始時期 2023年2月

    生産国 マレーシア

    仕向け地 マレーシア

    累計販売台数 1万1834台

生産台数と販売国(仕向け地)から、トヨタ・ヤリス エイティブは、訴訟リスクを持っています。

 

タイは、生産国ですので、余り厳しい訴訟にならないと思いますが、GCCとメキシコ他

にはリスクがあります。

 

不正の具体的な内容についてダイハツは、側面衝突試験に用いた車両に対して、前席ドアの内張り(ドアトリム)部品の内部に不正な加工(切り込み加工)を加え、認証を受けやすくしたといいます。

 

ただし、この不正によって安全性にどのような影響が生じるかについては述べられていません。

 

また、4月28日の会見では、「ダイハツ工業の奥平総一郎社長、およびくるま開発本部の寺前英樹本部長が登壇して、社内調査により、他の認証項目や、国内販売モデルを含む他車種においては、今のところ不正は確認されていないと説明」しています。

 

しかし、その後、大規模な不正が見つかっていますので、2023年12月時点では、「不正な加工(切り込み加工)」だけが問題であると断定できません。

 

<< 引用文献

ダイハツの海外向けモデルで不正が発覚 非正規の部品を使って側面衝突試験を実施 2028/04/28 WebCG

https://www.webcg.net/articles/-/48203

 

側面衝突試験の認証申請における当社の不正行為について 2023/04/28 ダイハツ

https://www.daihatsu.com/jp/news/2023/20230428-3.html

>>