年金と貧困とドキュメンタリズム~ドキュメンタリズムの研究

 

(年金と貧困問題の解決には、ドキュメンタリズムをこえる必要があります)

 

1)ドキュメンタリズムの課題

 

ここで、「ドキュメンタリズム(文書形式主義、documentalism)」とは、「文書の形式が整って入れば、その内容は問わない」というルールを指します。

 

ドキュメンタリズムに従って、行動する人をドキュメンタリストと呼びます。

 

ドキュメンタリストの特徴は、実際には、分かっていないのに、自分は問題の解決方法を知っていると主張することです。

 

ドキュメンタリズムのイメージを次に示します。

 

政府の要人の次のような発言があります。

 

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国民のみなさまの声を真摯(しんし)に受け止め、政府としての対応に生かしていきます。

 

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これは、形式的には申し分ありませんが、内容はありません。

 

この発言を聞く前と、聞いた後で、聞き手の情報量は変化していません。

 

したがって、このような発言をする人は、ドキュメンタリストと言えます。

 

文書に内容がありませんから、ドキュメンタリストと議論するのは、時間の無駄です。

 

CO2を余分に吐き出し、環境を悪化させるだけですから、議論すべきではありません。

 

一般に、文書の形式と内容は、細心の注意をもって一致させなければ、論理は空回りします。

 

しかし、無条件に文章の形式と内容が一致する例外もあります。それは、記載が数字の場合です。

 

ドキュメンタリストとは、内容のない文章を拡散して、周囲を煙にまきながら、数字を操作して、利益をあげる人です。

 

政府にいるドキュメンタリストが操作する数字は、税率、金利、保険料の利率、予算などです。

 

これらの数字の根拠は、国会などで鋭意検討されるべきものですが、ドキュメンタリズムによって、検討は回避されます。

 

2)資本主義とは何か

 

筆者の理解する資本主義とは次のようなものです。

 

(1)財産権を保証する。

(2)市場経済で、価格が同じならば良いものが売れる。労働市場で言えば、努力して、成果が上がれば、所得が増える。

(3)リスクとリターンのバランスで、利子が設定されている。

(4)財産権の例外が設定されている。

(4-1)所得または財産の一部を納税する義務がある。

(4-2)所得が少ない人には、納税の義務が免除されることがある。

(4-3)所得が極端に少ない人は、生活保護(負の税金)を受けられる。

 

負の税金を考えれば(4-1)(4-2)(4-3)の3つは、税率設定の問題に集約できます。なお、税には、所得税だけでなく、法人税、消費税も含まれます。

 

財産権の例外の設定は極めて重要な問題です。

 

これが、恣意的に行われると資本主義は崩壊してしまいます。

 

財産権の例外の設定には、透明性、公平性が必要で、国会で検討することはもちろん、場合によっては、国民投票すべき内容です。マイナンバーカードを拡充すれば、国民投票は容易にできますから、サンプリングの怪しい世論調査よりも、国民投票を活用すべきです。

 

資本主義は強欲だというラベル張りをする人が絶えませんが、強欲かどうかは、(4)の財産権の例外の設定次第になります。

 

3)財産権の例外と年金

 

年金問題は、極めて不透明です。

 

政府は、100年安心といっておきながら、インフレによって、実質支給額が減少するスライド制が導入されています。最近は、老豪資金のために、株式投資をすべきだ政府はいっています。しかし、貧困層株式投資できる訳がありませんから、これは、弱者切り捨ての論理です。

 

ここでは、内容にかかわる検討はなされていません。

 

政府の年金政策は、ドキュメンタリストが作成していると思われます。審議会もドキュメンタリストが仕切っていると思われます。

 

政府の年金の将来計画の文書は、形式的には申し分ありませんが、内容がありません。書かれていることは、ほぼ実現不可能なので、だれも、信用しません。社人研は、人口予測を上中下の3種類出しています。これに対応すれば、年金の将来計画も上中下の3種類あって当然です。それが、都合の良さそうな1種類だけですから、そこには、不都合な真実があると考えるのが普通です。



年金財源を世代間で移転することは、財産権の例外になります。

 

国民年金には、入らない自由はありませんので、税と同じ強制です。

 

社会保険料も支払わない自由はないので、税と同じ強制です。

 

資本主義の原則からすれば、年金財源を世代間で移転することは、財産権の侵害になるので、基本的には避けるべきです。

 

支払った保険料よりも、受け取れる年金額の方が少ない年金に入る人は誰もいません。

 

年金問題は、強制的な所得再配分問題ですから、税率の問題とまとめて検討しないと、透明性と社会的公平性にかけることになります。

 

内容の議論をすれば、年金と税金は、統一的に扱わなければならないということは直ぐにわかります。

 

そうならないのは、年金と税金の検討をドキュメンタリストが行っているためです。

 

ドキュメンタリズムは、内容に立ち入りませんので、組織の縦割りを維持します。

 

年金のどの部分を保険料で負担し、どの部分を税金で負担するかは、根拠に基づくビジョンにしたがって、分担する必要があります。

 

必要な経費を計算して、それを、年金も含めて、どのような税率で社会が負担するのかを検討する必要があります。

 

金銭の負担は、経済的な痛みを伴います。そのためには、透明性と公平性が保たれなければ、税制が破綻します。この問題には、唯一の正解はないので、複数案を並べて、選挙や国民投票のテーマにする必要があります。

 

現在行われているような、税金と年金を別々に検討する方法には、合理性がありません。

 

4)年功型賃金とドキュメンタリスト

 

日本ほどドキュメンタリストが蔓延している国はないと思います。

 

