(2022年の日本には、セイの法則は成り立たちません)
マクロの経済活動は総需要と総供給の均衡によって決まります。経済を改善するためには、需要と供給の均衡点を移動させる必要があります。総供給側に着目する経済学は、サプライサイド経済学( Supply-side economics)と呼ばれます。
サプライサイド経済学は、「供給力を強化することで経済成長を達成できる」と主張します。この主張が成り立つ為には生産したものが全て需要されるという非現実的なセイの法則が成り立つ必要があり、大部分の経済学者から理論の正当性に強い疑問が呈されています。
2022年1月22日のロイターは次のように伝えています。
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イエレン米財務長官は21日、バイデン政権の掲げる経済アジェンダを「現代のサプライサイド経済学」と命名し、米潜在成長率押し上げとインフレ圧力緩和につながる労働供給の拡大や、インフラ・教育・研究の改善を推進する内容と表明した。
イエレン長官は世界経済フォーラム(WEF)のオンライン会議で「われわれの新たなアプローチは、既存のサプライサイド経済学よりもはるかに有望」と強調。共和党が目指す減税や規制緩和を柱とした伝統的なサプライサイド経済学は「成長押し上げで失敗した戦略」という考えを示した。とりわけ規制緩和については二酸化炭素(CO2)排出削減に向けた取り組むでも奏功していないと指摘した。
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政府は、消費者ではないので、政策は、サプライサイドに偏りがちです。しかし、その偏りを補正しないと、政策の効果がでません。 イエレン米財務長官が、「われわれの新たなアプローチは、既存のサプライサイド経済学よりもはるかに有望」と言っているのは、この点に配慮しているという意味です。
なお、 イエレン米財務長官は、「共和党が目指す減税や規制緩和を柱とした伝統的なサプライサイド経済学」を批判していますが、日本語版のウキペディアによれば、典型的な政策は以下です。
ー民間投資を活性化させるような企業減税
ー貯蓄を増加させ民間投資を活性化させるような家計減税
ー民間投資を阻害したり非効率な経済活動を強いたりする規制の、緩和・撤廃(規制緩和)
ー財政投資から民間投資へのシフトを目的にした「小さな政府」化
これから見れば、減税・規制緩和・小さな政府を目指す政策です。つまり、サプライサイドとはいいますが、社会主義ではないので、政府が、直接供給を増やす訳ではありません。
さて、日本の政策です。
池田内閣は1960年(昭和35年)「国民所得倍増計画」を策定します。この中で、「太平洋ベルト地帯構想」が打ち出されますが、反対意見が出て、1962年(昭和37年)10月の第一次全国総合開発計画では、分散をはかる「均衡ある発展」として「拠点開発方式」を打ち出されます。その結果、全国15地域を新産業都市(新産都)として整備が始まります。5次にわたる計画においても「均衡ある発展」は、克服されず、「特色ある発展」と言い換えられるようになります。新産業都市は部分的には、成功しますが、未利用地も多く発生して、計画工場用地は、供給過剰でした。
1960年は、モノもカネのない時代でしたので、生産したものが全て消費(需要)されるという非現実的なセイの法則が成り立っていましたので、全国総合開発計画が、大筋で間違えたとは思いませんが、地方の工場用地の需要は高くはなかったので売れ残りが出たわけです。
2022年の日本に、セイの法則が成り立たないことは明らかで、企業が投資を控える原因でもあります。内部留保が多いのは、有望な投資先を見つけられないからです。
2022年8月に政府が出した2023年度予算の重要政策推進枠は以下です。(太字は筆者)
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令和5年度予算においては、新しい資本主義の実現に向け、人への投資、科学技術・イノベーションへの投資、スタートアップへの投資、グリーントランスフォーメーション(GX)への投資及びデジタルトランスフォーメーション(DX)への投資への予算の重点化を進めるとともに、エネルギーや食料を含めた経済安全保障を徹底し新しい資本主義実現の基礎的条件である国家の安全保障を確保する等のため、「基本方針 2022」及び「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(令和4年6月7日閣議決定)等を踏まえた重要な政策について、「重要政策推進枠」を措置する。(注1)
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これを見ると、セイの法則を前提にしているとしか思えません。
