日本は如何にして発展途上国になったか(7)

(4)経験.vs.科学

 

(経験は、科学には勝てません)

 

1)経験には価値がない

 

WEBの経済誌、新聞を見ていると、問題があると識者が出てきてコメントしています。

 

そこには、その分野の問題について、経験を積んだ人の発言は正しいという前提があります。

 

しかし、経験に価値があるという見方は、科学では否定されています。

 

読者は、そんなことはないと思われるかもしれません。

 

2)建築の耐震性

 

住宅を建てるときには、構造計算をして、地震に対する安全性をチェックします。

 

個人住宅などの小規規住宅でも、コンピュータで簡単に構造計算が可能になったのは、計算科学の成果です。

 

PCが普及して、構造計算が一般化したのは、Windowsが普及した、1998年以降です。

 

2005年11月17日に国土交通省が千葉県にある建築設計事務所姉歯秀次一級建築士の構造計算書を、偽造していたことを公表したことに始まる一連の姉歯事件が起こります。

 

これは、そのころまでには、構造計算が一般化したことを示しています。

 

構造計算の理論は、戦後にアメリカから、導入されますが、計算科学で、任意形状の部材強度が計算できるようになるまでは、手計算による粗い近似解が使われていました。

 

数回の地震の被害の度に、計算科学の成果を使って、建築基準法が改訂され、より高い安全度が求められています。

 

経験的な日本住宅は、湿気の多い気候を考慮した高床式で、床下の通風を優先していました。この構造は、耐震性が悪いので、現在の建築基準法では認められていません。

 

建築基準法の改定の経過をみれば、経験が科学に置き換わっています。

 

2023年2月6日には、トルコ南部で、大規模な地震が発生して、トルコとシリアを合わせて2万人以上が亡くなっています。

 

トルコでは、1999年の地震で、1万7千人が、1939年の地震では、3万人以上が死亡しています。

 

トルコの建築基準法は、今回レベルの地震に耐えるような建築計画を推奨しています。

 

しかし、耐震基準に従って建設されていない建物や、設計や施工が不十分な古い建物に被害が広がっています。



建築の耐震性の考察から、問題可決には、経験(経験科学)と科学(理論科学)の2つのアプローチがあることがわかりました。

 

科学が進んで、経験の替りが出来るようになった時点で、経験の利用を中止して、科学に切り替えないと、人的被害が発生します。



3)肥料の場合

 

例を追加します。

 

農業の場合、日本では、江戸時代に、篤農家が現れ、肥料が使われるようになります。

 

しかし、肥料は非常に高価で、使用は限定的でした。

 

19世紀末には、地球規模で人口増加傾向が明らかになり、そのままでは、飢餓が回避できないことがわかります。

 

その後、バーバーボッシュ法で、空気中の窒素から肥料を作ることが出来るようになって飢餓は回避できました。

 

これは、科学の勝利であって、経験に頼っていたら問題解決はできませんでした。

 

肥料の場合も、建築と同様に、経験を尊重して、科学を活用しないと、人的被害が起こります。

 

4)ジョブ型雇用の課題

 

年功型雇用は経験(経験科学)を前提にしています。これは、経験を積めば給与があがるという給与体系から明らかです。

 

ジョブ型雇用は科学(理論科学以降)を前提にしています。これは、科学を使いこなす能力の違いによって、給与が決まる体系から明らかです。

 

若い高度人材が高い給与を得られる理由は、経験ではなく、科学のスキルが高いからです。

 

最近では、高度人材、ジョブ型雇用、リスキリングが流行語になっていますが、それを実現するには、科学のスキルが必須です。

 

つまり、ジョブ型雇用は、看板の付け替えだけでは、できません。

 

5)経験科学のトリック

 

バーバーボッシュ法は、篤農家の経験からは、生まれません。

 

科学は、経験や前例とは関係がありません。

 

アインシュタイン相対性理論を生み出したとき、そこには、前例はありませんでした。

 

前例がない業績だったので、アインシュタインは、ノーベル賞を受賞しています。

 

