科学的方法の進化論(4)

(4)検証不要なモデル

 

(Q:検証不要なモデルの例をあげられますか)

 

1)The fixation of beliefの例

 

The fixation of beliefは、仮説検証の対象ではないことがわかりました。

 

もちろん、The fixation of beliefは、科学的方法を目指していますので、形而上学のようにアプリオリに正しいことを主張してはいません。

 

科学的な方法の有効性は、「科学的な方法が仮説と検証を繰り返して成果を上げる」という実証の集合によって、検証されます。

 

同様に、The fixation of beliefの有効性は、「The fixation of beliefの方法を繰り返し利用した結果、成果があった」という実証の集合によって、検証されます。

 

したがって、The fixation of beliefの有効性には、検証が必要ですが、それは、科学の仮説の検証とは、異なったレベルになるので、ここでは、「検証不要」と呼ぶことにします。

これは、ポパーの検証可能性をThe fixation of beliefの有効性に当てはめれば、理解できます。

 

ポパーは、進化論は、検証可能ではないので、科学ではないといって批判しました。

 

しかし、進化論を、The fixation of beliefと同じレベルのメタ科学であると見なせば、不都合がないようにも見えます。

 

パースは、The fixation of beliefを書く時に、進化論を参考にしていますので、これは、不思議ではありません。

 

マイクロソフトのグレイは、科学の4つのパラダイムの第1のパラダイムとして、経験科学をあげています。

 

この経験科学というパラダイムには、第2のパラダイムである理論科学以前の手法が全て投げ込まれています。つまり、経験科学という手法がある訳ではありません。

 

例えば、The fixation of beliefの有効性は、経験科学で検証されていると考えることもできますが、何となく、それでは、座りが悪いので、別の説明を考えるべきかも知れません。

 

ともかく、The fixation of beliefのような、仮説検証の対象にならない命題があることがわかりましたので、類似の命題を検索してみる価値はありそうです。

 

2)歴史人口学の有効性

 

エマニュエル・トッド 氏は、フランスの歴史人口学者です。

 

速水融氏は日本の歴史人口学を創った学者です。速水氏は、日本のお寺の過去帳を使って、歴史人口学を始めました。過去帳のストックは限られていて、新しく作ることはできません。なので、速水氏は、30年もすれば、過去帳のストックがなくなるので、歴史人口学は、終るだろうと考えて、歴史人口学を始めています。

 

トッド 氏がこれだけ有名になると、良い意味で、速水氏の予測は外れたことになります。

 

トッド氏は、1976年に「最後の転落」で、乳児死亡率の上昇を論拠に旧ソ連の崩壊を予測しています。トッド氏の分析は、並みいる経済分析をなぎ倒しているように見えます。

 

トッド氏の分析は、どうして経済分析を上回る実績をあげられるのでしょうか。

 

筆者は、次が原因であると考えます。

 

(a1)人口データの精度は、経済データを上回る

 

(a2)経済を回すドライビングフォースは人間である

 

(a1)の特徴は、歴史人口学以外に適用することは難しいですが、(a2)の特徴は、幅広く使うことができます。

 

3)政策の実現可能性(A:検証不要なモデルの例)

 

3-1)コブダグラス関数

 

経済モデルでよく使われるコブダグラス関数は次の形をしています。

 

生産量をY、資本をK、労働投入量をL、A、α、βを正の定数とした場合;

 

Y = A * K**α * L**β

 

つまり、資本と労働があれば、生産ができるというモデルです。

 

このモデルでは、労働投入は、量であって質は問われません。

 

簡単に言えば、高度人材をヘッドハントする必要のない世界を前提としています。

 

2023年3月28日に、政府は、過去最大の114兆円の来年度予算を成立させています。

 

しかし、予算は、コブダグラス関数の世界です。

 

そこには、政策を実施する人材に関する記述は含まれていません。

 

3-2)オリンピック汚職

 

2023年3月27日のNewsweekに、渡瀬裕哉氏は、2020年のオリンピック汚職について次のように書いています。(筆者要約)

 

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今回の遠因は、イベント運営ノウハウを全くもたない国や東京都からの出向者により構成されるオリンピック委員会が、誘致のリスクを低く見せるために、当初、全くデタラメで過小な予算を提示した点にある。

 

国や東京都の能力では、イベント業務が運営できないため、組織委員会電通から大量の出向者を受け入れて、大会運営を電通に丸投げした。

 

==>

 

イベント運営ノウハウは、高度人材に分類される程のノウハウとは思われませんが、国や東京都には、ノウハウを持つ人材はなく、全くデタラメ予算をつくるか、予算作成を関連業者に丸投げするしか、方法がなかったことがわかります。

 

114兆円の来年度予算についても、同じ問題が含まれていると思われます。

 

