能力評価とケースメソッド~経験科学の終わり

(データサイエンスへのレジームシフトは、能力の定義と計測法を変えました)

 

1)データサイエンス時代の能力評価

 

以下の仮説は、筆者のオリジナルです。

 

文献検索は行っていませんが、日本人の認知バイアスから考えて、日本語で、この問題を過去に指摘した人はいないと考えています。

 

2)スポーツ選手の能力評価

 

まず、能力評価のシステムをスポーツ選手の例で考えます。

 

(1)記録型

陸上競技では、時間や距離で記録が計測され、順位がつけられます。

ビジネスの世界では、セールスマンの売り上げに連動した給与が、これに対応します。

 

(2)対戦型

格闘技と球技の多くは、対戦成績で順位がつけられます。

サッカーなどの集団で行う球技は、軍隊のチームプレーの練習のために、普及したとも言われていて、拡張された格闘技の側面があります。

対戦型では、野球、サッカー、ラグビーのように、対戦相手に合わせたチーム構成がとられることもあります。

企業であれば、競合企業との差別化戦略に相当すると思われます。

集団競技での個人評価もなされていて、野球やサッカーでは、個人単位で、巨額の金額が動いています。

 

(3)ポイント型

5種競技、体操、フィギュアスケートなどは、ポイントを採点する競技です。歴代最高得点が得られれば、レコードにはなりますが、記録型競技ほどの客観性はありません。

 

3種類の能力評価でも明かなことは、評価の対象は、実績であって経験ではない点です。

 

柔道の段位のように、ランクが下がらない規定では、経験を積むと、段位が増えますが、段位は実力は表わしません。

 

以上、まとめれば、タイプは分かれますが、実力を計測する方法があれば、経験に価値はないことがわかります。

 

3)ケースメソッドとケーススタディ

 

経営学の学習においては、かつては、ケーススタディが重視されていましたが、世界的にみれば、一流大学の教育は、ケースメソッドにシフトしています。

 

ケーススタディは教員が過去の事例を教材として準備して学ぶヒストリアンの学習手法です。





ケースメソッドの起源は、1920年代にハーバード大学のロー・スクール(HLS)で始まった判例研究授業にさかのぼります。ここでいう「ケース」とは、判例・事案・事象を指し、それを集めた物がケースブック (casebook) です。 しかし、この事例では、ケースメソッドとケーススタディの違いは明確ではありません。

 

故瀧本哲史氏の解釈では、ケースメソッドとは、学生が、検討したい案件を持ち込んで、検討する手法と言われます。故瀧本哲史氏は、ケースメソッドは、ヒストリーを学ぶケーススタディとは違う正解のない手法であると、2つを区別しています。

 

ヒストリーという正解のない手法で、複数の問題解決提案の間に、どのようにして優劣をつけるのでしょうか。

 

故瀧本哲史氏は、ディベートのプロでしたから、ディベートで決まると考えていたと思われます。

 

伊賀泰代氏は、マッキンゼーでの経験を元にした著書「採用基準(2012)」の中で、「将来のリーダーを採用するという戦略のために問題解決に不可欠なリーダーシップ」の有無が採用基準であるといいます。伊賀泰代氏は、「今日本に求められているのはリーダーシップ、リーダーがなすべきことは、目標を掲げる、先頭を走る、決める、伝えるの四つ。どの人にもリーダーシップは求められ、これはごく一部のカリスマが持てる力ではなく、誰もが訓練で鍛えられるもの」といいます。

 

言い換えれば、ジョブ型雇用では、社員全員が、CEOになったつもりで、問題の解決方法を考えるべきであるという主張です。

 

しかし、伊賀泰代氏の著書には、「複数の問題解決提案の間に、優劣をつける方法」は書かれていません。

 

「複数の問題解決提案の間に、優劣をつける方法」は、スポーツ選手の能力評価の例で考えれば、能力の採点基準に相当します。

 

経営学は、企業経営の上では、非常に重要な問題を扱っています。その点では、経営学という学問の重要性は誰もが認めるものです。

 

経済学は、企業経営の上では、経営学より少し距離があります。

 

近代経済学は、微分方程式で、記述され、理論体系は、数学的に整理されています。

 

実際の経済変動は、コンピュータ上の経済モデルで、検討することができます。

 

科学の4つのパラダイムでいえば経済学は、第2の理論科学と、第3の計算科学に基礎をおいています。

 

経済学に比べれば、経営学ケーススタディは経験科学であって、理論的な根拠が弱い状態が続いてきました。

 

ここで、ダベンポート氏のデータドリブンな組織論を思い出してください。

 

データドリブンな組織では、経営の意思決定は、データに基づいて、データサイエンスの手法で行われます。

 

つまり、データドリブンな組織の経営能力は、データサイエンスの応用能力で測ることができます。

 

その場合には、スポーツ選手の能力評価と同じように、経営者の能力評価を行うことができます。

 

難易度の高いビジネススクールを卒業している人は、ケースメソッドを通じて、データサイエンスの高い応用能力を獲得しているはずです。

 

その能力を評価するには、エビデンスデータを含めたデータセットに対して、問題解決の提案書を作成してもらえば評価できます。

 

ケースメソッドで十人十色の提案書が出てきても、データサイエンスの基準でみれば、スポーツ選手と同じように各人の能力評価ができます。

 

この基準を満たした人が、CEOにつかなければ、データドリブンな組織になって、DXを進めることができません。

 

グレイが第4のパラダイムとしてデータサイエンスを提案したのは2009年です。

 

伊賀泰代氏の「採用基準」は、2012年の出版ですから経営におけるデータサイエンスのウェイトは現在程大きくはなかった時代の経験をまとめています。

 

前にも書きましたが、アダム・グラント氏のベストセラー「THINK AGAIN」(和訳も同名)は、サブタイトルが「発想を変える、思い込みを手放す」が示すように、認知バイアスを取りあつかった書籍です。

 

和訳の16ページで、グラント氏は、「経験から学んだことを否定するつもりは毛頭ないが、私はむしろ厳格な証拠に重きを置く」と経験科学を否定はしないが、データサイエンスをより重視すると述べています。

 

つまり経営学は、経験科学から、データサイエンスに急速に軸足を移しています。

 

ビジネススクールの歴史は古いですが、難易度があがって、卒業生の給与が高いことが注目されるようになったのは、比較的最近のことです。

 

最近10年では、データサイエンスシフトが明確になり、それにしたがって、経験よりも能力のウェイトがあがっています。

 

海外IT企業で人員整理が進んでいますが、この状況を、今までのような経験のない人材が高給をとるという異常事態が収束しつつあると評価している人もいます。

 

ここには、給与は経験で決まって当然であるという日本人に多い非科学的な認知バイアスがあると思われます。

 

まずは、認知バイアスの排除が必要です。

 

ジョブ型雇用では、給与は能力で決まります。経験科学がデータサイエンスにレジームシフトしたことによって、経営能力の計測は、スポーツ選手の能力評価と同じように客観的にできるようになりました。

 

一方では、データサイエンスにレジームシフトしていない経験科学のカリキュラムで高等教育を受けた人は、高い給与を得られるチャンスがなくなってきています。

 

今、何を学んでいるかが、5年後の給与に大きく反映する時代になっています。



引用文献

 

データドリブンの組織文化をどうすれば構築できるのか 2020/12/10 ハーバード・ビジネス・レビュー  トーマス H. ダベンポート ニティン・ミッタル 

https://dhbr.diamond.jp/articles/-/7285