経験科学の終わり(3)

(3)企業経営とDX

(データドリブンな組織の説明をします)

 

1)企業経営の正答率

 

企業経営の正答率を上げることが、DXのポイントです。

 

過去には、正答率の高い経営者は、経営の神様と呼ばれてきました。

 

ヒストリアンは、過去の成功に、解決策を求めようとします。

 

しかし、技術進歩がある場合には、そのアプローチは、有害なだけです。

 

企業経営の意思決定にデータサイエンスを導入することで、正答率をあげることができます。

 

これは、ただしいか、違っているかではなく、統計確率の問題です。

 

ファンドの資産運用は、アルゴリズムに基づくボット(自動実行プログラム)が行います。これは、アルファ碁と同じように、人間の山カンで投資するよりも、ボットの方が運用成績が良いからです。

 

ファンドでは、大きな投資の方針はデータを元に、人間が決めていると思いますが、日常の売り買いはボットに任せています。

 

このボットは、アルファ碁と同じように常に学習しています。

 

つまり、少しですが、正答率は上がっていくはずです。

 

これが意味することは、次の2つです。

 

1)企業経営でも、ボットに任せられるものは、ボットに任せた方がよい。

 

2)ファンドでは、大きな投資の方針はデータを元に、人間が決めていますが、これは、山カンではなく、データの分析結果に基づいています。

 

ボットに任せない意思決定も、データに基づいて科学的に行うべきです。

 

これをサポートするポストが、最高データ責任者(CDO:Chief Data Officer)です。

CDOは、2002年に、米Capital Oneが初めて任命したのが始まりです。米NewVantage Partnersの調査「Big Data Executive Survey 2020」によると、現在では、Fortune 1000企業の57%がCDOを既に任命しています。



2)望ましい組織

 

CDOを置いただけで、企業が、データサイエンスに基づいた意思決定ができる訳ではありません。

 

組織がデータドリブンになる必要があります。

 

2018年のMckinseyのレポート「Breaking away: The secrets to scaling analytics」によれば、 様々な組織がデータドリブンに多額の投資をしていますが、データから価値を引き出せている組織は 8% しかありません。

 

データに基づく意思決定の価値を理解しながら、多くの企業では、実践できていません。

 

トーマス H. ダベンポートとニティン・ミッタルは、「データに基づく意思決定を阻んでいる要因は技術力ではなく、組織文化である」と主張しています。データドリブンの組織文化の構築には次の条件が必要であるといいます。

 

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1)経営トップがみずからの姿勢を改めること。

2)3つの変革プログラムを実行すること。

 

2-1)教育プログラム:教育プログラムを、組織のあらゆるレベルで推進すべき。

2-2)模範を示す:アナリティクスとAIを目に見える形で活用するリーダーに光を当て、アプローチの有効性を組織全体に広める。

2-3)昇進と報酬:データとアナリティクスを巧みに活用した人が、より早い昇進と昇給を享受する。

 

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2-3)の意味することは重要です。アメリカでは既に、ジョブ型雇用になっていますが、ダベンポートはそれだけでは不十分で、データとアナリティクスの活用を昇進と昇給に反映すべきだといっています。

 

データドリブンな企業組織になれば、経営の正答率が確実にあがり、しかも、正答率は、毎年向上していきます。

 

アルファ碁が経営している企業と、へぼ碁の打ち手が経営している企業が競争すれば、どちらに勝ち目があるか、言うまでもありません。

 

つまり、ジョブ型雇用だけではだめで、データドリブンな企業組織にならないと生き残れません。

 

年功型雇用で、DXに成功したという事例はありません。ダベンポートの言うことに真実が含まれているとしたら、年功型雇用や春闘を問題にしている企業が淘汰されるのは、時間の問題です。

 

3)円安の意味するもの

 

この原稿を書いている2022年10月20日現在、1990年8月以来、およそ32年ぶりの円安水準である1ドル=150円台まで円は値下がりしています。

 

日銀は、10年間金融緩和政策を進め、円安を進めてきました。

 

投資ファンドは、今回の円安ほど美味しいデールは近年ないといっています。

 

10年前には、画像識別の精度は80%でした。それが、現在は、95%を超えています。

この10年の間に、画像識別の精度は10ポイント以上向上しています。

 

投資ファンドも、10ポイント以上とはいかないと思いますが、この10年で、それなりに投資判断の成績は改善しているはずです。

 

一方、筆者には、日銀の発言は、10年前と少しも変わっていないように見えます。発言には、根拠となるエビデンス(データ)は示されません。円安政策や金融緩和政策はまちがっていないというだけで、エビデンスがありません。

 

ヒストリアンは、ソロス氏が英国に空売りを仕掛けた時や、前回の日銀の円安政策の話を取り出して説明します。しかし、10年以上前には、データサイエンスやAIの実力は現在ほど高くはありませんでした。

 

現在は、アルファ碁が人間に勝つ時代です。

 

データサイエンスの力は破壊的です。

 

投資ファンドは、強力なデータドリブンな組織です。

 

日銀は、年功型のデータサイエンスに基づかない意思決定をする組織です。



投資ファンドの意思決定が、アルファ碁のレベルであって、日銀の意思決定が、有段者のレベルであれば、勝負は、最初からついています。

 

日銀は、投資ファンドの手玉にとられてしまいます。

 

投資ファンドの意思決定が、アルファ碁のレベルというのは、評価が高すぎるかも知れません。しかし、データドリブンな組織であれば、アルファ碁と同じように、時間が立つと、次第に強くなります。

 

企業組織をデータドリブンにするのは、しない場合に比べて、経営の正答率があがるからです。そう考えると、投資ファンドの意思決定は、アルファ碁のレベルではないにしても、日銀の意思決定より、正答率が高いはずです。10年前とは状況が違います。

 

投資ファンドの、「今回の円安ほど美味しいデールは近年ない」という発言が、正答率の差を意味している可能性は否定できません。

 

既に、夏は過ぎてしまいましたが、これは、背筋の寒くなるミステリーです。

 

引用文献

 

最高データ責任者が担う責務とは(上)2020/10/19 日経ビジネス

https://project.nikkeibp.co.jp/idg/atcl/19/00137/100900001/



データドリブンの組織文化をどうすれば構築できるのか 2020/12/10 ハーバード・ビジネス・レビュー  トーマス H. ダベンポート ニティン・ミッタル 

https://dhbr.diamond.jp/articles/-/7285

 

How CEOs Can Lead a Data-Driven Culture, March 23, 2020.

 

Breaking away: The secrets to scaling analytics 2018/05/22 Mckinsey

https://www.mckinsey.com/capabilities/quantumblack/our-insights/breaking-away-the-secrets-to-scaling-analytics