1905年、アインシュタインは、26歳のときに、ノーベル賞の受賞にも係る3つの重要な論文を発表します。しかし、このとき、アインシュタインは大学の教員ではなく、スイス特許庁の職員でした。

 

経験という基準でみれば、それらしいポストを経験していた訳ではありません。

 

実際、まったく無名の特許局員が提唱した「特殊相対性理論」は、当初は周囲の理解を得られませんでした。「特殊相対性理論」は、マックス・プランクが支持したことで、物理学界に受け入れられていきます。

 

アインシュタインは、1909年、特許局に辞表を提出して、チューリッヒ大学の助教授となります。

 

なお、現在の日本の大学の基準では、論文の本数不足で、アインシュタインは、助教授にはなれません。

 

日本の大学は、論文の本数という経験を基準に評価しています。独創的な論文で、他の人の出来ない業績を上げることが評価されている訳ではありません。

 

アインシュタインは、マックス・プランクという目利きに評価された結果、大学の職を得ています。

 

日本には、欧米の前例のコピーとして、バーバーボッシュ法が導入されました。

 

ここが、注意が必要な点です。

 

技術をコピーして導入するのであれば、(理論)科学でなく、経験(科学)でも、何とかなります。

 

バーバーボッシュ法が日本で使われていることは、日本に科学技術があることを意味しません。

 

カーネマンは、「ファスト&スロー」の中で、2種類の思考があると言いました。

 

経験(科学)はファスト回路にあたり、(理論)科学は、スロー回路にあたります。

 

バーバーボッシュ法は経験科学の前例主義でも、導入できます。

 

しかし、そのことは、日本に科学技術の開発能力があることを意味しません。

 

科学的な技術開発能力はスロー回路にあります。

 

脳は、放って置けば、ファスト回路しか使いません。

 

そう考えると、日本には科学があるのか疑問がわきます。

 

日本に科学がある場合には、独自の理論やアルゴリズムを生み出しているはずです。

 

日本は技術の改良が上手いが、独自の新しい技術開発は下手だというの分析は、日本には、経験科学はあるが、科学技術がないことを示しています。

 

バーバーボッシュ法の時代の技術は目に見え、特許に記載されています。

 

2023年現在のデータサイエンスの技術は、目に見えませんし、特許には記載されていません。

 

つまり、経験科学の前例主義では、AI技術は導入できないのです。

 

AI技術に追いつく方法は、科学的アプローチをすることです。

 

とてつもなく非効率に見えるスロー回路を使って、コピーではなく独自に、問題解決をするしか、方法がありません。

 

2023年2月9日の日経新聞の1面には、日本の2022年のデジタル赤字は4.7兆円であると書かれています。

 

これは、日本には、科学技術が存在しないことを示しています。

 

日経新聞の広告欄には、経営に役に立ちそうな情報(本、セミナー)の宣伝が出ています。

 

それらの内容は、成功事例の経験を強調するもの(経験科学)だけです。

 

科学的アプローチで、経営問題を解決する方法の宣伝は皆無です。

 

これは、数式や数字を使わないで(構造計算をしないで)、経営ができるという経験科学の立場です。

 

過去の日本の成功事例のぼぼ全てが、工業社会型の企業経営です。ビッグテックのようなデジタル社会型の企業経営の成功事例は皆無です。

 

経験科学の立場では、データサイエンスによるレジームシフトという地震に耐えられません。

 

アップルが、iPhoneを作った時には、前例はありませんでした。iPhoneが出てきたときに、コピーして、真似をした経験科学のアプローチをとった日本企業は、悉く失敗しています。その結果が、4.7兆円の赤字です。日本には、科学がないのです。

 

デジタル社会では、工業社会のバーバーボッシュ法のように、経験科学のコピー戦略は通用しません。ソフトウェアの中身は見えないので、コピー戦略は使えないからです。

 

6)まとめ

 

「逆もどり病」の中心は、経験と科学の対立において、日本だけが、科学より、経験を重視している点にあると思われます。