(3)三菱スペースジェットの課題
(三菱スペースジェット問題を振り返ります)
筆者は、スペースジェットの最大の課題は、人材の確保にあったと推測しています。
記者会見の様子がわかってきたので、コメントしておきます。
分析の視点は、いつも通り、内容そのものではなく、内容の立ち位置を問題にするメタ解析です。
1)情報公開の課題
第1に、大きな問題点が、情報公開です。
ざっと調べて、全ての新聞は、一問一答の部分は有料記事になっています。
以下では、無料の「Aviation wire」の記事をベースに、執筆しています。
情報が正しく伝わらないと、誤解を招く恐れがあります。
そう考えれば、三菱重工は、「三菱スペースジェット」のHPで、説明をすべきと思われます。
しかし、三菱スペースジェット」のHPには、スペースジェットの開発中止の記事はありません。
三菱重工のHPでは、透明性、情報公開、ガバナンスを謳っていますので、なおさら、残念に感じます。
2)撤退の原因の究明
撤退の説明は、Aviation wireの記事の要点で見れば次になります。(筆者の要約)
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(撤退の原因は)特定の何かに起因するものではないと思う。歴代の経営陣は、「進捗に従って適正に判断しながらやってきた」
高度化した民間航空機の型式認証プロセスへの理解不足、長期にわたる開発を継続して実施するリソースの不足が反省点である。
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この表現には、大きな問題があります。
飛行機の墜落事故があって、原因究明をした結果、「特定の何かに起因するものではない」ということは許されません。このような発言をすれば、その飛行機に乗る人は誰もいなくなります。
つまり、「特定の何かに起因するものではない」という表現は、再度事故(事業撤退)が起こる可能性を認めていることになります。
これを株主は許容できるのでしょうか。
事故(事業撤退)は完全に避けることはできません。しかし、少なくとも原因が同じ事故(事業撤退)は回避できると説明しなければ、信頼されません。
Aviation wireには、「理解不足、リソースの不足」と書かれていますが、「『技術』を『事業』にするところの十分な準備や知見が足りなかった」と書いているWEBもあります。
正確な表現は分かりませんが、どちらにしても、因果モデルの原因にはならないと思います。「理解不足、リソースの不足」であれば、スタートすべきでなかったことになります。
当初、開発は1500億円と見積もっていましたが、最終的には、1兆円を超えています。1500億円で中断しているのであれば、「リソースの不足」も理解できますが、1兆円を超えてもリソースの不足というのは、開発工程を見積もる力がなかったことになります。
3)端的な敗因
Yahooのコメントをみると、三菱は技術力があるといって、エビデンスを無視した日本礼賛が幅を効かせています。
一方、杉江 弘氏の説明は明快なので、要点を引用します。
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ブラジルのエンブラエルが燃費の良い同型の米プラット・アンド・ホイットニーのギヤードファンエンジンを搭載して、後から開発を始めたE170(約35億円)が、既に販売されている。E170は、飛行性能と安全性がスペースジェットより高い。
スペースジェットの機体に使われる部品は輸入品が7割を占め、E170など他の航空機との差は小さい。国産部品は、翼や胴体部分の素材だけである。
スペースジェットの価格は約42億~53億円なので、E170(約35億円)とは、価格・性能とも勝負にならない。
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4)まとめ
筆者は、「開発速度の不足が撤退につながった」と書きましたが、その時点では、E170のことは知りませんでした。
しかし、納期が6回延期されていますので、「開発速度の不足」と書きました。
今回の記事は、三菱重工業を非難している訳ではありません。
筆者は、日本中で同じエラーが繰り返されていると思っていますので、他山の石とすべき企業が多くあると考えています。
教訓は、次の3つです。
(1)目標に達する速度(経過時間)の管理が重要ですが、おざなりにされています。
大学では、データサイエンス関連の学部・学科新設されています。しかし、古い経験科学に基づく学科の定員は削減されていません。教育の成果のタイムラグは非常に大きいです。教育が、最も速度を問題にすべき分野です。古い経験科学を学んだ人は、早晩リスキリングが必要になります。生産性に寄与しない経験科学の教育は、時間とコストの膨大な浪費で、発展途上国の近道です。
(2)同じ間違いを繰り返さないために、失敗の原因はかならず究明する必要があります。
(3)失敗の原因究明と責任追及は、別の案件です。責任追及しても、失敗が取り返せる訳ではありません。墜落した飛行機は元には戻りません。一方、原因究明には、次の飛行機事故を回避できるメリットがあります。筆者は、責任追及はすべきではないと考えます。
三菱自動車は、「空飛ぶタイヤ」のモデルになりました。しかし、小説が書かれ、映画化された後でも、不祥事が絶えませんでした。これは、失敗の原因究明を行って、原因を取り除くのではなく、担当者の責任追及を優先したためです。
何か、不祥事が起こると、経営陣がマスコミの前に頭をさげて、減給処分することが流行していますが、多くの場合には、不祥事の原因を取り除いていません。
なお、減給処分より、かるい処分は、厳重注意です。なので、多くの場合、経営陣以外には、事故の再発防止効果がない(あるというエビデンスがない)厳重注意しか行っていないと思われます。
(1)(2)は、生産性(productivity,efficiency)の向上です。それを行うと、年功型で昇進できなくなるので、経営陣は反対しているのかもしれませんが、それは、株主利益に反しますので、株式会社としては、容認できません。
三菱重工の1兆円の無駄になった投資は、株主への配当の減額と従業員の給与の減額で埋められるはずです。
引用文献
三菱スペースジェット
https://www.mhi.com/jp/products/air/spacejet.html
泉澤社長「機体納入できず申し訳ない」三菱重工、スペースジェット開発中止を正式発表 2023/02/07 Aviation wire
https://news.yahoo.co.jp/articles/54e2627aa19248666ea6f044d21e2f2383418cfd
「塩漬け」にされた国産ジェット旅客機開発、三菱重工に欠けていた視点とは 2023/01/27 JBPress 杉江 弘
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73684
https://news.yahoo.co.jp/articles/2da2b9eef7cd7800f13ffb09c54147d7335bcdbb
延期繰り返し「売り」を失ったスペースジェット、なぜ国は支援できなったのか 2023/02/01 JBPress 杉江 弘
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73750
https://news.yahoo.co.jp/articles/4d6fe2a7e04dd28af6ca8d0090268a5c964919ac
ついえた「日の丸ジェット」 露呈したノウハウ不足 2023/02/08 JIJI.COM