特に、オリンピックと同じような新規事業には、問題が含まれるリスクが高くなります。



オリンピック汚職からわかることは次です。

 

(b1)政府の予算の精度には疑問がつく。

 

(b2)会計検査院の検査は、機能不全になっている。特に、予算の評価機能が、欠落している。

 

予算書に欠陥があれば、会計検査が不可能ですから、これば根源的な問題です。

 

例えば、渡瀬裕哉氏は、「当初予算が完全にデタラメであったことから、今回の実際の発注金額が安いか高いかは実は誰にもわからない」といっています。これでは、会計検査はできません。

 

(b3)ノウハウや技術をもつ人材の確保が、事業の成否を左右する。



3-3)検証不要なモデルの例

 

(b3)は、検証不要なモデルの例と思われます。

 

検証不要なモデルの例1:

「ノウハウや技術をもつ人材の確保が、事業の成否を左右する」

 

スペースジェットは撤退しました。

 

公式には、原因は特定できないといっていますが、人材の確保ができなかった可能性があります。

 

スペースジェットは高度技術なので、コブダグラス関数はあてはまりません。

 

人材の確保ができなければ、他の条件が満足しても、スペースジェットはできません。

 

スペースジェットの開発では、2018年1月、ボンバルディアでは小型旅客機「Cシリーズ」の開発メンバーで、計7機の飛行試験機に携わり、商業飛行に必要な「型式証明」取得をリードしたアレクサンダー・ベラミー(Alexander Bellamy)氏が三菱航空機 Chief Development Officer 兼 プログラム推進本部長の開発トップに就任します。

 

さらに、2016年末以降、エキスパートと呼ばれる外国人技術者を数十人から300人規模に増やしています。

 

このヘッドハントは成功したようには見えません。

 

MRJは年功型雇用の会社のように見えます。

 

日本人のエンジニアは、ジョブ型雇用ではなく、年功型雇用です。年功型雇用の組織の幹部は、高齢と思われます。

 

エキスパートと呼ばれる外国人技術者と日本人技術者の間の意思疎通が上手く行かなったという評価をしている人がいますが、そもそも、ジョブ型雇用と年功型雇用を混在させることは、無理な気がします。

 

外国人技術者をジョブ型雇用で、引きぬいても、それまで、ジョブ型雇用をしていなかった組織では、人材評価ができないと思います。これは、国と東京都からの出向者により構成されたオリンピック委員会がイベント運営ノウハウを全くもたなかったのと同じレベルのノウハウ不足の問題です。

 

ラピダスは、企業が走りだしてから、人材確保するといっていますが、これも、ジョブ型雇用のノウハウがないので、難しいと思います。ラピダスが、MRJと同じように、外国人技術者をヘッドハントしても、ジョブ型雇用と年功型雇用の混在という問題を抱えてしまいます。

 

年功型雇用は、技術者冷遇です。人文的文化で、科学的文化の問題はクリアできるという前提にたっています。

 

2014年のノーベル物理学賞を受賞した青色発光ダイオードの発明者の中村修二氏は、2000年に日亜化学を退職し、アメリカの大学に移っています。

 

中村修二氏は、「日本のエンジニア・研究者は報われない、自由がない」、「日本のエンジニアは米国に来るべきだ」と繰り返しいっています。

 

高度人材問題は、20年以上前からあり、放置されてきたことがわかります。

 

サムスン半導体はシャープの技術支援(1990年代)のおかげであるとか、新幹線(1960年代)の技術が優れているとか、スペースジェットの技術では、日本にはゼロ戦(1940年代)をつくった技術があるとか、言う話を聞けば、人文的文化では、技術力は伝統芸能になっていることがわかります。

 

1990年代に、日本の技術者がサムスンに転職したり、2000年に、中村修二氏がアメリカに移住したことは、1990年代の日本の技術者の労働市場に致命的な欠陥があったことを示しています。簡単に言えば、スキルがあっても、活用する場がなく、給与も増えないということです。人文的文化で、給与が肩書と年齢だけで決まれば、だれも、リスキリングしません。その結果、2000年以降は、日本の技術力は落ち続けます。1990年代に、サムスンが日本から、技術移転したとしても、現在のサムスンの実力は、その後の20年の技術開発の賜物です。日本は、その間20年間も年功型雇用で、技術者を冷遇し続け、優秀な技術を根絶やしにしてきました。

 

スペースジェットは失敗しました。筆者は、国産ロケットも、成功しないと考えています。海外のベンチャーが、ロケットを開発する場合には、日本のように、高齢の人文的文化の人が出てきて、これから失敗の原因を究明しますとはいいません。実力のある壮年の技術者が出てきて、技術的問題を説明します。これは、日本の国産ロケット開発には、海外企業からヘッドハントされるような優秀な技術者がいないことを示しています。

 