サプライサイド経済学でも、ここまで、政府が直接投資にかかわることはしません。
サプライサイド経済学の常連の減税も、規制緩和も、小さな政府も出てきません。政府が直接投資にかかわるのは社会主義です。
この政策は、社会主義サプライサイド経済学とでも呼んで、サプライサイド経済学と区別しないと混乱します。
「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の作成には、経済学の専門家も入っているはずです。経済学の専門家は、社会主義サプライサイド経済学の予算案で、政策効果が期待できると考えたのでしょうか。
供給が過剰になれば、売れなくなります。
文科省は新規事業として2023年度予算の概算要求にギフテッド関連経費を盛り込む方針です。ギフテッドには、授業に耐えられない学習困難者もいますから、ギフテッド関連経費を盛り込むことは必要だと思います。
しかし、これを科学技術・イノベーションに向けた人への投資だと考えるべきではありません。
千葉大学は、ギフテッド教育を先進的に行ってますが、現時点では、就職とはリンクしていません。第1回目の17歳入学の方は、現在は、トラックの運転手をしています。
NTTデータからGAFAに、人材流出がありましたが、これは、NTTデータは、GAFAに匹敵するだけの能力を発揮できるジョブを提供できなかったことを示しています。
定年近くなって、日本の大学をやめて、中国やシンガポールの大学で研究を続けている研究者もいます。これも、日本の大学や研究機関が、能力を発揮できるジョブを提供していないためです。能力に関係なく、年齢で、所得が決まるような組織は、日本にしかありません。
さかのぼれば、韓国のサムスンがIC製造に乗り出す時に、日本人の技術者をヘッドハントして技術導入を進めています。このとき、日本のメーカーに、サムスンと競って、新しいIC工場をつくる計画があれば、技術者は、国内に止まったはずです。能力を発揮でき、相応の所得が得られるジョブが提示できなければ、人材は確保できません。技術者は奴隷ではありませんから、その企業に特異的な内容については、守秘義務がありますが、一般的な技術の移転を妨げることはできません。
2022年には、九州にTSMCのIC工場が建設されています。
話は変わりますが、数年前から、世界中の音楽シーンで「シティポップブーム」が起きていて中心人物として、山下達郎氏は海外のリスナーからもリスペクトを集めています。山下達郎氏は、ブームについて尋ねられて「40年前に言ってよ」と笑い飛ばしたそうです。
これを聞いて、サムスンで、働いた日本人技術者が、TSMCの九州工場の話を聞いたら言いそうなセリフに思えました。
優秀な人材は、国内にジョブがなければ、海外に行きます。
プエルトリコ出身の大リーガーのようなものです。
科学技術・イノベーションも、国内で産業化する計画が作れなければ、技術は、海外で事業化します。
2022年の日本に、セイの法則が成り立っていると考えることは、普通の経済学の学徒ではありえません。
注1:
蛇足ですが、並列のキーワードがある場合には、箇条書きをつかうことが、分かり易いビジネス書式です。
この文章を書いている人は、LaTeXも、Markdownも使ったことがないと思われます。
Markdownを使っている人が、この文章をみると、わざわざ、分かりにくく書いていると感じます。
これで、DXができるとは考えられません。
引用文献
米政権の経済課題は「現代のサプライサイド経済学」=財務長官 2022/01/22 ロイター
https://jp.reuters.com/article/davos-meeting-yellen-idJPKBN2JV211
日本初の飛び入学で「17歳の大学生」になった「物理の天才」 今トレーラー運転手になった根本理由とは 2022/10/01 Newsweek 読売新聞社会部「あれから」取材班 *PRESIDENT Onlineからの転載
https://www.newsweekjapan.jp/stories/lifestyle/2022/10/17-33.php
「ギフテッド」の子供を文科省が支援へ…特定分野への並外れた才能、学校生活になじめないケースも 2022/08/27 読売新聞オンライン
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20220827-OYT1T50103/
時代の試練に耐える音楽を――「落ちこぼれ」から歩んできた山下達郎の半世紀 2022/06/12 Yahooニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/be612cd888a261a17c38007d9f51406f35ddaade