1)夜と霧
「夜と霧」は、1946年に出版されたヴィクトール・フランクル氏による書籍です。第二次世界大戦中にナチスの強制収容所に収監された経験をもとに、ロゴセラピーという人生の目的を明確にし、その実現に向けた理療法を紹介しています。
ネルソン・マンデラ氏は、若くして反アパルトヘイト運動に身を投じ、1964年に国家反逆罪で終身刑の判決を受けます。27年間に及ぶ獄中生活の後、1990年に釈放され、翌1991年にアフリカ民族会議(ANC)の議長に就任します。当時の大統領フレデリック・デクラーク氏とアパルトヘイト撤廃に尽力し、1993年にデクラーク氏と共にノーベル平和賞を受賞します。1994年、普通選挙を経て大統領に就任します。
マンデラ氏も、フランクル氏、明確な人生の目的を持っていたと思われます。
人は、人生の目的があれば、逆境に耐えることができます。
一般人は、そこまで、強烈な人生の目的をもつことはありません。
とはいえ、今日よりも、明日が良くなるという希望は、貧困ラインに近づき、生活が苦しくなったときに、逆境に耐えるために、必要だと思われます。
筆者は、形而上学を論ずるつもりはありませんが、認知科学や脳科学の問題は避けられません。
今日よりも、明日が良くなるという希望が、なくなれば、モチベーションが下がり、リスキリングはしませんし、生産性もあがりません。
日本人は、国際比較では、就職後のリスキリングする人の割合が、最も少なくなっています。
アブダプションを使って、因果モデルを考えれば、就職後にリスキリングしない理由は、リスキリングしても、今日よりも、明日が良くなるという希望がもてないからだと思われます。
マスコミには、どの大学の卒業か、どの会社の給与が高いか、どのポストの給与はいくらかといった記事にあふれています。一方では、高学歴ワーキングプアがあふれています。
基本的に高学歴者は学習能力が高いですが、高学歴は、科学的に高いスキルを意味しません。
高学歴ワーキングプアの人は、エンジニアのスキルをもっていない可能性があります。
エンジニアのスキルが、生産性向上に繋がり、経済成長の原動力になるという仮説は、C・P・スノー氏、鄧小平氏、エマニュエル・トッド氏などが主張している一般的な見解です。
ジョブ型雇用で、給与がエンジニアのスキルに、比例するのであれば、エンジニアのスキルをもっていない高学歴ワーキングプアが出ることは、問題ではありません。
高学歴の人の給与をあげるには、エンジニアのスキルをリスキリングしてもらえば良いことになります。
問題は、どのようなスキルが、所得に結びつくかを明示できていない社会システムにあります。
そのような社会システムでは、リスキリングが起こりません。
リスキリングすれば、所得が増えるというのは、リスキリングすれば、今日よりも、明日が良くなるという希望です。
大学の卒業、会社、ポストなどの肩書で、給与が決まる世界では、リスキリングには価値がなく、今日よりも、明日が良くなるという希望のない社会です。
ジャック・マー ( Jack Ma、馬 雲)氏は、中国本土の起業家で初めて「フォーブス」に名前が掲載された世界有数の企業家です。マー氏は、ゼロからビジネスを起こした起業家です。
マー氏のような起業家が出る条件は、社会に、肩書がなくとも、努力やリスキリングで、今日よりも、明日が良くなるという希望があることです。
1976年に、鄧小平氏は、市場経済を受け入れる社会主義を作り上げました。
市場経済は、生産性の向上と賃金の上昇に結びつきました。
マー氏は、その時代の申し子です。
習近平政権下では、市場経済優先が放棄され、最近では、起業家が激減しています。
中国には、マー氏の時代の起業家が多数いますが、日本にはほとんどいません。これは、中国には、今日よりも、明日が良くなるという希望があるのに対して、日本にはその希望がない可能性を示しています。
高学歴ワーキングプアがおかしいと考える社会は、肩書がなければ、収入が増えないと考える人が多い社会です。
つまり、肩書がなくとも、今日よりも、明日が良くなるという希望のない社会です。
このような社会では、起業家は出てきません。
政府は、起業家のために、補助金を配布しています。
しかし、起業家に必要な条件は、今日よりも、明日が良くなるという希望です。必要な経費を調達する手段には、クラウドファンディングなどの選択肢があります。
政府の補助金は、使途の自由度が低いので敢えてもらわないという起業家もいます。
婚姻率が下がって、少子化が止まりません。
その主な要因は、若年層の所得が低いことにあると分析されています。
しかし、今日よりも、明日が良くなるという希望があれば。低所得は問題にはなりません。
1960年代の日本は、一人あたりGDPは現在より低かったですが、婚姻率は問題になりませんでした。
結婚時点での所得が低くても、将来の所得が増えるという希望があれば、低所得は、結婚の障害にはなりません。
現在の若年層で、非正規雇用の人の場合、現代の所得が低いだけでなく、将来の所得が増えるという展望が持てません。
今日よりも、明日が良くなるという希望がもてません。
その結果、婚姻率はあがりません。
人口減少(結果)の原因を考えて、対策を講ずる必要があります。
年金は、インフレに伴い実質削減のルールになっています。
年金だけが収入の高齢者には、今日よりも、明日が良くなるという希望がありません。
金額の大きさよりも、年金以外の収入が得られるという希望のないことが問題です。
政府は、大企業向けの定年の延長を検討するだけで、高齢者には、まともなジョブ型の労働市場がありません。
若年層には、将来の年金負担が増額するように見えます。一方、予定される受取額は減少する見込みです。
これは、今日よりも、明日が、確実に悪くなるという予測ですから、希望が持てません。
政府は、NISAを拡大することで、老後の面倒は自分で見ろといいます。
老後の面倒を自分が見るのであれば、若年層は、受取額より、支払額が多くなる国民年金には、入りたくないのが本音でしょう。
国民年金には、今日よりも、明日が良くなるという希望がなく、破綻しています。
今日よりも、明日が良くなるという希望は、形而上学ではなく、ビジョンの問題です。
今日よりも、明日が良くなるという希望がもてないことは、政府も、政治家も、学会も、ビジョンを描けていないことを意味します。
筆者は、ビジョンとは、今日よりも、明日が良くなるという希望を実現するロードマップであると考えます。
今日よりも、明日が良くなるという希望のない社会は、不幸な社会だと思います。
今日よりも、明日が良くなるという希望について、考えることは重要です。
参考:
2023年4月26日に、経団連は、「サステイナブルな資本主義に向けた好循環の実現」という検討会資料を公開しています。
ここで書かれていることは、単なる願望に過ぎません。
例えば、P.5には、「円滑な労働移動の推進」と書かれていますが、これを実現する原因には触れられていませんので、科学の因果モデルで検討されていないことがわかります。
因果モデルで考えれば、年功型雇用をやめて、解雇規制を解除しなければ、「円滑な労働移動の推進」はできませんが、その点には触れられていません。
また、経済成長や賃金上昇が述べられていますが、生産性については、触れられていません。
つまり、経済成長や賃金上昇は願望に過ぎません。
ここには、具体的な対策はなく、経済成長ウォシングや、賃金上昇ウォシングになっています。
経団連は、過去30年間、経済成長と賃金上昇ができなかった政府の経済運営に合格点をつけていますので、経済成長よりも、法人税の減税と補助金の獲得に関心があるように見えます。
「サステイナブルな資本主義に向けた好循環の実現」は、今日よりも、明日が良くなるという希望とは、かけ離れています。
引用文献