認知バイアスの課題

1)リスキリングの解釈

 

前回、経団連のリスリングの解釈には、疑問があると申し上げました。



これは、誰かの発言が間違っているという問題ではなく、認知バイアスの問題と思われます。

 

今回は、この点を、補足しておきます。



2)ジョブ型雇用の闇



リスキリングは、ジョブ型雇用とセットです。

 

つまり、リスキリングが理解できるためには、ジョブ型雇用が理解できる必要があります。

 

何故なら、ジョブ型雇用(転職)のないリスキリングはありえないからです。

 

問題は、認知バイアスがあって、ジョブ型雇用が理解できない点にあります。

 

例えば、技術系の専門職の初任給が700万円になったとい記事もあります。

 

しかし、初任給という用語は、年功型雇用を前提としています。



人事コンサルタント城繁幸氏は、1997年に富士通に入社し、人事部に勤務し、成果主義を導入した新人事制度導入直後から運営に携わって、2004年に退社しています。

 

 城繁幸氏は、富士通で人事面接をした時に、中国人の応募者が、初任給の説明を受けたあとで、「自分は、2000万円の年収が欲しいのです。何ができたら、2000万円の年収になりますか」と逆に質問されたそうです。

 

これは、ジョブ型雇用の基本です。

 

「専門職の初任給が700万円」には、ジョブと給与の対応関係がありません。

 

 城繁幸氏は、「富士通が行った成果主義や日本型成果主義」を批判しています。

 

ジョブ型雇用は成果主義ではありません。

 

Googleは、生成AIのためにAIエンジニアに高給を払ってきました。

 

しかし、ChatGTPが、市場に投入されるまで、生成AIの成果(売り上げ)はゼロでした。

 

技術開発には時間がかかります。技術が製品やサービスになって、社会に受け入れられるまでには、大きなタイムラグがあります。

 

評価を成果に絞れは、短期的な対処療法の問題解決ばかりになります。

 

これは、形式主義のドキュメンタリズムです。

 

官僚は、年功型雇用です。官僚の成果は、予算を増やしたか、新規ポストを獲得したかで行われます。文部科学省で、分数のできない大学生が分数ができるようになっても、評価されません。これは、典型的な日本型成果主義です。

 

少子化問題で、出生率が上がりませんでした。しかし、厚生労働省では、出生率をあげても、成果とは見なされません。予算か、新規ポストの方が重要です。

 

少子化問題は、起こるべくして起きています。そこには、人事院が承認してきた年功型雇用の「日本型成果主義」が影を落としています。

 

官僚は、予算を増やしたか、新規ポストを獲得したかで成果が評価される世界で生きています。この世界に数年暮らしていると認知バイアスができて、他のルールが理解できなくなります。

 

ダムや道路を作るために、予算を獲得すれば成果になりますが、環境に配慮しても、成果にはなりません。

 

確証はありませんが、損保ジャパンなどの保険会社は、ビックモーターに天下りポストをもっていました。これを見ると、民間企業でも、売り上げを伸ばすか、ポストを獲得すれば成果になって、昇進できた可能性があります。

 

このルールは、株主の利益を損ないます。ジョブ型雇用では、想像できない世界です。

 

Googleが、売り上げゼロのAIエンジニアに高給を払ってきたのは、企業経営の因果モデルがあるからです。何をすれば(ここでは、生成AIのモデルを開発し、コア・コンピタンスを獲得する)、将来のサービスが展開できるはずというビジョンがあるからです。アブダプションによる推論が行われているからです。

 

政府と日本企業は、生成AIが出て来るとマネをします。これは、帰納法の推論で、儲かっている企業と同じことをすれば儲かるだろうとういう発想です。しかし、政府と日本企業には、コア・コンピタンスがないので、失敗することは最初から分っています。

 

Googleが、生成AIのモデルのコア・コンピタンスを獲得するには、膨大な失敗をつんでいます。エジソン流に言えば、成功は1%で、99%は失敗です。しかし、時間をかけて失敗した結果、Googleは、有望でない選択肢は何か、失敗の原因は何かを理解しています。

 

政府と日本企業が、生成AIのマネをした場合、当面は、99%の失敗を繰り返すことになります。ChatGTP3.5はオープンソースで公開されています。しかし、これをグレードアップするためには、99%の失敗をできるだけ回避するノウハウが必要です。つまり、失敗には、大きな価値があります。

 

一方、ドキュメンタリズムの「日本型成果主義」は、失敗の価値を認めません。

 

これでは、内容を理解することはできません。

 

料理のレシピには、調味料の配合が書かれていますが、どうして、その配合が良いのかの説明はありません。しかし、自分で、料理を作って、失敗した後で、レシピをみれば、どうして、その調味料の配合が良いかが、よくわかります。

 

こんな当たり前のことがわからない官僚が多くいます。つまり、認知バイアスがあると、先に進みません。

 

3)自分で考えれば解雇される

 

学習指導要領において求められる生きる力について、中央教育審議会答申は以下のように説明しています。



「これからの子供たちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」

 

しかし、これには、エビデンスがありません。

 

日本経済新聞によると、米ギャラップが2023年6月13日まとめた「グローバル職場環境調査」によると、仕事への熱意や職場への愛着を示す社員の割合が日本は2022年で5%にとどまりました。サンプル数が少なくデータがない国を除けば、調査した145カ国の中でイタリアと並び最も低かったです。4年連続の横ばいで、世界最低水準が続いています。



城繁幸氏は、「これは業務内容を定めずに正社員という身分に就社する日本型雇用の場合、仕事内容から勤務地まですべて会社が決定し、社員は基本受け身でいることが求められ続ける結果」であるといっています。

 

つまり、日本企業では、「自ら考え、主体的に判断し、行動する」ことは求められていません。ビッグモーターや郵貯が、社員に「自ら考え、主体的に判断し、行動する」ことを求めていれば、不正が起こったとは思われません。

 

中央教育審議会は、学習指導要領において、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」が大切であると言います。しかし、学習指導要領に対して、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、学習指導要領をよりよく改定する」ことを求めていません。

 

中央教育審議会は、「学習指導要領の内容をすべて文部科学省が決定し、教員は基本受け身でいることが求め続け」ています。

 

リスキリングも同じです。本当にリスキリングしたら、外資系企業に転職するしか方法がありません。

 

この程度のことは、ほんの少しだけ、「自ら考え、主体的に判断」すれば、誰にでも分ることです。

 

それがわからないことは、「自ら考え、主体的に判断」するより、権威主義の空気を読むことに専念し続けた結果、「自ら考え、主体的に判断」することの意味が分らなくなるという認知バイアスが出来ているためです。



引用文献

 

思考力育成を目指す授業設計のためのパンフレット

https://www.pef.or.jp/05_oyakudachi/contents/pdf/02_4_taizan.pdf

 

定年まで同じ会社に勤めたらダメなの?と思った時に読む話 2023/07/23 城繁幸

http://jyoshige.livedoor.blog/archives/10396941.html



「仕事に熱意」日本5% 昨年調査 2023/06/25 日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO71893970U3A610C2TB2000/