(複雑なものに価値があると考えるのはエンジニアの価値観です)
1)デジタル現像の世界
ここのところデジタルカメラで撮影した画像をdarktableというフリーのデジタル現像ソフトで現像してブログにのせています。
デジタル現像ソフトでは、アドビ社のLightroomが事実上の標準になっています。多くのデジタル現像ソフトは、Lightroomに追いつくことを目標にしています。
Lightroomは、「簡単に綺麗な写真ができる」ことをセールスポイントにしています。
「簡単に綺麗な写真ができる」というセールスポイントは広く流布しています。
カメラメーカーは、カメラの購入者に対して、プロのカメラマンを講師にした有料の講習会を行っていて、講習会を受ければ、誰でも「簡単に綺麗な写真がとれる」と宣伝しています。
写真は愛好者が多いので、「簡単に綺麗な写真がとれる」というブログや、「簡単に綺麗な写真がとれる」というyou tubeの動画が多数出回っています。
その多くは、このソフトウェア、カメラ、レンズを使えば、「簡単に綺麗な写真がとれる」という構成になっていて、商品の販売サイトにリンクがはってあります。
darktableは、主に、フランス語圏と英語圏で開発されています。darktableは、オープンソフトウェアで、誰でも開発に参加できます。darktableの開発には、プロのカメラマンも参加していて、Lightroomのデジタル現像に満足できない人が、光学理論や色彩理論から、解き起こして、新しいアルゴリズムをかんがえ、フォーラムで公開で検討を進めます。こうして、自分で新しいモジュールをつくって、darktableに採用された人もいます。
フォーラムでは、数式やプログラムコードが飛びかいます。
You tubeに解説を投稿している人もいます。ビューワーの数は、最大でも1万人くらいにしかなりません。しかし、他にはない専門的な内容を扱ってるので、支持者がいます。
解説者の1人のブルース・ウィリアムさんは、先日、失業しました。(今は再雇用されています)ブルース・ウィリアムさんの活動を支援する人もいます。
2)日本のカメラマンの世界
日本のプロカメラマンの世界は、いびつです。
カメラマンは、大学を出たエンジニアではなく、写真専門学校を卒業したテクニシャンだと考えられています。
You tubeの解説も、「簡単に綺麗な写真がとれる」というハウツーばかりです。
第2次世界大戦が終わったあと、ドイツには、アメリカとソ連が進軍しました。2つの国の軍隊は、ドイツのエンジニアの取り合いをしたと言われています。
その時に、1つの企業で、最も多くの博士の肩書をもつエンジニアを抱えていたのは、ツァイスだったと言われています。
1945年には、光学が最先端技術でした。
3)複雑なことには価値がある
darktableの開発チームは、「複雑なことには価値がある」、「簡単にできることには価値がない」と考えているように見えます。
スタンフォード大学の過去のデジタル写真の講義資料が公開されています。
これは光学理論のオンパレードです。
良い写真の条件は、スタンフォード大学の講義でも、darktableの開発チームでも、共通しています。
良い写真の条件は、「主題を正しく表現していること」です。
この「主題」の選定は、写真家が決めるもので、カメラやデジタル現像ソフトの自動モードでは対応できません。
エンジニアリングは、解決したいテーマを決めて、その解決のために努力します。
「テーマ」あるいは「主題」は、エンジニアの基本的な行動規範です。
エンジニアは、エンジニアでない人ができないような複雑な問題解決ができます。
プログラムのコードを書くことは、文章をかくより複雑で正確です。
数学を学習すると数式が出てきます。
数式が出てくると、最初は、誰でも、小説のようには、早く本を読むことができません。
数学書を読むには、大変時間がかかります。
しかし、一度数式が理解できると、同じパターンの数式は直ぐにそれとわかります。
パターン認識ができるようになると複雑な数式も簡単に理解できるようになります。
これは英単語をチャンクで記憶することに似ていますが、はるかに強力です。
むしろ音楽に似ています。
むかし、ディズニーが、チャイコフスキーの「眠りの森の美女」の音楽をアニメにつかって、ヒットしなかったことがあります。ウォルト・ディズニーは、ヒットしない理由は、メロディーラインが長くて複雑過ぎるからだといったそうです。ディズニーでヒットした「小さな世界」のメロディーは短く単純です。素人や子供にも理解できるためには、単純である必要があります。
一方では、プロの音楽家は、メロディラインのパターン認識が容易にできます。クラシックでは、2つの主題が出てきて変奏しますので、主題が認識できなければ、変奏は理解できませんので、その音楽の何が面白いのかさっぱり理解できなくなります。
これが出来るようになると、ポピュラー音楽のように、メロディーを繰り返すのは、単調でつまらなくなります。
更に、パターン認識の能力が高くなると、音楽の音色より、主題の変化の方が面白くなります。こうしてプロの作曲家は、全く一般にうけない弦楽四重奏曲の作曲にのめり込みます。とてもではないが、簡単すぎるものは面白くないという訳です。
4)まとめ
日本の社会は、複雑なものを受け入れない、数学が理解できない社会になっているように思われます。
日本でオタクと言われる分野は、アニメや鉄道であって、そこには、数学的理論はありません。
日本のオタクは、複雑なものを受け入れません。
欧米では、オタクとは言いませんが、普通の人が見向きもしないものに価値を認める人がいます。しかし、それは複雑で、複雑さを支える理論があります。
何でも簡単に理解できると考えるのは間違いです。
世の中は、相互関係があって、複雑なので、複雑なものが理解できないと問題は解決できません。
アメリカのエンジニアが高給をとれるのは、他の人にはできない複雑な問題を解決できるからです。