少数の法則~経験科学の終わり

(経験科学には、少数の法則を無視するバイアスがあります)

 

1)ノイズの扱い

 

2022年9月21日の東洋経済に、リチャード・カッツ氏は、次の様に書いています。

 

「2012年第4四半期から2014年第1四半期までGDPが年率3.2%のペースで上昇し、アベノミクスが機能しているように見え、これによってアベノミクスは不当に信頼されることになった。実際には、GDPは一時的に急伸したが、それは単に長い不況の後を受けた経済現象に過ぎなかった」

 

これは、統計学で言えば、GDPが年率3.2%は、データのばらつき(ノイズ)であって、実体ではなかったことをいっています。カーネマン氏の「ファスト&スロー」では、データのばらつきは少数の法則として述べられています。

 

価格の変化率の分布が正規分布に従うという仮定を置いて、少数の法則を適用すれば、ブラック–ショールズ方程式になります。

 

簡単に言えば、ノイズが正規分布になるのであれば、年率3.2%といった上振れが続くことはなく、上振れを下振れが同じ確率で発生すると考えます。

 

年率3.2%といった上振れが起こった後では、必ず下振れが起こります。

 

それが何時、どの大きさで起こるかを推定する確率が、ブラック–ショールズ方程式で求まります。

 

もちろん、価格の変化率の分布が正規分布に従うという前提は、完全に満足される訳ではありませんが、各段の情報がない場合には、自然な仮定になります。

 

経済の実体が変化しなくとも、GDPはバラツキます。リチャード・カッツ氏は、年率3.2%はバラツキの範囲内であったと推測しています。

 

これは、確率現象なので、バラツキが、範囲内・範囲外に分けられるのではなく、ブレの大きさによって、範囲外(あるいは範囲内)になる確率が変化します。

 

2)バイナリーバイアス

 

経験科学には、バイナリーバイアスがつきものです。

 

データサイエンスは、統計学を使いますので、全ては予想確率で表現されます。このため、バイナリーバイアスは起こりません。

 

2013年から日銀は、リフレ政策を続けています。リフレ派を主張していますので、経験科学のフレームで、政策を考えていると思われます。

 

円安にもかかわらず、政策を変えないという説明は、エビデンスベースには聞こえません。

 

エビデンスベースの説明であれば、円ドルレート、経済成長率、インフレ率、賃金上昇率などのエビデンスを列挙して、どのエビデンスが、政策継続を支持しているかという説明になります。

 

リフレ派という表現には、バイナリーバイアスがあります。

 

データドリブンな組織では、意思決定は、「〇〇派」というように、主義で決まるわけではありません。統計モデルの期待値を最大化する政策が採択されます。

 

経営のトップ集団に、データサイエンティストがおらず、経験科学のフレームで経営判断が行われるリスクがあります。

 

日銀の政策は、総裁1人で決めている訳ではなく、複数の委員が協議しています。そこで、気になるのは、統計的な表現があるとは感じられない点です。

 

同じような傾向は、政府の政策決定でも感じます。

 

これは、推測なので、本当のところはわかりませんが、高齢者の経験科学の思考パターンにどっぶり使った人が集まって、協議しても、データサイエンスで状況を見ることができないので、出口がみえていない可能性があります。




引用文献

 

今こそ冷静に考えたい「アベノミクス」失敗の理由 2022/09/21 東洋経済 リチャード・カッツ

https://toyokeizai.net/articles/-/620385