筆者は、その原因は、年功型雇用にあると考えます。

 

ジョブ型雇用では、文書を作るだけで、実質は何もしないドキュメンタリストは、所得を得ることができませんので、淘汰されます。

 

年功型雇用では、所得は、ジョブの内容ではなく、ポストについています。

 

ポストに所得がつくと、実質的な仕事をして失敗して降格されるリスクとドキュメンタリストになって現状を変更しないことによって降格されるリスクを比べると、後者の方がリスクが小さくなります。

 

期待される所得を最大化するには、ドキュメンタリストになることがベストな戦略になります。

 

こうしてドキュメンタリストが増殖して、変わらない日本が作り続けられます。

 

5)ベーシックインカムの可能性

 

伝統的な共産主義プロパガンダは、金持ちは貧乏から搾取しているから、増税によって、とり戻すべきだというものです。しかし、金持ちの数が少ないので、この方法は、実際には、効果は薄いです。このロジックが、資本主義が強欲だというイメージに広がっています。

 

SNSのフェイク情報の拡散に見られるように、感情に強く訴える情報は、拡散して影響を与えやすいです。

 

逆に言えば、感情に訴える情報は疑ってみる必要があります。

 

財産権の制約で述べた(4-2)(4-3)が、論点になります。

 

金持ちの増税よりも、最低賃金の底上げのほうがはるかに効果があります。

 

現役時代に、老後の資金を積み立てられない人の割合が増えると、老後は、生活保護を受ける人の割合が増えてしまいます。

 

円安は、賃下げで、過去10年間で、賃金が4割減少しています。円安は、老後の、生活保護リスクを急増させています。

 

企業の経営者は、株主の利益のために働きますので、慈善事業で、生活保護を支持している訳ではありません。社会的な安定が損なわれて、犯罪や事故が増えると、企業が負担する社会的なコストが増加するから、生活保護を支持しています。

 

飛行機に乗る時には、手荷物検査とボディチェックを受けます。

 

最近は、新幹線で、放火事件があり、手荷物検査が検討されています。

 

インドでは、地下鉄やデパートの入り口に、ボディチェックのゲートが設置されています。

 

現在のボディチェックが不要な社会的な安定を維持するために、消費税を増税して、生活保護の拡大が必要かもしれません。

 

これは、OECDが日本に提言しています。

 

どれが正しいという解答はありませんので、色々な条件を検討していくしか方法がありません。

 

DXが進めば、べーシックインカムを導入すべきだという人もいます。

 

しかし、DXが進められなければ、ベーシックインカムは導入できません。

 

べーシックインカムが導入できるためには、人間に労働者の身代わりになって働く、ロボット等が必要です。

 

ビル・ゲイツ氏は、ロボットに課税すべきだといっています。

 

ビル・ゲイツ氏の発言には、裏があると思います。

 

それは、ビル・ゲイツ氏はソフトウェアに課税すべきだとは言わないからです。

 

ソフトウェアがどうして利益を生み出すかは、ソフトウェアの種類により、構造が異なります。また、ソフトウェアの内容は、企業秘密で、外部からはよくわかりません。

 

したがって、ソフトウェアに課税することは容易ではありません。

 

非常に古い事例ですが、1980年代に、IBMの汎用機がコンピュータの主流だった時期のデータがあります。日本では、日立と富士通が汎用機を作っていました。IBMの販売台数は、8500台、日立と富士通はそれぞれ1500台でした。今から考えると、信じられない数です。このとき、OSの開発費を回収できる損益分岐点は1500台と言われていました。

 

つまり、日立と富士通は、利益がでませんが、IBMは7000台分の販売利益がでます。利益の比をとれば、7000倍くらいの違いがある可能性もあります。

 

OSのような基本ソフトは、数が出れば、膨大な利益がでます。その利益をバージョンアップに投入することで、後発メーカーとは差別化をすることができます。

 

2022年10月8日と9日の日経新聞に、Googleとアマゾンの日本国内へのクラウド投資額がのっていました。Googleは2024年までの4年間で1000億円、アマゾンは、過去10年で、日本国内に1兆3000億円を投資しています。

 

クラウドサービスは、ソフトウェアとハードウェアのセットで行われますが、利益の出方は、ソフトウェアに似ていると思われます。

 

ロボットと同じようにソフトウェアは、人間の労働者にかわって利益を稼ぎだします。現在進んでいるAI技術の改善は、この流れを加速するでしょう。

 

ロボットやソフトウェアが稼いだ利益に課税して、再配分できれば、ロボットやソフトウェアによって失業した労働者に、ベーシックインカムを支払うことが可能になります。

 

しかし、2022年の日本では、アメリカのGAFAMにソフトウェアの使用料が支払われる構造になっています。

 

クラウドシステムはその一例です。

 

DXの遅れによって、2022年の日本国内には、ベーシックインカムにあてる利益がありません。

 

年功型賃金の結果、日本国内には、ドキュメンタリストが蔓延して、ITエンジニアのジョブ設計ができる経営者がいなくなっています。

 

多くの企業は、DXの遅れをIT技術者の数で補えばよいと考えています。これは、工業社会の大量生産の発想で、ナンセンスです。そのようなジョブ設計のできない企業に就職しても、まともな賃金が払われませんので、優秀な人材は、ジョブ設計のできる企業を目指します。そこに、日本企業がどれだけ食い込めるかは、グレーです。

 

年金問題に、誰にでも簡単に納得できる解決策があるわけではありません。

 

しかし、解決に向けて一歩、歩き出すために、必要な条件は、以上のように、整理可能です。

 

そして、最大の障害は、ドキュメンタリストではないかと思われます。