霞が関の省庁では、技術職の公務員は、技術の学習をしません。技術のリスキリングをすれば、その内容は、人文的文化の官僚には理解できないので、出世の妨げになるだけです。技術的な問題は、高卒の初級職の官僚または、出入りのコンサルタントに丸投げしています。つまり、企業丸投げの電通問題は、霞が関に蔓延しています。官僚の業績は、予算の獲得が全てで、問題解決ではありません。

 

年功型雇用の幹部は、人文的文化で、技術評価はできません。発言はドキュメンタリズムで、サイエンスワールドが理解できていません。

 

検証不要なモデルの例2:

年功型雇用は、弱形式の問題解決しかできない。

 

政府の政策は、すべて、弱形式の問題解決です。

 

これは、問題解決を先送りするだけで、解決することはありません。

 

オリンピックの予算を電通に丸投げした時に、国と東京都のオリンピック委員会には、イベント予算を組める人がいませんでした。公務員の人事はローテションで、2、3年毎に転勤します。2、3年でローテーションすると、予算のお題目を書く以外の仕事はできなくなります。2、3年で、ローテーションすることは、特定の民間企業との癒着を防ぐためであると説明されます。しかし、この説明には、サンプリングバイアスがあります。癒着のリスクを軽減することは工夫で可能です。一方、2、3年で、全く異なった部署に転勤する場合、仕事の評価は、2、3年で完結するもの(弱形式の問題解決)が原則になります。

 

つまり、時間のかかる強形式の問題解決を避けて、常に、弱形式の問題解決をするバイアスが働きます。官僚はこうした生活を数十年続けますので、認知バイアスができてしまって、強形式の問題解決を考えられなくなっています。

 

現在の政府の予算や政策は殆どは、官僚が黒子で作っています。つまり、まともな問題解決をする方法である強形式の問題解決は、最初から排除されています。その結果、問題は何時までたっても解決しません。

 

官僚は天下りによって、フランチャイズ方式の利益をあげることができます。

 

補助金をばら撒く組織を作り、官僚がそこに天下った場合、補助金をうけた企業が赤字でも、天下った官僚の給与は減りません。

 

これは、個々の出店が赤字であっても、フランチャイズ企業が利益をあげられるのと同じ構造になっています。

 

本来の補助金の目的は、補助金をうける企業が技術開発をしたり、経営が改善することです。しかし、補助金の配分組織は、補助金をうける企業が技術開発に失敗したり、経営が改善しなくとも、影響を受けないように制度が作られています。こうなると、予算の肥大化に対する歯止めはなくなります。

 

公務員が、欧米のようにジョブ型雇用で、政権交代で、入れ替わる場合を考えます。企業と官庁は、癒着するリスクがあります。しかし、大統領制の場合には、最低でも4年間、再選される場合には、8年間継続して政策を推敲することが可能です。

 

ジョブ型雇用は、民間人が、政策提案をして、政権が交代して、提案が採用されて、公務員になる場合もあります。その場合には、8年かけて、強形式の問題解決にチャレンジできます。また、ノウハウのある民間人が、公務員になれば、ノウハウ不足問題はありません。

 

日本の年功型雇用では、転勤すると最初の1年は見習いになります。公務員の仕事は、年度予算でまわるので、1年すれば、仕事の内容が理解でき、問題が見つかります。そこで、問題を解決する予算を組みます。こうした場合、3年で転勤でも、2年で完了する弱形式の問題解決しかできません。

 

つまり、年功型雇用は、転勤とセットになっているため、短期的な弱形式の問題解決しかできない制約があります。

 

4)まとめ



何が、検証不要になるかははっきりしません。

 

ひとつのヒントは、ドライビングフォースである人材です。

 

また、if A then B形式で書ける命題であれば、科学の仮説検証の手続きが使えますので、検証不要には、該当しないと思われます。

 

一方、命題が操作手順(手続き)から構成される場合には、検証不要になると思います。

 

これは、今の時点の整理なので、改訂が必要な可能性も高いです。

 

年功型雇用は、人材の取り扱いルール(手続き)です。

 

ノウハウや技術をもつ人材の確保も、人材の取り扱いルールです。

 

この問題は、良い人材があればと定式化すれば、if A then B形式になります。

 

人材をどのように募集して、育てるかというルール(手続き)と考えれば、検証しなくとも、かなりの部分は自明になるように思われます。

 

今回は試論なので、ここまでにします。



引用文献

 

汚職の祭典」オリンピックの透明性を高める改革の必要性──今後の国際イベント実施への影響 2023/03/27 Newsweek 渡瀬 裕哉

https://www.newsweekjapan.jp/watase/2023/03/post-40.php

 

中村修二さんだけでなく優秀なエンジニアの海外流出は続く 2014/10/16 Nikkei Xtech 竹内健

https://xtech.nikkei.com/dm/article/COLUMN/20141014/382564/