リスキリングと世界市場の中の日本

(欧米のリスキリングは雇用形態とセットです)

 

1)世界市場の中の日本

 

ノーベル賞の季節」で、中村修二博士は、「米国では政府は大学の経営に口を出さない。日本では大学が一つ一つ文部科学省にお伺いをたてて、官僚主義で検討もされずに認められない。米国の研究者は自由だ。実力があれば資金を集め、大学と交渉していく。そしてスポンサーとなればロシアや中国など、米国の仮想敵国にさえ通い詰める。日本の大学は日本の企業だけを相手にして、チャンスをつぶしている」といっていると引用しました。

 

中村修二博士の言っているように、人材と資金を世界市場で考えることがスタートになります。

 

「サプライサイドの経済学」で、「人への投資に対して、優秀な人材は、国内にジョブがなければ、海外に行きます。2022年の日本に、セイの法則が成り立っていると考えることは、普通の経済学の学徒ではありえません」と書きました。

 

また、日本でITエンジニアが不足しているというエビデンスはないとも書きました。これは、ITエンジニアには世界市場があるので、それなりの給与の支払えるジョブが提示できれば、人材は確保できるからです。

 

この場合の課題は、人材を評価できる経営者がどれだけいるかという点になります。

 

昔、日本のプロ野球の金持ち球団が、大リーガーをスカウトしてきて、良い成績が出せなかったことがあります。「大リーガー」というブランドで、人材を評価してはいけないので。

 

「人材を評価できる経営者がどれだけいるか」ということは、「ジョブ型雇用で、成果に見合った給与を査定できるか」とほぼ、同じ意味です。

 

春闘」というシステムは、「人材を評価」していませんので、論外で、企業が、世界のエンジニアには世界の労働市場とは、別のルールで、「人材を評価」せずに、給与を決めることを宣言していることになります。

 

英語のできないテクニシャンは、世界の労働市場とは隔離されていますので、「春闘」システムでも確保できるかもしれませんが、エンジニア、特に、ITエンジニアの確保はできません。



2)リスキリングとエンジニア

 

野村総合研究所は、2015年に、2025~2035年後に日本の労働人口の約49%が、技術的にはAIやロボットなどに代替することが可能になり、技術的失業(Technological Unemployment)が発生するとの推計結果を発表しています。

2020年に開催された「世界経済フォーラム年次大会(ダボス会議)」は、「2030年までに地球人口のうち10億人をリスキリングすべきである」と発表しました。

DXやグリーントランスフォーメーション(GX)などの社会変革の流れを受け、欧米諸国の企業では、従業員のリスキリングに取り組む動きが広がっています。

独立行政法人情報処理推進機構IPA)の「DX白書2021」は、事業戦略上の変革を担う人材の「量」と「質」の確保について、「大幅に不足している」と「やや不足している」の合計が、米国企業の50%以下に対して、日本企業は70%を超えているといいます。

しかし、ここには、問題があります。

「DX白書2021」は、「日米調査にみる企業変革を推進する人材」として、「今後、DXを全社へ浸透させるためには、IT部門以外の人材がデジタル技術を理解することが不可欠であり、全社員のITリテラシー向上に向けた具体的な施策を実施する必要がある。しかし、日本企業では全社員のITリテラシー向上に向けた取組が米国企業と比べて遅れている」といいます。

これは、完全にヒストリアンのエラーに陥っています。

ダボス会議が言っているのは、従業員のリスキリングです。経営者や経営に関与するエンジニアではありません。re-skillingは、明らかに、テクニシャンを想定した用語です。

企業変革を推進する人材は、エンジニアであり、テクニシャンではありません。

米国で、事業戦略上の変革を担う人材の「量」と「質」が足りているのは、ジョブ型雇用で、DXができる人を経営者やエンジニアに採用しているからです。このレベルの人は、自分で学習(リカレント教育)しますので、リスキリングの対象ではありません。

リスキリングの対象は、テクニシャンであって、企業変革を推進する人材ではありません。

地球人口のうちの10億人も、企業変革を推進する人材は要りません。

つまり、「DX白書2021」は、日米の雇用形態の違いを無視して、単純なヒストリアンの比較をしているので、間違っています。

日本企業で、社内留保が多い理由は、ビジネスのビジョンを立てられないからです。一番大きな問題は、現在の経営陣やエンジニアがビジョンを立てることができないことです。

日本の自動車メーカーは、EVに出遅れています。

中国メーカーがEVに乗り出して来ることは、予想できていました。こうした場合、ヒストリアンは、中国メーカーがEVを製品化してから、対策を考えます。しかし、それでは、出遅れてしまいます。中国メーカーがEVを製品化する前から、対策を考えるべきです。これは、ビジョンがなければできません。ビジョンを戦わせて、経営方針を決める場合、決め手になるのは、アーキテクチャです。

EVへの出遅れの原因が、ビジョンの欠如にあるとすれば、その企業は、デジタル社会では、生き残れないことを意味します。

ノーベル賞の季節」で、大隅良典博士の「何に対しても『欧米で流行し始めたら日本でも導入しましょう』となってしまう」という発言を引用しました。

政府は、リスキリングに1兆円を出すそうです。

しかし、この政策には、ビジョンは感じられません。大隅良典博士の「何に対しても『欧米で流行し始めたら日本でも導入しましょう』となってしまう」に該当しているだけに見えます。