目的と手段

(手段は目的ではありません)

 

1)高度人材

 

2023年5月6日の日経新聞第1面に、「ニコンが高度人材賃金で特別枠」をもうけたという記事がのっていました。

ニコンは、職務枠に、人を当てはめて賃金も固定で紐づく「ジョブ型」を採用しているが、新制度は特に優れた人材を確保する特別枠の位置づけとなる。

これは、どちらも、年功型賃金であって、ジョブ型雇用ではありあません。ジョブ型雇用には、達成すべき目標と給与の原資がありますが、固定枠はありません。

 

固定枠を設定することは、給与額という手段が目的化していることになります。

 

つまり、ある職務枠で働いていれば、成果に関係なく、ポストで給与が払われることになりますので、ジョブ型ではありません。

 

ジョブ型雇用では、給与は働きによって増加させた利益を原資として、その一部を支払うことになります。

 

最大の問題は、年功型雇用で、手段が目的化して、ポストで給与が支払われることが当然であるという認知バイアスが形成されていることです。

 

ニコンのように、年功型雇用が崩れれば、ジョブ型だという間違った認識が広まっています。

 

このまま進むと、ジョブ型にしても、業績が向上しなかったといったとんでもない結論に到達する可能性があります。

 

ジョブ型雇用をする場合の最大の問題点は、人材評価です。日本の大学では、出席すれば落第はしません。初任給に成績は反映されません。

 

アメリカのトップ大学を成績優秀で卒業した人材は、大学のブランドで給与が高い訳ではありません。大学は、優秀な学生しか卒業させないので、卒業生には、実力があります。

 

一方、日本では、採用する企業は、大学卒業であったり、大学のネームバリュー基準に判断しますが、日本の大学では、優秀でない学生も卒業できますので、これは、能力評価を放棄していることになります。

 

2)教育の崩壊

 

年功型雇用では、業界別に給与水準が決まっています。されに、大企業の方が、中小企業より、給与が高くなっています。

 

雑誌の記事も、どこの会社の給与水準が高いかといって特集が多いです。

 

つまり、大学卒業の資格を持って、給与水準の高い会社に、入れれば、一生安泰と考えている人が多数います。

 

リスキリングして、ベンシャーを起こしても、所得が増えると考えている人は少数です。

 

日本財団は、全国の10〜18歳の男女を対象に「こども1万人意識調査」を実施しました。

 

調査結果では、国や社会がこどもたちのために優先的に取り組むべきことは、「高校・大学までの教育を無料で受けられること」が40.3%で最も高くなっています。

 

しかし、このアンケート結果が、「学卒業の資格を持って、給与水準の高い会社に、入れれば、一生安泰」という考えを反映しているのであれば、教育を無料にすることは無駄です。教育は、出席して、卒業資格を得ることではありません。学習して、内容が理解できなければ、教育効果はあがっていませんので、税金の無駄遣いになります。

 

教育効果が上がれば、その人材は、社会の生産性に貢献して、国を豊かにしますので、教育を無料で受けられるようにすべきです。

 

一方、教育効果が上がらないのに、出席して、卒業資格を得るために通学する人の教育を無料で受けられるようにするのは社会的な損失になります。

 

こうようなおかしなことが起こる原因は、文部科学省が手段と目的を取り違えているからです。

 

官僚は実謬主義です。七五三が解消されないのは、文部科学省が、カリキュラムや出席数といった手段に介入する一方でで、教育効果(アウトカムのエビデンス)を無視しているからです。

 

アメリカでは、2018年EBPM(Evidence-Based Policy Making)基盤法成立していますので、七五三のような問題を放置できなくなっています。

 

官僚が実謬主義を続けられる原因は、政策が形而上学とドキュメンタリズムで形成されているためです。

 

カリキュラムが、七五三問題と独立して存続できる理由は、カリキュラムは、エビデンスを反映しない形而上学になっているためです。

 

教育の目標(成果)を定義して、成果を実測する手順を定義すれば、その後は、科学の方法で、ベストな手順を探索することになります。電子教科書や、リモート授業は、手段に過ぎませんので、目標が達成できれば、手段は、自由に選べるべきです。手段に介入してしまえば、技術進歩に取り残されます。

 

結局、この教育の崩壊の原因は、年功型雇用で、能力評価のできない企業に原因があります。

 

なお、最近では、日本語のEBPMのレビューが増えていますが、その殆どは、エビデンスのレベルを正確に理解していません。2023年時点で、エビデンスのレベルをもっとも正確に反映している手法は疫学なので、ここからスタートする必要があります。

 

3)まとめ

 

Novel Daysで、「んだんだ」氏は、「経過が大事か? 結果が全てか?」というタイトルで化学物質の自律的管理について次のように言っています。

 化学物質は労働安全衛生法という法律で規制されています。日本では国が定めた基準「仕様基準」を如何に守るかが求められています。これに対し欧米では、国は目指すべき目標「成果基準」を明示して達成を求めます。結果が出ていればOK、結果を出せなければ結果責任を問われます。

 この考え方の違いは、日本と欧米の何かにつけての違いの根底をなすのでは?と思ったので、報告します。

「んだんだ」氏の指摘は正しいのですが、問題は、「経過が大事か? 結果が全てか?」ではなく、「手段の目的化の回避」にあると思います。

 

日本の労働生産性をあげるためには、DXを推進したり、デヴィッド・グレーバー氏が提唱した「ブルシット・ジョブ」(クソどうでもいい仕事)を減らば、生産性があがるという主張があります。

 

これは、手段の目的化にすぎません。ジョブ型雇用で、労働生産性に対応した賃金がはらわれれば、無駄は無くなります。年功型雇用では、給与がポストについていて、生産性をあげても賃金が増えないこと、目的の喪失が原因です。

 

日本中が、「手段の目的化」が気にならなくなっているので、それは、恐ろしいことと考えます。



引用文献



こども1万人意識調査結果 2023/05/01 日本財団

https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/pr/2023/20230501-88166.html